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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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空は続くとも郷は遠く -19-

「感想としてはどうかしら?」


 昼過ぎに目を覚ますと、信行は黒崎静に連れられて特捜の実況見分に参加することになった。

 町を貫いた真っ直ぐな穴の終着点では地面にチョークで白い線が描かれていた。

 大きな塊がひとつと、無数の小さな丸。

 地面をえぐった穴は対物ライフルによる弾痕なのだという。


「砂、ですね」


「うん。砂ね」


 現場に出てくる前、黒崎静が寝ている間に前日の報告書には目を通していた。

 それによると発症者の能力はおおよそ半径3メートルほどの範囲の物質をすべて分解するというものであったらしい。

 朝にも見たが、このぽっかりと空いた穴はそうやって分解されてできたということらしい。

 だからもともと壁などを構成した素材は細かい粒子になって辺りに散らばっていた。

 一掴み握ってみると、乾いたそれは指の間を抜けてさらさらと零れ落ちていった。


「これは分解された壁じゃない――」


 握った手のひらを開くと、さぁと砂が零れ落ちた。

 いくらかが手に張り付いている。

 間違いなくこれは砂だ。

 だが川辺の砂利まじりの砂ではなく、砂場の重い砂でもない。


「――海岸の砂だ」


 捨ててきた故郷の海の光景が目の前に広がった。


「懐かしい?」


「思い出すことはありますから……」


 信行は考え事をするときは夜の海岸にひとりで行った。

 月も星も無い夜には海は溶けて消えてしまう。

 ただ潮騒だけが優しく謡い、冷たくなった砂が体を冷やしてくれるのだ。

 すると頭の中は妙に静かになって、どんな難しいことでも解けるような気がしたものだった。


「後藤田の出身は海の近くでした。これは分解というよりは変質なのではないでしょうか?」


 すると黒崎静がにこっと笑う。


「君のそういうドライなとこ、すごくいいわ。思ったものと全然違ったはずなのに、相変わらずこの病気を目の前にするとそれしか見えてない感じ。私と似てるのね」


「似てますか?」


「ええ、ぴんと来たのよね。君にはこの病気を調べつくすためなら他の何を犠牲にしてもいいという無節操さがある。故郷も、家族も、本当は恋人も棄てて八坂にいたんでしょう? 君はじきに私みたいになるわよ。保障する」


 まさかそんなわけはない。

 信行がまず一番に大切なのは美咲のことだ。

 彼女を守るため、<瞳>の情報を引き出すために黒崎静のもとに戻ってきただけであって、決して赤目症の研究を続けるためなどではなかった。


「君の言うとおりこれは分解というよりは変質ね。片付けられちゃったけど、遺体の状況を見ればすぐ分かるわ。なんせ有機物である人間が砂という無機物に変わっているのだから、それは当然の帰結というものだわ」


「しかしそんなことが可能なんですか?」


「可能不可能なんていう考え方はもう古いのよ。原理を棄てて現実を直視しなくてはいけないの」


「石も人も砂に。金に変える発症者が現れたらどうします?」


「もっと稀少な金属がいくらでもあるでしょうに、と思うでしょうね」


 黒崎静は手をはたいて砂を払うと、ぐるりと辺りを見回して、小さく唸った。


「あそこから撃ったのね」


「なんですか?」


「ううん。こっちの話。さ、収穫もなかったことだし帰りましょうか」




「ところで――、<瞳>へさらに発症者を接続するというのは本当ですか?」


 徒歩での帰り道で信行はさりげなくを装って<眼>の話題を切り出した。


「ん? 気が早いわねぇ。まだ最初の十人の接続も終わってないじゃない。何をするにしてもそれからよ」


「でも準備には入ってますよね?」


「もちろん。いつだって準備はしているわよ。手順というのは省くものではなくて、先んじておくものだもの」


 倫理観について問いただしたくなるが、それはぐっとこらえる。

 黒崎静がそういった考え方をしないのはもうすでに承知していたし、不用意な話で悪い印象を与え、注意を引きたくは無かったからだ。


「<分散脳>式はうまく行ってるんですか?」


「昨日の事件については満点をつけてもいいかしらね。時差もほとんど無いし、分析も早かったしね」


 しかしその一方で<瞳>は美咲の能力発現を見逃している。今のところ<瞳>は完璧には程遠い。


「ただ視野の狭さはどうにもならないわね。煉瓦台市全域をカバーするには千里眼の数が足りなさ過ぎる。なにかいいアイデアはない?」


「考えておきます」


 つまり今のところ<瞳>には十分に穴があるということだった。

 いや信行のイメージが正しければサーチライトというほうが近い。

 以前よりも光は強くなったが、照らされていないエリアは相変わらずの闇だ。


「以前の<瞳>はすごかったと聞きますが、何が違ったんですか?」


「システムうんぬんの話じゃなくてなんなんだけどね、すごく強力な千里眼がひとりいたってだけのことよ。視界のディティールに問題はあったけれど彼一人で内部世界全域が走査可能だったの。な、もんだから他の千里眼はバックアップ程度にしか考えて無くてね。それが今の問題に直結しているわけだけど……」


「逆に言えばそれだけの能力を持った発症者が現れれば……」


「私が睡眠不足から解放されるわけよ」


 そう言って黒崎静が目の下あたりをちょんちょんと指でつついたが、クマは見事に化粧で隠されてまったく分からなかった。




 午後はずっと昨日の事件の遺体と向き合うことになった。

 黒崎静が昨晩徹夜で解剖したのは事件を起こした発症者のもので、残りの45名の検死は後回しになっていたのだ。

 重要なのは死因の解明であった。

 被害者はどの時点で死に至ったのか。

 能力の圏内に入った時点か、発症者に触れられた時か、肉体が砂に変質したからか、またはそれ以前に死んでいたか……、45名個々の死因をはっきりさせなければならなかった。


「こういうのも仕事のうち、ということですか」


「気分が悪くなったら席を外しても構わないわよ。そうじゃなかったら洗浄して」


 言われるままにシャワーを向ける。

 遺体は小さな子どものものだった。

 肩から胴の真ん中あたりまでが大きく欠損している。

 黒崎静は左胸部を指で確かめると、残りの砂を信行に洗い流させた。

 遺体の傷口は凄惨だった。

 ずたずたに引き裂かれ、中身が零れ落ちていた。


「砂になった時点ではまだ生きていたみたいね。少なくとも死んでから砂になったわけではない。それどころか部分的に崩れ落ちてもしばらくは生存していた可能性がある。心臓はしばらく動いてたみたいだからね。死因は失血性のショック。つまりこの子に関しては砂への変質自体は死因ではないということになるわね」


 他の遺体も似たようなものだった。

 砂への変質自体で死亡したという例は見受けられない。

 その後、肉体は崩壊するに至ってようやく思い出したように死に至っている。


「つまり崩壊さえしなければ砂の状態のままでも生存は可能だったということになるわねぇ」


「でも砂じゃ肉体の内圧に耐えられないですよ。内側から自然崩壊するんじゃないですか?」


「じゃあ遺体にそんな兆候はあったかしら?」


 信行は首を横に振った。


「ありませんでした」


「なら可能だった可能性はあるわ。事実、至近で能力の影響下に入った上で生還したのも1人いるわけだし……」


「本当ですか!?」


「本当よ。解剖したいって申請したんだけど、許可が下りなかったのよねえ。生きてるんだから当然なんだけどね」


「冗談ですよね」


「冗談よ」


 にっこり。

 だが信行は黒崎静は本当に申請だけはしたのだろうと思った。

 そして万が一それが許されたならば嬉々としてそれに取り掛かっていたことだろう。

 3名の検死を終えたところで就業時間が終わりを告げた。

 検死作業自体は複数名で行われているので明日にも完了しそうだ。

 だが白衣を脱いだ信行に黒崎静はこう言った。


「ああ、そうそう、明日は出てこなくていいから」


「え?」


「あら、聞いてない? 昨日の事件の所為で外部感染者がどっと減ったから一度全員の所在を確認することになったのよ。だから明日は申請してある家で調査官がくるまでは待機してなきゃダメなのよ」


「聞いてませんでした。それじゃ明日はお休みをいただきます」


 平然とした振りをしてみせたが、信行は激しく動揺しないわけにはいかなかった。


 所在の確認。所在の確認だって!?


 そんなことをされれば美咲がいないことがすぐばれてしまう。

 そうなればその居所について信行にも追求が及ぶだろう。

 それはどうしても避けなければならない。

 しかし、どうすれば!?

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