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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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赤の代弁者 -12-

 問題はいつ、ウソであると気づかれるか、だった。

 月ヶ瀬朔耶に与えられたのは特捜本部内にある広さ3畳半ほどの独房で、窓は無く扉には鍵がかかっていた。

 持ち込みはなんでも許されたが、トイレに行くのにすら見張りに呼びかけなければならなかった。

 限度を知らぬ警戒振りだ。

 とりあえず赤は月ヶ瀬朔耶を演じるために彼女の記憶を使い、それらしい行動を取ることに決めた。

 少女の嗜好に合わせてお菓子を持ち込んだり、テレビを見たりした。

 いつもの赤であれば、こんな苦労は背負わないだろう。

 たとえ肉体を確保されても、精神が脱出できればなんら問題は無く、次の肉体を見つけるだけのことだからだ。

 だがしかし月ヶ瀬朔耶は捨てるには惜しい肉体だった。

 なによりも動かしやすい。

 肉体を奪った直後に逃走を試みたのも、あまりにもこの肉体が赤の精神に馴染んだからだ。

 少なくともこの肉体を自分から捨てることはしたくない。

 と、すれば今は御剣京子の同情を買うのがもっともてっとり早い。

 ひとまず、赤と月ヶ瀬朔耶は別物だというイメージを刷り込ませることはできたはずだ。

 御剣京子の性格からすれば、赤は切り捨てられても、幼い少女を見捨てることはできまい。

 しかもだ、うまく行けば笹原美禽・深海透を特捜が確保してくれるかもしれない。

 敵は彼らだけではないが、もっとも厄介な敵が彼らであることは間違いない。

 その後しかるべきタイミングで特捜の手を逃れ、嘆きの三月と合流し、再度感染拡大を目指す。


 なんのために?


 ちらりと湧いた疑問はすぐに意識の奔流にかき消された。

 無論、生きるためだ。




「さて、こいつは問題だな……」


 旧市街の打ち捨てられた雑居ビルの屋上に座って、透は遠くに見える巨大な建築物、特捜本部を眺めやった。

 次なる無能力者、つまり赤の代弁者が特捜によって発見されたという情報は昼前に御堂寺にもたらされた。

 それから休み無しで能力を酷使しここまでたどり着いたところだ。


“変装して入っちゃおうよ”


「無茶言うな」


 こめかみを親指で刺激する。

 ずきずきと疼く頭の奥が気休め程度に楽になった。

 無能力者がどこにいるのかも分かっていない。

 特捜本部は能力の影響を避けるために外側がすべて黒く塗られているために、視点を飛ばして覗き見ることも不可能だ。

 しかも内部構造も対能力を意識して複雑になっている。


「赤め……」


 今回の犯行も止められなかった。

 不可能ごとに近いということは透も理解している。

 たった十数万人といえど、その全員を常に見張ることなどできはしない。

 だが赤を自由にさせておけない。

 昨年10月のあの事件に立ち会って透の絶対境界線に対する見方はまったく変わってしまった。

 それまで絶対不可侵の絶壁だとばかり思っていたそれが、意思と力を持ってすれば簡単に破れる危うさの上に成り立っていることを知ってしまったからだ。

 事実、透か、美禽か、その片方だけでも外に行こうと思った瞬間、それは達成されてしまう。

 2人の能力はどちらも地面を介さずに移動できる能力だからだ。

 ならそれを止められるのは、赤に勝る意思の力だけだ。

 と、透は信じている。

 外部世界を守ることにより内部世界を守ることができると信じている透と美禽こそが、それを破る能力を持つというのも意味があることのように思われた。


「絶対にこれで終わりにしよう」


“うん、そうだね”


 もう何度したか分からない約束だった。

 だけど約束せずにはいられない。いられないのだった。




「問題は赤の言ったことが本当だったらどうしようってことなの」


 壁に背中を預けて、京子は組んだ手を頭の上にあげて降参のポーズをとった。


「否定して欲しい?」


 デスクの上で組んだ手にアゴを乗せた黒埼静が口元を緩めつつそう言った。

 彼女に対し弱みを見せるのは癪だったが、もう京子にはこれ以外に頼れる相手を見つけられなかった。

 黒埼静は嫌な女だが、少なくともその能力だけは飛びぬけている。

 黒埼静が自室のように使っているここは元管理自治機構本部の執務室のひとつである。

 再建された煉瓦台記念病院の院長であるはずなのに、黒埼静はこちらにいる時間の方が長い。

 というのも、彼女はすでに研究からは退いており、現在は国連から<壁>に派遣されている医師団との調整役を務めているからだ。


「そうしてと言えるくらいなら、目を閉じ、耳を塞いで、お酒を飲んで寝ているわ」


「そこが京子ちゃんの若いところよねぇ。切り捨てなければならないものが世の中にはたぁくさんあるのよ」


「切り捨てちゃいけないものも同じくらいあると思うけどね」


「もちろんそうね。それで赤は外部世界にもう一つ隔離世界が作られたというのね?」


「ええ、こっちとほぼ同等、10万人規模の隔離区域。それともう一つ、事故で小さな隔離区域が生まれてるところもあるわ」


「場所は分からないの?」


 黒埼静は上目遣いで京子を見つめた。

 甘い声は心をくすぐって、あらかじめ準備をしておかなければぺらぺらと知っていることを全部話してしまっていそうだった。


「さあ、どうだったかな。――で、赤の言うような集合無意識の具現化なんてありうると思う? この病気の第一人者であるところの黒埼静さん」


「ありうる、でしょうねぇ。識連結せずとも感染者同士にはなんらかの精神的連結が発生しているというのが、現在の定説だもの。発症者の能力の発現に多く立ち会っている感染者は発症率が高くなるってデータもあるのよ。感染者は全体で一個の生命という論を主張する人もいるわ。アリさんみたいな群体生物ってわけね」


「赤は女王アリか」


「けれど自分の意思まで持つというのは、ちょっと、ねぇ。可能性は否定しないけれど、13万に外の10万を足しても25万にも満たないわけでしょ。人間の脳細胞って1400億個くらいあるのよ。いくら赤が意識だけの存在だとしても、確固たる意思を持つには少なすぎると思うわ」


「それじゃやっぱり赤は実在する発症者ってこと?」


「結論を急ぎすぎてはダ~メ。でもとりあえず集合無意識が意思を持つというのは今のところないと考えていいと思うわ。ひとつ仮説があるのだけど、外の隔離区域というのはどこにあるのかしらね?」


「CDCで感染漏れ事故。バイオセーフティエリアを飛び出して緊急隔離。数百人から数千人が感染した可能性があるわ」


「あらあら、せっかく注意してあげてたのに、うかつな人たちねぇ」


 ニコニコしながら黒埼静は端末のマウスを少し弄った。


「それで仮説って?」


「んとね、話を聞くだけなら赤が実在する発症者である可能性が一番高いとは思うけど、それを否定できないかというとそうでもないのよ。大前提として赤が精神下の働きに特化した能力者であり、多くの感染者となんらかの形で繋がっていないとならないのだけどいい?」


「その条件ならクリアしてる」


「ならこう考えることはできないかしら。赤とは特定の肉体に固執しない能力者である。その知識と記憶を別の誰かに植え付けることで、拡散、もしくは移動が可能。もちろんコピーであって、実際に転移するわけではないのだけどね」


「それだと同時に無数の赤が発生できるんじゃない?」


「そうなっていない以上、一人にしかコピーできないのか、わざとそうしているかってことでしょうねぇ」


「ほんっとこの能力ってなんでもあり」


 黒埼静がぷっと吹き出した。


「そんなことないわよぉ。実際には制限はすごく多いんだけど、特捜さんの心構えとしてはそうあるべきなのかもねぇ」


「それでその制限に照らし合わせて、その赤コピー説はありえるわけね?」


「ありえるわよ。それは誰より京子ちゃん自身が知ってるんじゃないの?」


「まあ、ね……」


 ただし京子の場合は逆で、他人の人生を自身の記憶領域に焼き付ける結果、京子自身が他の誰かになってしまうというものである。

 実際に京子は今の自分が完全にオリジナルの御剣京子とは言いがたいと感じている。

 なぜならこれまでに蒐集してきた他人の記憶が今の自分に与えている影響は計り知れないからだ。

 もしまるまる1人分の記憶を受け入れれば、そこにはもう御剣京子という主体は残っていないだろう。

 その相手と自分を合わせたまったく新しい別の誰かになってしまうに違いない。


「止めるにはどうすればいい?」


「もうひとつの隔離世界の場所」


「アフリカよ。具体的な地名までは分からないわ」


「なるほど……、まずは当然だけれど現在活動している赤を殺されないこと。もう一つは赤を孤立させてしまうことね。他の誰かの精神に入り込めなければコピーしようにもできないでしょう?」


「でも物理隔離には意味がないわ」


「なに言ってるのよ。簡単なことじゃないの」


「簡単?」


「つまりねぇ」


 一度言葉を切って、黒崎静は唇の先をほんの少し歪めた。


「赤に抑制剤を投与して殺すのよ」

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