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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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地は途絶えしも其は近く -4-

 面会室そのものはさほど透の知るものと違いは無かった。

 三畳ほどの部屋を仕切りがふたつに分けていて、お互いに行き来ができないようになっている。

 ドアは手前と奥にひとつずつ。

 ただ、違いがあるとすれば敷居となっているアクリルの厚さが透の知るものの二倍ほどもあり、その間に透明な何かが挟まっている。

 何らかの手段で遮光とその逆を切り替えられるような素材なのだろうと透は推測する。

 封印隔離するほどの発症者との面会ならば、顔を見せられないということも多いだろう。

 透はパイプ椅子に座ると、面会相手の到着を待つ。

 静は面会室の手前で手続きを済ませると忙しいからと上に戻っていた。

 現在室内には透と、仕切りの向こう側に一人の警備員、いや透と同じ制服を着た特捜隊員が立っている。

 襟元のバッジから彼が2課の隊員であることがわかる。

 特捜2課、1課が犯罪に対して攻性の組織であるのと対照的に2課は防衛をその任務とする。

 しかしこんな封印隔離区域の警備まで2課の仕事であるとは透は知らなかった。

 よくよく考えてみれば2課との共同作戦の経験はない。

 透は自分が2課の活動を見るのはこれが初めてだということに気付く。

 2課の主な活動はどんなものになるのだろう――、とその思考を推し進めるより先に奥の扉が開いた。

 そこから出てきた姿に透は一瞬ぎょっとして飛び上がりそうになるのを堪えなければならなかった。

 アイマスクと言えば聞こえはいいが、それは一般的に言うアイマスクとは明らかに違っていた。

 どちらかというとダイビングで使うようなゴーグルに近い。

 もちろん透明な面などなく、完全に視界を奪うのがその目的であることは明らかだ。

 まだガスマスクをつけて出てこられたほうが驚かなかっただろうと透は思って、この神経ガスで最終的な防御線を張っている空間にガスマスクはいくつくらい用意されているのだろうと思った。

 多分ゼロだ、と透は結論する。

 それが管理自治機構の方針というものだ。

 その徹底した方針は目の前の女性の顔を覆うマスクだけでなく、その服装にも表れている。

 両手の自由が利かないように拘束服に押し込められ、三本のベルトでさらに固定されている。

 足は自由に使えるようだったが、上半身はほとんど身動きできないだろう。

 ここでは常にそうなのかと静に後で問おうと透は心に決めた。

 女性――沢渡練子を連れてきたのは2人の2課隊員で1人はサブマシンガンで武装しており、その銃口は油断なく練子に向けられている。

 なるほど、何かあれば彼らも神経ガスの巻き添えとなる以上、その取り扱いは細心の注意を持って扱われる、というわけだ。


「先に説明されたとおり、アイマスクを取り外した後、我々は退去しカメラから監視させていただきます。禁止事項は覚えておられますね?」


 透は100項目くらいあった禁止事項を思い出しながら頷いた。

 すべてを覚えたわけではもちろんなかったが、少なくとも自分が誤ってしてしまう可能性のあることだけは頭に入っている。

 今回の場合はペンを渡してしまうなどだ。


「面会時間に制限はありませんが、状況を見てこちらで打ち切らせていただく場合もあります。それではどうぞ」


 2課隊員は練子のアイマスクを外すのに数分を要した。

 単に手間取ったわけではなく、それだけ複雑な手段で頭に固定されているということなのだろう。


 ――赤目は人間じゃないから人権なんてねーんだよ。


 昔、亮一がそう愚痴ったことがある。

 何の事件の時だったか。

 そこまでは思い出せない。

 けれどそれはここでは間違いなく事実なのだと透は知った。

 そうして練子のアイマスクが外されて彼女の顔がようやく明らかになった。

 青白くやつれた顔、生気のない赤い瞳、散髪はされているようだったが手入れが十分でない髪はぼさぼさだった。

 練子はその生気のない瞳で透をしばらく見つめた後、その無表情をわずかにしかめた。


「そ、後輩さんね」


 その声はかすれていたが、その理由までは透にはわからなかった。

 長期間声を出すこともしなかった人間が久しぶりに声を発しようとしたとき、どうなるかなんて知りもしなかったのだ。

 しかしその言葉の意味は十分に通じた。

 透の襟元には3課隊員であることを示すバッジがついているし、そうでなかったとしても特捜隊の制服を着た赤目と見れば3課であることは明らかだ。

 そしてその表情の変化で練子が面会人が3課の人間であることを快く思っていないのは明らかだった。

 これはまったくの第三者にやらせたほうがいい任務だったのではないだろうか。

 そんな疑問が頭を掠めたが、京子が透を指名したことや、静が透にしかできないと言った以上、何か意味があるに違いない。


「特種捜査機動隊3課の深海透です。自衛隊の命令により沢渡練子さん、貴女の協力を要請します」


「…………」


 練子は透をじっと見つめたままで動かない。

 未知の赤目にじっと見つめられるというのはかなりのプレッシャーだ。

 練子の場合は予めその能力についての予備知識があるため、それほど恐れる必要はないが、これが偶然の遭遇であった場合などでは赤目に見られるということは、それがそのまま死に繋がることすらある。


「これは命令であり、貴女に拒否権はありません。質問表を渡しますのでその答えをお願いします」


 背中につぅと冷や汗が流れ落ちたのを感じた。

 相手は拘束され、能力はどちらかというと視覚拡張系、いや因果干渉系か、どちらにしても物理的に攻撃される心配はない。

 ――だというのになんだというのだ、この緊張感は。

 とにかく命令であることは伝えた。

 練子に拒否権はない。

 透はファイルから一枚目の質問表を取り出し、二枚あるうちの一枚を仕切りの合間を練子の側に滑り込ませた。


「まるまるばつまるばつばつばつまる」


 それはまるで機械による音声のような抑揚の無い発音だった。

 慌てて透は手元のもう一枚の質問表に視線を落とす。

 確かに一枚目は八問のYes or Noで答えられるタイプの質問ばかりが並んでいた。


「えっと、まるまるばつまるばつ――えーっと」


「まるまるばつまるばつまるばつばつ」


 慌てて二度目の返答を書きとめながら、透は違和感を感じた。

 一度目のをちゃんと覚えておかなかった自分が悪いのだが、彼女の返答は変化している。

 それも透が覚えていない範囲だけが……。


「さっきは、最後はまると仰ってませんでしたっけ?」


「さあ?」


 練子は首を傾げる。本当に分からないと言った風に。

 なるほど、これは手ごわそうだ。

 監視カメラの向こうで2課隊員がこのやり取りをみて笑っているのではないだろうかと、透は想像して鬱になる。


「もう一度お願いします」


「まるまるばつまるばつまるばつばつ」


 それは手元に書き上げた返答一覧と一致する。覚えていてわざと言っているのか、それとも彼女には本当にそう“見えて”いるのか。

 透は手元の質問表に目を落とす。

 問1 面接者は特捜3課隊員である。○か×か。

 問2 面接者の名前は深海透である。○か×か。

 問3 深海透は高校生である。○か×か。

 問4 深海透は男性である。○か×か。

 問5 深海透は発症者である。○か×か。

 問6 現在の3課構成メンバーの総数は十人である。○か×か。

 問7 今月に外部感染者が発見された。○か×か。

 問8 かくも脆き事件による死者総数は44名である。○か×か。

 なるほど、これは全て透ならすぐに答えが分かる問いであり、また練子が今見た目で判断できる問いが数問混じっている。

 これは透のために用意された質問だった。

 これに練子の答えと、正解を示し合わせると、

 問1 面接者は特捜3課隊員である。○か×か。まる。正解。

 問2 面接者の名前は深海透である。○か×か。まる。正解。

 問3 深海透は高校生である。○か×か。ばつ。不正解。

 問4 深海透は男性である。○か×か。まる。正解。

 問5 深海透は発症者である。○か×か。ばつ。不正解。

 問6 現在の3課構成メンバーの総数は十人である。○か×か。まる。不正解。

 問7 今月に外部感染者が発見された。○か×か。ばつ。不正解。

 問8 かくも脆き事件による死者総数は44名である。○か×か。ばつ。正解。

 正解4、不正解6、その上で見た目で分かるはずの透が発症者あるという質問に対し、練子は三度に渡り、ばつと答えた。なるほどこれが静の言っていた虚言症というものなのだろう。

 さて一体どうしたものか、透には考えがつかなかった。

 とにかく今は二枚目にいくしかない。

 今度こそは聞き漏らしがないように、まず自分で質問表をしっかり確認してからペンの準備もして、それを練子の元に滑り込ませた。

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