赤の代弁者 -11-
「あなたは赤なの?」
戸惑いを押し殺して京子は朔耶に訊ねた。
少女がまだじっと見つめてきているので京子は視線を外しているしかない。
もう一度、朔耶の意識にもぐりこむこともできたが、あの赤が絶対的に支配する世界に突入するのは躊躇われた。
「わたしは赤じゃない」
はっきりと朔耶はそう口にした。
「わたしは赤とは違う」
「つまり赤を認識はしているわけね」
または赤が朔耶という少女の振りをしているか、だ。
だがそれなら赤を知っているような素振りを見せはしないだろう。
京子は朔耶の意識は朔耶自身のものであろうと推測した。
「つまり赤とやらが実在するってこと?」
疑わしげに朝子が訊いた。
「それでこの子は赤の従?」
「たぶん、ね。少なくとも私の能力はこの子を赤と認識したわ。識連結者を読むのは初めてだから確信は無いんだけど、確か<瞳>はそういう判断をするんじゃなかったっけ?」
「あー、そういう前例ならあるわ。分析系能力が識連結してる両者を同一人物と判断したりね。ねるほど――」
ぐでぇと朝子が机に突っ伏した。
「つまり子どもを襲って従にする赤と、その赤を探すために従を殺しまくってる深海透という構図なわけだ」
「そういうことね」
「まったく面倒ごとばかり増えるわね。本当に面倒だわ。せめてあなたが深海透の居場所でも教えてくれたら楽になるのに」
「だって知らないもの」
京子は肩をすくめるしかできない。
トールが御堂寺にいるということは分かっているが、具体的な居住地やら、活動範囲は聞いていない。
電話番号も知らない。
特捜は盗聴なり、逆探知なりしているのだろうが、トールだってその辺は理解しているだろうから対抗策はとっているに違いない。
京子はその辺の争いには関与するつもりはなかった。
「赤の逮捕には協力してくれるんでしょう? あなたはどちらかといえばこちらよりの人間だと理解しているのだけれど、違う?」
「できるならね……」
京子は下唇を噛んだ。
そんな京子に朝子は訝しげな視線を向ける。
「なにそれ、どういうこと?」
「私の能力は赤には通用しなかったのよ。まったく、ね。錬子のように能力を奪われなかっただけ運が良かったのかもしれない」
「そ、まあ仕方ないわね」
赤から聞いた話はあまりにも特捜が扱う現実からはかけ離れていて、京子は朝子にそれを伝えられなかった。
特捜はあくまで現実の犯罪に対処する組織であり、集合意識だとかいうオカルトはお門違いだ。
彼らにはあくまで現実面から赤を追ってもらっていたほうがありがたい。
「これまでどおり足で探すしかないか」
「歩くのは課長じゃないですけどね」
「偉い人の仕事は机にふんぞりかえっていることだもの」
「いつも前に倒れてますので、次からは顔が見えるようにお願いしますね」
「まーやー」
「日比谷です」
姉妹漫才は放っておいて、京子は朔耶に視線を戻した。
「ねえ、朔耶ちゃん。あなたはどこで赤に襲われた?」
「おそわれてない」
それを聞いて朝子が指を一本立てた。
「それを証明できる術が無い」
「悪魔の証明じゃない」
京子は肩をすくめて腕を組んだ。
「じゃあ聞き方を変えるわね。朔耶ちゃん、あなたはどこで赤と出会ったの?」
「頭の中で声がするの」
「それは今も?」
朔耶は首を縦に振った。
「それで、今はなんて?」
「お姉さんたちはいい人だから言うことを聞きなさいって」
「いい人!?」
朝子が顔をあげて目を白黒させた。
慌てて真夜がフォローする。
「姉さんは人としてダメだけど、いい人だよ」
「そう、ありがと。気が楽になったわ」
バカ姉妹のやり取りを聞き流して、京子は朔耶に訊ねた。
「それで赤に言われて逃げ出したのね。家から……」
「うん。怖い人がわたしを殺してしまうから、早く逃げなさいって」
「なるほど、ね……」
赤の代弁者の措置については、京子とトールで意見が割れている。
トールは赤をいぶりだすために殺すべきだと考えているし、京子は犠牲は少ないほどいいと考えている。
もちろんその結果、もっと多くの犠牲を産むことになるのかもしれなかったが、それを理由に目の前の命を救わないなんて京子には考えられなかったのだ。
もっともそのために常に後手に回り、もう何人もの赤の代弁者がトールによって犠牲になっている。
「お姉さんたちはわたしを守ってくれる――よね?」
「ええ、そうよ」
そしてやっと少女の顔が和らいだ。
厳しい顔は緊張によるものだったのだろう。
赤がどういう風に朔耶に殺されるということを教えたのかは分からないが、きっとろくでもない方法だったに違いない。
その辺の感情の機微が赤には分かっていない。
「守るのはいいわ。仕事だもの。けれど赤の目的は何? それが私たちに害を為すようなものであれば……」
「それはないって言ってる……」
「信用していいと思うわ」
少なくとも赤が直接煉瓦台市に危害を加えるということはないように思われた。
その証拠に赤の組織である嘆きの三月とやらは煉瓦台市に存在すら認知されていない。
「分かった。けれどしばらくはここで暮らしてもらうことになるわ。あなたの安全のためよ。理解してちょうだい」
「……はい」
朔耶は頷いた。
接見室を後にした京子と朝子らは三課に戻ってきた。
すっかり京子の居住区と化した感のある応接室で一服する。
「守るとは言ったものの、どうやって守ればいいのやら」
「どれくらい情報を漏れないようにできそうなの?」
トールに赤の代弁者が現れたという情報を与えなければ、その間は彼女の身を守ることができる。
「残念、だだ漏れだと考えていいわ。だって無能力者だなんて思ってもいなかったから、通常の検査手順踏んだもの」
「つまり今頃はもう……」
「特捜のデータベースには登録されてるわね。深海透はどれくらいでここを嗅ぎ付けるかしら?」
「3日はかからないでしょうね」
「まああの子が生きている限りは外回りに人員を裂く必要はないわけだし、総員で警護に当たらせるつもり。あなたには悪いけど、今度こそ深海透を逮捕してみせるわ」
「その時はその時よ。むしろ問題は――」
「問題は、なに?」
「ううん。こちらの話よ。気にしないで。用事を思いついたので席を外すわ。いいかしら?」
「監視は欠かしてないわよ。どうぞおやすみなさい」
「そこはいってらっしゃいです。課長……」




