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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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地は途絶えしも其は近く -21-

 宗谷美咲の目の前には幅200メートルほどの地雷原が、つまり絶対境界線が広がっている。

 美咲は木陰に身を潜め、左右を見回した。

 少なくとも彼女が自身の手で破壊した絶対境界線からは十分に離れたようだ。

 問題はどうやってこの絶対境界線を再び越えるか、だった。

 さっきと同様の手段は使えない。

 使ってもいいが、地雷の爆発によって即座に発見されてしまうだろう。

 内部世界からの追っ手にせよ、自衛隊にせよ、侮っていい相手ではない。

 事実、信行に助けられなければ美咲は最初の狙撃で死んでいたはずだ。

 だから美咲はこの地雷原をこっそり抜けるつもりだった。

 美咲は自身の能力の強力さを十分に分かっていたが、その一方でまたそれを振り回すだけでは内部世界の撃滅という目的には至らないと気づいていた。

 もっと慎重に、もっと狡猾に、そして徹底的にやらなければならない。

 そしてそのためにはまず自身の能力をより深く知らなければならないだろう。

 己を知らぬ者には一戦すら危ういのだ。

 木の根元に腰を下ろし、目を閉じ目の前に手のひらを掲げ、目を開けた。

 <掴む手>、それが彼女の視界内のすべてのものに触れられる能力。

 だが美咲はそれを心から信じていたわけではなかった。

 現実にはそれに近い作用が起きている。

 だがもし本当にそうであれば美咲はもっと不自由を感じていなければならないはずだ。

 なぜなら目を開けている限りどうしたって手は視界内に入ってくるものだからだ。

 しかし実際には意識していない時、能力が発動している気配は無い。

 例えばただ歩いているだけでも地面が削られていきそうなものなのに。

 つまり美咲自身が気がつかなければ、視界内に手があっても能力は発動しない可能性がある。

 例えば手と視界内の物質が触れたと認識しなければ能力は発動しない。

 と、言った具合だ。

 それに<手>の有効範囲にも疑問が残る。

 指先なのか、手のひらなのか、甲も含むのか、手首はどうなのか。

 それを確かめるために美咲は掲げた手をゆっくりと上に上げた。

 木々が枯れた悲鳴を上げて、幹がぼろぼろと剥がれ落ちた。

 有効範囲は手首を含まない。

 しかし理屈が通らない。

 美咲は考えた。

 なによりも問題なのは、視界内全域の物体に触れる能力といいながら、物体を掴むことができる、という点だ。

 美咲は地面に転がった木の枝を指先でつまみ上げた。

 ただし数メートル先の、美咲の腕ほども太さのある枝だ。

 とは言っても、距離があるのでえんぴつくらいの太さにしか感じない。

 掴めた。

 掴めたということが問題だった。

 あえて意識しなかったが、枝をつまみあげるときに手は地面全体の上を横切ったはずだった。

 そして今、枝を掴んでいる状態ではそれ以外の部分に影響は発生していないように思える。

 つまり――、この能力は意識的にコントロールができるはずだ。

 対象を指定できる。

 距離を指定できる。

 いや、もしかしたらもっと“力の形”そのものを変化させることすらできるのではないか?

 美咲は手のひらの上に木の枝を乗せた。

 実際には枝は美咲から数メートル離れた空中に浮いている。

 たとえばここにもう一本の手があったとして――、その手でこの枝をつまみあげられるだろうか。

 手をイメージの中で組み立てる。

 右手を動かすつもりで、架空のその手を動かして枝を掴んだ。

 持ち上げる。

 だが枝はぴくりともしなかった。

 無理なのか、やり方が間違っているのか、美咲は直感的に後者だと感じた。

 黒崎拳のところにいたときに能力に関する注意点として“どんなことでも起こりうる”ということがあった。

 それは逆に言えば“どんなことでも引き起こせる”という意味に他ならない。

 だが実際には個々の発症者が発現する能力はひどく限定的だ。

 そしてそれはその個人の内面に深く関わっているのではないかと美咲は思っていた。

 <掴む手>などと呼ばれているが、この能力は明らかに美咲の破壊願望を極端なまでに具現化したものだ。

 だからこの能力は美咲の心のどこかに必ず繋がっているはずだった。

 逆にその繋がりを見つけられれば、この能力をもっと制御できるかもしれない。

 だが今はその時間がない。

 空を轟音が駆け抜けた。

 雲のさらにその上。

 音速突破しているロケットエンジンの音。

 スクランブルで上がってきた第二陣だろう。

 当初の予想より遅れたのは換装していたからに違いない。

 問題は核かどうか、という点だ。

 空中で起爆する核爆弾の場合、美咲の能力による排除が間に合わない可能性がある。

 だから美咲は投下されたであろう爆弾が視界に映るのを待たなかった。

 射程6キロということは、縦にも6千メートルの射程があるということに他ならない。

 飛行機の最大高度には遥かに届かないものの、大抵の雲には届く。

 今上空を埋め尽くしている乱層雲など手を伸ばすまでもない。

 肩すら当たりそうな距離だ。

 確信を持って美咲は腕を振りぬいた。

 雲を引き裂き、月さえ望むつもりであった。

 <掴む手>が雲をえぐった。

 深く――。

 だが切り裂くには至らない。

 最大射程であるはずの6キロに遠く及ばない。

 能力は雲の下層をほんのわずかに削ったに過ぎない。

 その向こうから黒い点が出現した。

 轟音に注意を引かれていなければ見落とすほどの小さな点だ。

 落ちてくるというよりは飛んでくるというほうが近い。

 左手で掴んで握り締める。

 ぎゅうと力を込めると、力は爆発すらも捕まえた。

 音も光も逃げ出せない。

 手を解くと、何も残っていなかった。

 破片くらいはあったはずだが、小さすぎて見えないのだろう。

 抉られた雲だけが残った。

 爆弾が降ってきたという痕跡は何もない。

 2点の追加補足が発生した。

 ひとつは美咲自身が望んでいても視界外への能力の行使は不可能か、または難しいということ。

 もうひとつは一度捕まえてしまえば見えていなくても絶対に逃がさないということだ。

 なるほど、それなら――。

 美咲は絶対境界線に向き直った。

 振り上げた右手を地雷原にたたき付け、握り締める。

 鈍い音を立てて空間が握りこまれる。

 強く、力を込めると手ごたえがあった。

 手を返し、上に向けて手のひらを広げると、その上には黒い輝石があった。

 いや、実際には超密度まで圧縮された土と地雷だ。

 あまりの圧力にそれは野球ボールほどの大きさの表面のつるつるした球体になっていた。

 よい材料だった。

 これだけの圧力を加えられるなら、6キロの有効射程内を確実に撃滅できる。

 これまでしてきたように横になぎ払うのとはわけが違う。確実に皆殺しだ。

 その瞬間、鋭い痛みが頭部を抜けて、美咲は頭を抱えて蹲った。

 目の前が明滅して、天地が分からなくなる。

 腐葉土の上に転がって、美咲はのたうちまわった。


「……なに、これ……」


 視界が赤く染まる。

 目元を拭うと手にべったりと血が付いた。

 とにかくここに留まってはいけないと判断し、千鳥足で絶対境界線を越える。

 再び内部世界に戻る。

 だがそこで立ち止まるわけにもいかない。

 地雷に内臓された発信機は爆破前に電波を発信するものだろうが、中には常時電波を発しているものがあるかもしれない。

 そういったものからの通信が途切れれば、自衛隊はこの位置情報を知りうる可能性がある。

 山の斜面をほとんど転げ落ちるように美咲は進んでいった。

 割れるような頭痛と、目からの出血は止まらなかった。

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