地は途絶えしも其は近く -1-
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正しいことに常に正しい対価が与えられるとは限らない。
だが正しくないことには常に正しい対価が求められる。
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「自衛隊からの支援要請による警報発令だ」
特捜3課課長代理である御剣京子が負傷により入院中のため、3課課長代理代理となった津賀野亮一がブリーフィングを行う。
場所は無論管理自治機構本部内、特捜3課ブリーフィングルームである。
待機任務を命じられていた笹原美禽に加え、巡回任務中だった遠野水瀬、吉良誠治も帰還。
久々にブリーフィングルームは1班メンバーを揃えて迎える。
それに加え、病院で警報を受け直帰した深海透も加わり、3課の戦力の半分が揃った。
「本日午後2時44分、エリアB23絶対境界線で警報線に“何か”が引っかかり、自衛隊の対疫チームが現地を確認したところ、地雷を踏んだと思われる人間の遺体が発見された。珍しいが、まあない話じゃない」
そう言いながら亮一はホワイトボードに間隔を空けた二本の線を引いた。
「現地の絶対境界線の幅は230メートル、平均が250メートルだから比較的狭い場所ではある。が、しかし……」
亮一がマジックペンを二本の線の外側から一本の線を跨ぎそのままその中央辺りまで伸ばす。そしてそこに×印を描いた。
「遺体は絶対境界線を100メートル以上内側に入ったところにあった。渡した資料に自衛隊から送られてきた画像データをプリントアウトしたものがある」
透はファイルからその写真を引っ張り出してみた。
なるほど確かに森と森の合間、中央あたりに一体の遺体が転がっている。
最初に足を吹っ飛ばされ、転がった先でもまた地雷を踏んだらしく両足と片腕が失われており、首はかろうじて繋がっているというところだ。
全身に細かい弾痕らしきものが残っていて、全身から出血していた傷がある。
これなら即死だっただろう、と透は判断した。
「地雷の爆発でここまで飛んだという可能性は?」
「100メートル以上も爆発で飛んで転がったらこの程度の損傷では済まん、と、自衛隊は言ってる。彼らの見解ではこの犠牲者は最低でも100メートルは絶対境界線を無傷で侵犯したということだ」
ちらりと透の脳裏に黒崎静の言葉が過る。
――絶対境界線には穴がある。
それかどうかは分からないが、少なくともそれに近いことが起きて、どうやら運良く――運悪く?――煉瓦台を出ようとした感染者は絶対境界線の網に掛かったということだ。
「亮一さん、この人は……」
水瀬は3脚の机に目一杯に広げた資料の中にあった写真を、一瞥だけすると顔をしかめて目を閉じるとファイルに戻していた。
平気だが好きではない、というところだ。
一方誠治は食い入るように写真を見つめている。
こちらは興味があるというよりは、何か自分なりに探りだせないかと必死なのだろう。
「気づいたか。そう彼は羽田弘文、尻軽、割れ物、トール、思い出したか?」
「もち、ボクだって気づいてたよ。外部感染者の行方不明者リストにあった名前だね」
「その通り、かくも脆き事件に前後して5名の外部感染者が消えている。この羽田はその1人だった。こうして我々は2つの大きな問題に直面したことになる」
「ひとつ、羽田弘文は発症していない。ただの感染者であった彼が何故絶対境界線を100メートルに渡り侵犯できたのか。もうひとつ、羽田弘文と同様に行方の知れない4名が、依然として消息不明。自衛隊は彼らが絶対境界線を何らかの方法で越える――いや、ある程度侵犯できる手段を思いついたと想定している……かな。多分、これでいいと思うんだけど……」
ようやく写真から顔を上げた誠治が淡々と言う。
「割れ物の言うとおりだ。羽田は発症者ではない。彼に100メートル進めたということは、煉瓦台13万の感染者全員に100メートル進める可能性があるということだ。100メートル進めたなら200メートルだって進めるかもしれない。どうやって羽田が100メートル進んだのか、それを知る手段はふたつ」
「ひとつ、推測すること。ひとつ、残り4人を捕まえて洗いざらい吐かせること。ただし羽田と残り4人が共謀して行方をくらましていた場合――で、いいかな」
「……割れ物がいると話が早くていいな」
亮一が苦笑してみせる。
「推測するほうは頭のいい連中に任せよう。俺たちは1課と協力して残り4人を探し出す。尻軽、水瀬はそれぞれコミュニティに当たれ。何か掴んでるヤツがいるかもしれん」
「らじゃー」
「承知しました」
「私は現場に向かった方がいいと思う……、だよね? 私なら彼が絶対境界線をどう歩いたのか“見える”し、それ以前の足取りも追えるだろうと思う。どちらを優先すべきだと思う? それとも以前のほうはすでに1課に踏み荒らされてしまっているかもしれないかな。どうだろう?」
「しまった。そうだったな。1課に現場保持の意味が伝わってるといいんだが、すぐに連絡を入れよう。割れ物は遺体発見現場に。それからトールはちょっと残れ。さ、行動開始だ」
三者が三様に立ち上がり、ブリーフィングルームを後にする。
出て行き際に美禽が透に一瞬目配せをしたので、透は軽く頷いてそれに応えた。
後に残ったのはなんとも言えない笑いを浮かべた亮一と透の二人だけだ。
「トール、お前には京子のところに行ってもらう。課長代理本人からの命令だ。俺は無駄だと思うがな」
「京子さんのところに?」
「ああ、現在の<瞳>が発症者以外を感知できない以上、より確実に行方不明者を探すには別の能力を使うしかない。そしてそれだけの機能を持った能力者は、いる……」
亮一が顔を歪めた。
それはそう、泣き笑いのような……、透はこの男がこんな顔をするところを初めて見た。
「お前は知らなくて当然だな。沢渡練子<答え在る問を>カンニング、その能力ゆえに封印隔離された元3課メンバーだ。京子はお前を彼女に会わせるつもりだ」
かく価値ある言の葉と同じ日付のできごとになります。




