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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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かくも脆き -1-

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人は一人では生きられない。

また同じくらいの確かさで、人は孤独からは逃げられない。

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「1999年7月23日、煉瓦台は未曾有の大災害に見舞われた。今では大災害と言うとこの災害を意味するのは知っているな。正式には煉瓦台大災害と言う。テストではちゃんと正式名称で答えること。日付もちゃんと覚えとけ。……何が起きたか知らない者はいないと思うが、授業なんで説明するぞ」


 そう言うとオガちゃんこと、小河原(おがわら)先生は黒板に強面からは想像できないポップな絵柄で地球とそれに向かう小天体を描いた。

 煉瓦台大災害とは今から20年前に起きた小天体の地表衝突のことである。

 煉瓦台と名は付いているが、実際に天体が衝突したのは煉瓦台と天台の中ほどの山中で、煉瓦台の中心地に命中したわけではない。直接の犠牲者は数百人に及んだ、と言うべきか、数百人で済んだと言うべきか。

 数百人という曖昧な言い方になってしまうのは、20年経った今でも正確な死者・行方不明者数が分かっていないからだ。

 その後の大混乱もあって煉瓦台の戸籍情報は現在に至っても曖昧なままだ。


「小天体の衝突による被害は確かに大きかったが、それだけでは大災害と呼ぶには足りないな。では何を持ってこの災害は大災害と呼ばれるに至ったか。深水(ふかみ)、お前なら答えられるな?」


 臆さずに(とおる)を指名するオガちゃんは良い教師だ。他の教師の中にはあからさまに透の存在を無視する者も少なくない。

 透はその赤色に染まった瞳を瞬いて、立ち上がった。


「小天体の衝突後、被災地である煉瓦台で非常に感染力の強い伝染病が発見されたからです」


「その伝染病の特徴を言ってみろ」


「まず最大の特徴は発症するとその瞳が赤く染まることにあります」


 赤い瞳で透は教室を見回す。クラスメイトは誰も透と目を合わせようとはしない。ただ一人、オガちゃんだけが真っ直ぐに透を見つめている。


「発症するとどうなる?」


「身体能力が劇的に向上します」


「それだけか?」


「……発症者は必ずなんらかの異常を身に着けます。視覚の異常、肉体の異常、あるいは異常を周囲に及ぼす異能。場合によっては致死的な異能が大きな事件を引き起こすこともあります」


 赤目には近寄るな。

 この煉瓦台では誰もが幼いころからそう教えられて育つ。

 それは極めて現実的な理由だ。

 発症によって異常な視覚を得た発症者は精神錯乱(クレイズ)を起こすことが稀ではない。たとえその異能が致死的なものでなかったとしても、その格段に向上した身体能力は普通の人間にとっては十分な脅威となる。そこに致死的な異能が掛け合わされた時の被害は尋常なものには収まらない。

 そう言った事件が日常的に起こるのがこの煉瓦台だ。

 誰もが普段から赤目への恐怖を植え付けられている。

 だからクラスメイトや普通の教師の透への反応のほうが正常だ。


「その通りだ。だが深水の意見は一面的だな。確かに発症した人が事件を起こすこともあるが、彼らの異能はこの煉瓦台の維持に役立てられてもいる。彼らは異能者ではあるが、悪ではない。そうだろう?」


 オガちゃんがクラス全体に問いかける。クラスメイトたちの反応は鈍い。彼らも頭では分かっているのだ。しかし感情がそれを認めない。

 赤目は怖い。

 赤目に見つめられるのはもっと怖い。

 自らが発症者である透でさえ、他の発症者に赤い瞳で見つめられるのは怖いのだ。

 だから透は自分がクラスで孤立するのは仕方のないことだと割り切っている。一方でそれを良しとしないオガちゃんのような教師がいることをありがたくも思う。

 だがそれは授業を脱線させてまで続けるほどのことでもないはずだ。

 透は席に座らずに片手を上げた。


「悪があるのだとすれば、この伝染病です。感染経路ははっきりせず、感染者には自覚症状がありません。そのためこの伝染病が発見された時には、感染は煉瓦台全域に広がっており、煉瓦台はまるごと隔離されることになりました。そうして事実上、世界から切り離された犠牲者が当時で13万人。この数を以って煉瓦台大災害は、大災害と呼ばれるに至りました」


「よろしい。座りなさい。では煉瓦台が隔離された背景だが――」


 滞りなく日本史の授業は再開される。

 透もクラスメイトたちの間に埋没していった。

 それでも彼が孤独であることに変わりはなかったが……。




 学校は透の居場所ではない。

 はっきり言って腫れ物扱いされているし、オガちゃんのような例外を除いて関わってこようとする人間もいなければ、透から関わり合いになりたいと望むような誰かがいるわけでもない。

 高校は義務教育ではないのだから、さっさと止めて仕事に専念したいと透は思う。だが透は未成年であり、何をするにしても親の同意が必要だ。そして透が特捜3課で仕事をする条件として親が出してきたのが高校にはきちんと通うことだった。

 そんなわけで透は仕方なく高校に通っているが、それも放課後までだ。

 授業が終わればその瞬間から透は特捜3課の非正規職員である。誰がなんと言おうと透自身はそう思っている。

 だからホームルームが終わるとすぐにカバンを引っ掴んで、透は特捜本部に向かう。自転車で10分。自室に帰ることもせず、制服姿のまま3課に顔を出す。


「おはようございます!」


「うん、おはよう」


「おっはよー」


 いつものことだが3課にはほとんど人がいなかった。

 皆、出払っているのだろう。

 今いるのは若干20歳ながら3課の課長代理である御剣京子(みつるぎきょうこ)と、透より1つ年下で高校には進学せず特捜の正規職員となった笹原美禽(ささはらみどり)の2人だけだ。

 自分のデスクにカバンを置きながら、透はふと疑問に思ったことを隣のデスクの美禽に投げかけた。


「あれ、美禽は昨日仕事してたろ。今日は非番じゃないっけ?」


「うん。でも暇だからさ。トールが来るの待ってたんだー。あそぼーぜっ!」


 椅子の上であぐらをかいて、にへらと美禽は歯を見せて笑った。

 こういうあどけない仕草は彼女を年齢以上に幼く見せる。もっともそれが彼女の魅力を損なうのかと言えばそんなことはまったくなく、快活な性格も合わせてより彼女を魅力的にしていると言っていいだろう。


「ここは職場なのだけど」


 頭痛をこらえるように頭を押さえて京子が呟く。長い黒髪がはらりと揺れる。

 目を伏せて憂鬱そうな表情だが、細身の美人である京子にはよく似合う。まるで一枚の絵画のようだと透は思った。


「トール、報告書の書き直しはこちらでしておくから、その子をなんとかしてちょうだい。さっきからずっと絡んできて仕事にならないのよ」


「と言われましても、流石に遊ぶわけには」


 非正規職員とは言ってもお給料だって出ている身だ。流石に就業時間中に遊んでいるわけにはいかない。


「そうね、訓練室で美禽に揉んでもらうといいわ。美禽には遊びでも、あなたには訓練になるでしょ」


「分かりました。美禽もそれでいいか?」


「おう! 揉んでやるぜー!」


 返ってきたのは若干どころか、不安しか無い返事だった。




 スポーツウェアに着替え、訓練室で透は美禽と向かい合った。

 美禽が揉むということはつまりそれは格闘技を意味する。

 特に流派があるわけでもないが、とりあえず一礼。両者は構えを取った。

 透はボクシングのように両手を上げ、美禽はだらりと全身の力を抜いている。

 長身の透が構え、小柄な美禽が自然体で立っているのは傍目には奇妙な構図として映るだろう。だが両者は至って真面目だ。美禽も。多分。


 さて、どう来る?


 両者の実力差を考えると透から攻撃に出ることは難しい。京子も透に格闘戦での攻撃能力を求めているわけではないだろう。いざという時に生き延びるための訓練だ。

 だから透はまずは美禽の出方を窺う。


「トールさ、ボクと付き合おうぜ」


 美禽の最初の口撃は、透の意表を突くことに成功した。

 その言葉に驚き、ガードの緩んだ透の腹部に、美禽の拳が深々と突き刺さる。

 少女の細腕で殴られたとは思えない、水の詰まったドラム缶で殴られたような衝撃を感じ、透は体をくの字に曲げて、苦悶の声を上げた。

 そのまま床に崩れ落ち、腹を押さえる。零れ落ちる涙を拭くこともできない。


「……おま、寸止めって、約束、だろ……」


 床に頭を擦り付けながら、なんとか声を絞り出して透は抗議する。

 訓練開始前の約束では5割程度の力で寸止め、急所や顔面への攻撃無しの軽い組手のはずだった。


「ごっめーん! トールがあんまり隙だらけだったもんだから、つい、ね?」


 ね? 分かるでしょ? と、美禽はあまり反省していない様子で透に向けて両手を合わせる。そんな仕草も可愛いのだから、困ったものだ。まだ痛みでのたうち回っているというのに、透はもう美禽のことを半分許していた。

 残り半分は、


「そんな言葉をフェイントに使うのって卑怯じゃね?」


 青少年の純な気持ちを利用された怒りだった。

 透だって男の子である。可愛い女の子から付き合ってと言われたら、動揺くらいはする。


「あー、あれはガチだぜ」


 からからと笑いながら美禽は言う。


「フェイントじゃないよ?」


「またそういうことを。――俺の気持ちを知ってるくせに」


 ようやく痛みが一段落ついて、深呼吸しながら透は体を横に傾ける。

 そんな透に美禽が呆れたように声をかける。


「きょーこさんのことは諦めなよ。脈ないって。そもそもあの人恋愛とか興味無さげだし」


「べ、別に京子さんと付き合いたいとか、そういうわけじゃねーし」


 ゴロンと畳の床に仰向けになった透を見下ろした美禽がにっこりと笑みを浮かべる。


「じゃあ付き合うのはボクでいいじゃん?」


「はぁ? 俺が好きなのは京子さんなんだぞ」


「ボクは別にトールがきょーこさん好きなままで構わないよ」


「――???」


 透には美禽の言っていることがこれっぽっちも理解できない。

 付き合うってのは好きな人同士がすることではないのか?

 そんな考えが顔に出ていたのか、美禽はほんの少し口角を上げて笑った。


「トールさ、ボクのことキライじゃないでしょ?」


「そりゃもちろん」


 美禽を嫌いになる理由なんて何一つ無い。


「ボクと一緒にお話したり、お出かけするのイヤ?」


「別に嫌じゃないかな」


 むしろ美禽を積極的に好きな男どもから標的にされないかの方が心配だ。


「よし、付き合おう!」


「いや、俺たち友達だろ。付き合うってのはちょっと違うかな。そもそも美禽こそ、付き合うってどういうことか分かってる?」


「むぐぐ……。いつまでサボってんの。立てよ。おら、立てよー」


 美禽は両手をワキワキと動かして、透に立つように促す。


「立つよ。立つけど、美禽さん、なんか目が据わってません?」


「エー、ソンナコトナイヨー」


 肩から腕をぶんぶんと回して美禽は言った。

 その顔はにこやかに微笑んでいるが、その目はやる気に満ちていた。

 問題はやる気なのか、殺る気なのかだ。


 はっきり断言しておくと、格闘技において透が美禽に敵うことはない。

 体格では美禽を遥かに凌ぐ透だが、生まれ持ったセンスが根本的に違うのだ。

 この組手にしたって京子が言ったように美禽からすればまったくのお遊びだろう。透にしてみれば真剣な訓練なのに、である。


 ようやく立ち上がった透は脇をしっかりと締めて、姿勢を落とし、防御姿勢を取った。

 2人の組手はいつもこうだ。

 美禽が攻める。透が守る。

 透は自分に格闘センスが無いことは分かっている。

 だから無理に格闘技で相手を倒そうとは思わない。

 格闘戦に持ち込まれた時に、仲間の援護が得られるまで凌げればそれでいい。

 そのための最低限の防衛術を学ぶための組手だ。


 尤もそれは美禽が合わせてくれればの話である。


 美禽の大きな赤い瞳が透を見据えた。

 ゆらりと上体が傾ぎ、透からは美禽の姿がかき消えたように見えた。

 一瞬遅れて床を蹴る音が追いついてくる。

 防御を固めた透の腕を、まるで車で激突されたような衝撃が襲った。実際、透の体がほんの少し宙に浮く。ひっくり返らなかったのが透自身ですら信じられなかったほどだ。


「おい、5割――」


「もんどーむよー!」


 それからどれほどの時間が過ぎただろうか。

 ガードを固め、ただひたすら耐えていた透には、ひどく長い時間に思えたが、実際にはそれほど長い時間であったはずがない。

 なぜなら透の足はまだ床を踏みしめているからだ。

 情けない話だが、美禽の猛攻を透はそれほど長い時間受けていられない。そんな透がまだ立っている。ということはつまりそれほど長い時間は経っていないということだ。

 ガードの上から一段と重い一撃を入れた美禽は、跳ねるように透から距離を取って大きく伸びをした。


「あー、すっきりしたぁ!」


 美禽の横暴さに何か言ってやりたいところではあるが、なんやかんや5割ではないものの、まあ、7割程度にちゃんと手加減してくれていたことは確かなので、文句も付けにくい。ちなみに10割で殴られていたら死ぬのでそもそも文句も言えない。


 じんじんと痛む腕を擦りながら、透はどれくらいで痺れが抜けるかと考える。


 体調を常に万全に保っておくのも特捜職員の大事な仕事だ。

 なにせ特種犯罪はこちらの都合なんて考えてくれないので昼夜を問わず発生する。


 そんなことを考えていたからだろうか。


 ――特種警報。


 スマホが通知を受けて耳を覆いたくなるような不快な電子音を垂れ流す。マナーモードにしていたのにお構いなしだ。仕様でそうなっているので仕方ない。


「行くよ。トール!」


 美禽にさっきまでのおちゃらけた雰囲気は微塵も残されていない。

 2人は並んで走り出した。

元々は特種警報が鳴るシーンから始まる本作でしたが、雰囲気や世界観の紹介のために序章とこのかくも脆き第一話を書き足しました。分かりやすくなっているといいなあ。

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