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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders

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15/90

地は途絶えしも其は近く -3-

「――はぁーい、もしもしー」


 京子の病室を後にした透は真っ直ぐに静の研究室を訪ねたが、不在だというので携帯にかけてみると多少呼び出しに時間が掛かった後に応答があった。


「静さん、透ですけど……」


「――はいはい、今ちょっと忙しいから透くんじゃなきゃ出てないわよ。どうしたの? さっき警報で飛び出していったばかりじゃないの」


「あ、忙しいって大丈夫なんですか?」


 確かに電話口の向こうからドタバタと慌ただしい状況が音だけでも伝わってくる。


「――あー、うん、まあ、あたしがいなきゃダメって状況でもないかな。――フミ、接続設定独りでできるわよね! ……うん。任せたわ! ごめんね、それで、何か緊急の用事があるんでしょ。とりあえず聞かせて」


「それが――」


 どこまで話すべきか迷って、あまり情報は渡すべきではないと一瞬考えた後に、絶対境界線の穴の存在を警告してくれたのこそ静であることを思い出す。


「行方不明になっていた外部感染者の一人が絶対境界線を100メートルも侵犯した場所で遺体で発見されたんです。それで――」


「――なるほど、沢渡練子に会いたいのね」


 静の理解は異様に早い。

 しかしそれも静自身に原因があるからなのだ。

 もしも<(アイリス)>が以前の状態にあれば行方不明者など楽に探し出せただろう。

 しかし……。

「――仕方ないわよね。いくら国の要請だったとはいえ連結起動中の<瞳>にあれだけの負荷をかける最終決定を下したのはあたしだったんだもの。……とりあえずあたしの研究室で落ち合いましょう。許可書はあるのよね?」


「はい、もちろんです」




 10分程で静は研究室に現れた。

 何かニマニマと笑っていて事態の切迫具合を忘れてしまいそうなくらいに可愛らしい。


「ごめんなさい。顔、緩んでるでしょ。いいことがあったのよ。とても、とてもね」


 そう言いながら静の顔は緩みっぱなしで、今にも頬が落ちてしまいそうだ。


「今はヒミツだけど、きっと透くんも喜ぶわ。はい、許可書見せて」


 透が許可書を静に渡すと、静はそれにざっと目を通して頷いた。


「自衛隊の直接命令かぁ。逆らうつもりなんてないけど、逆らいようがないって感じねぇ。こっちよ。ついてきて」


 静が向かったのは地下の研究所の中でも透の行ったことのないエリアだった。

 その一角にエレベーターがある。

 地上の階のこの位置にエレベーターなど無かったはずだ。

 だからこれは地下でのみ使われているものなのだろう。


「でも、沢渡練子に会っても無駄だとあたしは思うわよ」


 エレベーターの認証用スキマーにIDカードを通しながら静は言った。


「どうしてですか?」


 エレベーターに乗り込むと、静は鍵束を取り出して、スイッチパネルの下段にある鍵穴に差し込んで回した。

 するとかちりと小さな窓が開いて別のスイッチが現れる。


「その質問に答える前に注意しておくわ。許可書があるから連れて行くけど、この先は危険地帯よ。何かあったと判断された場合、この地下空間には即神経ガスが満たされるような仕組みになっているわ。意識を失わせるとかそういったレベルじゃなくて、隔離空間の全員を即死させるのが目的……。それでも行く?」


 鎮圧ではなく、封殺。

 封印隔離される発症者の能力がそれだけすさまじいということなのだろう。

 想像以上の危険地帯に背筋がじわりと汗ばんだが、今更後に引けるわけもない。


「命令ですから」


「そう……」


 静の細い指がスイッチを押す。エレベーターはゆっくりと動き出す。


「質問の答えだけどね……」


「はい」


 沢渡練子に会っても無駄だと静が言ったことについて、だ。


「確かに彼女は紙に書かれた問いの答えが見える。……けどね、彼女は虚言症を患っているの」


「虚言症?」


 聞きなれない言葉だった。


「ん~、要はウソ吐きってことなんだけど、この言い方はよくないわね。誤解を招くわ。本人が意図的にウソを吐くわけじゃないのよ。お陰さまで、ウソ発見器にかけてもまったく反応無し」


 それはつまり試した、ということでもある。


「必ず嘘を吐くというわけじゃないから今の彼女から有益な情報を得ることはまず無理だと思ったほうがいいわ。それにね……いくら能力だからって完全なわけじゃない。紙に書かれた問いの答えが見える能力。あたしが彼女に初めて会った時、すぐさまひとつの質問をしたわ。まだ彼女が虚言症で無かった頃のことね」


「なんと聞いたんですか?」


 静が薄く笑った。


「――赤目症の治療法を答えよ」


「それで!?」


 静は首を横に振った。


「彼女は答えは見えないと言った。存在しないのか、彼女の能力限界なのか、それともウイルスの自己保存本能がそうさせたのか。その後いろいろ試して分かったことは、彼女の能力は基本的に煉瓦台の範囲に限定されているということ。煉瓦台の内部なら、現在なにが起こってるかという問いにだって答えることができるけど、外じゃダメ。一方で知識に関する問いなら煉瓦台に限定されない。ああ、後未来に関する質問もダメ。精密な条件はわからなかったけど、もし彼女が虚言症になる前だったとしたら、行方不明者の探索はまさしく彼女の得意とする分野でしょうね」


 ふと透は何か違和感のようなものを感じたが、それが何なのかうまく自分でも分からなかった。

 その答えを見つける前にエレベーターが音を立てて止まる。

 階数表示がないので地下何階なのか分からなかった。

 そんな透の疑問を感じ取ったように静が口を開く。

「地下50メートル、エレベーターシャフトは通過時を除いて計15の隔壁が閉じている。それ以外の出入り口は無し、エレベーターはあたしか管理自治本部の許可無しには利用できない。封印隔離区域……、でもあたしはたまに思うわ。もしもある日自衛隊が突然煉瓦台の壊滅を目的として煉瓦台全域を空爆したりしたとき、生き残るのはこの中にいる人間だけかもしれない……」


「それは考えすぎですよ」


「どうかしらね……」


 二人はエレベーターから最初の一歩を踏み出す。

 そこは研究室とも、病院内とも、本部とも微妙に違った空間だった。

 全面がリノリウムで、剥き出しの蛍光灯が天井脇に並列に並んでいる。

 高さ2.5メートル、幅3メートルというところだろうか。

 エレベーターからゆっくりとした曲線を描いて先の見えない通路を透と静は歩み出した。


「京子ちゃんには沢渡練子から答えを聞いて、その時の印象をそのまま報告するように言われてるんでしょう?」


 ふと静が呟いた。透は頷いた。

 最初の隔壁に辿り着き、静はIDカードを使ってそれを開けた。


「それじゃダメよ。京子ちゃんは彼女に対して冷静な視線を保てない。……あの二人は高校時代からの同級生だからね。思い入れが深すぎるわ」


「そうなんですか?」


「ええ、京子ちゃんが3課に入ったり、それから……拳と知り合ったりする前からの友達だったのよ。なにせ二人ともその頃にはもう赤目だったわけだから、誰よりもお互いに心を許していたんじゃないかしら。それが今は京子ちゃんは特捜のエリートで、彼女は封印隔離されてしまった。京子ちゃんは彼女をまだ理解しているつもりでいるかもしれないけれど、彼女は果たして同じ思いでいるかしら……」


「…………」


 しばらく迷った後で透はずっと疑問に思っていたことを口にした。


「沢渡練子さんはもともと3課に居たんですよね。それが突然封印隔離された。一体なにがあったか、静さんはご存知ですか?」


「なにが、あったか、かぁ」


 すでに越えた隔壁は4つを数えていた。3つ目からはIDカードだけでは開かず、静の網膜や声紋の照合までが行われている。エレベーターを出てから500メートルは歩いただろう。

 5つ目の隔壁を前にして静が立ち止まる。


「紙に書かれた問いの答えを見る能力、非常に便利な能力よね。千里眼ではないけれど、どちらかというと<瞳>向きだわ。……それがどうして3課に配属されていたのかというと、3課で共謀して彼女の能力を偽っていたからよ。紙片から痕跡を読み取る視覚拡張系分析能力、それが本部に報告されていた沢渡練子の能力だった」


 手に持ったIDカードをヒラヒラと玩びながら、静は中々それを隔壁のスキマーに通そうとはしなかった。


「そうしないと彼女を<瞳>として持っていかれると思ったのね。まあそれは大した問題じゃないわ。あたしだって似たようなことはやるわよ。けれど本当に問題が起こったのはあの<掴む手>の事件のときだった。詳しい概要は知ってる?」


「いいえ」


 <掴む手>の事件のことは何度も何度も聞かされたことはあるが、その詳しい概要については知らない。

 ただ民間に多大すぎる犠牲者が出、特捜は何もできず、結局何者かによって<掴む手>は始末された。ということしか分かっていない。

 それが誰かすら分かっていない。


「<掴む手>の事件の時、まだ<瞳>の精度は今の状態より酷くて、発症者の位置を500メートル以内に絞ることがどうしてもできなかった。それであの広範囲破壊能力を前に、発症者の捜索すら困難だった。あのときに透くん、貴方が特捜にいてくれればと心から思うわよ」


 確かに透なら破壊活動が行われている範囲を、安全に自分の眼で捜索して回れる。

 だが残念なことにそのころ透はまだ発症すらしていなかった。


「3課は発症者の位置特定に沢渡練子の能力を使った。けれどその情報ソースを問われたら困ると思ったからでしょうね、彼らはその情報を自分たちだけで独占した。そして3課だけで構成されたメンバーで現地突入、大敗を喫した」


「負けた、んですか……」


「ええ、それなのに3課メンバーに死者は出なかった。それが良くなかった。何故発症者の位置を正確に知りえたのか、何故その上で敗北した上に、死者が誰一人でなかったのか。これから全てが上層部から問われた。それはそうよね。それまで偶発的に接触に成功した小隊は全て殺されていたのだから。――彼らは黙秘を貫こうとしたわ。けれど決定的な証拠が3課に残されていた。それは京子ちゃんの字で書かれた一連の質問表と沢渡練子の答え、そして最後に“私たちは全員無事に戻ってこられるか?”という問いに“全員無事に戻ってくる”という沢渡練子の答え。おかしいでしょ」


 透は頷く。静自身が先ほど言ったばかりだ。

 ――沢渡練子の能力は未来に関する問いの答えを見ることはできない。


「だからね、それは沢渡練子の願いだったのよ。京子ちゃんだってそれは分かっていたはず。一種のお呪いみたいなものだった。……けれど思いもかけない形でそれは現実となった。そして私たち全員が、誰しもが、沢渡練子本人すら、自らの能力を勘違いしていたことを知ったの」


「……まさか……」


 ふとした思い付き。しかしそれはあまりに突飛過ぎて、透は自己否定することにした。

 しかし静の答えは透の思い付きを肯定するものだった。


「そのまさかなのよ。沢渡練子<答え在る問を>。それは見る能力じゃなくて、自ら問いの答えを作り出せる能力。区分するならば因果干渉能力者。現在起きていることや、知られている知識の答えが見えるのは、単に“書き加える余地のない問い”が彼女の能力では干渉できないことを示すためのもので、彼女の視覚拡張能力というわけではなかったのよ。手に余る能力というのはまさにこういうもののことを言うのじゃなくて?」


 運命すら書き換える能力。

 それは核兵器なんかよりよっぽど危険な能力だろう。

 強力すぎて試すわけにもいかない。

 神の領分を侵す所業……。

 透は神を信じているわけではないが、そんなことをつい思ってしまった。


「判明と同時に即封印隔離が決定。あたしは再三“赤目の治療法が明日に判明するか?”という問いに“はい”と書かせるべきだと主張したけれど、それを試すことは許されなかった。流石にこの空間でそれを試す勇気はないわね」


 それはつまり静がさっき言っていた――何かあれば即神経ガスが満たされる――領域にすでに足を踏み入れていることを意味している。


「面会室は仕切りで区切られているけれど、紙程度のものはやりとりできるようになっているわ。ペンだってそこを通せば渡せるでしょう。けれどそれをしたら即アウト。いいわね。それだけは気をつけて」


「肝に命じておきます」


「それから……」


 静がポーチからメモ帳とペンを取り出す。


「これを貴方に。京子ちゃんは自分でなんとかする気でいるみたいだけど、それは無理。今の沢渡練子は昔の彼女とは違う。それが京子ちゃんには分かっていないわ。数年前に一度面会に来たきりだもの。だから、透くん、彼女の言うことが嘘か本当か、それは貴方が判断しなさい。これまで彼女と関わりを持ってこなかった貴方にならできる。ううん貴方にしかできない。あたしも、京子ちゃんも、他の3課メンバーも彼女を知っていて、それで逆に嘘に惑わされる。貴方だから分かる何かがあるはずよ」


「でも……」


 それでは京子の命令に違反することになる。

 いや、こうして静と長話をしているだけですでに命令違反を犯しているのだ。京子は静の言葉には耳を貸すなと言ったのだから。

 けれどその一方で静の方が物事をよく見ているとも思ったし、何よりそれを覆い隠さずに話してくれる。


「京子ちゃんの言いなりになるだけじゃダメよ。自分自身で判断しないと、イザって時に足元をすくわれる。このメモとペンを使うかどうかは別として、判断を他人に任せるのは止めなさい。貴方は貴方自身の判断をもつべきよ」


 それはその通りだと思った。

 だから透はそのメモとペンを受け取って、胸ポケットにしまいこんだ。

 それを確認すると、静はIDカードをスキマーに通して、5つ目の隔壁を開いた。

 その時透は静の言葉を噛み締めるのに夢中になっていて、スキマーに向いた静の唇が一瞬だけ引きつるように笑みを浮かべたことに気づけなかった。


「ようこそ透くん。封印隔離区域へ。此処から先は煉瓦台に在って煉瓦台に在らず、ダモクレスの剣は常に頭上にぶらさがっていることを忘れないで」

 発症能力はぶっちゃけなんでもありです。

 ただぶっ飛んだ能力ほどあんまり出現しない傾向はある、のかな?

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