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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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空は続くとも郷は遠く -11-

 2019年9月29日。

 発症者はヒトではない。

 生物学的にこのことが解明されたのは第一次大規模外部感染者事件の時だという。

 今からすれば二十年ほど昔のことだ。

 そしてそのときを境に煉瓦台の封鎖はより一層強固なものに変わっている。

 その理由は手に取るように分かった。

 赤目症は単に世界に蔓延する危険性のある病というわけではなく、人類という種そのものに対する脅威となりうるからだ。

 それでよくもまあ殲滅という方向にいかなかったものだ、と信行は感心する。

 もちろん全人類のためとは言え、13万人を虐殺するのは心理的抵抗が大きいであろう。


「まあ、それもあったんだろうけど――」


 黒崎静が意地の悪い笑みを浮かべたのが目に浮かぶ。

 だが現実には彼女は柱の一本に取り付くように上半身を突っ込んでいて、こちら側から見えるのは小ぶりのお尻がふらふらと揺れている様だけだ。


「この国は軍事面で他国に遅れを取っているからね。同盟国ははるか海の向こうだし、好意的でない隣国は年々武力を増強してる」


「よくご存知ですね」


 柱の周囲にできあがった部品類の山を分類して仕分けるのが信行の仕事だった。

 <瞳>に立ち入りを許可されている人はほとんどおらず、またその許可を持っている人はほとんど手が空いていないということで、半強制的に労働させられているという始末だ。


「今回のことでどっと外の情報が流れ込んできたからね。まあ、前々からの推測を補強する十分な材料にはなったわ」


 にゅっと柱から細長いパイプが差し出されてそれを受け取る。


「核抑止力ってあるじゃないの」


「ええ」


「けどこの国は核持ってないでしょ」


「いえ、持ってますよ」


「ほへ?」


 ナットを口にくわえたまま、柱の中から黒崎静の顔がにゅっと出てくる。

 鼻っ面が黒く汚れていた。


「聞いてないわよ。そんなこと」


「5年前に限定核の所持が認められましたよ。っても戦術核に限ってて、国内にしか落とせないんですけど」


 あれはひどかった。前年度の経済危機からの流れで与党が8割を占める国会ができあがり、いくつかの重要な法案が十分な議論のないままに可決していったのだ。

 限定的な核兵器所有もそのうちのひとつだった。


「笑わせるわね――」


 がりがりとナットと歯がこすれて音が鳴る。


「ま、想定内だけど」


 ぷっと吐いたナットをポケットにねじ込んで、黒崎静は再び柱の中に顔を突っ込んだ。


「まあ、それにしたってこの国は他国に対する軍事的なアドバンテージが少ない。兵器開発にまわす予算もないしね。けどあるとき誰かが気づく。発症者を軍事転用できないだろうか、と」


「え、でも、それだと」


「そうね、感染漏れの可能性は非常に高い。ううん、感染漏れしていいと考えているのかもしれない。とかく、この<瞳>にせよ、外部世界からの注目は高いの。まあその所為でこんなことになってるんだけど」


「なにがあったんですか?」


「外部走査実験――。普段煉瓦台市の監視に使っているこのシステムを、外部世界の監視に使えないかという要求があったの。まあ、精度は下がるだろうけど、うまくいくだろう、と私は思ってた。――大間違いだった。<瞳>は半数が再起不能か、死亡したわ」


 この状態を生きていると言えれば、ですが、と信行は心の中でそっと付け足した。


「そんなわけで現在自治政府は戦々恐々。軍事転用が難しく、さらに感染漏れまで起こしてしまったから、外部世界が内部世界の殲滅をはかるのではないか、とね」


「その可能性はどれくらいあると見ますか?」


「さあ? 15~20%ってところかしら、私の勝手な推測だけど。まあ、だからこそやれることはやっとかないとね。ほい、五番取って」




 2025年9月30日。

 柱の改修作業は一時中断して黒崎静は<分散脳>の選定作業に入った。

 つまり監視システムを維持するための人柱選びだ。


「俺は反対です!」


「残念、君に拒否権はないんだなあ」


 煉瓦台記念病院のサーバルームは<瞳>に隣接して造られていた。

 本当は立ち入り禁止だというそこに黒崎静は鍵を使ってやすやすと侵入する。

 まるで冷蔵庫のドアを開けたかのようにさっと冷たい空気が流れ出した。

 仕方なくその後を追う。

 そこは思ったよりもずっと小さな部屋だった。

 壁一面に機械が並び、天井では空調が唸り声をあげている。

 そこにあった端末を黒崎静は起動した。


「別に上の端末を使ってもいいんだけど、痕跡を残すのって好きじゃないのよね。ここなら簡単にそのへん誤魔化せるし……」


 端末にずらりと人の名前が並んだ。

 2度3度コマンドが打ち込まれるとその数は減っていく。

 数百だった名前は今では50程度だろうか。


「さて君の発案なんだから最後まで責任は取らないと」


 そんなつもりだったわけではない。

 単なる思い付きを口にしただけだった。

 それを形にしたのは黒崎静だ。


「観測を行う千里眼、その内容を他の発症者に受け取らせて分析させる。なんで気づかなかったのかしら?」


 普通は気づいても、その手法に思い至る時点で思い直すからだ、と信行は思った。


「それであの柱の中に閉じ込めるんですか……」


「そうよ。そのために昨日あんなに頑張ったんじゃない」


「でも、もっとこう、やりかたが……」


「却下。無理だもの」


 端末画面に表示されているのは煉瓦台記念病院が把握している発症者の中で、能力が分析に向いていているものだった。

 その中に賀田文の名前が含まれていることに気づく。


「あー、もうめんどくさいなあ。上から10人でいいんじゃない?」


 その中にその賀田文が含まれていてぞっとする。

 この人はあれほど仲良さ気に話をしていた相手ですら、躊躇無く犠牲にできるのだ。

 だがだからと言って選考から彼女を外す理由もまた無いんだろう。

 ボールペンを咥えた眼鏡の女性の姿を思い出す。

 ほんの二日前のことだ。

 何も知らぬ信行のために何度も図面を引いてくれた。

 やっぱりダメだ。彼女を犠牲にするなんてとても考えられない。


「もうちょっと考えましょう。有用な発症者を残す必要があるはずです」


 そういうと黒崎静はにんまりと笑みを浮かべた。


「ようこそ、こちら側へ」


 そう、白瀬信行は選択した。誰かを犠牲にするかどうかを選択する側に立つことを。




 2025年10月1日。

 それは深く重い後悔を胸に残した。

 白瀬信行は10名を選んだ。

 黒崎静の助言に従ってではあったが、選んだのは確かに彼であった。

 無論、彼らがどうなるのかを仔細に確認したうえで、だ。

 それはどう解釈しても人道的ではなかった。

 無論彼らがヒトではないことは理解していたが、それは何の慰めにもならなかった。

 選ばれた発症者は薬によって意識を失わされる。

 自我は邪魔なだけだからだ。

 その上であの柱の中に閉じ込められる。

 生命維持装置を兼ねた暗黒の檻。

 発症者の持つ能力を最大限に引き出すための無感覚ポッドだ。

 そこで彼らは与えられた情報に対して能力を発動させる。

 ただそれだけの道具になる。

 千里眼は音声によって求められた情報を元に世界を観る。

 そうして得た情報を出力するのは<喉>と呼ばれる発症者だ。

 彼、または彼女は、<瞳>と<識連結>しており感覚を共有している。

 今回はその間に分析系能力者を<識連結>させる。

 結果として千里眼と分析能力は共存する。

 両者の自我の喪失を条件として、だ。

 それはつまり死ぬこととどれほど違うのだろう。


 布団から出る気になれず、枕に顔を埋めたままで信行は昼を迎えようとしていた。

 黒崎静から今日は休んでいいと言われたのだ。


 ――ここにいる。

 と、考えるからこそ存在している。


 だがその一方でもしこのまま眠り続けたことになったとしても、白瀬信行は確かに存在し続けている。

 だから決して死ぬわけではない。

 死ぬわけではないのだが……。


「信行、どないしたん?」


 美咲の声に目を覚ますともう夕方だった。


「今日はずっと寝とった」


「うん。ちょっと寝不足」


 見上げると美咲はどこかで手に入れてきたブラウスとスカート姿で、長い髪を束ねていた。


「学校帰り?」


「ううん。買い物帰り。なんか作るな」


 この町に来てからというもの美咲は憑き物が落ちたように明るくなっていた。

 空気があったのか、あの家から解放されたからか、それともただ自分がそばにいることだけが原因なのか。

 信行には判断がつかなかった。


「ちょっと、美咲」


 呼びかけるとキッチンから小走りに寄ってくる。


「もうちょい」


 手招きしてしゃがませるとその手を取って引っ張った。


「あっ、こらっ」


 パシッと手を叩かれる。


「晩御飯抜きにすんで」


「ごめんなさい」


 朝から何ももらえなかった胃がきゅうと鳴いた。

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