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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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地は途絶えしも其は近く -16-

 煉瓦台市記念病院内に設置された特捜臨時本部は一時のパニックから収まりつつあった。

 結局、京子の進言は受け入れられず、負傷者の救出のために隔離区域への突入が決行されたが、隔離区域から白峰風ほかの御堂寺構成員は発見できなかったのだ。

 今は1課隊員が2課隊員に代わり隔離区域の封鎖をしながら、負傷者の救出にあたっている。

 おかげさまで1課はほぼ総員が動員され、非番の連中の姿もちらほら見える。

 実にご苦労様なことだ。

 だがそれ以上に2課のダメージは深刻だった。

 隔離区域の隊員はほぼ全員が負傷している。3課以上に秘密主義な2課の全体像はどうにもつかめないが、

 数十人か、よもすれば三桁の負傷者ということもありうる状況のようだ。

 さらに言えばこの欠員を埋めるだけの余力が2課にあるのかどうかも疑わしい。

 さらに京子には二つの大きな懸念があった。

 ひとつは行方不明の外部感染者の確保。

 これは透らを向かわせた。

 1課に一部隊向かわせられないかと頼んだが、それがどうなるかは分からない。

 もうひとつは沢渡錬子だ。

 こちらは御堂寺に奪われた。

 だが、奪われましたで済む話ではない。

 彼女の能力は貴重を通りこして危険であり、敵対する勢力が自由にそれを使えるようになった場合、こちらが負う危険はあまりにも大きい。

 京子は後者のほうが緊急度が高いと判断した。

 嫌悪を押さえ込んで黒崎静に連絡を取る。

 正規の手段で<瞳>への割り込み走査要求をしても時間がかかる。

 こういう時はどんなコネでも、コネはコネだ。


「――それがね~。ダメなのよ~」


 だが電話に出た黒崎静にのんびりとした口調でやんわりと断られる。


「緊急事態なのは説明したでしょ」


「――そうじゃないのよ~。今、メンテナンス中で<瞳>は使用不可なの」


「いつから!?」


「――今朝からだけど? きちんと通達してあるわよぉ~?」


 ぎり、と歯の根が鳴った。

 道理で慎重派の白峰風ともあろうものが煉瓦台記念病院などという新市街のど真ん中に姿を見せるはずだ。


「……つまり、白峰風は貴女の差し金なのね」


「――ふー君?」


「そうよ。白峰風、昔から貴女に尻尾振ってたあの鉄面皮よ!」


「――待って、ねぇ、京子ちゃん。勘違いしてない? 私は御堂寺とは縁を切ったのよ? ふー君が今なにをしてるかとかは知らないわ。本当よ」


「まさかそれを私が信じるとでも?」


「――信じるもなにも本当なのよぉ~」


「だったら態度で示してちょうだい。一刻も早く<瞳>を使えるようにして沢渡錬子を見つけ出すの」


「――やることはやってるわよぉ。でも行方不明の外部感染者の件はいいのかしら?」


「なんで貴女がそんなことを気にするのよ。ちゃっちゃと<瞳>のメンテを終わらせなさいよ」


「――そんなこと言われても気になるわよ~。だって白瀬くんは私が預かってたんだし」


「なんですって!?」


 予想もしていないところから捜索中の行方不明者の名前が出てくる。

 一体この女はどうしてこうも京子の通る道に顔を出してくるのだろう。


「そんな報告聞いてないわ!」


「――そりゃまあ、籍は大学においてたし、なんというか、民間協力者みたいな感じでー」


「つまりまたいい加減に引き抜いたわけね。それで彼が煉瓦台市から出て行こうとするような動機や、出て行けると勘違いしてしまうような情報について、心当たりは?」


「――そーねー。<瞳>についてはかなり詳しく知ったと思うわ。本質的なところでこの病気を理解してる部分があるんだと思う。できれば生きたまま確保して欲しいんだけど」


「解剖するため?」


「――やぁねぇ、違うわよ。あの子は使える研究者になるわ。私の保障付きよ」


 つまりは“やらかしてしまう”タイプの人間だということだ。

 京子は静が2人いると想定してゾッとした。


「……善処するわ」


「――でも本当になんで出て行こうとしちゃうのかしら? 出て行けるとも思えないんだけど」


「同感だわ。だから今は沢渡錬子のが重要なの」


「――それで錬子ちゃんがどうしたの?」


 きょとんとした声、京子は思わず言葉通りに地団駄を踏んだ。


「だーかーらーアンタが白峰風を使って拉致ったんでしょ!」


「――うー、耳いたぁいわぁ。んもー、違うって言ってるじゃなぁい」


「だったら<瞳>のメンテが終わったら最優先で彼女を探して! いいわね?」


「――京子ちゃんのお願いなら仕方ないわね~」


 電話を切って京子は大きくため息をついた。

 肺の空気を全部搾り出したようだ。

 最低の底を掘り返したような気分で臨時本部を後にする。

 3課のメンバーが全員出払っている以上、京子がここでできることは自分の病室に戻って大人しく寝ていることくらいだ。

 痛みに耐えながら6階まで階段であがり、自分の病室の扉を開けた。

 電気はつけずに扉を閉じる。

 つい忘れそうになるが、京子は入院患者なのだ。

 職務には復帰しておらず、本来ならば臨時本部で門前払いになっていてもおかしくない。


 ――特捜のいい加減さというか、おおらかさは、評価できるわね。


 そんなことを考えて少し気分を軽くする。

 軽口は彼女のストレス解消法のひとつだった。

 少し寝よう、そう思ってベッドに倒れこんで、それから京子は病室の中の光景に違和感を感じて飛び起きた。


「……拳!?」


 黒ずくめの男が暗い病室の窓際に立っていた。

 まるで彫像のように動かない男は自然と薄暗い背景に紛れて、まるでいるのにいないように見えた。


「警備がザルすぎるぜ。灯台上暗しだ」


 その瞬間、京子の胸に溢れ出した感情はあまりにも種類が多すぎた。

 彼女にできたことはぽかんと口をあけて、何度も目を擦り、目の前の存在が夢でも幻でもないことを確かめることだけだった。

 間違いない。黒崎拳がそこにいた。


「ウソ、あなたなの?」


 思わず伸ばしかけた手を引っ込めた。

 黒崎拳が他人から触れられることをひどく嫌っていることを思い出したからだった。

 そしてそんな京子を黒崎拳はただ黙ってじっと見つめていた。


 観剱京子にとって黒崎拳がどういう人物かを一言で表すのは非常に難しい。

 かつては命の恩人であった。

 間接的にではあるが親の仇でもあり、人生の師でもある。

 憎んだこともあるが、恋した期間のほうが長い。

 兄のようであり、父のようであり、時には子どものように思えたこともある。

 残念なことに恋人であったことは一度もない。

 だが京子の気持ちはというと、こうして三年に近い月日を経て再会して確信する。

 この男を愛している。

 それは甘いというよりは苦い味がした。

 なぜなら京子はこの男の心を手に入れられないことを知っている。

 しかしその一方で報われない恋ほど、人を焦がすものがあるだろうか。

 聞きたいことは山ほどあった。

 言いたいことは山の木々ほどあった。

 だがそのどれにも答えてはくれないだろう。

 黒崎拳が饒舌な時は大抵どうでもいい話で、彼の意味のある沈黙を打ち破るのは並大抵のことではなかった。


「なんの用?」


 だから京子には精一杯の虚勢を張ることしかできない。

 3年前に彼がそうなるように勧めた特捜隊員としての御剣京子で。


「頼みがある」


「頼み……」


 その言葉には驚くほど真実味が感じられなかった。

 この男ほど誰かに何かを頼むということが似合わない人間もいない。

 京子が知る限りこの男が何かをするのに一人で困ったということはない。

 困っている様子を見せたこともない。

 だが続く言葉で京子はすべてを理解した。


「沙弥の体調が思わしくない。まあ少し前からのことなんだが……」


「沙弥さんが……」


 黒崎静の妹である御堂寺沙弥とは京子も面識があった。

 軽く触れただけで壊れてしまう飴細工のような印象の女性だ。

 発症していて、現在は黒崎拳が保護している。

 囲っているというほうが正しいかもしれない。

 少なくとも黒崎拳は彼女に只ならぬ感情を抱いている。


「こっちに預けても、アレにいいように利用されるのがオチだし、どうにもならないだろ」


 黒崎静のことをアレと呼ぶのは変わらない。

 京子は御堂寺沙弥を保護してみた場合の事の成り行きを何パターンか考えてみたがどれもろくな結果にはならなかった。


「そうでしょうね」


「俺は考えた。どうしたら沙弥を救えるのか。だがどうしても答えは出なかった。アレが機構側についた時点で俺たちには逃げ隠れるしか手段が無かったからだ……」


 黒崎拳の不幸は御堂寺静に見初められたことだ。

 今は黒崎静と名乗る彼女は黒崎拳を手に入れるためには手段を選ばなかった。

 実の妹である沙弥の身さえ、脅迫の手段として用いた。

 最終的には御堂寺沙弥の身を守るためには、どうしても御堂寺から姿を消さなくてはならなくなり、黒崎静が管理自治機構に取り入ったために管理自治機構からも逃げなくてはならなくなった。

 もちろんその辺りの話は京子が黒崎拳から聞いたもので、彼の主観が入っているのは否めないだろう。

 だが京子の知る限り、黒崎静はそれをする女だと思えた。

 黒崎姓を名乗り続けていることが彼女の黒崎拳への異常な執着を表している。


「だがつい先日な、俺の手元に運命のダイスが転がり込んできた」


「運命のダイス?」


「白瀬とかいう外部感染者のガキだ。こいつが中々面白いことを言う」


 病室であることも構わずに黒崎拳は煙草に火をつけた。

 3年前とは銘柄が違っている。

 市民でも手に入れやすい安物の紙巻煙草だ。

 それがひどく悲しい。

 京子ならもっと高級な煙草も手に入ったし、黒崎拳が以前愛飲していた銘柄だって取り寄せられるだろう。


「ヤツはここでの発症者の扱いに不満があるという。アレのやり方はアウトサイダーズの倫理には適わなかったらしいな。しかもヤツには外と連絡をつける算段がある」


「無理よ」


 外部世界との通信手段は<壁>内部に敷設された優先回線しか存在しない。

 それ以外のあらゆる通信手段は強力な妨害電波によって遮られているのだ。

 特捜や政府関係者の使う携帯電話は使用できるが、これらには自衛隊の暗号が使われており、一般レベルで解読できるようなものではない。

 その上これらも外部との連絡には使えないようにされている。


「無理かもしれない。できるかもしれない。だがやらせてみる価値はあると俺は思った。少なくとも外部世界の目が光っていればアレも無茶はできまい。モグリじゃない医者に沙弥を診察させることができるかもしれない」


 結局、この男の頭の中は御堂寺沙弥のことで一杯なのだ、と京子は打ちのめされた。

 だが別の事実に気がついて、そのまま地面に伸びてしまうわけにはいかなくなった。


「待って。今、なんて、外部感染者の白瀬、ですって? つまり……、つまりあなたが首謀者なのね!」


 咄嗟に腰のUSPを抜こうとして、手は空を切った。

 病院着でUSPは携帯していない。

 それどころか武器になるようなものはなにも手元に無かった。

 黒崎拳が一歩ベッドに近付いた。

 京子はベッドの上で後ろに逃げた。

 すぐに京子の体はベッドの格子に捕まってそれ以上は後ろに下がることができなかった。

 黒崎拳がもう一歩ベッドに近付いた。


「頼みがある」


 もう黒崎拳が何を言わんとしているか京子には想像がついた。

 だがそれは認められない。

 絶対に認めることができない。

 後ろ手に握りこんだナースコールを押すタイミングを京子は伺った。


「あいつらの邪魔をしないでくれ」


 京子は首を横に振った。


「もう遅いわ」


 確信をもって京子は断言した。


「あなたの運命のダイスは砕かれる。わたしの雷神の槌をもって!」




 そう、まさに京子がそう口にしたその瞬間だった。




「――――」


 息を止め、心臓の鼓動すら鎮めたトールが、伸ばした人差し指を引き金にかけ、そして――


 ――引いた。

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