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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders

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地は途絶えしも其は近く -17-

 ハンマーが落ちた。

 雷管が爆発し、発射薬に着火した。

 薬室内で火薬ガスが生じ、その圧力が15.2ミリ装弾筒付翼安定徹甲弾の装弾筒にぶつかった。

 圧力に押され装弾筒は溝の無い銃身を滑り、銃口から飛び出した。

 その瞬間、それまで銃身によって押さえつけられていた装弾筒が空気圧によって弾体から分離した。

 劣化ウランで作られた矢のような形状の弾体は、実に秒速1450メートルという初速をほとんど失うことなく1500メートル先の白樺の幹に着弾した。

 直径1メートルほどの木の幹は、この弾丸に想定された装甲に比べあまりにも脆かった。

 塑性変形すら起こらずに、弾体は矢の形状を維持したまま木の幹を貫通し、その向こうにいた人間を貫通し、腐葉土の地面に深く突き刺さって消えた。

 片腕が飛んで、残された胴体も地面を転がった。

 幹の真ん中に穴を作った白樺は激しく揺れて、甲高い叫びを上げた。


 バカな!


 透はすぐさま銃口の向きを変えた。


 外した――、外れた――。


 否、もう一人が庇った。

 弾体は発症者を突き飛ばして庇った男を貫いた。

 なぜ彼が透の射撃に気づけたのかはまったく分からない。

 幸いにしてIWS2000はセミオートマチック機構なのでボルトアクションは必要ない。

 次弾はすでに薬室内にあって引き金を引くだけで発射できる。

 もちろん透はそうした。

 同時に透は撃つべき目標が顔を上げるのを見た。

 長い髪の少女――透とそれほど年齢も変わらないだろう女が右手を振り上げた。


 発射、反動――。


 同時に女の右手が振るわれた。

 弾体とは比べるまでもない遅さだったが、着弾までの一秒よりは早かった。

 それと同時に女の前からすべてのものがなぎ払われた。

 木々も、草も、土も、途上にあった弾体も、そして透もだ。

 視界が滅茶苦茶になった。

 三半規管が悲鳴をあげ、自分がどうなっているのかも理解できない。

 なにかを考える暇も無く、全身が何かに叩きつけられ、跳ねた。

 どっ、どどっ、と二度三度と衝突を繰り返し、最後に頭を硬いものに打ち付けてようやく体の回転が止まった。


 何が、起きた――。


 全身を襲う刺すような痛みに耐えながら、透はあたりを見回した。

 視界が赤く染まっているのは炎に照らされているからだけではない。

 額を拭うと手のひらにべったりと血がついた。

 出血が目に入っているのだ。

 ぼやけた視界の中に燃えている森が見える。

 100、いや、120メートル先というところだろうか。

 その付近から吹き飛ばされてここまで転がってきたのだ。

 今すぐ戻らなければならない。

 そう思って立ち上がろうとしたが、体に力が入らない。

 地面に付いた左手の手首に嫌な痛みが走った。

 捻挫ではなく折れている。

 透はそう判断した。

 右手が無事なだけまだ幸いだった。

 そちらを支えに体を起こしにかかる。

 だが透はその試みをすぐに断念せざるを得なかった。

 両足ともに折れていた。

 右足はふくらはぎがぽっきりと、左足は腫れていて折れた場所が特定できない。

 複雑骨折しているかもしれなかった。

 おそらく吹き飛ばされて最初に足から落ちたのだろう。

 だが上半身から落ちればもっと致命的だったに違いない。

 運が良かったのだ。

 透はそう思うことにした。

 だがこうなるともう身動きがまったく取れなかった。

 唯一無事な右腕で腰のホルスターからUSPを抜いて体の上に置く。

 薬室に1発、弾倉に15発。

 替えの弾倉は持ってきたが、片手でリロードするのは困難だ。

 IWS2000を失った今、透の武装はこの非力な拳銃ひとつしかない。

 だがそれでも任務を果たさなければならない。

 まだ透の右手は引き金を引くことができるし、能力を使えば拳銃での狙撃も不可能ではない。

 もう一度額の血を拭って、透は視点を放った。




 トールの銃が火を噴いたとき、美禽はほっとした。

 これでもう安心だと思ったのだ。

 トールが狙いを外すなんてことは想像もしていなかった。

 彼が撃つと目標は吹き飛ぶ。

 そういうものだと思い込んでいた。

 硝煙で景色がかすんだ。

 2射目の銃声が低く響いた。

 衝撃はほぼ同時に襲ってきた。

 向かって左側から森を、大地を巻き上げながら、見えない壁が迫ってきた。

 回避の余裕などどこにもない。

 なにせ“壁”は見える限りの範囲で左側すべてから襲ってきた。

 トールに警告を発する暇もなく、壁に飲み込まれる。

 壁は左斜め下方より、右上方に向けて突き抜けた。

 美禽は空中に放り上げられながら体勢を整えなおし、能力で空中に足場を作り力の壁に向かって立った。

 一本の木が飛んでくるがそれをなんとか躱す。

 幸いにも力の壁は強力だったが薄かった。

 抜けてしまうと体は重力を思い出して地面に向かって落ちた。

 絶対境界線の真上に向けて。


「うぇっ」


 咄嗟に足場を作り、空中に静止する。


「あっぶなぁ……」


 地雷原の上、3メートルほどの高さに着地して美禽は改めて状況を確認した。

 そしてそのでたらめさに言葉を失う。

 森が――倒れていた。

 まるで台風になぎ倒された稲のように、木々がへし折れ同じ方向に向けて頭を垂れていた。

 絶対境界線の損失もさらに広がっている。

 壁に巻き上げられたときに地雷の爆発に巻き込まれなかったのは運が良かったとしかいいようがない。


「冗談きついよ」


 かつてないほどの広範囲物理干渉能力だ。

 こんなにひどいのは聞いたことが……、あった。

 掴む手。

 300名以上を殺傷した過去最悪の発症能力。

 もちろんその能力特性は叩き込まれた。

 発症者が以前の発症者と同じ能力を持つことは稀ではないからだ。

 掴む手の能力、つまり見えているものすべてに手の届く力。

 ベッドから部屋の電気を消すのに便利な能力だなんて思っていた。

 なぜなら掴む手の能力によって発生する物理干渉力はせいぜい人間の手の力程度だったはずだからだ。

 そしてそれでも十分すぎる脅威なのに!

 目の前に広がる光景は明らかに以前の掴む手とは桁外れに出力が違う。

 下手をすればここから新市街をなぎ倒すことすら不可能ではないかもしれない。

 そう考えるとここが山の上であることがこの上も無く不吉なことに思えてきた。

 それからようやく美禽は自分が地雷原の上の空中で無防備に身を晒していることに気がついた。

 身をすくめるが第二波がこない。

 いやそれ以前に敵がどこにいるのかも美禽には分からない。

 扇状に森が吹っ飛んでいるので、おそらくその一番端のあたりにいるのだろう。

 トールの射撃もそちらに向いていた。

 だが、そうだとすればそこまではかなりの距離がある。

 美禽の手持ちの武装でそこまで届くものはひとつもなかった。


 ――自衛隊に……。


 一瞬そう考えるが美禽は首を横に振った。

 自衛隊は防疫装備で殺到してくるだろうが、まさかこれほどの火力を持った発症者を相手にするなどとは想定していないに違いない。

 日常的に発症者の能力に接する機会のある美禽たちですらそうだったのだ。

 自衛隊がなぎ払われるのは簡単に想像できた。

 そしてまた山頂を越えれば外部世界が一望できる。

 美禽自身は能力の所為でその光景を見ることはできなかったが、トールの言葉が正しければ山の向こうには街の光が見えるはずだ。

 そしてこの発症者の能力はそこまで届くかもしれない。

 否、それ以前に、今まさに煉瓦台市がその危機に直面している。


「トール?」


 救いを求めて美禽はトールの姿を探したが見つからない。

 彼もまた美禽と同じように力の壁に巻き込まれて吹き飛んだ。

 そして彼は美禽のように空中で体を制御するような力を持っているわけではない。

 下手したら死んでるかも知れない……。

 嫌な想像を頭から振り払おうとするがうまくいかなかった。


「トール!」


 叫んだ、が、返事は無い。




 力の壁が透と美禽を吹き飛ばしたとき、周辺警戒にあたっていた水瀬だけは巻き込まれずにすんだ。

 駆け戻った彼女が見た光景は何もかもがなぎ倒された森の姿だった。

 それを見た瞬間、彼女はこれが<掴む手>による攻撃であると確信した。

 失われた絶対境界線を見たとき、その可能性に気がつきながら、水瀬はそれを口にすることを躊躇った。

 3人の中で唯一、以前の<掴む手>に接敵したことのある彼女は、敵の能力が<掴む手>であるとは信じたくなかったのだ。

 透の姿を探したが見当たらない。

 ということは初期攻撃に失敗したということであり、対<掴む手>で想定しうる最良の手――不意打ちによる殺害に失敗したということを示している。


 ――全滅する確率が8割ってところかな。


 それも透と美禽がまだ死んでいないと仮定しての話だ。

 水瀬単独では99%勝ち目が無い。

 だがたとえそうだとしても水瀬は前に出なくてはならなかった。

 水瀬の能力は<掴む手>の放つ力の壁に対しては無力だが、二次的に発生する飛来物には有効だ。

 よって3名のうちで水瀬がもっとも長い間敵の攻撃に身を晒すことができる。


 ――結局越えることになるわけだ。


 絶対境界線のあったところにある陥没に水瀬は飛び降りた。

 攻撃を受けた以上、撤退するか反撃するしかない。

 だが透と美禽の所在が分からない。

 撤退はできない。

 では反撃するしかない。

 だが水瀬の武器はというと手に持った刀しかない。

 複雑な機構を含む射撃武器や、手元を離れる投擲武器は、水瀬の能力の影響を受けて想定外の挙動を取りやすい。

 よって彼女が使用できるのは近接武器だけだった。


 ――硝煙弾雨の中を進めと言われるほうがやりやすいな。


 実弾なら水瀬に当たることはない。

 だが不可視の力の壁は防ぎようがない。

 陥没を駆け上がった瞬間、水瀬は死を覚悟したが幸いにして敵の攻撃が襲ってくることはなかった。


 ――それにしたって、なんて有効範囲……。


 なぎ倒された森の一番向こうに敵がいるのは間違いない。

 遠ざかるか、接近してきているかは分からない。

 できれば前者であってほしい。

 大木を飛び越える。

 小さな木々に足を取られることはない。

 注意して目線を送っていればひとりでに避けていってくれるからだ。

 物理接触できないという特性によって、水瀬は悪路を常人以上の速度で進むことができる。

 にしたって遠い!

 1分、2分……、次の攻撃は来ない。

 水瀬は歩を緩めた。

 攻撃を受けた以上、交戦するしかないと思っていたが、向こうが逃げてくれているのであればそのまま行かせてしまいたい。

 ここはすでに外部世界であって、そこを守護するのは自衛隊の役割だ。

 透と美禽を確保して撤退できるならそうしたい。


「……うして……」


 もっと早く足を止めるか、耳を塞いでいるんだった。

 と、そう水瀬は後悔した。


「……どうして……」


 遠く、かすれた声を目で追った。

 扇の始点、折れた大木の傍らにそれはいた。

 地面に蹲った人影。

 見つけてしまった以上は後に引けない。

 距離は100メートルを切っていた。

 人影は水瀬に対し無防備に背中を向けていた。

 こちらに気づいた風もない。

 今なら後ろから殺れる。

 一気に距離を詰めるために水瀬は地を蹴った。

 残り90……70……50、そこで水瀬は気がついた。

 背中を見せるその人影が地面に転がった何かを抱きかかえていることに。

 30……それがはっきりと見えた。

 それは人間の体だった。

 死んでいるのはこの距離でもはっきりとわかった。

 その遺体を人影は抱え込んで肩を震わせている。

 そのあまりにも無防備な姿を見た瞬間、思わず水瀬は足を止めてしまった。

 二人の関係は分からないが、今では女とはっきりと分かるその人影は、血にまみれるのも構わずにその遺体を抱きしめている。

 それはとても悲しい光景だった。

 そして水瀬は自分の大事な人がああいう風に死んでいて、それを抱きしめて泣けるだろうかと考えた。

 きっと躊躇するに違いない。

 いつも必至に我慢しているが、血は嫌いだ……。

 見るのはまだ我慢できる。

 だが触れられるだろうか?

 どちらにしても彼女の能力がそれを許しはしないだろうが、そういう内面が現れたのがこの能力ではないか?

 躊躇、憐憫、自身への迷い、すべてが水瀬の判断を狂わせた。


「あなた……」


 ああ、どうしてこの子だけでも救えないかと考えてしまったのか。

 そんなことできるわけない。

 そんなことができるわけないのに。


「投降して。そうすればなんとか命だけは助かるようにするから」


「……返せ……」


 ぐるりと彼女の首が振り返った。

 その瞬間、水瀬は自身が抱いたすべての感情が間違っていたのだと悟った。


「返せええええええええええええええええええ!」


 憎しみ、憎しみ、憎しみ、紅く、暗く、深く、憎しみだけに塗りつぶされた瞳、血に塗れた歪んだ顔、耳をつんざく絶叫、遺体を掻き抱いていた手が伸びた。

 逃げるには近すぎた。

 殺すには遠すぎた。

 だがたとえ彼我の距離が1メートルだったとしても刃を振り下ろせたかどうかわからない。

 彼女を捕まえたのは<掴む手>のその能力ではなく、ただただ真っ直ぐに向けられた 憎しみ という意思だった。


 ――錬太さんにした約束、守れなかったな……。


 全身を掴まれ、押しつぶされながら、水瀬はそう考えた。

 彼女を掴んだ手は、上半身と下半身をひねり、引き裂き、二つにした。

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