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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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地は途絶えしも其は近く -23-

 両目からの出血が止まらない。

 目元を拭う。

 世界はすぐに赤黒く塗りつぶされていく。

 よろけながら滑り落ちるように山を降りる。

 木にぶつかり転げ、手を払うと木々が舞った。


 痛い――。


 まるでこめかみに焼きゴテを押し当てられているようだった。

 そしてそれが深く脳内に押し入って、脳細胞をひとつひとつ灼いている。

 神経細胞が断ち切れるごとに、ぶちんぶちんと痛みが走る。

 シナプスが細胞体から引きちぎられる。

 ぶちん――、ぶちん――、ぶちん。


「うあああああ――――」


 歯を食いしばっていることすらできなくて、力の入った喉から呻き声が漏れた。


 ――どこだ!!――。


 激しく強い意思を以って、美咲は全周囲を見回した。

 だが森以外にはなにも見えない。


 ――どこだ!!――。


 美咲は確信した。

 攻撃を受けている。

 これはなんらかの攻撃によるダメージだ。

 だがそうであるなら敵はかならず美咲を視認できる位置にいるはずだ。

 視界外に効力を及ぼす能力は物理的な攻撃力を持たないというのは大原則だからだ。


「あああああああああ――――」


 分からない。分からない。分からない。分からない。

 分からない。なら!!

 右腕を振り上げた。


 隠れてられないようにしてやる! 全方位! 最大射程!


 叩き付け、なぎ払い、掴み取り、握りつぶす。

 それはまるで巨大なレーキで森をならしたかのような光景だった。

 木々がなぎ倒され、巻き上げられ、土砂とともに圧縮され、巨大な真円の更地ができた。

 視界内にしか効力が及ばないという制限のため、凹凸のある場所や、中心から遠い場所には乱雑な部分も残ったが、それでもそれは遠目にはっきりと分かる山腹から旧市街にかけて生まれた巨大な瞳だった。

 痛みが増す。

 ケーキナイフで脳を切り分けられているようだ。

 さく、さく――、さく。

 いる。

 美咲はその存在を確信する。

 はっきりと感じる。

 美咲を見ている。

 敵意と害意を以って、その排除を誓っている。

 だがそれはこちらも同じことだった。

 それが誰だろうと、何者だろうと、何だろうと、叩き、押しのけ、握りつぶしてやるだけだった。

 なぜなら美咲にとって内部世界のすべては敵だったからだ。

 それは発症者、感染者に留まらず、そこに存在するすべて、土地も建物も、植物も、空気に至るまで、全てが美咲の敵だった。

 赤目症という概念そのものが美咲の敵だった。

 痛みと出血に苛まれていたとは言え、美咲は全精神を傾けてこの敵を探し出そうとしていた。

 だから気がついた。山頂方向の土の中からほんのわずか突きだした銃口。

 発砲と左手を振るったのは同時だった。

 美咲の心臓をピンポイントで打ち抜こうとした弾丸は、左腕に阻まれた。

 上腕部に命中し、前腕骨を粉砕して貫通し、美咲の腹部に突き刺さってそこで止まった。

 そして腕を貫かれたにも関わらず美咲は腕を振りぬいた。

 まるで水遊びでもしているかのように土砂が舞い上がった。

 高さ30メートルを越す土柱が上がった。

 それを右手で掴んだ。

 握り締める。

 握りつぶす。

 強く、強く、強く、強く――!!

 能力を受けて土柱はある一点に向けて収束した。

 ゴルフボール大の球体が生成され、圧縮による発熱で煙を上げた。

 だがその向こう側に白い影が翻った。

 咄嗟に握りこんだ高密度体を投げつける。

 発砲音――。

 銃弾は耳を掠める。

 白い影は地面の陰に隠れる。

 美咲は地面を削り、それを圧縮して高密度体の板を作り出した。

 それを掴んだまま白い影のいた場所との間に浮遊させる。

 能力による追撃を行わなかったのは、初撃を防がれていたからだ。

 チン、と高密度体が音を立てる。

 向こう側から銃撃を行ったのだろう。

 だが十分に厚みのあるこの盾を貫くことはできなかったようだ。


 ――こいつじゃない!


 美咲はじりじりと後ずさった。

 この白い影も敵には違いなかったが、今美咲が探している相手ではなかった。

 だがこの白い影から感じる敵意、害意の向こう側になにかもっと大きな意識の流れのようなものを感じる。


 ――お前は誰だ!


 それが、それこそが美咲の敵だった。

 美咲が真っ先に殺さねばならぬ相手だった。

 だがその具体像が見えてこない。

 ここにいるはずなのだ。

 美咲を見ているはずなのだ。

 もはや目の出血を拭うこともできない。

 右手は高密度体を掴み、左手は手首から先がぴくりとも動かない。


「答えろっ! 背後にいるのは誰だっ!」


 椀部、腹部は痛みを感じなかった。

 頭部の痛みですでに痛覚が麻痺している。

 だが傷は、出血は確実に美咲の体力を奪っていく。

 戦闘を継続できる時間はそれほど長くない。


「返事しろ! させてやる!」


 追い詰められ、傷を負い、意識の混濁が始まるに至って、美咲の能力はさらに力を増した。

 高密度体を地面に突き刺してそれを中心にさらなる空間の圧縮を始める。

 大気も巻き込んで始めたこの圧縮においてもっとも重要なのはその速さであった。

 半径数十メートルに及ぶ大気を含んだ空間圧縮は美咲の意図を超えた膨大な熱量を生んだ。

 高密度体は固体でいられなくなり、液体になり、そして気化した。

 大気が燃え上がり、腐葉土に燃え移った。

 そのまま白い影をいぶりだすつもりだった。

 熱に負けて飛び出してきたところを握りつぶしてしまえばいい。

 だがその瞬間、美咲の脳裏にある光景が浮かんだ。

 雲の下、山のすぐ向こうで尾を引く無数の飛翔体、巡航ミサイル。

 それがここを狙った自衛隊の攻撃であることはすぐに分かった。


「邪魔を――、するなあああああ――」


 超高密度体を力の限り投げつける。

 6キロの射程プラス今の美咲の能力の強さでそれは軽々と山頂を越える。

 そしてそこで美咲の能力による圧力を失い、気化していた物質と、熱量が炸裂した。

 爆発は直接は見えなかった。

 だが山の向こうの空が煌々と照らされ、きのこ雲が上がった。

 一瞬遅れて衝撃が木々を揺らして迫る。

 身構える暇もなく衝撃に巻き込まれ、美咲はもんどり打った。

 地面に打ち倒され、土砂のシャワーを浴びながら、美咲はついに<それ>を発見した。

 巡航ミサイルの映像を美咲に見せるために、それが美咲に直接的な接触を持ったからだった。

 なるほど――、と美咲は納得した。

 そこにいるのに見えないわけだ。見つからないわけだ。

 ぐるり、と美咲の首が煉瓦台市を捉えた。

 美咲の敵は内部世界のすべての感染者だった。

 すべての発症者だった。

 そして真の敵はまさにそのすべてだった。

 美咲が察知したのは、美咲自身をも含むすべての感染者発症者だったからだ。

 それは脳に似ていた。

 感染者や発症者が脳細胞で、シナプスの代わりに識連結が走っている。

 いや……。

 美咲は識連結という言い方に違和感を覚えた。

 これはもっと普遍的な人間の能力だ。

 当たり前に誰もがしていることだ。

 他者を感じる力。

 つまり共感。

 それが内部世界のすべての人を繋いでいる。

 そして結果としてそこに一個の巨大な集合体が発生しているのだ。

 赤目総体とでも言うべきだろうか。美咲はそれをレッドアイと呼称することにした。

 こうして繋がりを確認できるとはっきりと分かった。

 感染した瞬間から、美咲はずっとこのレッドアイと繋がっていた。

 否、レッドアイとの共感こそが赤目症に感染するということだったのだ。

 そしてレッドアイは美咲が行った大破壊によって大きなダメージを受けたに違いない。

 旧市街を大きく破壊した一撃は、大量の死者を出したはずだ。

 そしてすべての感染者はレッドアイの体の一部なのだ。

 そしてレッドアイは生存本能により、宗谷美咲という敵に対し、免疫機能に相当する個体、白い影などを使って排除を試みているに違いない。

 レッドアイと繋がっている今、美咲はそれの害意、そして恐れをはっきりと感じていた。

 美咲は笑いを堪えられなかった。

 彼女は声を上げて哂った。

 こいつはまさに人類の敵だ。

 ヒトを食らい、自身の一部として成長している巨大な敵だ。

 ともすればそれと戦っている自分はなんだ?

 外部世界の誰かにそれを伝えなければならない。

 そうすればレッドアイはたちまち殲滅されるだろう。

 そうしなければならない。

 でなければいずれこいつは全人類を食い尽くすだろう。

 信行の持ってきた通信機はまだ無事だろうか。

 あれさえ無事ならあるいは――。

 美咲は衝撃の余波の残る体で信行の遺体を置いたあたりを目で追った。

 扇状に吹き飛ばした森は、その周囲も含めて美咲の全方位攻撃によって吹き飛んでおり、位置を特定するのは難しかった。

 だが絶対境界線に合わせて燃えている森がどこかに――、

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