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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
21/90

地は途絶えしも其は近く -9-

 透が最後に面会室を出てからまだ三十分も過ぎていない。

 だというのにそこの景色は一変していた。

 二重のアクリル板はまるで薄いガラスのように粉々に砕かれ、向こう側にいたはずの沢渡練子は拘束を解かれ、こちら側に居た。

 練子だけではない。

 他に三人の男女が面会室の中にいた。

 扉が開いたのに素早く反応して、うち一人が素早く銃口を入り口に向ける。

 そして現れたのが風であるのを確認するとすぐさま銃口を降ろした。


「――ソイツは?」


「3課隊員だ。人質に使える」


「赤目をですかい? これ以上荷物にゃ増えて欲しくないですが――」


 ちらりともう一人の男に視線を投げかけてから、男は風が見つめる視線に気付き肩をすくめる。


「もちろん若頭の方針に逆らうつもりはないですがね」


 年齢は三十台後半というところだろう。ラフなスーツ姿に角刈りで鋭い視線から如才ない雰囲気が見て取れる。


「――これはこれは!」


 突如と乾いた声を上げたのは練子だった。

 拘束衣を解かれ、下着か囚人服か判断に困るような服装になっている。

 アクリルの破片が散らばる床の隅に座り込んで、練子は風に向けて引きつった笑い顔を向けた。


「これはこれはこれは、これは、これは誰かと思えば観堂寺んとこの飼い犬じゃないか。相変わらずご主人様に尻尾振ってんのかい? そうか、アンタが来てたってなら全部納得が行く。そうだな。全部筋が通るってもんだ」


「時間が無い。貴女の力が必要だ」


 風は透の存在など気にしないようにその前に出て、練子の前にしゃがみこむ。

 その背中を見つめながら、透は一瞬扉の向こうに逃げ出せないか考えて、それを捨てた。

 ちらりと浮かんだそれを風を若頭と呼んだ男が見逃していなかったからだ。

 男は銃口を透に向けると、不用意に近づいたりせずに三メートルほどの距離を維持する。

 これでは逃げようがない。


「あたしの力が必要だって? そうさ、あたしの力は誰だって必要さ。だけどどう使うつもりだい? 静は嘘発見器を何度も改良して試してみたが無駄だったよ」


「――アテはあった。だがボクたちは機構と事を構えるのを良しとはしない」


「はっ、鼻面に反吐吐いておいてよく言うよ。元特捜3課として断言しておこう。観堂寺はお仕舞いだ。まさか機構の戦力を測り間違えているんじゃあるまいね」


「…………」


 風はしばらく黙り込んだ後、やがてゆっくりと口を開いた。


「――機構の戦力については後でゆっくりと話し合うことにして、今はこちらに答えてもらいたい」


 風が胸ポケットから折りたたんだ紙片を取り出して、練子に広げて見せる。


「なんだい、アンタもそれが望みかい。D21、いや今答えがC21に変わった。二つ目の問いはR12。三つ目はばつ、だ」


「――ふ……、二つ目と三つ目の答えは嘘だ」


 もう一人の男、黄色いパーカーの青年が呟く。

 この場にいる中で彼だけが異質な存在であるのが今の震えた一言で明らかになる。彼は酷く怯えている。

 いや、そちらの方が余程正常であろう。

 こんな状況下で平気で居られるのはおかしい。

 おかしいが、透や練子のような訓練された人間や、風たちのような荒事に馴れてしまった人間というのは、悪く言えばネジが一本飛んでしまっている。

 彼のほうが正常だ。

 一方、もう一人の風の仲間と思しき女は二十台半ばか後半、黒のスーツ姿で拳銃と大振りのサバイバルナイフを腰にぶら下げて、明らかに“こちら側”の目をしている。


「…………」


 風がポケットからペンを取り出し、紙片に走らせて再び練子に提示する。


「――まる、だ」


「……嘘じゃ、ない」


 また青年が答える。


「そうか……」


 透は思わず呟いていた。

 練子の嘘は機械では見抜けない。

 それは練子自身に嘘をついている自覚がないからだ。

 だがそれが“嘘を見抜く能力”を前にしたときはどうか?

 一般的に視覚拡張系分類型の能力は個人的な感情に左右されない。

 冷徹なまでに彼らの能力ははっきりと事実を分類する。


「……そうか、……く、くふふ、くくく、ふはは――」


 練子はぷっ、と風の差し出した紙片に唾を吐きかけると、壁に頭を打ち付けて笑いをあげた。

 ガツン、ガツン――と打ち付ける音と笑い声が狭い空間に響き渡る。

 そして頭を打ち付けるのを止めたかと思えば床に転がって腹をよじって笑い続ける。

 じわりとそのこめかみから頬にかけて、赤い染みが広がる。

 その様子は完全に狂ってしまったとしか思えない。


「ははは――! 嘘を見抜く能力か! 嘘発見器とかそういう程度ではなく、答えの真贋を見る能力。よく見つけたな。よくも連れてきたな」


「褒められても嬉しくないな。時間は残されていないことが分かっただけだ。行くぞ、彼女は床を引き摺ってでも連れて来い。そして――」


 振り返った風が透に銃口を向ける。


「キミが先頭を行くんだ。キミもそうしないワケにはいかないだろう?」


 そう言って銃を持たないほうの手で風は透に紙片をかざして見せた。

 練子に唾を吐きかけられたそこに書かれていたのは――


 ――外部感染者の行方不明者、白瀬信行の居場所を特捜のエリアコードで答えよ。

 ――外部感染者の行方不明者、宗谷美咲の居場所を特捜のエリアコードで答えよ。

 ――上記二名は外部への脱出を目論んでいるか?


 答えはC21、R12、バツ、しかし後の二つは嘘だ。

 つまりこの二名は外部への脱出を目論んでおり、白瀬信行はエリアコードC21、つまり絶対境界線の存在するエリアへすでに到達していることになる。

 確かにこれでは足を止めて悠長に話をしている場合ではない。

 透は先頭を切って歩き出した。

 足のもつれる練子を気遣っての緩やかな前進。

 2課との遭遇も予想されたので、少し進むごとに前後を確認しながら進む。

 しかしそうしながらも胸のうちに留まった疑問は膨らんで、やがて口をついた。


「アンタはなんなんだ……。あんたらが羽田弘文をそそのかしたのか?」


「勘違いしないでもらいたい。ボクたちはキミたちが見失った外部感染者の保護に尽力を注いでいる。羽田は残念ながら間に合わなかった。白瀬、宗谷、両名に関しては今彼女から情報を得たところだ。そして残る二名は――すでに保護を終了している」


「だからアンタはなんなんだと聞いている」


「人質の分際で! 質問できる立場だと思っているのか!」


 風に付き従う女が素早く銃を抜いて透に突きつけた。

 声に振り向いた透の目に銃口が真っ直ぐに向いて、銃身の内側を走る腔線とその奥に納まった銃弾がはっきりと見えた。


「銃を降ろせ」


「しかしっ!」


「人質は必要だ。解るか? 解るな? だが解る必要もない。命令に従え」


「……判りました」


 一瞬の逡巡があって、しぶしぶと女が銃を下ろした。

 透は思わずほっと息をつく。

 覚悟はできていても、やはり銃口を覗くというのは気分のいいものではない。


「質問に答えよう。我々は敵同士だ。しかし同時に同じ敵を抱える同志でもある。我々はあるひとつのものを争う。言うまでもなくそれは煉瓦台の支配権だ。今は適度にバランスが取れた状態でお互いに妥協しているが、我々は機構を望ましくないと思うし、機構は我々を排除したいと思っている。しかしそんな我々でも煉瓦台の維持という絶対条件の下に成り立っていることに違いはない。解るかな?」


「つまり外部感染者をそそのかして、外部へと脱出させようとしたのは自分たちではない、と、アンタが言いたいのは分かった」


「それで十分だ。つまり我々はこの街を守る壁で在らなくてはいけない。その点においては協力しあえるはずじゃないか」


「これが“協力”か?」


「これは不可抗力だよ。事実、事態は切迫している。こうしなければ二人の行き先は掴めなかっただろう。キミたちにここまで沢渡練子から正確な情報を引き出す手段があったかな?」


 無かったので透はぎゅっと歯を噛んだ。

 再び前を向き、手始めにすぐそこの角に視線を投げてその先に視点を再設定、その向こう側を確認する。


 ――――。


 見えた。


 見えたのは、カーテンの向こうに透と同じ制服を着た2課隊員が二人。

 武装して、警戒態勢でいる。

 なるほど、そこはもう隔離閉鎖区域の出口だ。

 そこを封鎖していれば侵入者をみすみす逃すこともない。


 ――かつん。


 鼓膜を小さな音が叩く。

 それは全員に聞こえたようで、全員が振り返った。

 慌てて背後の角の向こうに視線を投げるが、何も見て取れない。

 透たち自身が通ってきた痕跡として、カーテンが緩やかに揺れているだけだ。


「囲まれたか……」


 風は確信を持った口調だった。前方の敵は透が立ち止まったことで、後方の敵はわずかな物音で証拠は十分だった。


「とは言っても、まごまごしている時間はない。如月、皆月――」


 風が明らかに彼の部下である男女に振り返る。

 それがその二人の本名なのか、それともコードネームのようなものなのか、透には判断がつかなかった。


「――こじあけろ」


「承知」


「了解」


「二人の後ろをキミが――」


 そこまで言って風は言葉を止めた。


「まだ名前を聞いてなかったな」


「聞く必要があるのか?」


「……ないな。それじゃ人質クンの後ろには貴女とお前、ボクが最後尾を務める」


 透は言われるままに前に出た二人の後ろについた。


「なぁ、白峰、アンタ、おしゃべりになったねぇ」


「練子さんは黙っててください」


 言ってから、風は少し渋面を浮かべる。それを見て練子もまた口の端を歪めた。


「まあいいさ。どうせここに居ても、連れ去られても、大して違いはない」


「貴女は相変わらずお喋り過ぎる。猿ぐつわをされたくなかったら、少しは自重することだ。――行け!」


 風の声と同時に前方の二人が飛び出した。一瞬遅れて透はその背中を追う。


 ――速い!


 二人は躊躇もなく最初のカーテンを潜る。

 それと同時に透から見て取れる2課隊員のうち3人が不可視の力で地面に叩きつけられる。

 二人のうちどちらのものか分からないが、明らかに物理干渉系能力だ。

 パパパ――と聞きなれた小気味いい音が聞こえると同時に、女がサバイバルナイフを抜く。

 その動きはあまりに速すぎて、目で追いきれない。

 ただその手が最短距離で全ての銃弾を弾き飛ばしたことだけは明らかだ。

 女の能力は明らかに<我は拒絶す>で、その反応時間から有効範囲はビビリ屋より広い。

 ――制圧――にかかった時間はほんの数秒だった。

 男の物理干渉能力は標的を地面に叩きつけるようなものらしく、すべての2課隊員が起き上がれないほどの衝撃を受けて意識を失うか、それ相応の重症を負っていた。


「このまま地上までいくぞ。隊列はこのままで、人質クンはその能力で先を見ていてくれ」


 良いように使われるのは気に喰わなかったが、一刻も早く外に出なくてはいけないという点では、透も男に同意だった。

 まず何より優先されるのは煉瓦台から感染者を外に出さないこと。


「――っと、なら、そうだ。自衛隊に連絡を入れなくちゃ」


 外部感染者の居場所がエリアコードでわかっているなら、外部から防衛線を張りなおすことだってできる。

 最悪、一帯を空爆してでも感染漏れを防げればいい。


「そうすると外部からこちらへの影響力が増す。それは我々の望むところではない。この件は内々で処理する」


「だけどそれで感染漏れしたら意味がないじゃないか。防衛策は幾重にも張り巡らせておくべきだろ」


「自分の体を守るために、魂を売り渡しては意味が無い。それこそが我々とキミらが対立する理由だよ。人質クン。我々の目的は煉瓦台の本当の自治だ」

今日はここまで!

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