96 ダンジョン都市アダック⑦ 修
「……あり得ない……あるはずがない……聖騎士の私ですら全く相手にならなかったあの魔族をあのような少年が圧倒するなど……あるはずがないんだ……」
最早、ロシェールの瞳から光は消え失せていた。
ロシェールはふらふらとした足取りでシルルンの前に立つ。
「私の名はロシェール、聖騎士だ……私の体を好きにして構わないから私の話を聞いてくれないだろうか……」
しかし、この会話に聞き耳を立てている者たちがいた。
「あの女……今なんて言った!?」
リザは憤怒の形相を浮かべて立ち上がる。
「私の体を好きにして構わないと言ったのよ」
リジルは忌々しげに体を震わせて立ち上がる。
「えっ!? 嫌だよ」
「――なっ!?」
ロシェールは信じられないといった表情でシルルンを見つめて愕然とした。
彼女は容姿端麗で髪は長い金髪、胸ははち切れんばかりの巨乳で街を歩けば誰もが振り返るほどの美人だが、美人を見慣れているシルルンには効果がなかったのだ。
ロシェールは武力、知力に加えて女まで否定され、膝から崩れ落ちて目の中に絶望の色がうつろう。
「ふっ、シルルンを甘く見るからそうなるのよ」
「ボスは難攻不落だからね」
リザとリジルは勝ち誇ったような表情を浮かべて地面に腰を下ろしたが、シルルンたちの会話に聞き耳だけは立てていた。
「僕ちゃんはシルルン……まぁ、話だけなら聞いてもいいよ」
(魚が死んだような目をしているから放ってはおけないね……)
シルルンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……女魔族に君が強いと聞いた……私は十決ではぐれた九人の仲間を捜したい……どうか力を貸してもらえないだろうか……そのためだったら私はどうなっても構わない」
ロシェールは縋るような面持ちでシルルンに訴える。
彼女はリャンネルがシルルンのペットになったことに対して、シルルンが女好きだと解釈しており、自分の体を差し出す代わりに仲間を救出してもらおうと考えていた。
「う~ん……それは大変だね。ていうか僕ちゃんはここに辿り着くまでに九人組の冒険者を助けたんだけど、その九人組にはリーダーがいないんだよね。もしかして君がリーダーだったりしないよね?」
「――っ!?」
俯いていたロシェールは大きく目を見開いて身じろぎもしない。
「その九人組の冒険者は全員女なん――」
「その冒険者たちに合わせてくれ!! お、お願いだ!!」
急に立ち上がったロシェールは鬼気迫る形相でシルルンの肩を両手で掴んだ。
「ひぃいいぃ!? う、うん、あっちだよ」
シルルンはロシェールを連れて仲間たちの元に歩いていく。
「……お、お前たち……い、生きていてくれたのか……不甲斐ない私を許してくれ……」
(この奇跡に私は心から神に感謝する)
ロシェールは膝から崩れ落ちて目から大粒の涙を流して歓喜に打ち震えている。
「ロ、ロシェール!? あなたこそ生きていたのね!!」
女怪盗たちは一斉に走り出してロシェールに抱きつき、顔をくちゃくちゃにして号泣している。
そして、しばらくの時が経過してロシェールたちは落ち着きを取り戻した。
「それで私たちはこれからどうするの?」
「やっぱり、当初の予定通りに木偶車を倒すのかしら?」
「……そのことなんだが、私は今回のことで自分の力の無さと無能さを思い知った。だから、悪いが私はリーダーを降りてこのパーティから抜けるつもりだ」
「えっ!? そ、そんな!?」
「じゃあ、私たちはどうしたらいいのよ!?」
「時間は掛かるがシルルン様についていけば確実に地上に辿り着けるだろう。その後のことは地上で考えればいいと私は思う」
「……そ、そりゃそうだけど」
「……すまない……私は今回のことで心が折れてしまったんだ……」
苦悩な表情を浮かべるロシェールが仲間たちに深々と頭を下げる。
「わ、分かったわよ……それで、ロシェールはどうするつもりなのよ?」
「私は主に剣を捧げようと思っている」
ロシェールは立ち上がり、意を決して歩き出す。
「えっ!? 主って誰のことよ? も、もしかして……」
「……シルルン様!! ……いや、我が主よ」
「へっ!?」
シルルンは面食らってぽかんとする。
ロシェールはシルルンの前で跪いてシルルンを見つめている。
彼女はシルルンのことを神の子だと思い込んでいた。
「私は主であるあなたにこの剣を捧げます」
ロシェールは両手で剣を差し出し、シルルンはじーっと剣を見つめる。
「ん~、鋼の剣だよね……僕ちゃん鋼の剣はいっぱい持ってるからいらないよ」
シルルンは差し出された剣を押し返した。
「えっ!?」
ロシェールは面食らったような表情を浮かべている。
「ち、違いますよリーダー!! 騎士が剣を捧げるということは主従関係を決める儀式のこです。承諾するなら左手で剣を受け取って右手の甲を相手に差し出して、相手が誓いのキスをすれば契約は成されます」
アニータがシルルンの耳元で囁いた。
それが聴こえていたロシェールはシルルンが主従の儀式を知らないが故の行動だったのだと納得して冷静さを取り戻す。
「我が主よ……私は剣も……身も心も全てをあなたに捧げます」
ロシェールはひどく神妙な面持ちで、再びシルルンに両手で剣を差し出した。
「え~~~っ!? 僕ちゃん主従契約はペットや奴隷とたくさんしてるからもういいよ!!」
「えっ!?」
ロシェールは大きく目を見張って呆然とした。
シルルンはロシェールが全く動かなくなったので焦りながら後ずさりする。
「――っい、嫌だ!! 嫌だ!! 嫌だっ!! 離さないっ!! 離れないっ!!」
「ひぃいいいいいぃ!?」
ロシェールは後ずさるシルルンに飛びついて強引にシルルンの左手に剣を握らせて、シルルンの右手を引き寄せて手の甲に誓いのキスをした。
「あはははっ!! やった!! やったわ!! これで私の主はシルルン様よ!!」
「「そんなわけあるかっ!!」」
リザとリジルは激しい怒声をロシェールに浴びせたが、有頂天のロシェールには聞こえていなかった。
この光景を目の当たりにした女怪盗たちは、あの凛々しかったロシェールはどこへいってしまったのかと愕然とした。
こうして、聖騎士ロシェールがシルルンの仲間に加わったのだった。
シルルンたちは魔車の中で休息していた。
十六階から二十階までまともな睡眠もとらずにきたからだ。
だが、シルルンは目を覚ましてマルとバイオレットを起こして魔車から出て適当な場所に座り込んだ。
「何かするデスか?」
「デシデシ?」
プルとプニはシルルンのシャツの中から出てきてシルルンの肩にのった。
「うん、マルとバイオレットの強化をするんだよ。プルもプニから『疾風』をもらったよね?」
「もらったデス」
「けど、どんな弊害があるか分からないから、悪いけどマルとバイオレットには実験につきあってもらうんだよ」
マルとバイオレットは真剣な表情でシルルンの話を聞いている。
彼らはリスクよりも強くなりたいと考えていた。
魔物は強さが全てと言っても過言ではない環境で生きているので強さに対しての執着は強いが、ペットであるマルとバイオレットはシルルンの力になりたいという気持ちも同じぐらい強かった。
シルルンは『魔物解析』でプニを視る。
すると、凄まじい数の魔法や能力が視えシルルンは頭がくらくらして一気にやる気が消沈した。
だが、シルルンはなんとか踏み留まってどのような魔法や能力がマルとバイオレットに合っているかを逡巡した。
シルルンは思念で「ウインドの魔法と『剛力』『能力軽減』『魔法耐性』『毒霧』をマルに譲渡して」とプニに指示を出した。
プニは頷いて魔法や能力をマルに譲渡した。
「……か、体が熱くて痛いの!! 爆発しそうなの!!」
マルは激しい苦痛に顔を歪めている。
「えっ!? マジで!?」
シルルンは慌てて思念で「『略奪譲渡』でマルの魔法と能力を奪え」とプニに指示した。
「分かったデシ!! プニタッチデシ!!」
プニは『触手』を伸ばしてマルの体に触れる。
「――っ!? お、治まったの……」
マルは瞳に安堵の色を滲ませている。
「う~ん……理屈は分からないけど何か制限があるみたいだね……」
シルルンは考え込むような表情を浮かべている。
彼は優先順位の高い魔法や能力から順番に譲渡させていくと何度かマルが爆発しそうになったが、最終的に『能力軽減』を外すことで落ち着いた。
「まぁ、今の段階ではこれが限界みたいだね。次はバイオレットか……」
シルルンは思念で「バイオレットの魔法と能力を全て奪ってから、ウインドの魔法と『剛力』『斬撃衝』を譲渡して」とプニに指示を出した。
「分かったデシ!!」
プニは『触手』を伸ばして『略奪譲渡』でバイオレットの魔法と能力を全て奪ってから上記の魔法と能力をバイオレットに譲渡した。
「うん、爆発しないようだね。次は『毒霧』を譲渡してよ」
「デシデシ!!」
プニは『毒霧』をバイオレットに譲渡した。
すると、バイオレットは苦悶の鳴き声を上げた。
「『略奪譲渡』でバイオレットの魔法と能力を全て奪って」
シルルンは即座にプニに指示を出して、プニは『触手』を伸ばして『略奪譲渡』でバイオレットの魔法と能力を全て奪った。
すると、バイオレットの顔に虚脱したような安堵の色が浮かんだ。
「バイオレットはウインドの魔法と能力四つを所持していたのに、今はウインドの魔法と能力二つしか所持できないということは魔法や能力に強弱があるみたいだね……」
シルルンは複雑そうな表情を浮かべている。
『略奪譲渡』で譲渡できる魔法や能力の数は個体によって変動し、強力な魔法や能力、相性が悪い魔法や能力を譲渡すると所持できる数が減少する。
個体レベルが上がると所持できる上限が上がるのだが、そんなことはシルルンは知らない。
マル ピルバグ レベル27 全長約2メートル
HP 2700
MP 300
攻撃力 270
守備力 770+魔装玉
素早さ 210
魔法 ウインド
能力 鉄壁 統率 毒牙 剛力 魔法耐性 毒霧
バイオレット キャット レベル10 全長約150センチ
HP 210
MP 100
攻撃力 110
守備力 70
素早さ 110
魔法 ウインド
能力 剛力 斬撃衝
「とりあえず、皆が起きだすまで僕ちゃんたちも寝るよ。体に異変があったらすぐに言うんだよ」
マルとバイオレットは頷き、シルルンは大きなあくびをしながら魔車へと戻って眠りについたのだった。
シルルンは魔車の中で目を覚まし、寝ぼけた顔でペットたちを引き連れて魔車から降りて地面に座り込んだ。
「とりあえずご飯にしようか」
シルルンは魔法の袋から食べ物を次々に取り出して地面に並べると、ペットたちは気に入った食べ物を食べ始めたのでシルルンも干し肉を口に運んだ。
すると、リザたちが魔車から降りてきてシルルンの傍に集まった。
リザたちはシルルンが地面に並べた食べ物を食べ始めた。
だが、ロシェールたちは勝手に食べていいのか分からずに戸惑うような表情を浮かべている。
「シルルン、ここから先は私も戦うわ」
「えっ!? マジで!?」
「何よ……邪魔だって言うの?」
リザは鋭い視線をシルルンに向けた。
「ひぃいいぃ!? い、いや、邪魔じゃないけどマルとバイオレットを強化したからメインに据えるつもりだったんだよ」
「ふ~ん……強化って何をしたのよ?」
「それはまだ実験段階だから言えないよ」
「……」
(また何かおかしなことをやっているようね)
リザは不審げな眼差しをシルルンに向けていたが、アニータやロシェールの仲間がいるのでそれ以上の追求はしなかった。
「チューチュー!! チューチュー!!」
「ほらアンディこっちよ!! もう、いつまで鼠のままなのよ!!」
「チューチュー!!」
アンディは四つん這いで地面を這いずりながら女冒険者の後を追いかけてどこかに消えていった。
それを目の当たりにしたリザとアニータは恥ずかしそうに頬を染める。
『魅了』はキュアの魔法で解除できるが、アンディが受けた『魅了』はサキュバスが放ったものなので【聖職者】級のキュアの魔法でなければ解くことはできなかった。
そのため、店の周辺には多数の冒険者たちが四つん這いで這いずり回っている状況だ。
「で、ここから先もまた転移エリアが続くのかな?」
「いえ、ここから先はルートが三本あるんですが、どれを選んでも二十一階に転移できる魔法陣に繋がっています。ですが木偶車というボスがいるんですよ」
「ぷっ、木偶車? 変な名前だね」
「でも、上位種ぐらいの強さはあるわ。前に組んでたパーティで何匹かは倒したけど、その後、私たちは背後から木偶車に襲われて壊滅したのよ」
リザは悔しそうに固く唇を噛みしめている。
「えっ!? 一匹じゃないんだ」
「そうなんですよ。この階の難易度の高さは転移エリアを抜けた後も続いていて、上位種を数体同時に相手にする力がないと抜けられないんですよ。ですから連合を組むのが普通です」
「シルルンがいないときにアンディに組まないかと誘われたんだけどどうする?」
「えっ!? アンディってさっきチューチューいってた鼠の人だよね!?」
「……そ、そうよ」
リザとアニータは羞恥の表情を浮かべた。
「悪いけど強そうに思えないし鼠の人はいらないよ。とりあえず、僕ちゃんたちだけで行ってみよう」
「さすが我が主です!! なんなりと私にご命令ください!!」
ロシェールはシルルンの前で跪いて目を爛々と輝かせてシルルンを見つめている。
「……う、うん」
(ロシェールはどこか狂ってるように思えるからどう扱っていいか分からない……)
シルルンは視線をロシェールから外して苦笑した。
だが、ロシェールはシルルンの視線を追いかけて顔と顔が接触寸前の位置でシルルンの目を凝視した。
「主よ、ご命令を」
「ひぃいいぃ!? リ、リザを主攻とした別働隊をつくるから、ロシェールはその補佐をお願いするよ。あと、プルとブラックもリザの補佐をお願い」
「……了解しました」
ロシェールは一瞬不服そうな顔をしたが、命令なので素直に従ってリザの元に歩き出し、プルとブラックもリザの元に移動した。
「あのう……私たちはどうしたらいいんでしょうか?」
女怪盗は戸惑うような表情を浮かべている。
「えっ!? ていうか、君たちもついてくるの?」
「は、はい……私たちだけでは戻るのも困難なのでついていきたいと思います」
「そうなんだ……じゃあ、リザの補佐をお願いするよ」
「は、はい!!」
女怪盗たちは満足げな笑顔を見せた。
「主よ……おなかが減りました。地面に置いてある食料は食べてもよろしいのでしょうか?」
「わ、私たちも食べたいです」
「あはは、まだまだいっぱい食べ物はあるから好きなだけ食べていいよ」
ロシェールたちは歓喜の表情を浮かべて凄まじい勢いで食料を食べ始めた。
シルルンは魔法の袋から次々に食べ物を取り出して地面に置いていく。
やがて、食べすぎて動けなくなったロシェールたちをそのまま残して、シルルンは店を見て回るが買いたいものが一つも見つからなかった。
ロシェールたちが動けるようなると、シルルンたちは魔法陣を踏んで転移した。
安全地帯から転移したシルルンたちは辺りを見回す。
すると、正面、右、左の三本の通路が伸びており、シルルンたちの足元には魔法陣が淡い輝きを放っていた。
安全地帯に戻るには足元の魔法陣を再び踏むと転移することが可能なのだ。
「それで、どのルートを進むんですか?」
アニータは探るような眼差しをシルルンに向けた。
「冒険者たちは複数の木偶車と戦うことが前提だから、少しでも負担を軽減させる為に正面のルートを選ぶのよ」
「う~ん、じゃあ、右だね」
「えっ!? なんでよ?」
リザは不可解そうな顔をした。
「たぶん、正面のルートには女魔族たちが向かってると思うから正面のルートには魔物がいないと思うんだよね」
「……デーモンが強いのは知ってるけど、あの女魔族たちはそんなに強いの?」
リザは訝しげな眼差しをシルルンに向ける。
「えっとね、あの女魔族たちのリーダーはデーモンで名前はセルキアって言うんだよ。それとリザたちは見た目では分からないと思うけど、あの魔族たちは半分ぐらいがサキュバスなんだよね。そのサキュバス種のリーダーがリャンネルって言うんだけどその二人が強いんだよ」
「……具体的にはどのくらい強いのよ?」
「大穴で出会った時のラーネぐらいの強さが二人と言ったら分かりやすいかな」
「なっ!?」
リザの顔が驚愕に染まる。
「そ、そんな……あの二人がうちのナンバーワンアタッカーのラーネさんと同じぐらいの強さだなんて……」
リジルは放心状態に陥った。
「私は槍をもったほうの魔族と戦ったことがある」
ロシェールの言葉に、仲間たち視線がロシェールに集中する。
「へぇ、槍をもってるほうだとリャンネルだね」
「私の職業は聖騎士だ。正直、一対一なら勝てると自惚れていたが、結果は一撃もいれることができずに惨敗で命も見逃された」
ロシェールは自嘲気味に肩を竦る。
「あはは、一応言っておくけど、今のラーネは大穴のときより倍ほど強くなってるから、セルキアとリャンネルを同時に相手にしても余裕で勝てると思うよ」
「なっ!? 主のところにはそのような剛の者がいるのですね……」
ロシェールは尊敬の眼差しをシルルンに向けているが、リザは険しい表情を浮かべていた。
彼女はシルルンの言葉に衝撃を受けており、自分はいったい何をやっていたのだと憤りを隠せなかった。
「……でも、そのラーネさんもここにはいない」
リジルは不安そうな表情を浮かべている。
「あはは、セルキアとリャンネルは強いけどすでにマーニャのほうが強いんだよね」
「えっ!?」
皆は目を剥いてマーニャを見つめており、そのマーニャはブラックの頭の上で腹を見せて眠っている。
マーニャは死に掛けたところをブラックに助けてもらったのでブラックに懐いていた。
「マーニャはステータス的にはセルキアとリャンネルより低いけど『全特攻』ていう全ての攻撃が三倍になる能力と『必中』という攻撃が絶対当る能力を持ってるからマーニャのほうが強いんだよね」
「た、ただのぬいぐるみにしか見えん……」
ロシェールは信じられないといった表情を浮かべており、リザはマーニャに一瞬で追い抜かれて膝から崩れ落ちそうになったが必死の思いで踏み留まっていた。
「まぁ、別に絶対に二十一階に下りないといけないわけじゃないんだから、ヤバそうだったら逃げればいいし、とりあえず進もうよ」
皆は頷き、シルルンたちは右のルートに進んでしばらくすると魔物の群れと遭遇した。
黒オークの群れで数は二十匹ほどだ。
「へぇ、黒だけど亜人もいるんだ」
シルルンは意外そうな表情を浮かべて『魔物解析』で黒オークたちを視ていく。
黒オーク レベル25
HP 600
MP 25
攻撃力 250+鉄の斧
守備力 200+鉄の鎧
素早さ 60+鉄の靴
魔法 無し
能力 徒党
「う~ん、平均レベルは二十以上だし、『徒党』をもってるから厄介だね……」
シルルンは難しそうな表情を浮かべている。
「シルルン!!」
「まー!!」
リザとマーニャがシルルンの元に駈け寄った。
「リザの隊とマーニャは待機。リザの隊は黒オークが突っ込んできた場合に応戦してくれればいいよ」
「……分かったわ」
リザは自身の隊に戻って黒オークの群れに鋭い視線を向けており、マーニャはシルルンの足元で待機している。
だが、黒オークの群れはその場から動かずに人を馬鹿にしたような薄笑いを浮かべていた。
その余裕は彼らが所持する『徒党』にあった。
シルルンは思念で「遠距離から攻撃を仕掛けろ」とマルとバイオレットに指示を出した。
マルとバイオレットは頷いてシルルンの前面に移動した。
マルはウインドの魔法を唱えて、風の刃が一匹の黒オークに直撃して黒オークは体から血飛沫を上げた。
それと同時にバイオレットも『斬撃衝』を放っており、風の刃が血塗れの黒オークを切り裂いて、黒オークは激痛に顔を歪めて血飛沫を撒き散らして倒れた。
「――っ!?」
それを目の当たりにした黒オークたちに戦慄が駆け抜けた。
彼らの表情は一転して険しいものに変わっていた。
『徒党』は人数により守備力が変動する能力だが、魔法攻撃や能力攻撃には効果がなかった。
そのことを理解している黒オークたちは一転してマルたちに目掛けて突進した。
「解除なの!!」
マルは魔装を解除して黒オーガたちに向かって突撃し、魔装玉は地面に転がった。
突撃したマルを目の当たりにしたバイオレットは動揺を隠し切れずに振り返る。
「バイオレットはそのまま遠距離から攻撃」
その言葉に、バイオレットは細心の注意を払いながらマルに風の刃が当たらないように『斬撃衝』を放ち続ける。
「ボス!! なんでマルは魔装を解除したの!?」
リジルは困惑した表情を浮かべている。
「僕ちゃんの指示じゃないけど、あの魔装玉は魔法に特化したタイプだから壊れるのが嫌だったんじゃないかな」
「こ、壊れるって……そんなところに突っ込んだマルはどうなるの?」
リジルは不安そうな表情を浮かべている。
「あはは、物理攻撃に対してマルは激しく強いから大丈夫なんだよ。まぁ、見てるといいよ」
マルは突撃して黒オークに体当たりを叩き込んだが、その体当たりは黒オークたちに受け止められた。
黒オークの群れはマルを完全に囲んで鉄の斧で集中攻撃する。
「見てられないわよシルルン!! 突っ込むわ!!」
リザは憤怒の形相で叫んだ。
「ダメダメ。巻き込まれて逆にリザたちが危なくなるからね」
「――なっ!? 何を言ってるのよ!?」
リザは不可解そうな顔をした。
「……全然、痛くないの!!」
マルは滅多斬りにされながらも『毒霧』を吐き続けており、緑色の霧を吸い込んだ黒オークたちはもがき苦しんで地面をのたうち回る。
毒には様々な種類があり、マルの毒は神経毒で最終的には心臓が止まって死に至る毒だ。
バイオレットは『斬撃衝』とウインドの魔法を交互に放ちながら黒オークを一匹ずつ確実に仕留めていく。
黒オークたちは同胞たちの不審死に対してただならぬ表情を浮かべていたが、まだこちらが優勢と判断して再びマルを囲んで攻撃し始めた。
マルは毒は効くと理解して夢中で『毒霧』を吐きまくり、我に返ったときには全ての黒オークたちが痙攣、あるいは息絶えていた。
「……ど、どういうことなのよ?」
リザは訝しげな眼差しをシルルンに向けた。
「あはは、毒だよ毒。マルは『毒牙』と『毒霧』をもってるから、近づいたらダメって言ったんだよ」
「えっ!? マルは毒なんてもってなかったはずなのに……」
リザは疑惑の表情でシルルンを見つめている。
マルは『毒牙』で痙攣している黒オークたちに止めを刺していき、戻ってくる途中で魔装玉を拾って魔装で身を包んでシルルンの元に戻ってきた。
「あはは、よくやったよマル」
シルルンはマルの頭を撫でた。
マルは丸くなって嬉しそうに左右に揺れており、バイオレットは上目遣いでシルルンを見つめていた。
シルルンはにっこりと微笑んでバイオレットの頭を撫でる。
バイオレットは嬉しそうだ。
「マルとバイオレットはだいぶ経験値を稼いだと思うから、しばらく下がって待機だね」
プルはブラックの頭から跳び下りてピョンピョンと跳ねながら黒オークの元に向かい、黒オークたちの死体を次々と『捕食』していく。
ブラックが黒オークたちを『捕食』しないのは黒オークが毒塗れだからだ。
ちなみに、プルは『毒耐性』を所持している。
プルは全ての黒オークたちを『捕食』して『浮遊』でシルルンの元まで移動し、シルルンの魔法の袋に黒オークの装備品を吐き出してからブラックの頭に戻った。
シルルンたちは通路を進んでいくが、一向に魔物たちと遭遇せずに開けた場所に出た。
すると、二隊の冒険者が左右に分かれて魔物の群れと戦いを繰り広げていた。
「……正面のルートにもここと同じような開けた場所があるのよ」
「こっちにも真ん中に魔法陣がありますね。正面のルートと同じなら魔法陣から魔物が出てくるはずです」
「えっ!? マジで!? それは厄介だね……」
「左で冒険者が戦ってるのが木偶車よ」
「ふ~ん、なんか車輪とか木偶とか棘が合体したみたいな感じだね」
「木偶車には個体差があって強さも違うのよ。あれは一番弱いタイプの木偶車よ」
その言葉に、シルルンは『魔物解析』で木偶車を視た。
木偶車 緑 レベル1 全長約5メートル
HP 1000
MP 500
攻撃力 500
守備力 300
素早さ 200
魔法 ヒール ウインド
能力 統率 物理軽減
「……上位種ぐらいの強さだね。緑ってでてるから色違いの木偶車もいるとは思うけど、はっきり言って弱いね」
「さっきも言ったけど、あのタイプの木偶車は一番弱いタイプで強いタイプの木偶車は特化型なのよ」
「へぇ、そうなんだ」
シルルンは視線を左側の冒険者たちに転じた。
すると、冒険者たちは八人で木偶車の緑と戦っており、前衛職が四人、後衛職が四人と隊のバランスも良かった。
「まぁ、左は勝つだろうね」
シルルンは視線を右側の冒険者たちに向けた。
すると、右側で冒険者たちが戦いを繰り広げているのは木偶車ではなく、木のような魔物とキノコが人型になったような魔物だった。
右側の冒険者たちの編成は前衛職が四人、後衛職が三人なのだが後衛職の一人が青いマンティスの背に乗っていてハイ スパイダーが暴れまわっていた。
「な、なんか無茶苦茶でどういう状況なのか分からないね……」
シルルンは複雑そうな顔した。
「……見た感じ、あのハイ スパイダーはキノコを攻撃してるから冒険者側よね」
「あ、あれが凶悪と言われているハイ スパイダーなんですね……」
アニータは思わず息を呑んだ。
「あはは、こっちでもハイ スパイダーは凶悪って言われてるんだ」
「私はハイ スパイダーと戦ったことがあるが厄介な相手だった……『糸』の他にも多彩な攻撃手段を備えていて与えたダメージもヒールの魔法で回復するし、危なくなると逃走するんだ」
ロシェールはうんざりした表情を浮かべている。
「それでどうするんですかボス?」
「うん、左も右も大ピンチというわけでもなさそうだし、しばらく様子をみようと思うよ」
こうして、シルルンたちは二隊の冒険者たちの戦いを静観することにしたのだった。
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