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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
23/90

地は途絶えしも其は近く -11-

 ――それからの10秒――。


「見るな!」


 風が何故そう叫んだのかは分からない。

 だが、見ないにはもう遅すぎた。

 緩やかなカーブのその内側に体を預けた御剣京子は数十分前にあったそのままの、つまり床に臥せっているときの姿のままだった。

 寝巻きに、腕や体に巻かれた包帯、そしてギプスが痛々しい。

 長かった髪はこうして立っている姿だと見る影もない。

 それは極端に弱々しい姿だった。


 ――京子さんが何故こんなところに!?


 何故?

 そんなことは決まっている。

 隔離封鎖区域に何かあったと知って即駆けつけてきたのだ。

 病院内に居たのだから、他の特捜隊員より早くて当然だ。

 しかしあのエレベーターは静でなければ動かないのではなかったか?

 その透の疑問はさほど意味はない。

 何故ならば2課メンバーは毎日のようにそのエレベーターを使って出入りしていたであろうからだ。

 3課課長代理である京子が隔離封鎖区域に関する情報を持っていて、そこに出入りする権利がある可能性は低くない。

 思わず透は京子の傍にいた。

 視点が飛んだのだ。

 傍で見れば京子はさらに弱々しく見えた。

 息が上がっており、包帯には血が滲んでいる。

 ――だが、その眼は弱ってなどいなかった。

 むしろ禍々しいまでに輝き、まるでそれ自体が発光でもしているかのような迫力がある。

 透は思わずその視線を追う。

 白峰風、如月、皆月、沢渡練子、名の知れぬ青年、そして自分だ。

 その中の一人、風が銃を構えた。

 一切の無駄を省いた流れるような動き。

 優雅であるとすら言える。

 引き金を引くに至ってまで、その動きに迷いや戸惑い、不慣れなどは感じさせない。

 そう、風は迷いもせずに京子に向かって引き金を引いた。

 その風の表情はこのわずかな時間に透が得たいずれの印象とも違う、露出された狂気、隠しきれぬ怒り、歪みきったそれはじっと京子の足元辺りに注がれている。

 京子には避けようがなかった。

 避けるための挙動などできるわけがなかった。

 風の能力の仔細は分からない。

 だが彼が銃弾を目標から外すことなどは考えられないと透は思った。

 無力!

 透は手を伸ばす。

 だがそれは幻の手の平だ。

 透の実の肉体は京子からは数十メートル離れており、ただ視点だけが京子の傍にある。

 だからこの手は決して京子に触れることなどない。

 だがそれでも透は手を伸ばした。


「捉えた」


 その声が鼓膜を叩いた。

 それは小さな声だった。

 聞こえるはずの無い声だった。

 透の能力は視点を飛ばすだけで、聴覚は実存の肉体に依存する。

 事実、狙撃のために視点を飛ばしている最中に、視点を車でぶつけられたことなどがある。

 背後からの車の接近にまったく気付けなかったのは偏に聴覚が欠けていたためだ。

 だから京子の唇から発せられた小さな独り言が透の鼓膜に届くはずが無かった。

 同時にずしりとした重みが左手にかかった。

 足が床を踏んだ。

 京子を左手に抱えるようにして透は跳んだ。

 銃弾が今の今まで京子の脚があった空間を掠めて通路奥のいずこかに当たる。

 京子の重みを離さないようにしっかりと捕まえて、通路の向こう側にダイブする。

 その前に一瞬振り返った。

 さもありなん。白峰風、如月、皆月、沢渡練子、名の知れぬ青年、以上で終わりだ。

 実存と感覚が食い違う。

 そこに感じた奇妙さは自分の喪失だけに留まらない。

 如月は風を見ていた。

 皆月は風の頭上に両手をかざし、まるで何かを受け止めるような仕草をしている。

 何が起きているのかが理解の範疇を超える。

 だが――、今、彼らはこちらを向いていない。

 如月は風を見ているし、皆月は何かから風を守るのに両手を使い切っている。

 感覚が理解を超えて動き出す。

 視点が飛ぶ、如月のすぐ脇、そこに透はいる。

 その腰にぶら下がったサブマシンガン、それに手を伸ばす。ズシリとした重みが手に掛かる。

 銃は透の手の中にある。

 皆月の目が驚愕に見開かれ、片手を風の頭上から離す。

 しかし彼女に掛かっている負荷は片手で支えきれるものではないらしく、不気味な音を立てて肘が折れ曲がる。

 だがそれでも彼女は肩を使って、その何かを受け止めた。

 それは壮絶で異様な光景だったが、透にはこれっぽっちも同情の気持ちなど浮かばなかった。

 ただ好機だというだけだ。

 流石の風も反応が一瞬遅れる。

 透が先に引き金を引く。

 狙いなど定めない。

 ただ、風の居る方向に向けただけだ。

 皆月の右手が煌めく。

 電光石火の動きで、サバイバルナイフがフルオートで吐き出された弾丸を一発一発弾き飛ばす。

 狙いをろくに定めなかった所為で明らかに風と皆月を外れている弾丸は無視されるが、それでも半数は皆月のナイフを必要とする。

 7発目、8発目とナイフの刃が欠け、曲がり、皆月自身の手も着弾の衝撃に耐え切れずにナイフを取り落とす。

 弾き上げられたナイフに9発目が本当の偶然で命中し、ナイフはさらに高く弾き上げられその弾丸はあさっての方向に消える。

 10発目から16発目は明らかに上方に外れ、透は力尽くで引き金を引いたまま銃口を下げる。

 17発目は皆月の手の甲に当たり、甲高い音を発して弾き飛ばされる。

 レザーの手袋が裂け、内側から金属の手甲が覗く。

 18発目、19発目、20発目までは綺麗に手甲が銃弾を弾いた。

 21発目は手甲のプレートを1枚弾き飛ばし、22発目はその腕に食い込んだ。

 それでも皆月は風の前に右手を突き出した。

 23発目、24発目と弾丸が皆月の腕を抉る。

 2発とも骨に命中して、腕を貫通しなかったのは皆月の狙い通りなのだろう。

 25発目が風から狙いが外れ、直接皆月の肩を抉った。

 それで弾丸が尽き、透の腕に痺れを、鼓膜に痛みを残して、サブマシンガンが沈黙する。

 それと同時に右に首を捻ると、突き飛ばされるようになった京子がふら付いて倒れるところが見える。

 透の腕がその体を支える。

 その背後、風と如月の間の空間から、サブマシンガンが吐き出した薬莢がバラバラと地面に落ちる。

 だがその薬莢を吐き出したサブマシンガンそのものは透の手の中にあった。

 弾丸が切れたそれを透は投げ捨てる。

 潰した。

 間違いなく、風の盾であろう皆月は潰した。

 これで風もああも堂々と銃口に身を晒すことはできないだろう。

 だが透の手に銃は無く、風の手にはある。

 京子も守らなくてはならない。

 とにかく風の視線から逃れるために透は京子を抱えるようにして通路の奥に駆け込み、エレベーターに飛び込むと狂ったようにボタンを押した。


 戦闘が2秒、脱出に8秒――。

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