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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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かくも脆き -2-

 透と美禽は一番手で3課の状況説明室に飛び込んだ。

 状況説明室は20人ほどが入れば手狭になるほどの大きさの、窓がない一室である。いつも通り乱雑に並んだ椅子のひとつを適当に選び透が座ると美禽がその隣に座った。


「何が起きたと思う?」


「碌でもないことだけは確かだよ」


 スマホの画面には特級の文字が表示されている。

 特級の緊急警報が過去に鳴った時のことを透は思い出そうとしたが、記憶に引っかかるものは何も無かった。多分、最初に携帯電話を渡されたときの説明で便宜的に鳴らされただけではなかったか。


「美禽は特級って経験ある?」


「一度だけあるねぇ。……あれは厄介な事件だったよ。切り裂き――」


「切り裂きジャックこと過去を泳ぐ魚、後は掴む手かな、特級というと」


 美禽の言葉を継いだのは状況説明室に現れた巨人だった。


「ビビリ屋、ボクのセリフ盗らないでよ。担当地域の巡回はどうしたのさ」


「そりゃ悪かったな。尻軽。サボってたんだが、特級事件が起きたとなれば大正解じゃないか」


 巨人のビビリ屋、津賀野亮一つがのりょういちは豪快に笑うと美禽の頭をぐしゃりと撫でた。それから一番後列の椅子を選んで座る。彼の巨体が背後に座った者の邪魔にならないように考慮してのことだろう。


「――外まで聞こえてたわよ。ビビリ屋さん」


 次に状況説明室に入ってきたのは京子だった。

 その手には資料が抱えられている。


「でも、警報から10分で3人集まったというのは良いニュースね」


 時間が時間なので当直の3課隊員は――ひとりのサボリを除いて――巡回に出払っているし、休みの面々は――これまた悪い考えをしていたひとりを除いて――羽を伸ばしにでかけているようだ。


「とはいっても後は全部悪いニュース」


 書類を机で一度整えると、京子は腰まで届こうかという長い髪を肩口で払った。


「時間が惜しいわ。状況説明を行います。外部感染者のことは覚えてるわね?」


 覚えているも何もそれはつい先日の話だった。

 煉瓦台の外部で感染し、収容された80名。

 何が起きるか分からないから全員の顔と名前、素性を把握しておくようにと念を押されて、すっかり透の頭からは数学の公式がどこかに消えてしまった。

 そして先日には実際にその中の1人が発症し、事件を起こしている。


「内一名が本日発症。<(アイリス)>は発症者を<かくも脆き>と呼んだ。新種でどんな能力なのか詳細は不明。ご多分に漏れず精神錯乱(クレイズ)を起こして、大きな被害が出てる。確認できただけで民間人の死者は32名。けれど上は生きたまま捕まえろ、と言ってきた。1課の部隊と2度接触、8名の殉職者と22名の負傷者――」


 そこで一度言葉を切って、京子は大きくため息を吐いた。


「ちょっと待った。その程度の被害で、しかも今になって突然特級になるのはおかしくないか?」


 亮一が口を挟んだことに京子は少し眉をしかめたが、それだけで話を続ける。


「そうね。<過去を泳ぐ魚>や<掴む手>の時は100名を越える死者が出てから特級事件として扱われた。個人による犯罪では3桁の死者。これが特級の大まかな基準になってるのは間違いない。けれど幸い今回まだ死者の数は3桁には到達してない。しかしでは何故特級警報が発令されたのか。それを説明するためにもまずは発症者の個人情報を再確認しましょう」


 京子は手元の資料から一枚の写真を抜き出した。

 そこには恐らく履歴書か何かに添付されていた写真を引き伸ばしたものなのであろう、40代か50代と思しきスーツ姿の男性の上半身が写っている。

 当然というか、透には見覚えがある。


後藤田住康(ごとうだすみやす)。外部感染者として先月煉瓦台に収容。外部に家庭を持っていて、家族への強い執着が見られ、80名のうちでも要注意人物とされていた。とは言っても、絶対境界線に立ち入ろうとするのではないか、という意味でね。収容後は監視しやすいように他の外部感染者と共に十枝町のアパートで暮らしてもらった。仕事はまだ見つけていなかった。外部との連絡を取りたがっていて、頻繁に機構を訪れてたらしいわ。先日の遠山響(とおやまひびき)が主催する集会にも顔を出していた」


「そういうことか」


 亮一が小さく呟く。しかしそれにはお構いなく京子は話を続ける。


「本日午前、瞳が発症者を確認。1課が向かったけれど、すでにそこに後藤田住康はいなかった。その代わりに残されていたのが」


 資料の中からまた新たな写真が1枚抜き出される。


「――!!」


 こんな仕事について随分と悲惨なものについても見慣れてきたと思っていた透だったが、それでも吐き気を覚えないわけにはいかなかった。

 その写真に写っていたのは死体だった。

 ただの死体ではない。

 四肢はバラバラで肉体の半分も原型を留めていない。

 いや、それだけではない。

 少なくとも右手が2本見える。

 血溜まりなんて代物ではない。

 血の海だ。


「現場では8名分の遺体を収容。ただしそこに写ってる右腕の一本は発症者本人のものよ。どうやら能力の暴走で自壊したものと推測してる。どう思う?」


「――凶器は刃物じゃないね。切ったわけでも、ましてや引き千切ったわけでもなさそう。断面は粗いけど、乱暴な感じじゃない。なんというか、外れたって感じかなぁ」


 真剣な表情で写真を見つめていた美禽がそんな感想を漏らす。


「美禽の印象はいい線いってると思う。目撃者の証言によると、発症者に触れられた被害者はそれだけでバラバラになったそうよ。そして彼はまるで壁を砂のように崩して去って行った」


「物理干渉型か……」


「そう推測してる。法則は不明だけど、とにかく触れられたらバラバラにされてしまうことだけは間違いない」


「閃光手榴弾と狙撃は試したの?」


「閃光手榴弾は何発投げ込んでも不発。触れられて分解。狙撃はショック死する恐れがあるから保留中」


 腕を組んだ亮一が唸り声をあげた。


「打つ手なし、か。それなら周囲を封鎖しながら、発症者が眠るのを待って捕獲するというのは?」


「それも案にあったんだけどね――」


 京子がホワイトボードに地図を貼り付けマグネットで固定する。


「発症者の現在位置がここ」


 赤いマグネットを地図の上に置く。


「そしてこれが進行方向」


 マジックペンでマグネットから大きく矢印を描く。そのまっすぐ先には……。


「管理自治機構……」


「徒歩とは言え、2時間以内に到達される。家族と連絡が取れない恨みが機構に向いているとして、発症者の破壊能力で――もちろん現時点での推測だけど――暴れまわられると、彼が疲弊する前に機構は壊滅する。そして万が一このまま絶対境界線を突破されたりしたら……」


「……煉瓦台の隔離が終わるな」


「それだけは絶対に避けなくてはいけない!」


 だんっと京子の拳が机に叩きつけられる。


「私たちは発症者の動きを止める。できるなら生きたまま捕獲。機構に到達されるなら射殺も止むなし」


「できるのなら、だろ」


 鋭い眼光で京子が亮一を睨むが、亮一はまっすぐにその視線を受け止めた。


「今すぐ殺す方向で検討するべきだ。機構に突入されてから殺せませんでした、ではアンタの面目が立たんだろ」


「分かってるわよ! ――ごめんなさい。気が立ってるのね」


 らしくもなく取り乱した京子は、指先で唇に触れたり、眉をなぞったりしてすぐに平静を取り戻した。


「……こうしましょう。トールが管理自治機構屋上で待機。可能になった時点で射殺する。機構敷地内から攻撃が届く範囲ならなんとか言い訳できる。美禽、トールのサポートを、いざというときはトールを連れて逃げなさい。あなたなら誰よりも早く逃げられるでしょ」


「了解」


「りょーかい」


「亮一は機構の直衛、避難のしんがりを勤めてもらうわ」


「しんがりを勤めさえすれば一緒に逃げていいんだな?」


「そうよ。決して無茶はしないこと。いいわね」


「そういうことなら喜んで。だがアンタはどうするんだ」


 京子は肩をすくめる。


「仮にも生きたまま捕らえよ、と、命じられたわけだしね。1課もこのまま引き下がりはしないでしょうから、混ぜてもらってくるわ」


 確かに透ら3課の人員はよく1課の隊に紛れる形で任務に就くため、それほど難しいことではないだろう。ただそれが課長代理となると多少話は別だった。


「京子さんが前線にでることないだろ!」


 だがしかし透が思わず立ち上がりそう叫んだその動機は決してそういった理性的な部分から生まれたものではなかった。

 その証拠に透は自分がしたことに気づいて、顔を赤くして椅子に座り込んでしまう。

 美禽が微苦笑を浮かべながらそんな透の脇を肘で小突いた。


「トールの坊やが言うことにも一理あるぜ。指揮すべき人間が前線で真っ先におっ死ぬってのは碌なことじゃない。アンタは、そうだな。ここを観察できる他の建物なりから指示を出してくれりゃいいんじゃないか? 大体俺が言ったのは責任のことで……」


 亮一の言葉は最後のほうでしぼんでしまう。自分の言葉で京子を死なせたりしたら後味が悪いだろうと思っているのだ。


「そんなに深刻になることないわよ。それほど細々した指示がいる状況じゃないし、私だって死ににいこうってわけじゃない。ただ一度接触しておきたいのよ。新種というのならなおさらね。遠山響の時は間に合わなかったし……」


「そういやアンタ、本当は研究員を目指してたとか聞いたことあるな」


「もうちょっと頭が良かったらね」


 京子は苦笑して、書類を全てフォルダに挟み込んだ。


「一時間もしないうちに射程に入るわよ。さ、行動開始」


 京子が手を鳴らして、3人は立ち上がった。

 特捜3課は発症者の集まりということもあって1課や2課からは疎まれています。

 そのため今回も協力要請は来ませんでした。

 特級事件になったため、ようやく連絡が来たという有様です。

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