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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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地は途絶えしも其は近く -10-

「本当の――自治だって?」


 透は呆気に取られて呟いた。

 それはそうだ。

 透の所属する特捜は、管理自治機構に属している。

 それは名前の通り、煉瓦台を自治するための機関に他ならない。

 だが風は自分の言った事にわずかな疑問も感じてはいないらしい。

 隔離区域を区切る最初の隔壁をスイッチひとつで開けながら肩をすくめる。

 そんな仕草が透の鼻についた。


「――バカバカしい。選挙権がないのはアンタらが機構に属しないからだ。機構に正式に属すれば参政権が与えられる。自治を自ら放棄しているのはアンタら自身だ」


 煉瓦台は管理自治機構によって統治されている。

 そしてその管理自治機構は36人からなる管理委員会によって運営されており、その管理委員会のメンバーは3年ごとに半分が選挙によって入れ替わる。

 基本的な任期は6年。

 ただし選挙時の上位3名は12年の任期が与えられる。

 無論その他にも細かい取り決めが多くあるが、基本的な煉瓦台の統治システムはこの形の上に成り立っている。

 現在は保守党に属する委員が委員会の過半数を占めていて与党となっており、人民党が野党に甘んじてはいるが、この構図は管理自治機構ができてから変化していない。

 煉瓦台の地盤は非常に不安定であるゆえに、市民はより安定した保守党を求めているというのが大半の意見だ。


「確かに選挙は行われている。市民は自らが選んだ市政者の下で生活しているだろう。だが人質クン、君は管理自治機構に出入りしているんだろうが、一度でも管理委員を誰か一人でも見たことがあるかね? ただの一人でも、ただし肉眼で、だ」


「……ない。だけど……」


 正直に言えば透は政治には興味がない。

 選挙権すら持たない今、透が覚えているのは管理委員長である屋島塔子くらいのものである。

 それすら特捜の座学で学んだことだ。

 屋島塔子は特捜3課を高く評価しており、政治的に彼らの味方だから、でもある。


「言ってしまえば、煉瓦台の中に彼らを見た者は一人もいない。誰一人として、為政者を肉眼で確認していないのだ」


「それが――」


 返事をする前に風は二つ目の隔壁を開ける。


「――同様に委員会には一人も赤目が含まれていない。回りくどい言い方は止めよう。みんな気付いていることだ。少なくとも第一世代の大半は気付いている。管理委員は全員外部の人間だ。つまりこの街の政治が決して外部の望まない形に逸脱などしないようにされているということだ。とどのつまり、この街に自治など存在しない」


「けど、望んだ政治的代理人を選ぶ権利はあるじゃないか!」


「それも怪しいものだとは思うが、では外部からの食糧支援を打ち切ろうと考える立候補者が居たか? 居るわけがないな。この問題は議題にあがったことすらない」


「議題にする理由がない。俺たちには自給でやっていけるだけの生産量が無いんだ。外部から食料を支援してもらうのは当然じゃないか」


「当然と言うけれどね、支援してもらう側がそう考えてはいけない。なぜなら外部はいつだってその支援を打ち切れるからだ。もしも外部からの食糧支援が突如打ち切られたらキミらはどうなる? 逆説的に言えば、委員会は巧みにこの話題を逸らし続けている。キミらが自給しようなどとは言い出さないようにね。これは切り札になるとは思わないか? イザというときは食糧支援を打ち切ればいいのだ。それだけでキミらは飢える。いとも容易に」


「けどっ」


 だが、それを言い出せば彼らはいつだって煉瓦台を空爆したり、ミサイルを撃ち込んだりできるのだ。

 それだけの兵力は煉瓦台外周にそって配備されている、はずだ。

 風は三つ目の隔壁を開けながら、ちらりと腰にぶら下げた銃に視線を向けた。


「彼らは撃たないよ。いや、撃てないんだ。キミのように武器を抑止力として実用していると分からないかもしれないが、外部の世界はそうそう簡単に十三万人を犠牲にはできない。たとえ世界を守るためでも、だ。そんなことをすれば各国から非難を浴びることは間違いないからね。だから実際には煉瓦台を壊滅させるだけの火力を保有していたとしても、それを実際に使うのは最後の手段になる。キミたちだって同じはずだ。武器を使う前に説得を試みるだろう? キミらの引き金は普通に比べると随分軽いみたいだけどね」


「ッ――」


 反論しようとしてできなかった。

 透が人を殺してきたのは事実だ。

 たとえ相手が危険な発症者であるにせよ、その数がまだ二桁には達していないと言っても、だ。


「気にすることは無い。キミらはそうなるように教育されてきたのだ。第二世代。煉瓦台で生まれ、煉瓦台しか知らないキミたちは管理自治機構の産みだした変種と言えるかもしれない。平たく言えば、実験用のモルモットだ」


 そんな透を見る風の目は明らかに哀れみの色をたたえていた。

 上から見下ろされるような感覚、明らかな上下関係。

 本当に自分が矮小な存在になってしまったような気がした。


「――んだとっ!」


 それを振り払うように思わず右手が風に向かって伸びた。

 直後にその手を脇から伸びた別の手で掴まれ、世界が反転した。


「――ッ!」


 ずしんと背中に痛みが走る。

 天井が見えて、透は自分が投げ飛ばされたのだと分かった。

 柔道ではない。

 何かの他の武術だろう。

 しかし心当たりを探すよりも先に銃口が目の前に突きつけられる。


 ――パンッ!


 皆月と呼ばれた女は一片の迷いすら見せずに引き金を引いた。

 だが銃声の後、腕を押さえたのは皆月自身で、透は背中の鈍い痛み以外には何も感じなかった。

 乾いた音が床を滑る。視線を向けると、ハンマーを失った皆月の拳銃が転がっていた。


「死んだ人質には価値が無いと言ったはずだ。それに、彼には是非“こちら側”にきてもらいたいんだ。ボクのやっていることが解るな? ――次はないぞ」


「はい……」


 皆月は唇を噛み締めて、風の言葉に頷いた。

 透は体を起こしながら、体の状態を確認する。

 幸い床に投げつけられた背中は痛みがあるだけで、何の障害も無さそうだ。

 上半身だけを持ち上げた状態で、透は風を睨みつける。


「“こちら側”だって? 誰がアンタ等の仲間になんてなるもんか」


「……それは、やってみなきゃ分からないよ」


 風が四つ目の隔壁を開ける。


「誰だって自分の意見を変えるものだ。貴女は、どうです?」


 風が振り返った先には、如月に引き摺られるように歩く練子がいた。

 まだ薄く笑い続けている。

 こめかみから頬へ、そして白い薄着が血に染まり、その姿は壮絶さすら漂わせていた。


「ああ、あ、あたしかい……、くくっ、あたしかい。あたしか。あたしのことか」


 がくり、がくりと練子の首が揺れる。

 頭部からの出血の所為か、それとも脳震盪でもおこしているのか、その瞳の色は危うい。


「ふふ……、くふふ……、もしも、もしもだよ。もしもだ。もしもだから、これはあたしの空想の話だ。解るかい? 空想、妄想、虚言、妄執、または現実すら歪めかねない望みと言ってもいい。もしも悪魔が居て、魂と引き換えに此処から出してくれると言ったなら、あたしは喜んで差し出しただろう。だが――」


 ふっと練子の瞳が虚空を見つめる。


「どうせアンタらと行ったところで同じなんだろうね。結局は同じさ。同じことの繰り返し。それでも、なあ、風よ。アンタのとこじゃ空は見えるのかい?」


「もちろん」


「もう何年も見てないよ。ならあたしは――」


「沢渡練子ッ!」


 透は練子が何を言わんとするかを感じ取り、その名を叫ぶ。

 しかしそれには何の意味もなかった。

 練子はちらりとも透を顧みなかった。

 ただ、燃えるような瞳で風をじっと刺し貫いた。


「アンタらと行こうじゃないか。そしてあたしを上手く使って見せるがいい。できるものなら、できるものならだがね」


「善処しますよ」


 肩をすくめて風は五つ目の、つまり最後の隔壁を開く。

 これを過ぎてエレベーターをあがればもうそこは煉瓦台記念病院の地下研究室だ。


 結局、何もできなかった――。


 透は歯軋りすることしかできない。

 地下の異常事態は普通に考えれば地上にも伝わっていることだろう。

 そうすれば研究室が封鎖され、そこに防衛線が引かれていることは想像に難くない。

 そこが最後のチャンスになるだろう。

 そこを突破されてしまえば、透はもう用済みであり、風の指先ひとつで簡単に命を奪われるに違いない。

 そうでなければ、このまま彼らの組織に連れて行かれて服従を誓うように強制されるかなにかするのだろう。

 だが彼らの言葉を信じるのなら、彼らはこのまま行方不明になった外部感染者を追うだろう。

 そうすればまだチャンスは続くかもしれない。

 しかしそれにしてもまずは目の前の防衛線でなんとか脱出することを考えなくてはいけない。

 しかし防衛線を構築するのが1課と3課の混成メンバーだろうとか、今日の3課待機メンバーは誰だっただろうかとか、透が考えるより先に――、


「キミも彼女のように素直になってくれたら助かるんだがね」


 そのくぐもって苦しそうな声が――、


「――風――」


 この隔離封鎖区域への通路に響き渡った。


「――貴方、ここでデッドエンドよ」


 全身傷だらけの、立つことすらままならない、観剱京子が壁に身を預けて、そこにいた。

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