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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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赤の代弁者 -6-

 目を開けるとカーテンの隙間から光が差し込んでいた。

 まだ夜にもなっていないのかと、枕元に置いた時計を引き寄せると時計の針が示す時間は8時半だった。

 8時半……。

 その意味をじっと考える。考えるまでもないのだが、考えずにはいられない。

 つまり前日の昼過ぎから、少なく見積もっても18時間以上にわたって眠っていたということになる。

 そんなに疲れていただろうか、と起き上がろうとして京子は体に違和感を感じた。


 ――重い。


 眠りすぎたかな、と布団をまくりあげようとして気がついた。

 今まで気づかなかったなんてどうかしてた。

 寝ぼけていたに違いない。

 黒埼美奈が京子の胸に顔を埋めるようにして眠っていた。

 はて、17時に帰ると聞いていたが出勤時間は聞いていなかった。

 8時に出勤してきて潜り込んできたという可能性もある。

 いや、ない。

 少女の体は眠っている子どもらしく熱い。

 いつごろ潜り込んできたのかはわからないが、一晩はこうしていたんだろう。

 それに気づかないなんてよほど深く眠っていたに違いない。

 京子は頭を掻いた。


「ねえ、美奈ちゃん、起きて」


 軽く体を揺すると、少女は苦しそうに息を吐いた。


「……マ、マ……」


 ぎゅっと京子のトレーナーを掴む手に力が入った。


 ――参った。全面的に降伏だ。


 どうせ休職中だし、もうしばらくこうしていてもいいだろう。

 京子は枕もとの携帯電話を取って、マナーモードにした。

 メールの着信がある。

 開けてみると沙弥からが一通、サーモバリックからが一通だった。

 沙弥からのメールは病院で今日あったことの報告だった。

 見舞いにいけなかった日はこうしてメールをくれる。

 京子はしばらく見舞いにいけないかもしれないけど心配はしないでほしいと返信した。

 それからサーモバリックのメールを開く。

 内容は赤目症ウイルスか、感染者の遺体、下手をすれば生きたままの感染者が、国連常任理事国の少なくとも2カ国に提供された可能性がある、というものだった。

 添付されていたファイルを開く。

 素人が撮ったと一目で分かる低画質の動画映像は、厳重な警備を受けた救急車輌が空港に入っていくのを捉えている。

 他にも同様の車が写っている写真が何点か。

 それぞれ場所がまったく違う。

 国際線のチャーター便の記録も同封されていた。

 なにがどう怪しいのかは分からなかったが、いくつかの便にチェックが入っている。その日付は去年の11月中ごろのものだった。

 つまり国連が内部世界を押さえてすぐ、ということだ。

 予想される2カ国のうち片方は先端情報技術を押さえていて、万一事故が起きてもそれを隠し通す能力があり、もう片方は事故が起きてもそれを皆殺しにして隠蔽するだろう、とのことだった。

 前者の国内で大規模な失踪が起きていないか、別の情報屋に依頼してでも調べて欲しいと返信する。

 また報酬のことでメールが来るだろう。

 なにか渡しても問題のない情報をいくつか候補にあげておく。

 サーモバリックは外部世界の情報屋だ。

 情報解放の後、しばらくしてから突然メールでコンタクトを取ってきた。

 どうやってメルアドを知ったのかはまったく分からない。

 内部世界と接触したがる情報屋には三種類いる。

 内部世界情報に商品価値を見出した者。

 内部世界情報に興味を感じた者。

 そして個人的な理由から内部世界情報を集めなければならなかった者だ。

 サーモバリックは一番最後の例だった。

 彼、または彼女の探していた知人は残念なことにすでに亡くなっていたが、内部世界に通じる情報屋は続けている。

 ありがたい話だ。

 こういうタイプの情報屋は内部世界の人間に対して実に親身になって接してくれる。

 サーモバリックは事実上、京子の外部世界における代理人でもあった。

 問題があるとすれば、その腕がよく言って二流、客観的に言えば三流だということだ。

 値段も安く、情報の質も低い。

 だから今回は他の情報屋へ依頼を投げても構わないと念を押した。

 京子はいるはずのない後10万の感染者を探していた。

 自分が得た確証の無い確信が本物かどうか裏を取ろうとしているのだ。

 そしてもしそれが事実であるのならば、特捜が現在無能力者と位置づけているそれの正体に一歩近づけるに違いない。

 そしてもし内部世界以外に10万の感染者がすでにいるとするならば、七瀬奈菜はこの世界のすべての感染者の意識と繋がっていた可能性が高くなる。

 しかもその数を認識していたということにもなる。

 <識連結ルータ>と京子はその仮定の能力に名前をつけた。

 最近覚えたネットワーク関連の用語を使ってみたかっただけでもある。

 それに合わせると黒埼静が意図的に作り出した識連結中継用の無意識発症者は<識連結ハブ>となる。

 それともこの言い方は犠牲になった発症者に対して失礼だろうか。

 どちらにせよ過去のことだ。

 国連の介入によって非人道的な装置と位置づけられた<瞳>は解体された。

 残念なことに犠牲となった21名の発症者は現在も意識不明のままで、回復の見込みは無い。

 <瞳>を完全に失った今、特捜は市民による情報ネットワークをその代わりとして構築しようとしている。

 通信網の回復に伴って、市民からの通報は非常に早くなり、それを解析して各部隊に伝えるために通信課が再構成された。

 現在では<瞳>の不在はさほど問題ではなくなっている。

 あった時は喪失の危機を何度も想定したが、無くなってしまえばそれなりになんとかなるものだ。


「んぅ……」


 胸にしがみついた美奈が身をよじった。

 薄目を開けて京子が起きているのに気がつくと、その体がすとんとベッドをすり抜けて落ちた。

 ずり落ちたのではなく、文字通りベッドがあった場所を手品のようにすり抜けて落ちた。


「美奈ちゃん!?」


 びっくりしてベッドの下を覗き込む。

 するとそこに身を丸くした美奈がいた。

 ひとまずほっと息をつく。

 なるほど、これが彼女の能力なのだ。

 道理で鍵のかかった家に簡単に侵入できるわけだ。

 彼女にかかれば鍵も壁も問題ではない。


「どうしたの?」


「……違う」


「なにが?」


「……寝ぼけてたから、間違えただけ」


 つまり彼女の言い分はこうだった。

 監視のために17時まで京子のところにいなくてはならなかったが、ホットミルクを飲んでクッキーを食べているうちに退屈すぎて寝てしまった。

 目が覚めたときには暗くなっていて、ぼけっとしながら自分の家だと思ってしまい、ベッドで寝てる京子を静と間違え潜り込んだ。

 幼い少女ならば仕方の無いことかもしれない。


「お母さんに連絡しなきゃ」


「……いらない」


 美奈の話では最近彼女の母親、つまり黒埼静は滅多に家に帰ってこないらしい。

 だから家に帰って無くてもそれを母親が知ることすらないだろう、とのことだった。

 だからと言って連絡しないわけにもいかない。


「ふー、とりあえずベッドの下から出ておいで」


 ベッド脇からおいでおいですると、美奈はその場で立ち上がった。

 まるでベッドがホログラムのように現実には存在しない映像でもあるかのようなすり抜け具合だった。


「んしょ……」


 手をかけてベッドの上によじのぼり座る。

 やはりというか美奈の体は埃がいくらかついている。

 手のひらで軽く叩いてやって、それからこの子が昨夜シャワーを浴びて無いだろうことを思い出す。


「お風呂入る?」


「…………」


 肯定の頷き。

 お湯を張るほうがいいというので用意をしてやる。

 美奈はお湯がたまりきらないうちに浴室に入っていった。

 脱いだ服がきちんと畳んであって、一体誰が躾をしたんだろうと首を傾げないわけにはいかない。

 もしかしたらあの黒埼静が家ではいい母親なのかもしれないが……。


「まあ、そんなわけないか」


 片手鍋にコメを入れて水でとぐ。

 ざるで水を切って鍋に戻し、手のひらを使って水の量を調整した。

 蓋をして電熱調理器のスイッチを入れる。

 もうひとつ片手鍋。

 粉末だしを入れて水で溶き、乾燥わかめを加えて火を入れる。

 豆腐もネギもない。

 無いよりはマシ味噌汁だ。

 煮立つまでの間に携帯電話の電話帳から黒崎静の番号を呼び出した。

 3課課長代理だった頃には不本意ではあるものの何度か電話をかけたこともある。

 留守番電話に繋がることを期待したが、黒埼静は案外すぐに電話に出た。


「――京子ちゃんから電話なんて珍しいわ~。なにかあったのかしら?」


「美奈ちゃんなんですけど、特捜の仕事で家に来てまして、まあ、なんというか手違いで一晩預かってしまったんですが、心配されてないかと思いまして」


「――あら、あら~、そうだったの。美奈が特捜に入ってからは弓削さんに任せっきりなものだから、特に心配はしてないのよ~。あの人、子守が得意だから」


 それは意外な一面だ。

 京子から見ていると、真夜に世話されてる感があったのだが、実際にはそうでもないのだろうか。


「美奈ちゃん、寂しがってますよ。口にはしませんが」


「――それは分かってるのよ。でもねぇ~……。ああ、そうだ。京子ちゃんから拳と引き合わせてやってくれないかしら? あの人、美奈と会わせようとしてもすぐ逃げちゃうのよ~」


「……ええと、それは」


 以前なら絶対に断っただろう。

 だが美奈の様子を見ていると、父親に会えないというのは可哀相な気がしてしまう。


「本人は会いたがっているんですか?」


「――京子ちゃんから聞いてみて~」


「そうします。それと外部世界となにか取引しませんでした?」


「――してるわよ~。いっぱいしてるからどれのことかわかんなぁい」


「ウイルスとか、感染者を外に引き渡したりとかは……」


「――あー、そういうこともあったわねえ。ほら<瞳>で使ってた人たち、治療のために搬出したわ~。私は警告したのよ。やめたほうがいいって。でも前までとは状況が違うものねぇ」


「状況?」


「それくらいネットで調べればいっぱい出てくるわよ~」


 ウソ混じりでもいいから黒埼静の見解を聞いてみたかったのだが、自分で調べろ、ということらしい。


「――それだけ? 会議中だからそろそろ切るわよ~」


「会議中は電源切っておいてください……」


 多分それだけでみんないくらか幸せになれるはずだ。

 電話を切ると鍋がカタカタ言い始めたので、コメの鍋を強火にして、味噌汁の鍋に味噌を入れる。

 味噌を溶いている最中に気づく。

 作ってるのは一人分だ。

 頭を抱える。

 どうやら自分は誰かの世話をするのは向いていないらしい。

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