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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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赤の代弁者 -14-

 いっそこれを自分に打ってしまえば。

 抑制剤の入ったアンプルを指で玩んで、京子はそんなことを考えた。

 そうすれば思考は鈍り、正しい判断を下そうという意思も失われるだろう。

 そして黒埼静の考えに乗り、月ヶ瀬朔耶に抑制剤を投与し、場合によっては囮に使うかもしれない。


 ――でも、それでいいの?


 こうしようと決めてしまえば簡単だった。

 月ヶ瀬朔耶を守ってもいい。

 利用してもいい。

 決めてしまえばそのための行動を構築し、実行するだけのことだ。

 だが、その前に、考えろ。考えるんだ。

 どんな行動を起こすにせよ、その結果がどういうものになるにせよ、熟考を重ねろ。考えて、考えて、考えつくして、そして決めるんだ。

 思えば京子の周りには決めてしまった人ばかりだ。

 黒崎拳も、深海透も、弓削朝子も、こうすると決めてしまったが最後、わき目も振らずその道をまい進する。

 その姿に憧れたこともあった。

 自分もそうなりたいと願ったこともあった。

 だが父が、御剣浩介が、京子を治すためにできることをなんでもすると決めて、そのために罪も無い人を犠牲にしてまで赤目症の研究を進めていると知ったとき、京子はそれが正しいあり方ではないと知った。

 間違っているとは言えない。

 その研究を引きついだ黒埼静がもたらした貢献はあまりにも大きい。

 だがそれを肯定することはどうしてもできない。

 京子にはできない。


「臆病すぎると逃げることもできないのね」


 ありがたいのは今しばらく時間だけはありそうなことだった。

 いくらトールと言えど、今朝もたらされた情報で即日特捜本部に襲撃をしかけるなんてことはしないだろう。




 深海透は本部に8つある非常階段のひとつを駆け下りていた。

 地上22階相当の本部屋上から、特捜本部の留置施設がある8階まで誰にも見つからずに移動できる可能性はほとんどない。

 訓練好きの1課隊員は本部の移動に好んで非常階段を使うからだ。

 一応最後の事件の時に着ていた特捜の制服を着用してはいるが、顔見知りに会えば誤魔化しようも無い。


 ――体力だけはついたな。


 17階、まだ息は切れない。


“しごかれてるもんねぇ”


 ――そうだな。感謝してる。


 三段飛ばしに駆け下りる。

 非常階段は半階ごとに折り返していて、踊り場まで跳んでもよかったが、足を痛めては元も子もない。

 16階、15階――。

 もしかすればこのまま、と思った矢先だった。


 ……やっぱそうは問屋が卸しちゃくれないわな。


“そうだね”


 14階に向かう中階の踊り場の階段に座り込んだ男がいた。

 少し痩せた背中、短く刈り込んだ頭部には深い刀傷が見えた。

 特捜隊員の制服、背中だけでは判断がつかないが見覚えは無い気がする。


「どうも……」


 トレーニングの休憩中ということもありえたので軽く声をかけて素通りしようとする。

 男が振り返った。

 20代中後半というところだろうか。

 しっかりと作りこまれた体が1課隊員らしいところ……だ……が?

 シッ! と鋭く息を吐くと男はそれまでの緩慢な動作から一転、俊敏に胸に差したナイフを抜くと透に切りかかった。

 咄嗟に上半身を逸らして回避する。

 階段に足をかけて、そのまま15階まで跳んだ。


「いきなりなにを!」


「深海透だな。いいや答えなくてもいい。貴様の顔は脳裏に刻み込んであるからな」


“おともだち?”


 ――んなわけあるか!


 男が襟章をつけていないことに気づかなければ危なかった。

 基本的に制服の時は襟章をつけるものだ。

 それに気づいて警戒していなければ食らっていたかもしれない。


「聞かなければいけないことがある。答えてもらうぞ」


「なんだ?」


 襟章を外しているということは、特捜本部からの指令を受けていない可能性がある。

 応援を呼んだわけでもないようだ。

 話をする価値はある。


「遠野水瀬はどこにいる?」


「んな……」


 男の口から出た名前は、透の意表をついた。

 もちろん彼女のことを忘れたわけではなかったが、すでに乗り越えた過去のことでもあった。


「貴様と笹原美禽と水瀬は死んだはずだった。それが貴様は連続殺人事件の容疑者だ。ならば貴様は水瀬がどこにいるか知っているはずだ。少なくともその手がかりは」


「水瀬の家族、いや恋人か……」


「どちらでもない。けど水瀬に特捜を勧めた責任がある!」


「なるほど……」


 特捜に入隊する前の水瀬はどこかのコミュニティに所属していたと聞いたことがある。

 そこの関係者というわけだ。

 瞳の色が黒いのは抑制剤を使っているからかもしれない。


「その服はどこで? 水瀬の後を継ぐために自身も入隊したのか?」


「聞いてるのは俺だっ!」


 透の能力が物理干渉でないことはすでに知っているのだろう。

 男は恐れることなく透に向けてナイフを突きつける。


「水瀬は死んだ。まず間違いなく。俺は遺体を見てないが、目撃者がいるんだ」


「そんなわけない! 彼女の能力ならどんな状況でも傷一つつかないんだ!」


「能力は絶対じゃない」


「彼女が死ぬはずがない! 触れられもしないんだぞ!」


「…………」


 透は横に首を振った。

 水瀬は死んだ。

 それを認めたくないのは透も同じだった。

 だが、だからこそこの男に言えることはもう何もない。

 それになにを言ってもこの男は認めないだろう。


「貴様を捕らえて水瀬の居所を吐かせてやる!」


“トール”


「押し通る!」


 腰の後ろに差した警棒を抜いて伸ばした。

 ナイフも持ち合わせているが、必要のない殺しをするほど悪趣味ではない。


「死ねええええ」


 獣のごとき形相と、獣のごとき俊敏さで、男は飛び掛ってきた。

 技も何もない力任せの斬撃。

 強烈だが、大きく振り回した攻撃の後には必ず隙ができるはずだ。

 2歩階段を後ろ向きに上がって刃を交わす。

 刃の後ろに体を押し込むように前に踏み込んで、警棒を突き出す。

 だがすでにそこには男の姿は無かった。

 振り回すと同時に身を沈めている。

 男の姿が透の視界から消える。

 対発症者戦術、密着状態からの定石はひとつ。

 とにかく背後に回りこむこと。

 それが分かっているのに目で追い切れない。

 こいつ、速い!

 とにかく振り返ろうとした瞬間、意識は振り返ったのに肉体はそれについていかなかった。


「捕らえてって言ったのに、死ねとか……」


 振り返らずにその場で跳躍して、天井すれすれに足場を作り、その隙間に体をねじ込んだ。

 這うように15階踊り場に移動して壁を背に、不活性化すると、唖然とした顔で天井を見上げる男と目が合った。


「ちょっとそれはないんじゃないかな」


「なんで、違う、なんだそれは……」


「別人だからじゃない?」


 落下と同時に警棒を投げつけつつ、脇からナイフを抜く。

 美禽は透とはまったく違う。

 必要最小限の犠牲で済ませようとするのが透なら、美禽はリスクを必要最小限に押さえたがる。

 そのための犠牲は厭わない。

 男が警棒を払った時にできた隙を美禽は見逃さない。

 吸い込まれるようにナイフは男の肩を抉った。

 そのままそのナイフに体重を乗せて押し込む。

 柄まで押し込まれたナイフの刃先は、男の背中から突き出した。


「がああああああああ――!!」


 苦悶の叫びが鼓膜を叩くが、美禽の動きは止まらない。

 左手でベルトに差したスタンガンを抜くと、床に足がつくのと同時に男のわき腹に押し当ててスイッチを入れた。


「がっ!」


 男の体が大きく痙攣して崩れ落ちる。

 構わずに美禽はスタンガンを押し当て続ける。

 スタンガンは激しい苦痛をもたらすが、意識を失わせるようなものではない。

 その効果も当てている時間によって大きく異なる。

 一瞬では怯ませる程度のものだ。

 安全装置が作動し、スタンガンのスイッチが落ちた。

 男は完全にショック状態に陥り、目を大きく見開いたまま15階の床に転がっている。

 美禽はその肩からナイフを抜くと、男の制服で血と脂を拭った。

 スタンガンとナイフをしまい、ポケットから結束バンドを取り出して、男の腕を背中に回しその両手の親指を締め上げた。


「足はやだなあ」


 そう言って美禽は透の体から退去した。

 仕方なく透は男の靴と靴下を脱がして、そちらも縛ってしまう。


“口も縛らなきゃダメだよ”


「分かってるって、ってか、あんまり無理すんな」


 男の制服の袖をナイフで切り取って猿轡にする。

 数分で動けるようになるはずだが、これでは助けを呼ぶこともできないはずだ。

 もちろんこれで警戒を解いていいわけではないが、最初の関門は突破した。

 少なくとも誰かが駆けつけてくるという様子も無い。


「非常階段にも監視カメラを設置しとくべきだな」


“非常階段だしねえ”


「まあ、俺らにとってはありがたい話だな。協力者からの連絡は?」


“今のところ定時連絡のみ”


 つまり特に異常は無い、ということだ。


「いけるか……」


 そう思った矢先だった。


“あ、やば、見つかった”


「なんだって! 赤か!」


“来るよ”


「ぐっ――」


 短いやり取りの直後に鈍い痛みが頭部を襲った。


“あああああああああああああ――”


 美禽の叫びが脳内で飽和する。

 赤からの攻撃はいつも美禽に集中する。

 識連結主である美禽が本体であり、透はその端末に過ぎないからだ。

 それでも透の頭部に走るのは、まるで電動ドライバーで頭蓋骨に穴でも開けられているかのような痛みだ。

 これで美禽が受けている痛みのほんの一部に過ぎない。

 こうなることは美禽も了承済みだ。

 2人はもう何度もこういう攻撃を超えてきた。

 だが赤の代弁者を殺した後、御堂寺に戻って美禽と会うのはいまだに辛かった。

 赤の精神攻撃はあまりに強いので、物理的なダメージが発生するのだ。

 美禽は平気な顔で透を出迎えるが、それは虚勢に過ぎない。

 透がいない間の様子は御堂寺の人たちから聞いていた。


「すぐ終わらせる!」


 美禽の叫び声に負けないように強く念じ、透は階段を駆け下りた。

 早く! 一秒でも早く!

今日はここまで!

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