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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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空は続くとも郷は遠く -2-

「というわけで、こちらが来年から八坂に来る予定の宗谷美咲さん、です……」


 翌日、美咲は信行にひっついて大学についてきた。

 無理を言ったわけではない、何も言わずにただ行動でそれを示したのだ。

 単にどうしたってついてきたと言ってもいい。

 それもぴったりと寄り添ったまま離れない。

 信行にはここまでべったりとする美咲の記憶はない。

 トイレの時ですら付いてこようとしたので、慌てて言いくるめなくてはいけなかった。

 講義の時に教授に見咎められることもあったが、来年の受験を希望しているというと、それで丸く収まった。

 オープンキャンパスが盛んに開かれる時期だったことも幸いしたに違いない。

 そうして午後の講義が終わると、バイトまでの時間をいつものように信行の所属するサークルで時間を潰すことにした。

 サークルの面々が美咲に挨拶をしている中で、富士子だけが複雑そうな顔で椅子に座っている。

 それはそれで仕方ないだろう。

 美咲のあんな言葉は聞けば誰だって引くに違いない。

 美咲は持ち前の社交性のなさを発揮して、すでにサークル内で不思議な子という地位を確立しようとしていた。


「それで、何か新しいことはあったんですか?」


 とりあえず皆の興味を美咲から引っぺがすために信行はそう聞いてみる。


「いーや、なんにも。自衛隊の妨害電波が強すぎるんだよな」


 信行の所属するサークルは表向き無線サークルとなっているが、実情は煉瓦台研究サークルである。

 誰もが知っている通り煉瓦台は封鎖され、人の行き来がないだけでなく、通信手段すら隔絶されている。

 よってその内部がどうなっているのかを知っているのは、ほんの一部の人間だけだ。

 煉瓦台全域は自衛隊の妨害電波にすっぽりと覆われていて電波的に中の様子を探ることは不可能に近い。

 そのこともあって内部では有線を使った通信しか存在していないと思われていたのだが、どうやら近年、妨害電波内でも使用可能な無線技術が利用され始めたらしく、たまにそういった無線の切れ端のようなものがこの八坂でも拾えるようになったのだ。

 とは言っても届くそれはほんの微弱で欠損の多いデータでしかなく、解析を進めてもほとんど意味を為さないことが多い。


「なんで妨害電波が出てるのに無線が使えるん?」


 実に率直な疑問が美咲の口から零れる。


「よくわからへんけど、無線使えへんようにするのが妨害電波ちゃうの?」


「いい疑問だね」


 無線サークル部長がうんうんと頷く。

 技術系の人間にはとかくその技術について語りたがる者がいるものだ。

 彼はそんな一人で、ここのところ説明する相手に飢えていた。


「確かに無線やレーダーなんかを妨害するために使われるのが妨害電波だ。けれどこれは軍事技術だから、それで味方まで通信障害を受けたりしたら意味がないよね。だから妨害電波はある程度の規則性を持った波長でできている。その規則さえ解っていれば、その波長を消して普通に通信を行うことが可能なんだ」


 それを聞いて美咲はしばらく思索を巡らせていたかと思うと、なるほどと頷いた。


「それで苦労してるんやね。自衛隊のやし、不規則に変化する妨害電波の波長を消すだけでも時間かかりそうやもんなぁ」


 一同絶句とはまさにこのことだろう。

 驚かなかったのは信行くらいのものだ。

 一を聞いて十を知るとはよく言ったものだが、美咲はそういう洞察力、思考展開力に異様に優れているところがあった。

 ただし一を聞いて十番目の答えをいきなり言うので、その思考展開が他人には見えないのだ。


「そうなると煉瓦台でも通信機持ってる人は少なそうやね。短い期間で交換せなあかんやろうし、もしウチらの携帯と同じくらいのサイズやとバッテリーの持ちも悪そうやなぁ。これまでにはどんな通信が解読できたん?」


「……大抵は会話の断片というところだね。どうやら通信機の出力も弱いらしい」


「そっか……」


 すっと美咲の腕が信行の腕に絡み、信行は美咲の興味が消えたことを知った。

 この切り替えの早さも美咲の特異な部分だ。

 一度興味がわくとすっとのめりこんで、他人を追い越して、どこか自分の中で帰結すると興味が失せてしまう。

 信行だっていつか自分のこともこんな風に興味を失われてしまうのではないかという不安に襲われたことは一度ではない。

 今のところそうではない、というだけで。


「あ、そうだ。忘れてた。ごめん、先に抜けるね」


 不意にそう言って富士子が部室を後にする。

 その理由は大体想像がついた。

 信行と富士子のバイト先が同じでシフトも似ているのは本当にただの偶然で、いつも肩を並べてバイト先に向かうのだって他意はない。

 だが美咲がどう思うかはまた別だし、富士子自身があまり美咲と一緒にいたくないのだろう。

 いつもより少し早い時間だった。


「美咲、俺バイトいかなあかんねんけど……」


 じっと黒真珠のような瞳が信行の目を見つめ返す。


「部屋で待っとって……って言っても無駄そうやな」


 人間、いずれ達観するものである。




 バイト中も富士子はどこか不機嫌で、その原因さんは店内でじぃと立ち尽くして信行の仕事の様を観察し続けていた。

 針のむしろとはまさにこのことだ。

 何も悪いことはしてないはずなのに、立場がない。

 かといって、美咲が積極的に仕事の邪魔をするわけでもなく、店内で他のお客に迷惑をかけるわけでもなかったので追い出したりするわけにもいかず、まるで拷問のような時間が過ぎて行く。

 かといって仕事はそれなりにすることもあって、接客やら、商品の補充やら、掃除やらで時間は過ぎていく。

 そうして夜の9時を回った頃だっただろうか。

 コンビニというところは色んな客が来るところだ。

 特に深夜帯に入ってるバイトから話を聞くと下着姿で現れる客なんていうものは珍しくも無いらしい。

 昼間でも困った客というのは決していなくなることはない。

 信行の入る夕方から夜にかけての時間帯でも、時々自衛隊の隊員がどっと押し寄せてきて困ったことになることがある。

 彼らは尊大な態度で他のお客への迷惑になることが多いのだ。

 だが今日現れた客はこれまで見たどのタイプの客とも違っていた。

 いや、どちらかというと客というよりは浮浪者に近い風貌をしていた。

 だが本物の浮浪者なら店に入ってきたりはしない。

 裏口やらにそれとなく消費期限切れの弁当などをそっと捨てておくことが、浮浪者が店に迷惑をかけないための協定みたいになっているからだ。

 ボロボロの服を着て、しかしそれが元は丈夫な登山服であることが分かった。

 服だけでなく顔にも泥がこびりついており、彼が一歩動くたびに固まり剥がれ落ちた泥が点々と後に残る。

 初老というとそれを認めつつも怒られそうなくらいの年齢に見えたが、疲労の色が濃くてそう見えるだけで本当はもっとずっと若いような気がする。

 明らかに係わり合いになりたくないタイプだったが、客として入ってきた以上はそう対応しなくてはならない。

 とりあえず信行はレジ以外では相手をするまいと決めた。


「貴方、熱あんで」


 しかしそんな信行の思いを知ってか知らずか美咲がまるで友人でも話しかけるような気軽さで、その男性に話しかける。


「ほら、酷い熱」


 それどころか男の額にその白い手を当てて見せる。

 一瞬飛び出していって美咲を男から引き剥がそうかと思ったが、なんとか理性がそれを押し留めた。

 美咲の方から男に関わったのであって、男が美咲に何かをしたわけではない。


「すぐ病院行き」


 男は驚いたように美咲の顔を見ていたが、やがて頷くと、レトルトのお粥などを買って帰って行った。

 どうやら熱があるというのは本当の様子で、ふらふらとその足取りはおぼつかない。

 けど、だからどうしたというのだ。

 客は客で、普通に対応したし、彼も別に何もしなかった。

 ただ後掃除が少々大変そうなだけで、それくらいならまだ怒るにも値しない出来事だった。

 そうほんの少し胸にチクリとしたものを感じたくらいで何にも値しない出来事であった。

 そして信行はバイトの時間が終わると、今日は店の前で富士子とは別れ、美咲を伴い、ファミリーレストランで夕食を食べて、部屋に帰って、そして昨夜と同じくらいに愛し合った。

 その日は何事もなく終わった。

細かいことを気にしてはいけない。

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