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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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赤の代弁者 -2-

 弓削朝子はもう特捜司法官ではない。

 単独で司法判断を下し、断罪まで行う特捜司法官は違憲に当たるとして、資格が剥奪されたためだ。

 だが彼らの能力までが否定されたわけではない。

 彼らには望む職に就く権利が与えられ、弓削朝子は仮住まいに腰を落ち着けることに決めた。

 つまり正式に特捜3課の課長に納まったのである。

 だが情報開放と抑制剤によって特捜も変化を受け入れないわけにはいかなかった。

 もっとも大きな変化は抑制剤によって、発症者の錯乱による事案が極端に減ったことだ。

 錯乱による被害は今でも少なからずあるが、抑制剤を装填した注射銃があれば大抵の場合事足りた。

 そんなわけで3課が必要とされる機会は以前と比べ格段に減った。

 だがもちろん<掴む手>の事件は忘れられたわけではない。

 発症者が悪意を持ってその能力を振るったとき、それはなによりも恐ろしい結果を産むのだ。

 <掴む手>宗谷美咲のもたらした被害は結果的に3課の予算増強に一役買った。

 10人に満たなかった正規職員は現在25名にまで増え、非正規職員も同じくらいの数をそろえている。

 ずいぶん賑やかになったものだ。

 部屋の隅で朝礼の様子を眺めながら京子は感心半分、呆れ半分と言った気分だった。

 なんせ仕事量自体は京子が課長代理を勤めていたときの十分の一にも満たないはずだ。

 パーティションだけで区切られた応接室は以前のままだった。

 一人の少女がお茶を持ってきた。


「お待たせしてます」


 見覚えがあった。

 確か名を日比谷真夜と言ったはずだ。

 京子がいた頃には3課予備、いわゆるちびっ子隊に所属していた。

 年齢的に正規職員としては雇えないが、3課で保護する必要のあった子どもらが集められたところで、今も年齢からすればそこの所属のはずだ。

 そういう決まりを無視して登用してしまう辺りは、弓削朝子も京子も似たところがあるのかもしれない。

 朝礼を終えた弓削朝子がやってきて向かいに座った。


「朝礼なんてこの世から無くなればいいのに」


 それが弓削朝子の第一声だった。


「はぁ……」


「そりゃ引継ぎは必要だし、集団を統率するためには七面倒な手順を踏まないといけないのは理解できるけど、毎朝小話考えるほうの身にもなってほしいよね」


「……えっと、私は愚痴を聞くために呼ばれたんでしょうか?」


「そういうわけじゃないけど。そういえば庶務課はどう? 楽しい?」


「ええ、まあ、それなりに」


 弓削朝子との距離感は掴みにくかった。

 職場における上下関係というのであれば、過去も現在も彼女のほうが上である。

 だが実績という点においては圧倒的に京子のほうが上であり、また3課課長という点でも先輩と言える。

 年齢も京子のほうが上だ。

 また朝子の態度は気さくだった。

 しかし京子は彼女が3課から京子を追い出すためにいろいろ画策したことを知っている。


「単刀直入があなたの流儀だったっけ?」


「そういうわけではありませんが、私は今赤目なわけですし……」


 そんな相手とだらだら雑談していて平気なのか、という問いかけだったのだが、最後まで言い切る前に漆黒の板が京子と朝子の間に出現した。

 それが脇に控えていた真夜の抜いた剣の刀身であることに気づくのに一秒近くかかる。

 幅が30センチを軽く越えている馬鹿げたサイズの剣だ。

 だがその用途を京子は身をもって理解した。

 小柄な少女の体より大きな剣は、対発症者用の盾を兼ねているのだ。


「ありがとう、真夜。でもお客様に失礼よ。剣を下ろしなさい」


「でも、姉さん。この人は能力の使用を示唆しました」


「大丈夫よ。この人が私に危害を加える必要はどこにもないもの。だから剣を下ろしなさい。あと仕事中は課長」


「……はい、ね――、弓削課長」


 しぶしぶと少女は剣を引いた。


「ごめんなさい。うちの隊員が失礼を、お詫びします」


「いえ、私の発言も不用意でした。ただ普通の方は赤目と長々と話すのを好まないと思っていたので……」


 庶務課のほかの職員たちが京子に親しく話しかけてくれるのも、彼女が普段抑制剤を使っているからに他ならない。

 いくら平等な権利が与えられたからといって、異能者である発症者への風当たりは強い。


「まー、普通はそうね。でも私はこういう環境だから――」


 朝子は真夜においでおいでして隣に座らせた。


「実の妹さんですか?」


「ええ、腹違いだけど。ちなみに私の母が死んでからの子だから変な気を回さなくていいわ」


「それは、ほっとしました」


 とは言ったものの、苗字が違うことからも朝子の家庭環境はそれなりに複雑なようであった。


「抑制剤は使われないので?」


「この子は<我は拒絶す>だから、今のままのほうが安全なのよ」


「なるほど」


 ほとんどの場合、発症による視界変化は生活になんらかの悪影響を与える。

 だが<我は拒絶す>は数少ない例外で視界内に危険物が認められない限り能力は発動しない。

 よって瞳の色が赤いことを除けばまったく日常生活に影響はない。


「本当は抑制剤使って普通の生活してもらいたいんだけど」


「姉さんを守るのがわたしの仕事です!」


「はいはい」


 朝子の手が真夜の髪を優しく撫でた。

 京子は自身が抱いていた弓削朝子という女のイメージが崩れ去る音を聞いた。

 もっと冷徹で冷酷で、大切なものなど何も無い。

 そんな人間をイメージしていたのだ。


「なぜ特捜司法官に?」


 今更ながら京子は弓削朝子という人間に興味を持った。


「なりたかったわけじゃないわ」


 あっさりと朝子は断言した。


「幼い頃に生き別れたこの子を探し出すのにそれが最短の道だった。それだけ」


「生き別れた?」


「わたしが発症したからです」


 真夜が言った。

 なるほど、今ならともかく以前は発症者を一般の家庭においておくなんてことは考えられなかった。


「特捜司法官なら独自権限で大抵の資料にアクセスできるでしょ。問題は見つけたからはい辞めますとはいかなかったところかな。当然色んなところに借りも作ったし、大人しく課長やってるのもそういう理由」


「その割にはずいぶん積極的に動かれたと思いますが……」


「あんときはああするしかなかった。緊急時だったもの。あなたが離反者と通じているという情報もあった。津賀野の件があったから、慎重に慎重を重ねたの。分かるでしょ」


「まあ、分かります。疑われるに足る事実はありましたし」


「いいのよ。もう過ぎたことだし、そんなことを追求するために呼んだわけじゃないの。どうしてもあなたに会ってもらいたい子がいるの」


 ようやく本題、というわけだ。

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