小さい相棒
「待てー」という高い声がした方を見ると、
12歳くらいの少年が走っていた。
その前を初老の男性が走っている。
なんだ?と思っていると、
マテウスさんが苦笑いを浮かべながら、
あれが、これから泊まる宿屋の息子ですよと
教えてくれた。
いや、そうじゃなく、なんで追いかけっこをしているんだ
と聞きたかったのだけれど。
マテウスさんは、何事も無かったかのように、
宿屋に入る。
アットホームな宿屋に入ると受付に女性がいた。
20歳くらいか、
俺を見て、少々表情が険しくなったが、
笑顔が可愛い。看板娘なのだろう。
促されて、宿屋の台帳に名前を記入する。
魔法でこちらの言葉になるらしいので、漢字で書いてもいいけど
やっぱり異世界風にユーキと書いた。
「身分証明書はありますか?」
声も可愛い。
なんて考えている場合ではない。
身分証明書がないぞ。
「この人はある理由で今は身分証明書が無いんだ。私が保証人になろう。」
マテウスさんが横から助けてくれた。
「マテウスさんの紹介ということなら大丈夫です。」
やっぱり笑顔がいいね。
寒風に冷え切った心が温まる。
部屋の鍵を受け取り、朝食の時間などの説明を受けていると、
「くー、逃げられたー。」
先ほどの少年だ。
「トムは元気にやっているみたいだな。」と呆れ気味にマテウスさんが言う。
「あの子はいつでも元気です。」と笑顔の看板娘。
あの少年はトムというのか。
走っていたときには分からなかったが、12歳より上っぽい。
痩せているから子供っぽく見えたのか。
「なんで手伝ってくれなかったんだよ。」
トムがマテウスさんに抗議する。
「手伝ったら報酬は半分だが良いのか?」
マテウスさんは流石の大人の対応だ。トムも分が悪いと見たのか、
矛先を変える。
「あれ? こっちの人は?」
「お客さんよ。」と看板娘。
「ユーキです。よろしく。賞金稼ぎをしているのかい?」
トムは腕組みして答える。
「ああ、この辺じゃ、ちょっとは知られた賞金稼ぎだぜ。」
「まだ、1人も捕まえたことはないんですけどね。」
「姉さん、それ言っちゃダメだろ!」
と慌てるところを見ると、駆け出しということか。
「それでは、ユーキをよろしく頼む。」と笑顔でマテウスさんは去って行った。
それから暫くトムと世間話をした。
18歳までは王都立の学校に通うのが一般的ではあるのだが
トムは早く自立したいので15歳にして賞金稼ぎになったこと、
賞金稼ぎでもギルド登録が必要であること、
王都の中であれば、武器の使用は禁止されているため安全であること、
なるほど、いきなり冒険者になるより賞金稼ぎの方が安全か。
この異世界は俺の知っている異世界とは少々違うらしい。
「もし良ければ、一緒に賞金稼ぎをしないか?」
なんとなく提案してみる。
「うーん。賞金半分はなあ。」
と渋るので、研修期間ということで賞金は8:2でいいと妥協した。
「よし!じゃあギルドカード見せてくれよ。」と嬉しそうにトムが言うが、
持っている訳がない。