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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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地は途絶えしも其は近く -5-

 深海透が沢渡練子を相手にしているころ、遠野水瀬はどうしてこんなことになっているのだろうと考えながら、額に突きつけられた銃口をじっと見つめていた。


 コミュニティ、管理自治機構によって捕捉されている発症者のうちおよそ5割がいくつかあるコミュニティと呼ばれる共同体に所属している。

 彼らは管理自治機構に積極的に協力しようとはせず、敵対するわけでもなく、それぞれの形で独立して存在している。

 その方針はコミュニティによって大きく異なり、中には煉瓦台社会に積極的に参加しようというものもある。


 行方不明になった外部感染者の情報を得ようと水瀬が訪れたのはそういった社会参加型のコミュニティのひとつであり、管理自治機構にもおおよそ好意的なところ……であったはずだった。

 それだけではない、水瀬は以前このコミュニティの一員ですらあった。


「なにが、あったの……」


 水瀬に拳銃を突きつけているのは長瀬練太、知らぬはずもない、発症し錯乱に陥った水瀬を救った恩人だ。

 そしてその背後には朱に染まった壁が見える。

 それが血であることは充満した臭いで明らかだ。

 練太に傷が見えぬ以上、他の誰かの血なのだろう。

 単に飛び散ったというよりは、わざわざ塗りたくったように見える。


「……お前、本物か……」


 ガチガチと歯が鳴っている。

 水瀬よりも十も年上の、戦闘能力としては遥かに飛びぬけた能力を持つ練太が、恐怖に駆られ、銃を持つその手を震わせている。

 そんなに怖いなら撃てばいいのに、と、水瀬は思った。


「本物の遠野水瀬なのか!?」


「……撃って」


 そっと水瀬は銃口に向けて右手をかざす。

 意識を単独の物体に集中せずに、全面の視界全域に設定。

 水瀬は自分の能力を限定制御可能だ。

 完全に閉ざすことはできないが、ある程度の範囲で調整はできる。

 練太は迷った。

 そして迷った末に引き金を引いた。

 撃鉄は落ち、撃針が信管を叩いた。

 炸裂した火薬は薬室内を圧力で満たし、遊底と、そして弾丸をそれぞれ逆の方向へと吹き飛ばす。

 弾丸は銃身内に刻まれた螺旋条溝によって“硬い”空気の壁を切り裂いて直進するための回転を与えられる。

 そしてほんの30センチ先にある水瀬の手に触れる前に、弾丸はその向きを90度変えて部屋の壁に突き刺さった。

 幸い木製の薄い壁は弾丸を受け入れて、また向こう側に貫通もさせずにうまく受け止めたようだった。

 硝煙を吐く拳銃は依然練太に握られたままで、その銃口は水瀬に向いたままだった。

 反動で一度後退した遊体は空になった薬莢を弾き飛ばし、落ちた撃鉄を押し上げ、バネの力によって元に戻る際に次弾を薬室に送り込んでいた。

 シングルアクションでの射撃が可能な状態――。

 しかしその腕が下に落ちる。


「……満足した?」


 平然と言ったつもりだったが、内心は震えていた。

“当たらない”と分かっていても正面から引き金を引かれる恐怖は消えそうにない。 <虹を追う>それが水瀬の能力名であり、また彼女に科せられた枷である。

 能力の効果範囲はわずか15センチメートル。

 任意の物体か、触れようとした物体は総てその範囲への進入を拒まれる。

 不可視のバリアが彼女の視界内、肉体から15センチメートルの位置に存在しているというと分かりやすいだろうか。

 これは物理的な壁でない。

 物理的な壁であれば、今の弾丸も彼女の手の15センチメートル手前で“弾き返されて”いただろう。

 だが現実には弾丸は逸れた。

 まるでそこに立ち入ることを拒むように。

 また彼女がある物体に触れようとすると、その物体はまるで流れるように彼女の手から逃れる。

 それはまるで摩擦を失ったような滑らかさで。

 これは同じ能力の少ない発症者の中で、比較的よく見られる能力のひとつだ。

 そしてまた同様に、防御に関して以外に使い道がないという難点も抱えている。

 なにせ目を閉じていなければ何に触れることも叶わないから、日常生活を送ることすら困難になる。

 よって<虹を追う>達のほとんどはある非外交的なコミュニティで盲目生活を行っている、らしい。

 らしい、というのは、つまりそこが非外交的である以上、それ以上の情報を得られていないということである。

 だが水瀬のように外で生活する<虹を追う>が居ないわけではないから、今こうして弾丸を逸らしたことが水瀬が水瀬である証拠にはならない。

 だがそれ以前に水瀬は水瀬であるのだから、それが証拠になぜならないのか。


「練太さん、何があったの?」


 返事は、無かった。

 仕方なく水瀬は断りなくその奥へと歩を進める。

 靴を脱がなかったのは血で汚れた部屋の中に入るのに靴を脱ぐのは何か変だと思ったのがひとつ。

 もうひとつは緊急事態になったときにすぐ逃げられるように、である。

 なにせ彼女が靴を履くには靴の位置を確認して目を閉じ、手触りで自分の靴であることを確認して右、左と履いていかなくてはならず、その行程は常人の二倍も三倍も時間を食う。

 ……部屋の奥は酷いものだった。

 四人、いや、五人死んでいる。

 うち三人の顔は見覚えがあり、残り二人は顔の判別がつかない。

 不思議なのは傷の種類の多彩さだ。

 弾痕があるかと思えば刃で切られた後があり、押し潰されている部位があるかと思えば、内部から炸裂したらしき部位がある。

 これは複数の発症者による犯行だと水瀬は断定する。

 そうでなければこの多様さは説明できない。しかし――。

 コミュニティ“野良犬の巣”は管理自治機構の区分でいえばエリアE24に位置している。

 煉瓦台の中心部からさほど離れておらず、アパートの一棟を丸々借り切っているとは言え、住宅地の中にあり、これだけの惨劇が起これば周りに気付かれぬはずはない。

 いや、それ以前に<瞳>が捕捉しないはずが……。

 水瀬は眼を閉じ携帯を取り出して本部監視オペレーターの番号を呼び出す。


「3課の水瀬です。<瞳>への走査要求はできますか?」


「――現在<瞳>は一時的な機能障害が発生中です。復旧次第優先順位に従い連絡を差し上げます」


 なるほど<瞳>の機能障害は珍しいことではない。が、よくもまあこんな悪いタイミングで起こるものだ。


「赤目犯罪発生による緊急事態宣言します。犠牲者はコミュニティ“野良犬の巣”に所属する3名と、判別不可能な遺体が2名。遺体の損傷から複数の発症者が犯行に加わっていると推定します。1課で動ける班はありますか?」


「――待ってください。今調べます。発症者による犯行で間違いなさそうですか?」


「後で写真を転送しますから、それで判断してください。私は間違いないと思います。生存者が一名。混乱していますが、話はできそうです。これから事情聴取します」


「――分かりました。<瞳>の優先順位にできるだけ割り込んでおきます。1課の5班がそちらに向かいます。到着予想時刻は20時頃になります」


 時計を確認して水瀬は遅いなと思った。

 現在時刻は19時を回ったところだ。

 本部から数キロしか離れていないのだからすぐにでも駆けつけてもらいたい。

 そう思ってから、ああ、自分が複数の発症者による犯行などと言ったものだから完全武装での出動になるんだなと気がついた。


「了解しました。現場保持と事情聴取に努めます。以上――」


 現場保持、か。

 水瀬はなんとも言えない不快感を胸に感じる。

 目を閉じなければ触れようが無い世界。

 しかしその一方で意識していなければ、無意識のうちに現場を掻き乱しかねない。

 触れられないくせに、物は動くのだからやりきれない。


「練太さん、銃は徴発します。床に置いてください」


 練太はのろのろと水瀬の指示に従う。

 水瀬は目を閉じて銃を拾い、弾倉を取り外して薬室からも弾を抜いた。

 それをポケットに仕舞い、水瀬は立ち上がる。


「とりあえずこの部屋を出ましょう。他の人はどうなりました?」


 水瀬が居たころ“野良犬の巣”には九人の赤目が居た。

 水瀬と練太、犠牲者全員を足してもまだ二人足りない。


「わ、わわ、分からない。分からないんだ。連れて行かれた。あいつらはなんだ、なんなんだ?」


 ぱっと練太の手を取って起き上がらせることができないことが歯痒い。


 <虹を追う>は目を閉じてさえいれば無機物には触れられるが、生存している有機物に触れることはできない。

 例外は自らに“所属”する有機物のみだ。

 例えばペット、それも双方の意思で所有者と被所有者が成り立っている場合にのみ有効な条件となる。

 この所属の概念は他の能力でもしばしば見られるが、その形態は能力によって違う。ここまではっきりと所有と被所有が区分されているのは<虹を追う>だけだ。

 そしてまた目を閉じているにも関わらず能力が発現する受動型は能力の中でも珍しいものである。

 能力の中で普遍的な能力が、普遍的でない特性を備えているということになる。


「隣の部屋に行きましょう。ここは……血の臭いが酷いから」


 まったく持って酷い臭いだ。

 しかしもうすっかり慣れてしまっている自分がいることに水瀬は気付かないわけにはいかない。

 だが練太にはきついだろう。

 彼の精神がここまで擦り切れているのにはこの臭いと光景が大きく影響しているのは間違いない。


「練太さん……」


 しかし練太は立ち上がれそうに無かった。

 水瀬はそんな練太を見下ろしながら、変な落胆と高揚を感じる。

 自分にとって親か兄のような存在だった人がこうして打ちひしがれているその姿を見て、水瀬は嗜虐的な感情がむくりともたげてくるのを感じた。


「今すぐ立ち上がるか、私のモノになりなさい。そうしたら手を引いてってあげる」


 十も年下の少女にそう言われて練太が何を感じたのかまでは水瀬には分からない。

 けれど一瞬の躊躇を経て練太は立ち上がった。

 そしてキッと水瀬を睨みつける。

 だがそこに憎しみはない。

 単純に自分を奮い立たせているだけだ。


「い、行こう。二人を助けないと……」

“所属”の概念は後の物語の根幹部分に関わってきます。

 とは言ってもその時にまた説明が入りますけど。

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