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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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地は途絶えしも其は近く -24-

 話は数分前にさかのぼる。

 白峰風に呼び止められた笹原美禽は結局、自身の罪悪感から逃げ切ることができなかった。

 一人身であったならまだしも、美禽はすでに約束の武器を手にしていて、探しに行ったきりになるという自己欺瞞を続けることがどうしてもできなかったのだ。

 さらに援軍が来たという事実が彼女を勇気付けた。

 自分らがどうにかしなくても彼らがやってくれるかもしれないという期待は、トールを説得する材料にもなりえた。

 一度決めると美禽の足は速かった。

 斜面も段差も無視して真っ直ぐにトールを目指す。

 能力を出し惜しみする必要はどこにもない。

 美禽は獣を思わせる速さでトールの元にたどり着いた。

 そしてそこにある光景に愕然とした。

 トールはうつ伏せに倒れていた。

 それも彼が待っていると言った場所から数十メートルも離れていた。

 逃げようとしていたのではない。

 彼は燃える森に向かっていた。

 戦いに向かって、そこで力尽きたのだ。

 慌てて駆け寄って体に触れる。

 幸いにして心臓はまだ動いていたが、顔面は蒼白で、ひどく汗をかいている。

 大量の出血によってトールはショック状態に陥っていた。

 美禽は激しく後悔した。

 トールが無理にでも戦いに赴こうとすることは十分に想像できたはずだ。

 こうなることは分かったはずだった。

 そういう事実からも自分は逃げ出そうとしていたのだ。

 銃を投げ出して美禽は上着を脱いだ。

 ナイフで引き裂いてトールの頭にかぶせて縛る。

 腕や足の出血部も同じようにした。

 トールの手が伸びた。

 地面に転がったIWS2000に向けて。

 意識は無いはずだ。

 その証拠にトールは美禽に気づいた素振りもない。

 ただそこにそれが見えたから、彼はまだ戦うつもりなのだ。

 だがトールにはもうほとんど力が残されていない。

 立ち上がることはおろか、狙いもつけられないだろう。

 能力が発動するかどうかも心もとない。

 それでもトールは手を伸ばした。

 その手を美禽は掴んだ。

 トールは振り払おうとしたが、美禽は離さなかった。


「トール、無理だよ。ここからじゃ見えない」


 そこは大きく緩やかなくぼ地になっていて周囲への視界が絶望的に悪かった。

 トールの能力は視点の再設定だが、再設定先のさらに先に再度設定することはできない。

 よってこの環境下では著しく能力は制限を受ける。

 だが美禽にトールを止めるつもりはもうなかった。

 生死の狭間をさ迷っている相手を止めるなんてことは誰にもできない。


「だから、ボクが代わりに見てあげる。ボクをトールの目にして。その代わり、絶対外しちゃ駄目だよ。約束――」


 トールに聞こえていたかどうかは分からない。

 だが構わなかった。

 今のトールなら敵を視認できれば反射的に撃つだろう。

 そして美禽はナイフで自らの手首を切った。

 皮膚が薄く切れて、血が滲んだ。


「あはは、ダメだな。震えてるや……」


 そう言って美禽は再びナイフを走らせた。

 ぐ、と深く刃がめり込んで、糸のように血が流れた。

 それを掲げ、口に含む。

 十分なところで手首を巻いて止血した。

 違法行為ではあったが、いや、だからこそ識連結の知識はあった。

 誰かを自身の半身として識連結するには、お互いの体の一部分を交換しあうのだ。

 大体の場合は血が使われる。

 だから美禽は口に含んだ自分の血をトールに口付けて注ぎ込んだ。

 鼻をつまんで無理やり飲み込ませる。

 それからトールの額に口をつけて頭部からの出血に舌を這わせた。


「まいったね、重罪行為だよ。これ」


 唇を拭いながら、美禽は空笑いした。

 その瞬間、周囲の木々が吹き飛んだ。

 くぼ地にいたため力を直接浴びることはなかったが、風圧に体が持っていかれそうになる。


「でもあっちほどじゃないね」


 立ち上がって顔を上げるとろくでもない光景が広がっていた。

 森が、無くなっていた。

 山から町にかけて、上部のかけた円形の更地ができあがっていた。


「見える?」


 聞くまでもなかった。トールは引き金に指をかけ、銃底を肩に当てた。

 美禽は覚悟を決める。

 この敵が見える場所に行くということは、この敵から見える場所に出るということだ。

 こんな馬鹿げた力の前に踊り出るということだ。

 だがそれが一瞬であれ、トールは必ずやってくれる。

 美禽はそう信じた。


「行ってくるね」


 そう言って走り出す。

 銃を下ろした今、体は異様なほどに軽かった。

 足場を作り蹴って足場を消す。

 着地寸前に再び足場を形成。

 2,3歩で体勢を立て直し、再度跳躍する。

 能力の性質上、足場を展開している間、美禽は下方に対する視認ができない。

 ゆえに山の斜面で美禽が十分な視界を得ながら移動するにはこの方法しかなかった。

 向かうべき方向はこの真円が教えてくれる。

 その中心地にそれはいるはずだ。

 遥か前方で土柱が上がった。

 それが戦闘によるものだと美禽はすぐに判断した。

 土柱は上がった後、不自然なほどすぐに消えた。

 それに向かって美禽はさらにスピードを上げた。

 もう中心地は数百メートル先に迫っている。

 そこにある人影にも気がついた。

 だがトールはまだ撃たない。

 トールの感覚は美禽にも伝わっていたので確認するまでもなく、そのことは分かっていた。

 つまりトールは美禽の視界を間借りできても、そこに能力を掛け合わせることができないのだ。

 結果、数百メートルは文字通り数百メートルであって、人影は人影だ。

 スコープの助力を借りることすらできない。

 その事実に気がついて美禽は愕然となった。

 つまり美禽はこの敵、<掴む手>に最接近しなければならない。

 見えさえすればいいというわけではないのである。

 いやもしかしたらそれも足りないかもしれない。

 美禽の視界を利用して狙撃するという考え自体が間違っているのかもしれないのだ。

 前方の空間が歪んだ。

 一瞬で視界からある特定部分が消失し、そちらに向けて瞬間的な突風が発生した。

 そしてそこから炎が上がる。

 何が起きたのか美禽にはまったく理解できない。

 そしてそんな美禽に追い討ちをかけるように、脳裏を知らない光景がオーバーライドした。

 山の斜面にあわせるようにして飛ぶ、無数の飛翔体だ。

 もちろん美禽が巡航ミサイルなるものを知っているわけもなかった。

 <掴む手>が何かを投げた。

 もうそれが分かるほどに接近していた。

 空気を切り裂いて飛んだそれを思わず美禽は目で追ったがすぐに見えなくなった。

 次の瞬間、山の向こうの空が明るく輝き、丸い雲が上がった。

 音が先に届いて、それから衝撃波がやってきた。

 咄嗟に縦に足場を形成して衝撃に耐える。

 わき腹に走った痛みはトールの負傷が伝わってきたものだった。

 美禽は無傷で衝撃を切り抜けた。

 足場を消し、ただ前に走りながら侵犯者を探した。

 もう彼女は目の前にいた。

 腐葉土の中から顔を上げ、美禽を見た。

 その彼女に向けて指で作った銃を突きつける。


「BANG!」


 <掴む手>が美禽の体を捕まえた。

 だが近すぎた。

 掴めたのはその肩とわき腹までだった。

 だがそれで十分だった。

 掴む手の今の力ならそのまま美禽を引き裂くことも容易だった。

 しかし美禽の体があっけなく二つに裂かれるよりも早くそれが訪れた。


 宗谷美咲の胸に劣化ウランの槍が突き立った。

 2キロ強という距離を放物線状に飛翔した弾体は初速を完全に失ってしまい、重力に引かれて落下したというほうが正しい。

 だがそれでも劣化ウランの弾体には十分な威力があった。

 安定翼が半分ほど宗谷美咲の胸に埋まったところで弾体は止まった。

 彼女は胸に生えたそれを、大きく目を見開いて見つめた。

 その一瞬、まだ彼女は生きていた。

 だが一瞬だった。

 弾体の持つ運動エネルギーが彼女の体を吹き飛ばした。

 腐葉土の上を二転三転して仰向けに彼女は停止した。

 死んだ。

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