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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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地は途絶えしも其は近く -22-

 管理自治機構と御堂寺は敵対していると一般的に思われがちだ。

 だが現実には管理自治機構は御堂寺の存在を公的には認めておらず、一方御堂寺は管理自治機構から弾き出された離反者を労働力として必要としており、両者の間に直接的な対立はない。

 管理自治機構は内部世界全域の主権を主張しているものの、御堂寺が実効支配する北東部にわざわざ手を出したりはしない。

 外部世界からの食糧支援が打ち切られない限りは、南西部の都市圏さえ確保していれば十分だからだ。

 御堂寺のほうでも北東部で得られる生産品だけで自給自足には足りており、その領土を拡大する旨みはまったくない。

 最大領土が内部世界という比較的狭いエリアに限定される以上、必要とならない限りはお互いに手出しをしない暗黙の了解が生まれていた。

 外部世界からの支援を受け入れるか否かが最大の争点となる両者ではあったが、その一方で共通の見解も存在する。

 それが内部世界の維持である。

 外部世界がその気になれば内部世界を容易に殲滅できることは火を見るより明らかであり、それを避けるために内部世界の治安は守られていなければならない。

 間違っても感染者や発症者を外部世界に出すわけにはいかず、本来であればその点において両者は協力すらできるはずだった。

 だがそこで問題となるのは、管理自治機構側の、離反者は元来存在しないという方針であった。

 存在しないものが存在していてはいけないので、管理自治機構は離反者が確認されると特捜に離反者の処理を命じる。

 つまり存在させないようにする、ということだ。

 そのため、御堂寺は管理自治機構と共同してなにかをするということができなかった。

 だがそれも悪いことばかりではない。

 外部世界に縛られない御堂寺は管理自治機構に比べ、発症者の取り扱いについては自由だ。

 煉瓦台市にいれば封印隔離になるような発症者でも御堂寺では自由に生活ができる。

 無論能力による制限などは発生するが、封印隔離に比べれば些細な問題である。

 またそのために能力の活用については管理自治機構よりも先んじている部分もある。

 例えば<識連結>だ。

 有意識下にある発症者の識連結を管理自治機構は禁じている。

 これは識連結によって発症者の能力が飛躍的に向上するため、識連結した発症者は封印隔離に相当するとされているからである。

 だがもちろん御堂寺ではそのような縛りが存在しない。自我の薄い動物との識連結は一般的であり、発症者と感染者の識連結も稀に見られ、発症者同士の識連結の例もある。

 御堂寺の若頭、白峰風もまた動物と識連結している一人である。彼の半身はせつという名の川上犬で、真っ白い尾が特徴の雄だ。

 ニホンオオカミの血を引くという伝承を持つ川上犬の中でも、雪は群を抜いて勇敢な性格であった。

 風が美禽に接触したとき、先行する雪の目によって彼は負傷して動けないトールや、炎上する森や、破壊された絶対境界線のことをすでに知っていた。

 そして今では絶対境界線を侵犯した2人のうち1人がすでに命を落としたことも知っている。

 さらに雪は残った1人を臭いで追跡していた。

 夜の闇の中で黒い体毛の雪は、尾を除いてほとんど目立たない。

 さらに雪はほとんど音を立てないで走ることができた。

 それでも待ち伏せを警戒させながら進ませたため、雪の追跡は人の走る程度の速さだった。

 やがて雪は再び絶対境界線に行き当たる。

 そこは外部へと脱出した場所から500メートルばかり離れていた。

 絶対境界線が迂回しているため、脱出点からは真っ直ぐ視線が望めない。

 侵犯者の臭いはそこからまっすぐ町に向いて進んでいた。


「さて、どうしたものかな」


 侵犯者が内部世界に戻った時点で風の目的は達成されたと言える。

 御堂寺は管理自治政府のように多少危険だからという理由だけで発症者を拘禁したり、殺害したりはしない。

 よってこの発症者に害意が無ければ放置してもよい。とは言え――。


「放っておけば特捜に殺されるだけか。如月、どう思う?」


「手に余る、としか」


「それは同感だね」


 2人の眼下には無残に破壊された煉瓦台市の旧市街があった。

 つい先刻までは古びて崩れかかってはいたが、形は残していた。

 それが今はぺちゃんこだ。

 その中には煉瓦台記念病院も含まれる。

 そこにいるはずの想い人の顔を思い出し、風はわずかに眉をしかめた。

 抜け目のない人だから無事だとは思うものの、心配は心配だ。


「これ以上犠牲者を出すわけにもいかない。殺ろう」


「了解」


 まだ見ぬ敵への殺意を明確にした途端、風の脳裏にある光景が浮かんだ。

 それは森を転げ落ちる一人の女だ。

 半身から得られる情報に似ていたが何かが違う。

 雪はまだ敵に追いついていない。


「若頭……」


 如月が戸惑ったような声を上げた。


「ああ、識連結だ」


 風には似たような経験が何度かあった。

 その全てが非常に危険な発症者と対峙したときで、その情報に助けられて一命を取り留めたこともある。

 何者かは分からないが、識連結を自由に使いこなす誰かがおり、風らに協力してくれているのは間違いない。


「敵は負傷しているようだ。好機だな。雪を追いつかせる。こっちだ」


 それが誰なのかを追及するつもりは風にはまったくなかった。

 彼の想い人はそうは考えていないようだったが、少なくとも彼は味方だと感じる誰かの素性を探ったりはしない。

 逆に言えば彼は個人個人の事情などどうでもよかった。

 重要なのは目的であったり、手段であって、個人的な思想や感情は個人が余暇において楽しむものだと彼は認識していた。

 そうすべては内部世界を守り、内部世界の人間による内部世界のための政府を打ちたて、それを外部世界に認めさせるためだ。

 それこそが御堂寺の目的であり、また彼の想い人の願いであった。

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