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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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地は途絶えしも其は近く -20-

 空洞が笹原美禽を見つめていた。

 日の落ちた森はほとんど真っ暗で、雲が照り返す外部世界の光だけが届いている。

 その頼りない明かりは世界を白黒の濃淡だけで表している。

 まるで影の世界だった。

 その世界の中に一点の完全な闇があった。

 それは闇の中にあってなお暗く、闇という闇がそこに吸い込まれていくようだった。

 それは真円で、ひどく深かった。

 本来、銃身内部にあるはずのライフリングがそこには無い。

 ただの空洞だった。

 IWS2000はまるで投げた槍のように斜めに腐葉土に突き立っていた。

 銃底部分は腐葉土に埋もれて窺うことができないが、銃口は真っ直ぐに美禽に向いていた。

 美禽はこの銃がセミオートマチックであることを思い出した。

 それはつまりトールが先ほど2度の射撃を行った後、弾丸が自動的に装填されているということだ。

 それはつまりこの空洞の闇の奥に人間など木っ端微塵にできるほどの暴力が潜んでいるということだ。

 美禽の両足は凍りついたように動かなかった。

 銃はそう滅多なことでは暴発しない。

 そんなことは分かっている。

 だが暴発しないわけではない。

 銃を扱う人間なら決して装弾されている銃口を覗き込んだりはしない。

 だからすぐに身を逸らさなければならない。

 ほんの少し横に体をずらすだけでいい。

 ただそれだけのことなのに美禽の体はまるで射抜かれたように動かなかった。

 何故だろう。

 体を逃がそうとすれば、その瞬間にこの銃が暴発する気がしてならない。

 そんなバカなことがあるはずないのに、どうしてもその想像を美禽は振り払うことができなかった。


「逃げるなって言いたいわけ?」


 返事は無かった。銃は喋らない。


「どうしろって言うのよ!」


「――それは君がどうしたいかによる」


 唐突に闇の中から白い影が現れた。

 咄嗟に腰のUSPを抜いて構える。

 と同時に鋭い痛みとともに右手からUSPが消える。

 銃声。

 抜いた銃を撃ちぬかれたのだ。


「誰!?」


 特捜ではない。

 特捜なら身分証を出すだろう。

 撃ち返してきたりはしない。

 こんな絶対境界線に近い山の中に、特捜以外にまともな人間がいるはずがない。


「味方さ」


 それは衆目麗しい一人の男だった。

 季節外れの白いロングコートに、大口径の拳銃を手にしている。

 男は拳銃の撃鉄を下ろすとそれをコートのポケットに突っ込んだ。

 それから地面に突き立ったIWS2000を軽々と引き抜いて、装弾を確かめる。


「これは君のかい?」


「そうよ。返して!」


「もちろん」


 男は無造作にIWS2000を美禽に渡した。

 ずしりとした重みに、美禽は顔をしかめる。

 バンドを使いトールがしていたように背中に抱えようとしたが、美禽の身長では銃底が地面についた。


「状況を聞こうか」


 男の背後からもう一人の男が現れた。

 いかめしい顔つきの無骨な男は、美禽からは距離を取って周囲を警戒している。


「先に名乗って」


「自己紹介をしている時間はない。君も僕も絶対境界線を守るのが目的だ。それでいいだろう」


 美禽は首を横に振った。


「それはもう手遅れだもん。絶対境界線はすでに破られちゃった」


「だが君らは交戦状態に入った。違うかい?」


「交戦なんてもんじゃないよ。一方的にやられたもの」


「でも君はほとんど無傷で生きている」


 男の手が美禽の肩を掴んだ。

 男の顔を間近に見て、美禽はぞっとした。

 男の顔は美しいが、どこか能面のような作り物めいた不気味さがあった。


「よくやった。君は敵の足を止め、引き付けることに成功したんだ。おかげで僕らに余地ができた」


「余地?」


「連中をこちら側に連れ戻すんだ。そうやって片をつける」


「できるの?」


「できるできないじゃないな。やるかやらないかさ。敵の数は? 能力は分かるかい?」


「絶対境界線を突破したのは2人だと思う。能力は物理干渉系。<掴む手>って知ってる? あれの強化版みたいなもの。私の知ってるのより効力が異常なほど強かった。ねぇ、本当にやるの?」


 男が<掴む手>を知っているのは、彼が返事を躊躇ったことから推測できた。

 だが結局男は同じ答えを口にした。


「……やれるだけはね」


「どうして?」


「どうしてって……」


 男は戸惑ったように美禽を見つめ返した。


「そうするべきだからに決まってるじゃないか」


 同じような答えを聞いたばかりだった。


「わかんない。命を捨ててでもやらなきゃいけないことなんてない!」


「君にそうしろとは言わない。そして僕らがそうすることに文句を言われる筋合いもないな。協力に感謝する。如月、行くぞ。敵は<掴む手>だ」


 2人の男はあっという間に美禽の視界から消えてしまった。

 真っ直ぐに火の手があがっている方向に向かう。

 そしてそれはトールのいる方向でもあった。


「なによ……。どいつもこいつも! わたしが悪いみたいじゃない!」


 美禽は振り返って町に向けて走り出そうとした。

 だが長すぎる銃身が地面につっかえて邪魔をした。


「あんたまで!」


 美禽は叫んだが、誰も返事はしなかった。銃は喋らない。

今日はここまで!

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