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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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地は途絶えしも其は近く -18-

 甲高く空を切り裂く音が、遥か遠くから上空をフライバイしていく。

 美咲は顔を上げた。

 空の色は藍色を過ぎて、もはや色を失っており、その中でオレンジの光が青白く変わり暗闇の中に消える。

 戦闘機、2機、先行偵察、理由、自衛隊の警戒網にかかったから。

 消えたのは雲の中に入ったからだ。

 ほとんど一瞬でそれらの言葉が美咲の脳裏にフラッシュした。

 両手の中に温もりを失っていく信行の体があるというのに、脳のどこかが理性を失わない。

 悔しくて、悲しい。

 でもそれを塗りつぶして余りあるのは怒りだった。

 音が変わる。

 遠くなるのではなく、つぶれるような変化。

 縦ロール、1機のみ、アフターバーナーを切った、反転、爆撃コース、雲間から出現、パイロンから切り離される、爆弾? ――クラスター爆弾、ナパームじゃないのは後から制圧部隊が来るからだ。

 ヘリによる強襲制圧部隊だろう。

 逃がさない。

 離脱コースに入った機体をクラスター爆弾ごと巻き込んで右手で薙ぎ払う。

 分裂したばかりの子爆弾が火花を散らし無数の爆発を起こす。

 それに巻き込まれた機体がひときわ大きな爆発を起こした。

 脱出装置は作動したが、パイロットは逃げ切れなかった。

 どっちにしても逃がさないけど――。

 ぐるりと視界が回転する。

 もう一機の戦闘機はまっすぐにこの空域を飛び去った。

 消えた脅威に興味は無い。

 降りかかる火の粉を払っただけだ。

 憂さ晴らしにもならない。

 見下ろすと煉瓦台の街の灯が見えた。

 12万の人の灯。

 ひとつひとつが人の営みだ。

 人間が起こす存在の証明だ。

 感染者どもの――。

 ウイルスに冒されたモノどもが図々しくもその生を永らえているという証だ。

 反射的に右手を振り上げた。

 潰せる。

 この力でなら潰せる。

 すべての感染者を潰して消して、そして最後に自分の命を絶とう。

 そうすれば世界からこの病気そのものを消してしまえるだろう。

 美咲は信行を自分から奪ったこの病気が憎くてたまらなかった。

 信行はいつもこの病気のことばかり考えていた。

 本当に大事な瞬間ですら美咲のことを本気で考えたりはしないのだ。

 はじめからそうだった。

 一番はじめからそうだった。


 おまえらのせいで!


 今は自身の体にもその病気が根付いている。

 一時、信行と一緒になれるとこの病気に感謝した。

 信行と生きていけるのだと考えた。

 だがそれは間違いだった。


 おまえらのせいで!


 振り下ろした。

 叩きつけた。

 視界の中の大地に手が激突した。

 森が潰れた。

 山肌からその向こうの市街の一部までが轟音とともに潰れた。

 だがそこが限界だった。

 射程6キロ。

 500メートル前後の誤差。

 信行がダメだというので確認していなかったがこれが能力限界。

 だが――、それはあくまで能力の限界!

 大地を握り上げて投げつける。

 大量の土砂が舞って煉瓦台市に降りかかった。

 美咲の視界では砂を投げた程度の光景。

 だが現実には何百トンという土砂が町に襲い掛かった。

 直撃を受けいくつもの建物が崩れ落ちる。

 街の明かりが一部途切れた。

 だが手を直接叩き付けたのとは違い、それは部分的な撃滅だった。

 駄目だ。

 足りない。

 直接この手で潰さなければならない。

 街へ、直接降りてすりつぶしていく必要があるだろう。

 立ち上がろうとして気がつけば左腕で抱えた信行の体からは温もりが完全に消えていた。

 最後に強く抱きしめて、キスをした。

 そっと地面に横たえる。


 ――ごめんね。信行。あなたがいなくなったら私は寂しくて気が狂ってしまうだろうと思っていたのに……。


 けれど狂えそうに無かった。

 こんなにも悲しいのに、理性は冷却水の中のコンピュータのように現実を処理していく。


「終わらせるね。私が……」




「トール!」


 美咲が見つけたとき、トールはまるで死人のようだった。

 全身は血まみれで、投げ出された両足はどう見ても機能しない。

 USPに指をかけて、赤色の瞳を見なければまるで眠っているようだった。


「美禽か、状況を教えてくれ……」


「わかんない。わかんないよ!」


「ここは場所が悪い。視界がほとんど飛ばせないんだ。どこか開けた場所まで移動したい」


「なに言ってるの! トール、自分の状態分かってない!」


「じゃあどうしろってんだ……」


 喉の奥でうめき声をあげ、トールは肩を使い芋虫のように地面を這って進もうとする。

 美禽ははっとして地面を見た。

 這い進んだ跡がある。

 トールは落下点からこうやって地面を這い進んで来たのだ。


「なんでそこまでするんだよぅ……」


 美禽にとって特捜は単に居場所でしかなかった。

 人に明かせぬ能力を得たが故、一般のコミュニティに参加するのは危険だったからだ。

 そこで京子に誘われて特捜三課に入った。

 高校には進学するよう勧められたが、発症してからというものかつての友人らも美禽とは一線を引いて接するようになっていたので、中学卒業をいい機会にして、美禽はそのまま特捜に就職する道を選んだ。

 単に居心地のいい場所を見つけてそこに居ついただけのことだった。

 だから美禽には特捜に対して思い入れがあまりない。

 今の場所が居心地がいいのは事実だったが、ここでなければならないというわけではない。

 もしどうしても必要だったならば、我慢して高校に通うことだってしただろう。

 美禽は別に特捜を必要としているわけではなかった。

 だから美禽にはトールの特捜に対する献身が理解できない。


「なんでって決まってるだろ……。誰かがやらなきゃいけないんだ」


「トールじゃなきゃダメってことない」


「……他の誰かに任せたくない」


 トールが大きく息をついた。呼吸することも辛いようだ。


「あのな、美禽。俺は煉瓦台が好きだ。大人たちはみんな外の世界を懐かしがってるけど、俺にはここが故郷だ。この街で生まれて育った。好きな人も、嫌いな人もいる。俺の知ってる全ての人がこの街にいる。それを守ろうとするのに、なんか理由がいるのか……」


「死んじゃうよ!」


「大切な誰かに死なれるよりずっとマシだ」


「……それって、京子さんのこと?」


「だけじゃない。母さんや、友達や、仲間、お前もだよ。美禽」


「でも、今は! 相手はもう煉瓦台の外だよ!」


「それが一番まずいんだ。……こいつは街一つを片手で潰しかねない力だ。そんな制御しきれない強すぎる能力が存在することが知られたら煉瓦台はどうなる。いいか、俺たちは外の世界の人間に生かされてるだけの存在だ。彼らに脅威だと思われるわけにはいかないんだ。扱いづらいけど、利用できれば便利な力。それくらいに留めとかなきゃいけないんだよ」


「分かった――」


 美禽はトールの体を起こし、木にもたれかからせると頭の傷にハンカチを当てた。

 手が小さく震える。


「でも、この銃じゃ殺されに行くようなものだよ。私がトールの銃を探してくる。だからそれまでトールはここでじっとしてて。体力を回復しなきゃ。ね、分かった?」


「そうだな……。それもそうだ。そうしてくれると助かる」


「うん。任せておいて」


「それじゃちょっと休む……、本当はもう限界だったんだ」


「うん。無茶しちゃ駄目だよ」


 トールは目を閉じて体から力を抜いた。それを確認して美禽はその場を駆け去った。真っ直ぐに内地を目指す。


 ――分かったよ。トールには何を言っても無駄なんだね。だったら――。


 辺りの景色には目もくれず美禽は走った。


 ――逃げるために。

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