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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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地は途絶えしも其は近く -2-

「お帰り、と、言うべきかしらね……」


 およそ2時間ぶりに病室に現れた透に、京子はそう言って苦笑した。

 窓の外の光景はすっかり陽に染まり終わり、徐々に夜の色に変わりつつある。

 病室は当たり前のことだが、さっき透が来たときとなにも変わりはなかった。


「さっきは取り乱してごめんなさいね」


「いえ、いいんです」


 あの人のことは聞きましたから――喉元まででかかったその言葉を透は飲み込んだ。

 ベッドの上の京子の様子は泣き腫らした跡こそ隠しきれていないものの、どうやら落ち着いたようだ。

 いや、落ち着かざるを得なかったのだろう。

 特種警報は京子の携帯も鳴らしたはずだ。

 もともと電源を切る機能すらついていないものだから、仕方ないといえば仕方ないが、入院中も持ち歩かなくてはいけないのかと透は少し口の中に苦味を感じる。

 ――そして同時に自分なら入院中でも手放すわけがないなとも思った。


「そんなことより何かさせるために俺を呼び出したんですよね。ビビリ屋は俺を誰かに会わせるつもりだって言ってましたけど――」


「そう、そんなこと言ってたのね」


 そう呟いた京子の顔は、亮一がさっき見せたものによく似ていた。

 泣き笑いのような、何か本当なら出てこようとしている表情を押し殺した顔。

 透は胸のうちがズキンと痛むのを感じる。

 それは多分無意識のうちに気づいていたからだ。

 彼らが共通して持つ何かの思いを、自分は共有していないということに。

 自分だけが仲間ハズレにされている……。


「――状況はこっちでも確認したわ」


 京子が視線でベッド脇の棚を指す。

 そこには透にも見覚えがあるファイルが置かれていた。

 京子のことだからきっちり端から端まで目を通してあるのだろう。

 その証拠に京子の顔がぎゅっと締まる。


「かつてないほど事態は切迫している。<(アイリス)>さえ正常な状態にあれば……」


 正常な状態というのは正しい表現ではない。

 <瞳>は結局のところ複数の千里眼能力者の総称なのだから、個人の能力によってその精度、内容には大きく違いが発生する。

 だがこの場合京子が言いたかったのは――以前の状態にあれば――という意味だ。

 そうわずか二ヶ月ほど前までは<瞳>の精度は現在とは比べるまでもないほど精密だった。

 その精度は発症者の位置を数メートルの範囲で指定し、任意の感染者、時には犯罪者という指定でその位置を特定することさえできた。

 それは外部からの犯罪捜査協力の依頼という事実上の命令が舞い込むまでは正常に機能していたのだ。

 わずか13万人の煉瓦台内部だけで犯罪者検索するのと、1億少々いる日本全体から犯罪者検索することの違いについて誰かが先に気がついていれば、最悪の事態は避けられたかもしれない。

 しかし人々は赤目を恐怖すると同時に、いつの間にかその能力に対して過信を抱いていたらしい。

 詳しい経緯までは透は知らされていない。

 だが結果的に<瞳>の半数が死亡か、または能力を使えない状態になり、残り半数も大きなダメージを受けた。

 現在<瞳>はほとんどその機能を失っていると言っていい。

 その残ったわずかな機能の全てを発症者の追尾に割り振っている現在、新たな発症者の発見すら遅れる始末だ。

 それが<かくも脆き>事件の被害を増大させたことは記憶に新しい。


「とにかく4人の行方不明者の確保、及び絶対境界線侵犯の手段に関する情報の入手は最優先事項となるわ。そこでトール、貴方に会って欲しい発症者がいる」


「沢渡練子、<答え在る問を>ですね。でもどうして俺なんですか? 元3課のメンバーなら顔見知りの誰かが行ったほうがいいじゃないですか」


 それは亮一から話を聞かされてからずっと思っていたことだった。

 だがしかし京子は小さく首を横に振った。


「無理よ。彼女が会いたがらない。私たちも会いたくないし、彼女を前に正常な判断ができないわ。部外者である貴方の判断力が必要なの」


 ここまではっきりと部外者だといわれてしまうと、逆にショックも起きなかった。

 逆にそれで必要とされるというのであれば歓迎したいくらいだ。


「本当は会わせたくなんてないのよ。私自身が嫌だし、彼女のためにも、トール、貴方のためにもね。けれど事態はそれを許してはくれないわ。私の代理さんは彼女の能力について何か言ってたかしら?」


「いえ、能力名だけ、他にはなにも。ただそれが原因で封印隔離されたとしか……」


「そう、良かった。あまり先入観を与えておきたくはないのよ。今教えられることはひとつだけ、彼女は紙に書かれた問いの答えが見えるの」


 ああ、それでカンニングなのかと透は納得した。そんな能力の前ではあらゆるテストは意味を失うだろう。


「ここに彼女と会う許可書があるわ。トール、貴方は黒崎静と懇意にしていたわね……」


 強い瞳には嫌悪が混じっていると透は思った。

 京子がここまで静に対する嫌悪をむき出しにすることも珍しい。

 京子が静を嫌っていることは周知の事実だが、それと同じくらいに京子が静に対して直接は悪意を剥き出しにしないことも知られている。

 そのタガが外れているのはやはり――あの人の所為だろうか。

 そう思って透は胸の中にズシリと重みを感じる。

 それに透が京子と懇意にしているというのは事実でもある。

 京子が発症したばかりの透を初めてこの煉瓦台記念病院に連れてきたときから、静は透にある種の好意を持って接してくれていた、と思う。

 京子が静のことを嫌っているのを知ったのはそれより後だし、透自身は静のことは嫌いではない。

 ――だけどそれをそのまま認めると、何か京子の心象に悪いような気がして舌が鈍った。


「懇意にしているというか、必要な検査を受けたりしてるだけですよ。特別なことはなにも……」


 口ごもった透に京子は一瞥もくれなかった。

 ――いや、それは京子の能力が彼女に枷た癖だから、仕方ない。

 ……だが仕方ないとは思ってみても、やはりいい気分ではなかった。


「それが言い訳でも事実でも構わないわ。知り合いならいい。とにかく封印隔離の管理者はあの女だからこの許可書を持って静のところにいきなさい。ただし、彼女の言葉には耳を貸さないように。貴方はただ今私が言ったことだけを前提に練子に会い、この紙を彼女に見せ、そしてその答えと印象を私のところに持ち帰ること。これは命令よ。いいわね」


 命令といわれれば仕方ない。

 特捜は警察機構ということになっているが、実質は軍隊により近い。

 制服を着込んでいればその気分もひとしおだ。

 透は京子を安心させるために、そして何より自分を安心させるため、きっちりとした敬礼をしてみせた。


「――了解!」

 能力名に法則性とかは特にありません。

 強いて言うならば思いつき?

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