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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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地は途絶えしも其は近く -13-

「……状況を整理するわ」


 助手席に座った水瀬が言い、


「うん」


 運転席の美禽が返事した。


「…………」


 後部座席の透は返事をせずに銃底にバレルを取り付けた。

 確かな手ごたえとともに、金属の塊が凶器に変わった。

 五発式弾倉を押し込む。

 透と京子が地上に上がってきてからまだ一時間も過ぎていない。

 所在の掴めない外部感染者の確保を命じられた3人は3課保有の92年式国産乗用車でエリアコードC21を目指していた。


「……予測される勢力は今のところ三つか四つ。私たち特捜。観堂寺、そしてどちらにも属さない第三勢力が一つないし二つ。……特捜と観堂寺がそれぞれ消息不明になっている第二次大規模外部感染者に強い関心を示していて、行方の知れない四名のうち二名を観堂寺が確保している」


「ウソついてなかったらねっと、あぶない!」


 交差点にいた市民に向けて美禽が激しくクラクションを鳴らした。

 突然の暴走車に市民らが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 その間を絶妙なハンドリングで車はすり抜けた。


「……残り2名は煉瓦台市からの脱出を目論んでいて、うち1名はすでにエリアC21に到達している。発症していなかった羽田弘文が絶対境界線を百メートルにわたり侵犯できたこと、また第二次大規模外部感染が発生したという事実から、絶対境界線を破る手段を知るなんらかの勢力が存在すると特捜は仮定。この一名もその勢力の支援を受けている恐れがある」


「それが第三勢力だね。でもなんで一つないし二つなの?」


「……私の古巣が襲撃を受けたの。それも時間をおいて二つの勢力に。考えられるパターンは五つ。観堂寺と第三勢力だった。観堂寺と今回の件に関係ない第四の勢力だった。第三勢力と第四勢力だった。どちらも今回の事件とはまったく関係のない第四の勢力だった。最後にどちらも今回の事件に関係のある第三勢力だった」


「私情が混じってるぞ。水瀬」


「……認める。けれど考慮には値するはずだわ。第三勢力となんらかの接触があった場合に、さらに横槍が入る可能性があるということだもの」


「複雑に考えすぎてないか……」


 スコープを覗き込む。

 透は狙撃にスコープを必要としないので、あくまで補助的な役割でしかない。

 照準を細かく調整はせずに、使えることだけ再確認しておく。


「しなくちゃいけないことは、誰も絶対境界線の外に出さないことだ。それ以外のいざこざは俺たちには関係ない」


「……病院は気にならない?」


「ならないと言えば嘘になるよ。けど、そういうこと考えてはいられないだろ。命令されたんだ。遂行するだけさ」


「私は気になるわ……」


「余計なこと考えてる余裕はない。白瀬信行がまだC21にいるとは限らないんだから――」


 USPの装弾も確認する。

 透のUSPは封印隔離区域に下りるときに預けたままで、これは隊の備品だった。

 自身のUSPに手を加えているわけではないが、なにか違和感がある。


「……気が立ってるのね。何か気に入らないことが地下であった?」


「してやられたんだ。気に入るわけがないだろ……」


 白峰風に与えられた敗北のショックはまだ生々しく透の胸中に焼きついていた。

 状況が悪かったのだとは理解している。

 敵の感知外からの狙撃を旨とする透にとって接近戦はお門違いだ。

 透は敵の銃火に身を晒したことはほとんどないのである。

 今更そのことに気がついて透の手が一度大きく震えた。


「トールは悪くないよ。全部観堂寺の所為だもん」


「……悪い悪くないの問題ではないと思うわ。ガスの話も気になるし、結局は神経ガスなんてなかったってことでしょ?」


「分からない。そもそも沢渡錬子の能力をどう解釈すればいいのかいまだによく分からないんだ。水瀬、君みたいに言うのなら可能性は三つある。神経ガスの存在自体が嘘だった。神経ガスはあったが機器の故障でうまく放出されなかった。または意図的に放出されなかった。この三つだ」


「……機構に対して疑いを持つのはぞっとしないわね」


「そうだな」


 装具の点検を終えた透は頷いた。

 地下で起きた大まかなことは二人に伝えたが、白峰風に聞かされた管理自治機構が外部世界の傀儡に過ぎないという話は伏せていた。

 場合によってはこのことを伝えること自体が反逆罪とかに該当しかねなかったからだ。

 だが白峰風の言うことが事実だとしたらどうなのだろう。

 自分たちが外部世界のモルモットに過ぎないとしたら?

 第二世代である透にはどうしても外部世界の明確なイメージが描けなかった。

 内部世界の人口13万に対し、外部世界の人口は70億であるという。

 比率を計算するのもバカらしい差だ。

 それだけの数の人間がひしめき合っている世界など想像もつかない。

 一体彼らはどうやってそれだけの人間を食わせておくだけの食料を生産しているのだろうか?

 ガタンと車が大きく揺れて透は現実に引き戻された。

 水瀬に余計なことを考えるなと言っておいて自分がそうしていれば世話はない。


「美禽、今どの辺りだ」


「Cの、うーんと、わかんない! 地図見て!」


「水瀬!」


「……無理。目を開けてたら触れられないし、目を閉じてたら探せないもの」


「ああ、もう」


 身を乗り出してダッシュボードを開けると古く色あせた地図が出てくる。


「ここ、どこだ」


「さっき踏んだ標識は215だった」


「踏むな!」


 地図はきっちりと煉瓦台市の外が破られていた。

 この辺の情報統制は第一次大規模外部感染の時に内部世界に入ってきた自衛隊の仕業だ。

 絶対境界線の設置が終わっていない状態で正確な地図が一般に出回ることを彼らは恐れたのだ。

 おかげさまでページをめくる手間は随分と省けた。

 新市街の無い地図上を215号線を探す。


「あった!」


 それは煉瓦台市の東部を縦に貫く国道だった。

 南側が山間に伸びて途中でページの破れ目に到達する。

 記憶を掘り返してエリアコード表を地図上に重ねた。


「このままだとずっと東に行っちまう。どっかで左に入れないか?」


「わかんないよ。地図には何もないの?」


「今見る。とりあえず進め。どっちにしても山は登るしかない」


 しかし詳細地図を見てもC21に向かう道は存在しなかった。

 どこかで徒歩に切り替えるしかなさそうだ。

 考えてみれば絶対境界線に至る道の大半は閉鎖されているし、境界線そのものが大半は山中に敷設されている。

 煉瓦台市を出ると単純に言っても、その道のりは非常に困難だ。

 逆に言えばそれを追いかける方も同等の困難を味わうということもであった。


「追いつけるかな……」


 つい弱音が口をついて出た。


「……追いつけなかったら第三次大規模外部感染が起きるか、もしかしたら感染を止められなくて内部も外部も無くなるかも――」


「70億の感染者か。700万人の赤目だな……」


「……楽しい世界になりそうね」


「それが目的だと思うか?」


「……行方不明者の目的? それはないんじゃないかしら……。外に行こうとするのは家族に会いたいとか、隔離が嫌だとか、ほとんどの場合がそういった個人的で短絡的な理由よ」


「そんなに外の世界はいいところなのかな? トールは行ってみたいと思う?」


「さてね。第一世代か、外部感染者に聞いてくれ」


 分かるわけが無かったし、分かりたくもなかった。

 内部世界で生まれ育った透にとって外の世界というのはなにか恐ろしく不気味なものにしか思えなかった。


「美禽――」


 運転代わろうかとかけようとした声を携帯が遮った。


「深海です」


「――そちらの状況はどう?」


 京子だった。


「今、D24あたりです。215号線を南下中ですが、じきに車を降りなければならなさそうです」


「――そう、こちらは連中を取り逃がしたわ。隔離区域はもぬけの殻だった。そちらに向かっている可能性もあるから注意しなさい」


「分かりました」


「――今、病院側に話をつけて<瞳>の捜索順位に割り込みをかけてる。黒崎静の話によると再起動中だとかで、もうしばらく時間がかかりそう」


「はい。了解です。……その、無理しないでくださいね」


「――それは私信?」


 電話の向こうで京子が軽く笑った気配がした。


「――残念、私は優しくないわよ。トール、命令するわ。あなたは無理なさい。やるべきことをやりなさい。そしてやりとおすの。絶対に」


 その言葉はきっと京子自身にも向けられていて、彼女がどうしてもそれをやり通すというのなら、透もそうしなければならないのだった。

 それが惚れた女に見せなくてはいけない男の意地というものだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] うん?御堂寺、前のパートでは、観堂寺だったかと思います。 それはそれとして、二上さんの作品では別人の視点パートが結構長いことが多いですね。この作品では、相手方にも感情移入できて良く働いている…
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