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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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赤の代弁者 -1-

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他人を理由に正しさは語れない。

他人を理由に正しさは行えない。

正しさは己の中に見出すしかない。

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 年末年始はテレビ漬けで過ごした。

 解放直後は隔離都市関連の報道番組ばかり見ていたが、数週間も経たないうちに煉瓦台の話題はテレビから消えた。

 後に残ったのは低俗で意味の無い、同じ内容を見た目だけ変えて繰り返す番組だけだった。

 そしてそんなテレビに誰もが夢中になった。

 御剣京子もその一人だった。

 映像と音楽が作り出す情報洪水は、津波のように感覚を麻痺させ、視聴しているだけで幸福感を与えてくれる。

 このような感覚は内部世界にこれまでは存在しないものだった。

 デスクの上に携帯電話を置いて片耳イヤホンでテレビ放送を見ていても誰に咎められることもない。

 誰でもやっていることだった。

 問題は据え置きテレビの普及が追いついておらず、誰もが携帯電話でテレビ放送を見るためにバッテリーの消耗が当初の想定を大きく越えて、需要に供給がおいついていないことくらいだ。

 京子の携帯電話もすでにバッテリーの駆動時間は著しく短くなっていて、今も卓上ホルダーにおいて充電しながらテレビ視聴している。

 バッテリーの持ちが悪くなるということで推奨されていない方法だったが、こうしなければ30分も経たないうちに電源が落ちてしまうのだから仕方ない。

 5インチのディスプレイの中では再放送の医療ドラマを放送していた。

 再放送とは言っても内部世界にしてみれば新番組と変わらない。

 毎日視聴できる分、再放送ドラマのほうが人気が高かった。

 緊張感のあふれる手術シーンの最中にトラブルが起きたところでエンディングが始まる。

 周囲からは一斉にため息が漏れた。

 すぐに女性職員らががやがやと感想を言い合い始める。

 京子も隣の女性から声をかけられて、罪の無い雑談に少しばかり応じた。

 だがそれもすぐに次の番組が始まって中断される。

 まったくもって庶務課は今日も平和だった。


 就業時間が終わると京子は雑談もそこそこに切り上げ、近くの医院に急いだ。

 崩れ去った煉瓦台記念病院に替わるため新市街の中に新設されたものだ。

 面会時間ぎりぎりに病室に飛び込むと、御堂寺沙弥はベッドの上で読んでいた文庫本にしおりを挟んで置いた。

 ゆったりとしたウェーブの長かった髪は今は肩の上あたりで揃えられ、白亜のように白かった肌に今は赤みが差している。


「いらっしゃい。京子さん。今日もありがとう」


「いいの、いいの、好きで来てるんだもの」


 実際、京子は御堂寺沙弥が好きだった。

 年の離れた姉のように思っている。

 だからその彼女がこうして元気になっていく様を見るのはとても嬉しかった。


「副作用とか出てない?」


 そう言って御堂寺沙弥の瞳を覗き込む。

 漆黒の瞳の中にはなんの濁りも見つけられない。


「京子さんこそ、お薬あまりあわないんでしょう?」


「私は頑丈だから平気なの」


 発症者の置かれている状況は劇的に変化した。

 情報が解放され、外部世界の医師たちが一斉に赤目症の研究を始めたから――ではない。

 外部世界に向けて情報が開放されるや否や、黒崎静が赤目症抑制剤の開発に成功したのである。

 実際にはとっくに出来上がっていたものを隠し切れないと悟って、自ら公開しただけに違いない。と、京子は確信していた。

 非常に短い期間の治験を経て、抑制剤は市場に開放された。

 一部、抑制剤にアレルギー反応を示す発症者もいたものの、これにより9割の発症者は自らの能力に悩まされることは無くなった。

 京子はその中間くらいで、抑制剤を使用していると軽い眩暈や立ちくらみを感じるものの、能力自体は完全に押さえ込むことができた。

 瞳の色も今や黒い。

 ただし京子の瞳には濁りが残っている。

 御堂寺沙弥のような美しい漆黒ではなかった。


「拳はちゃんと見舞いきてる?」


「あの人は忙しいですから……」


 沙弥は少し淋しそうに言った。


「あいつが真面目に仕事してると思うと笑えるよね」


「そんなことないですよ」


「欲目ねえ」


「……そうでしょうか」


「うん、違いない」


 一度は70億を犠牲にしようと決意したテロリストも、今では単なる土木労働者だ。

 毎日額に汗して旧市街の再建をやっている。

 これまで壊すことしかしてこなかった人生の中で、はじめて何かを作るということをそれなりに楽しんでいるらしい。


「平和だなぁ」


 御堂寺沙弥の病室を後にした京子は大きく伸びをしながらそう呟いた。

 言葉は白い煙になって風に乗って消えた。

 傘を差して雪の中を歩く。

 日はもうすっかり暮れていて、街灯が雪道を照らしている。

 平和が訪れたのは京子の周りだけの話ではなかった。

 抑制剤の普及によって発症者による事件はほぼ無くなり、特捜は規模縮小の話まで出ている。

 この調子でいけばいずれ赤目症を根治する方法すら見つかるかもしれない。

 そうすれば煉瓦台に縛られることもなく、外の世界に自由に出て行くことができるのだ。

 以前はそんな望みを抱くこともなかったが、テレビなどによって外の世界を知るに従って、人々の間にそんな期待が膨れ上がっているのを京子はよく知っていた。

 彼女自身がそうだったからである。

 なにもかもが良くなってきている。

 京子はそう感じていた。

 その時、流行曲の着信音が流れ、京子は自身の携帯電話を取り出した。

 弓削朝子の番号だった。

 晴れやかだった気分が途端に今の天候と同じくらい暗くなる。

 きっとろくな話じゃないに違いない。


「はい。御剣です」


「――頼みがあるの。今夜から抑制剤を断っておいてくれる?」


 ほら、やっぱりね。

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