93 ダンジョン都市アダック④ 修
シルルンたちが地下二十階に到着すると、そこは開けた場所になっていて多数の冒険者たちの姿があった。
人数は百人ほどで、その内の三隊が魔物たちと戦いを繰り広げていたが、残りの冒険者たちは端によって戦闘を眺めているだけだった。
「へぇ、これまでは全然冒険者に会わなかったのにここにはいっぱいいるんだね」
「地下二十階は転移のエリアなので皆がここで足止めになるんですよ。申し訳ないですけど私が案内できるのはここまでです」
「えっ!? どういうこと?」
「あっちに五つの入り口があるんですよ」
アニータは開けた場所の奥のほうを指差した。
「それで?」
「五つの入り口のどれを選んでもどこかに転移するんですよ。そして転移する場所は必ず十字路の真ん中で、その十字路からどの方向に進んでもまた十字路に辿り着いて、十字路の魔法陣を踏むとまた転移するんですよ」
「えっ!? マジで!? そんなの出れないじゃん」
「えぇ、そういうエリアなんですよ。だから、私はここからは案内できないと言ったんですよ。ただ、出口に繋がる魔法陣を踏むと抜けることができます」
「ふ~ん、そうなると完全に運だよね」
「転移魔法陣の数は千以上あると言われています。出口に辿り着くには長期戦を覚悟の上で挑むので弱いパーテイだと戻ってくることもできません」
全ての魔法陣は一度踏むと十分ほどで転移先が変わり、パターンなどはなく完全に運だ。
ちなみに、転移した場所の足元にも魔法陣はあるが、その魔法陣は転移してきた者には発動しないようになっている。
そのため、十分待って魔法陣を再び踏むことを繰り返す行為はできないが、三十分ほど待てば再び転移できるようにようなる。
「まぁ、とりあえず行ってみようか」
シルルンたちは五つの入り口がある方に向かって歩いていく。
すると、真ん中の入り口から冒険者たちが出現した。
「マ、マジかよ!? 入り口に戻ってるじゃねぇか!?」
「くそがっ!! あれだけ戦ってまた最初からかよ!!」
「こ、今回は命があったと思ってゆっくり休んでからもう一度挑戦しましょう」
怒り狂っている戦士風の男たちを魔法師風の男が宥めながら冒険者たちは去っていった。
「ふ~ん……なかなか大変そうだね」
「さっきの冒険者はまだまだここにきて日が浅い冒険者だと思います。ここを抜けるには平均百回は挑むのが普通ですから」
「う~ん……百回も挑んでられないけどね。とりあえず、僕ちゃんとブラック、マーニャが転移するから何分か経ってから転移してよ」
シルルンたちは魔法陣を踏んでその姿が掻き消えた。
「……やっぱり、さすがですね。初めて挑むのに分かってる」
「……」
リザは頷くだけで黙ったままだ。
「えっ!? なんの話?」
意味が分からないリジルは困惑した表情を浮かべている。
「転移先に魔物がいる可能性があるからリーダーたちだけで転移したって話ですよ。これを疎かにすると転移先で魔物が待ち構えてて、後衛の者が襲われて命を落とす危険性があるからです」
「えっ!? 転移先に魔物がいるの!?」
「いる場合があるってことですよ。魔物たちも私たちと同じように転移しながら移動してるんですから」
「そ、そうなんだ……」
一方、シルルンたちは転移した先で十匹ほどの魔物と戦いを繰り広げていた。
「あはは、いたよいたよ!! アリゲーターとタートスが!!」
シルルンは『魔物解析』でアリゲーターとタートスを視た。
すると、アリゲーターが『剛力』を所持していてシルルンは有頂天になる。
アリゲーター
魔法 無し
能力 剛力 堅守
タートス
魔法 シールド アンチマジック アース スロー
能力 堅守
シルルンたちは凄まじい速さでアリゲーターに一瞬で肉薄し、プニが能力や魔法を奪っていき、ブラック&プルとマーニャが止めを刺して魔物の群れは全滅した。
シルルンは何気に『魔物解析』でプニを視た。
プニ スライムメイジ レベル1 全長約20センチ
HP1
MP1
攻撃力1
守備力1
素早さ1
魔法 コンフューズド ウォーター カース マジックドレイン インビジブル コンフューズド ウォーター カース マジックドレイン インビジブル コンフューズド ウォーター カース マジックドレイン インビジブル コンフューズド ウォーター カース マジックドレイン インビジブル コンフューズド ウォーター カース マジックドレイン インビジブル ウインド ウインド ウインド スリープ スリープ スリープ ポイズン ポイズン ポイズン ウインド ウインド ウインド ウインド ウインド ウインド ウインド ウインド コンフューズド コンフューズド コンフューズド シールド アンチマジック アース スロー シールド アンチマジック アース スロー シールド アンチマジック アース スロー シールド アンチマジック アース スロー シールド アンチマジック アース スロー
能力 威嚇 以心伝心 威嚇 毒牙 巻きつき 魔法耐性 MP回復 魔法耐性 MP回復 魔法耐性 MP回復 魔法耐性 MP回復 魔法耐性 MP回復 統率 威嚇 以心伝心 統率 威嚇 以心伝心 統率 威嚇 以心伝心 毒牙 溶解液 酸 毒牙 溶解液 酸 毒牙 溶解液 酸 統率 以心伝心 毒牙 統率 以心伝心 毒牙 統率 以心伝心 毒牙 統率 以心伝心 毒牙 統率 以心伝心 毒牙 統率 威嚇 斬撃衝 能力軽減 統率 威嚇 斬撃衝 能力軽減 統率 威嚇 斬撃衝 能力軽減 糸 糸 糸 糸 糸 毒牙 毒針 堅守 毒牙 毒針 堅守 毒牙 毒針 堅守 強力 疾風 回避 強力 疾風 回避 強力 疾風 回避 統率 以心伝心 毒針 毒霧 毒牙 統率 以心伝心 毒針 毒霧 毒牙 統率 以心伝心 毒針 毒霧 毒牙 統率 以心伝心 毒針 毒霧 毒牙 統率 以心伝心 毒針 毒霧 毒牙 統率 毒爪 毒牙 統率 毒爪 毒牙 統率 毒爪 毒牙 統率 毒爪 毒牙 統率 毒爪 毒牙 統率 毒爪 毒牙 統率 毒爪 毒牙 統率 毒爪 毒牙 毒牙 堅守 毒牙 堅守 毒牙 堅守 剛力 堅守 剛力 堅守 剛力 堅守 剛力 堅守 剛力 堅守 堅守 堅守 堅守 堅守 堅守
「うぉおおぉ!? すげぇな、おいっ!! いったい何個までストックできるんだよ」
シルルンはプニの魔法や能力を視ていたが、数が多すぎて急にめんどくさくなって視るのをやめた。
「あっ、やっぱり魔物はいたんですね」
リザたちが魔法陣から出現して、アニータが視線を魔物の死体に向けて言った。
「うん、だけどここまで広いとは思わなかったよ」
シルルンは複雑そうな表情を浮かべている。
十字路の真ん中にあるに魔法陣の大きさは五十メートルほどで、天井までの高さは百メートル、通路の幅は二十メートルほどだが、どの方向を見ても同じ景色で方向すら分からないのだ。
「そうなんですよ。壁に印を描いてる人たちもいますが転移先は運なんで印をつけてもあまり意味はないんですけどね。せいぜい、一度転移した場所だというぐらいしか分かりませんし、魔法陣は千以上ありますから同じ場所に転移する可能性はほぼ無いですからね」
「まぁ、とりあえず、次の魔法陣に行ってみようよ」
シルルンたちは歩き始める。
「どこの転移先に飛ばされても魔法陣から魔法陣の距離は五百メートルぐらいなんですよ」
「五百か……そのぐらいだったら余裕だね。大穴のときは次の部屋に辿り着くまで三十キロメートルぐらいあったからね」
「ふふっ、そうね……」
リザの口角に笑みが浮かんだ。
シルルンたちが進んでいくと通路の壁側に六人の冒険者が座り込んでいた。
「た、助けてください!! お、お願いします!! お願いします……」
盗賊風の女がシルルンたちの前にフラフラと歩いてきて何度も頭を下げた。
「ん? いったいどうしたの?」
「わ、私たちはこの転移エリアに何十日も前から彷徨っていて、食料も底を尽きてもう何日も何も食べていない状態なんです。ど、どうか……どうか助けてください」
哀願する盗賊風の女の顔は痩せこけており、酷くやつれていた。
「ふ~ん、やっぱり、この転移エリアは大変なんだね」
「ていうか、あんたたちのパーティは戦士系が少ないのが原因じゃないの?」
リジルは苦々しげな表情を浮かべている。
確かに彼女が言うように、盗賊風の女と槍を持っている女以外は後衛職と思われる格好をしていた。
「い、いえ、前衛はいたんです……ですが十決で……」
盗賊風の女は苦渋の表情を浮かべている。
「――っ!?」
リザとアニータは顔を背けて険しい表情を浮かべている。
「えっ!? ちょっと十決ってなんなのよ?」
リジルは不可解そうな顔をした。
「……十決というのは十分間の決意という意味の略語です。例えばこの転移エリアで勝てないと思う敵に遭遇した場合どうしますか?」
「そ、そりゃあ、魔法陣に飛び込むしかないんじゃないの?」
「その場合、転移した先にも魔物が転移してくるんですよ。魔法陣は最初に踏んでから十分後に転移先が変わるんです」
「えっ、じゃあ振り切るまで転移し続けるしかないわね」
「それができるのは体力のあるうちだけで、この方たちのように体力やスタミナが消耗していては逃げ切れません。そうなると決めなければなりません……十分間、魔物を魔法陣に近づけさせないために誰が囮になるのかを……それが十決です」
「なっ!?」
リジルはガツンと頭に衝撃を受けたような顔をした。
「十決は全ての者が決めなくてはいけません。囮になる者はもちろんですが何人残れば十分間を耐え抜くことができるのか、二人か三人か……そして、逃げる者も転移した先に魔物がいるかもしれないのでそれ相応の覚悟が必要なのです」
「……最初の十決で隊長が……そして、次の十決で前衛の者たちが私たちを逃がしてくれたんです」
盗賊風の女は戦友を想って咽び泣いている。
「ふ~ん……」
(リーダーの鏡だね……僕ちゃんもそんな風に在りたいね)
シルルンは考え込むような顔をした。
場に重苦しい空気が流れて、シルルンたちはかける言葉が浮かばかなった。
だが、プルが『浮遊』でふわふわと移動して口の中に『触手』を突っ込んでトマトを取り出し、盗賊風の女に差し出した。
彼はトマト信者を増やしたいようで、残りの女たちにもトマトを渡していく。
女たちは貪るようにトマトに食らいついた。
シルルンは魔法の袋から干し肉やパンを適当に取り出して、女たちに手渡した。
女たちは感謝の言葉を述べながら食べ物を平らげていき、しばらくすると女たちは落ち着いたのだった。
シルルンは思念で「女たちのスタミナを回復して」とプニに指示を出した。
プニはファテーグの魔法を順番に唱えていき、女たちのスタミナが全快して瞳に活力が蘇る。
「じゃあ、そろそろいくよ」
シルルンはペットたちを引き連れて次の魔法陣に向かって歩き始めると、魔法陣から二十匹ほどのアンデッドの群れが出現した。
アンデッドの群れは辺りを見回し、シルルンたちを視認すると一斉に襲い掛かってきた。
だが、三匹のゴーストは魔法陣から動かずにアンデッドたちの指揮を執っていた。
「魔法陣を踏まないようにアンデッドたちを引きつけてから一斉攻撃」
その言葉に、ペットたちは頷いてその場から動かない。
シルルンは水撃の弓で狙いを定めて『弓神』で目覚めた『三連矢』を放ち、三発の水弾がゴーストたちを貫いて、ゴーストたちは霧のように消えた。
残ったアンデッドの群れはペットたちに瞬く間に殲滅されたのだった。
「つ、強いですね……四人でこの転移のエリアに挑むのも頷けます」
盗賊風の女は戦慄して息を呑んだ。
「私は重戦士です。恩を返すためにも前衛をやらせてください。お願いします」
槍を持った女重戦士は真剣な硬い表情を浮かべている。
ちなみに、盗賊風の女の職業は怪盗で、残りのメンバーは魔法師二人と司祭二人だ。
「まぁ、気持ちは分かるけど、必要ないから体を休めながらついてくればいいわ」
リジルがきっぱりと言い放つ。
「そ、そんな……」
女重戦士は悔しそうに固く唇を噛みしめている。
「別にあなたたちがどうとかそういうことじゃなくて、私たちは安全地帯の十六階からここまでの間ボスしか戦ってないのよ。だから、あなたたちも戦う必要はないって意味で言ってるのよ」
「なっ!?」
女怪盗たちは目を大きく見張って絶句したのだった。
「……た、確かにさきほどのアンデットの群れも難なく倒していましたし、戦いにおいて十匹もの魔物を使役できる時点で魔物使いとして別格なんでしょうね」
女怪盗はシルルンの背中に尊敬の眼差しを向けている。
「まぁ、この転移エリアは百回ぐらい挑むのが当たり前らしいけど、ボスなら簡単に抜け出すかもしれないわね」
「……シルルンならあり得るわね」
リジルの言葉に、リザは同調して頷いた。
「……なんか私もリーダーの強運を見てきたからそれはあり得ないと言えない自分がいるのよ」
リザたちはぷっと一斉に笑い出す。
「……あ、あのう、隊長さんが凄いのは分かりますけど、このエリアを舐めないほうがいいと思います。ぐ、具体的には強さは問題なくても……分けてもらった私たちが言うのもなんですが食料が不足すると戦えませんので……」
女怪盗は申し訳なさそうに最後は消え入りそうな声で言った。
「あっ!? そ、そうよ!? 食料の問題があったのよ!! 私としたことが何で今まで疑問に思わなかったのかしら……」
アニータは深刻な表情で頭を抱えた
転移エリアの攻略を目指す者たちにとって、大量の荷物を運搬できる重戦士も引く手あまたなのだ。
「あぁ、それなら大丈夫よ。ボスがいっぱい持ってるから私たちは食料のことを気にしたことはないわ」
「シルルンは何でも入る“魔法の袋”を持ってるのよ」
「そ、それよ!?」
アニータは合点がいったような顔をした。
彼女はこの人数ではそれほど長く潜れないと考えていたので食料のことは気にしていなかったが、シルルンが入るはずのない剣や弓を袋から出し入れしているのを目の当たりにして、あの袋はどうなっているのかと疑問に思っていたが、こともなげにここまで辿り着き、何よりもシルルンが常軌を逸していたので、そちらに気をとられて魔法の袋のことなど忘れていたのだ。
「そ、そんな袋が存在するのですね……」
女怪盗は面食らってぽかんとする。
一方、シルルンは魔法陣を前にして難しそうな表情を浮かべていた。
(玉の黄が『瞬間移動』を使ってたから、ラーネがいれば『瞬間移動』で突破できたはずなのに……)
シルルンは地面に落ちている石ころを拾って魔法陣に向かって指で弾いた。
すると、石ころは凄まじい速さで魔法陣に吸い込まれて掻き消えた
「う~ん……やっぱり、魔法陣を踏まなくても転移するみたいだね……」
シルルンが石ころを飛ばした高さは一メートルほどの高さで、魔法陣が放っている淡い光は十メートルほどの高さまで伸びている。
シルルンは再び地面に転がっている石ころを拾って、今度は淡い光を超える五十メートルほどの高さに石を弾いた。
すると、石は魔法陣を通り抜けて地面に転がった。
「あはは、どうやら淡い光の上は転移しないようだね」
(見つけたよ。この転移エリアの攻略法を)
シルルンは満足げな笑みを浮かべて魔法の袋から森で大量に手に入れた巨木を一本取り出し、剣で枝を切り落とした。
すると、マルたちが切り落とした枝の葉を見て、物欲しそうな表情でシルルンを見つめている。
シルルンは思念で「食べていいよ」とマルたちに伝えた。
マルたちは枝の葉に駆け寄って嬉しそうに枝の葉を食べ始めた。
「巨木を持ち上げて『浮遊』できるかな?」
シルルンは思念でプルとプニに尋ねた。
「できるデス!!」
「デシデシ!!」
プルとプニはシルルンの肩から『浮遊』でふわふわと移動して、巨木を『触手』で掴んで宙に浮き上がった。
シルルンは思念で「地面を移動できるかい?」とブラックに尋ねた。
「フハハッ!! 問題ないですな」
『透過』で魔法陣の下に潜っているブラックが思念でシルルンに返した。
「じゃあ、出口を探してみてよ」
「了解」
ブラックは凄まじい速さで地中を移動して、出口を探しに出かけたのだった。
「ボ、ボス!? 何をしてるの!?」
「うん、この転移エリアの攻略法を見つけたんだよ」
「えっ!?」
リジルたちは面食らったような顔をした。
「この魔法陣は上ががら空きなんだよ。だから、上を通れば通り抜けることができるんだよね」
「なっ!?」
リジルたちは雷に打たれたように顔色を変える。
プルたちは上空へと上がっていくが、明らかにプニのほうが上がるスピードが速く、巨木が傾き始める。
「プニ、プルの速さに合わせて」
「デシデシ!!」
プニは速度を落として巨木の傾きは改善され、天井まで上がったプルたちは今度はゆっくりと下りてきて地面に着地する。
「どのくらい浮いてられる?」
「いくらでも大丈夫デシ!!」
プニは自信満々に言い放った。
「……」
だが、プルは飛行速度がプニより遅かったのでしょんぼりして元気がない。
それを察したシルルンは『魔物解析』でプルとプニを見比べた。
すると、プニが『略奪譲渡』でドラゴンフライから奪った『疾風』が『浮遊』に作用しているからだった。
「う~ん、今の段階で能力を譲渡させたくないけど仕方ないか……」
シルルンは『魔物解析』でマルとバイオレットを視た。
すると、状態異常は出ていないかったので、シルルンは思念で「具合が悪くなってない?」とマルとバイオレットに尋ねると「問題ない」と返ってきた。
シルルンは思念で「『疾風』をプルに渡してあげて」とプニに指示を出した。
「分かったデシ!!」
プニは『触手』でプルに触れて『疾風』を譲渡した。
「『疾風』を渡したから速くなったはずだよ」
シルルンは思念でプルに伝えると、プルはすぐに『浮遊』で浮き上がった。
「速くなってるデス!! プニ、ありがとデス!!」
「デシデシ!!」
プルは大はしゃぎでプニの周りをくるくると飛んでいる。
すると、ブラックが思念でシルルンに話し掛けてきた。
「主君!! 出口を見つけましたぞ」
「あはは、早いね。じゃあ、そこから一番早いルートで戻ってきてよ」
シルルンはにっこりと微笑んだ。
ブラックは瞬く間に帰還して、シルルンの足元からピョコっと頭を出した。
「主君、出口はここから魔法陣を三つ抜けたところにありますぞ」
「あはは、意外に近いんだね出口」
シルルンはブラックの頭を撫でる。
ブラックは嬉しそうだ。
「じゃあ、まずは巨木の真ん中にはマル、タマが左端、キュウは右端にのって、あとはバランスがいいように左右に分かれてのってみてよ」
マルたちはシルルンに指示されたように巨木にしがみつき、他の者たちは適当に巨木に腰掛けた。
プルとプニが『触手』で巨木の端を掴んで『浮遊』で浮かび上がり、シルルンたちは天井の近くまで上昇した。
「うわっ!? た、高い!?」
女たちは下を見て体が竦んで顔が蒼ざめた。
「どう? 移動できそうかい?」
「余裕デス!!」
「デシデシ!!」
「じゃあ、出発!! 方向は真っ直ぐだよ」
プルたちは移動し始めてシルルンたちは魔法陣の中に入っていく。
「す、凄いわね……本当に転移しないんだ……」
アニータは信じられないといったような表情を浮かべている。
「……」
一方、助けられた女怪盗たちは複雑な心境だった。
彼女らは仲間を失った転移エリアをこんな方法で抜けることに対してズルイと思っていたが口には出さなかった。
「まぁ、ラーネがいればこんなめんどくさいやり方じゃなくて『瞬間移動』で一発で抜けれるんだけどね」
「えっ!? 『瞬間移動』で抜けられるんですか!?」
アニータは驚きのあまり血相を変える。
「玉の黄が『瞬間移動』で逃げたから、『瞬間移動』は使えると思うんだよね」
「あっ!? そうか……ていうか『瞬間移動』をもってる仲間がいることのほうが驚きですよ」
「た、玉の黄が出たんですか!?」
女怪盗は呆けたような表情を浮かべている。
「そうなのよ……十八階で出たのよ……信じられる? しかも大群な上にアンデットの上位種も六匹ぐらいいて木偶や棘の黄も何十匹もいたのよ」
「えっ!? そ、それでどうなったんですか!?」
「もちろん、リーダーが玉の黄以外を全滅させたわよ」
「……た、隊長はそ、そんなに強いんですか!?」
女怪盗たちの顔が驚愕に染まる。
「異常なぐらい強いわよ。普通に強いぐらいじゃこの転移エリアの抜け方なんて思いつかないし実行できないでしょ」
「そ、それはそうですね……」
女怪盗は表情を曇らせた。
彼女らの隊長も強かったが運勝負でこの転移エリアに挑んだのだ。
それはつまり、アニータが言うように普通に強かっただけとも言える。
「私が思うにリーダーはとんでもない化け物と何度も戦っているから経験の幅が私たちとはまるで違うのよ。でなきゃ『瞬間移動』という言葉なんてでてくるはずがないんだから」
「……」
女怪盗たちは何も返す言葉がなく黙り込んだのだった。
シルルンたちは一つ目の魔法陣を抜けて通路を進んで次の魔法陣の真ん中まで進んだ。
シルルンは辺りを見回すとブラックが右方向の通路の地面から頭をピョコっと出した。
「次は右だよ」
「分かったデス!!」
「デシデシ!!」
プルとプニは右に方向転換し、シルルンたちは進み始める。
「なんで右だと分かるのよシルルン」
「この魔法陣は下もがら空きなんだよ。要するにブラックに『透過』で地面を潜らせて、すでに出口を見つけてあるんだよ」
「なっ!?」
リザとリジルは思わず視線をペットたちに転じると、ブラックがいないことに今頃になって気づいた。
「さ、さすがボス!」
リジルは感嘆の声を上げた。
「あはは、出口は近いからもうすぐ着くよ」
「えっ!?」
これには転移エリアを抜けた経験があるリザとアニータは開いた口が塞がらなかった。
シルルンたちは空中を進んでいくと魔法陣に魔物の群れの姿があった。
「う、嘘でしょ!? あ、あれはデーモンじゃないの!? 二十階にデーモンがいるなんて聞いたことがないわよ……」
アニータはショックを露わにした。
だが、彼女が知らないだけで地下二十階には魔族の拠点があった。
魔法陣が千以上もあることで魔族と遭遇する確率が低いだけで、運悪く遭遇した冒険者は一人残らず殺されているので情報が伝わらないだけの話なのだ。
「た、戦っているのは私たちの仲間です!! い、生きてたんだ……」
女怪盗たちは歓喜に打ち震えている。
「クククッ、もう逃げないのか?」
三匹いるレッサー デーモンの内の一匹が意地の悪い微笑みを口元に浮かべる。
レッサー デーモンたちの後方にはデーモンが控えており、上空には十匹ほどのドラゴンフライが飛び回っている。
「……」
三人の女たちは全身が血塗れで疲れ果てており、最早返す言葉もなかった。
「クククっ、残念だったな。お前たちの目的の出口は目の前なのにな」
レッサー デーモンは嘲うようにニヤニヤして指を弾いて音を鳴らす。
すると、上空を飛行していたドラゴンフライたちが一斉に女たちに襲い掛かるが、上空から放たれた多数の水弾がドラゴンフライたちの頭を全て撃ち抜いて、ドラゴンフライたちは墜落して地面に衝突して全滅した。
「なっ!? 何が起きた!?」
レッサー デーモンは大きく目を見張った。
「僕ちゃんが撃ち落したんだよ」
シルルンはすでに巨木から飛び降りており、レッサー デーモンと対峙する。
「ほう、お前がやったのか……」
デーモンはレッサー デーモンたちを押しのけてシルルンを睨みつけた。
状況についていけない女たちは困惑した表情を浮かべて、デーモンと対峙するシルルンを見つめている。
「プル登場デス!!」
「デシデシ!!」
「ま~っ!!」
プルはブラックの頭に跳び乗って、プニがシルルンの肩に跳び乗り、マーニャがシルルンの横に並んだ。
シルルンが巨木から飛び降りた後、プルとプニは後方に下がりながら地面に着地してシルルンを追いかけたきたのだ。
「あはは、待ってたよ」
シルルンはデーモンの問答を無視して思念で「レッサー デーモンを攻撃」とプルたちに指示を出し、シルルンたちは一瞬でレッサー デーモンの背後に肉薄する。
「プニパ~ンチ!!」
プニが『触手』でパンチを繰り出してレッサー デーモンの背中にパンチが直撃するがデーモンにダメージはなかった。
シルルンは水撃の弓で狙いを定めて水弾を放ち、水弾がレッサー デーモンの頭を消し飛ばしてレッサー デーモンの体からゆらゆらと精神体が姿を現した。
ブラックは凄まじい速さでレッサー デーモンに突っ込んでプルがスクリューパンチを繰り出して凄まじい回転が掛かったパンチがレッサー デーモンの背中に直撃したがダメージはなく、レッサー デーモンは振り向き様に剣の一撃を放ったが、すでにブラックの姿はなかった。
「この敵にはパンチが効かないデス!! デスデス!!」
プルはデスの魔法を唱えて、紫の風がレッサー デーモンの体を突き抜けて『魔法軽減』を貫通し、レッサー デーモンは目を見張って前のめりに倒れて、レッサー デーモンの体からゆらゆらと精神体が姿を現す。
「また変なのが出たデス!! サンダーデス!! サンダーデス!!」
プルは怒りの形相で『並列魔法』でサンダーの魔法を唱えて、二発の稲妻がレッサー デーモンに直撃し、その内の一発が『魔法軽減』を貫通してレッサー デーモンの精神体は掻き消えた。
「まーっ!!」
マーニャは一歩も動くことなくその場で『炎刃』を放ち、全く反応できなかったレッサー デーモンは炎の刃に貫かれて一瞬で炭になって崩れ去り、炎の刃のあまりの威力に精神体もろとも即死した。
シルルンはレッサー デーモンの精神体を無視してデーモンに向き直る。
「ば、馬鹿な……俺の配下をこうも簡単に殺るとは貴様はいったい何者だ!?」
デーモンは訝しげな眼差しをシルルンに向ける。
彼は配下を殺された怒りよりも驚きのほうが勝っていた。、
だが、シルルンはデーモンとの問答を無視し、シルルンたちは凄まじい速さで突っ込んでデーモンの正面に肉薄した。
「プニパンチデシ!!」
プニは『触手』でストレートパンチを繰り出して、パンチがデーモンのボディに炸裂し、シルルンが流れような動作で水撃の弓を引き絞って水弾を放とうとしたが、プニが思念で「奪えなかったデシ」とシルルンに伝えたのでシルルンたちは後方に下がってデーモンとの距離をとる。
シルルンは訝しげな表情を浮かべて『魔物解析』でデーモンを視た。
デーモン ザロス レベル39 全長約2メートル
HP 3000
MP 1600
攻撃力 1300+首斬りの剣
守備力 950+闇のローブ
素早さ 1000+力の指輪+10 防御の指輪+10 幸運の腕輪+10
魔法 ウインド ファイヤ エクスプロージョン ダークネス パラライズ インビシブル マジックドレイン カース スロー ディスペル
能力 統率 憑依 魔法耐性 飛行 以心伝心 身体具現 威圧 能力耐性 加撃 堅守 駿足 挑発
「えっ!? 『能力耐性』を持ってるんだ!?」
(前に戦ったデーモンは『能力耐性』を持ってなかったから油断したよ)
シルルンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「……ていうか高レベルで無茶苦茶強いね……能力とかを合わせると初めて会った頃のラーネに匹敵するよ」
シルルンは躊躇なく『反逆』を発動した。
だが、彼は『反逆』を発動させなくてもステータスの値はデーモンを上回っていた。
現在のシルルンの職業は【魔物を統べる者】でレベルは二百六だが、能力である『大魔物使い』と『弓神』のレベルも二百六になっていた。
つまり、シルルンはステータスの値が最も高い『弓神』レベル二百六のステータスの値になっており、弱いはずがないのだがそんなことはシルルンは知らない。
シルルンたちは凄まじい速さでデーモンの背後に回りこみ、プニがパンチを放ってデーモンに直撃する。
「……なんだそのパンチは? この俺を舐めているのか?」
デーモンは振り向きもせず、怒りを込めて言い放った。
しかし、シルルンはデーモンの問答を無視し、プニは反撃してこないデーモンの背中にパンチの連打を浴びせる。
「舐めるなっ!!」
怒り狂ったデーモンが振り向きざまに剣の一撃を放つが、すでにシルルンたちは正面に回りこんでおり、プニがデーモンの顔面にスクリューパンチを放って直撃した。
「舐めるのも大概にぃ……な、何をした!?」
デーモンは『飛行』で一気に距離をつめようとしたが飛べなかった。
「君の魔法と能力を全部奪ったんだよ」
「なっ!? 全てだと!?」
デーモンはショックを露にした。
彼は『魔法強奪』や『能力強奪』は知ってはいるが、それらの能力は一度に一つしか奪えないはずだからだ。
「じゃあ、君が望むように本気でいくよ」
「なっ!? ちょ、ちょっと待て!?」
デーモンは狼狽して『飛行』で逃げようとするが飛べなかった。
シルルンたちは凄まじい速さでデーモンに突っ込んでシルルンは袋斬りを放ち、デーモンは体を上下に斬り裂かれて、ふわふわと精神体が姿を現した。
「ぎゃあああああああああああああああぁぁぁぁあああああああああああああああああああぁぁぁ!!」
デーモンの精神体は錯乱したかのように絶叫し続けている。
「ふわふわはどうしたんデシか?」
「間違ってこの剣で斬っちゃったからだよ、たぶん……」
シルルンは手に持っているハイ ヘドロの剣を見て苦笑する。
ハイ ヘドロの剣には多数の状態異常が付加されているのだ。
「変なのがうるさいデス!! サンダーデス!!」
プルはサンダーの魔法を唱えて、稲妻がデーモンの精神体に直撃してデーモンの精神体は掻き消えた。
それを目の当たりにしたレッサー デーモンの精神体は恐怖のあまりに逃げ出した。
「変なのは逃がさないデス!! サンダーデス!!」
プルは憤怒の形相でサンダーの魔法を唱えて、稲妻がレッサー デーモンの精神体に直撃して、レッサー デーモンの精神体は四散した。
「ふぅ、なんとか無事にデーモンから奪えてよかったよ」
シルルンはにっこりと微笑んだ。
彼はデーモンが所持していた『加撃』がどうしても欲しかったのだ。
『加撃』は全ての攻撃が一・五倍になるという激レア能力だ。
すると、どこからともなく玉の黄が天井近くに出現した。
「ちくしょう!! デーモンの役立たずめ!! 少しぐらい弱らせてくれるかと期待してたのに何だそりゃ!!」
玉の黄は怒りに打ち震えている。
「丸いのがまた出たデシ!」
「あはは、また出たね玉の黄が。でも今回は一匹だけみたいだね」
三人の女たちは初めて見る玉の黄の出現に恐怖に顔を歪めて後ずさる。
「だがしかし!! デーモンなんぞは元から計画にはなかったことなのだ。受けてみよ!! 狂った人族よ!! この召――」
しかし、シルルンは玉の黄の言葉の途中で水撃の弓で狙いを定めて水弾を放ち、水弾が玉の黄に襲い掛かる。
「なっ!? ちょ、ちょっと待てよ!? 話は最後まで聞――」
水弾が玉の黄に当る寸前に玉の黄は『瞬間移動』で姿を消した。
「避けたデシ!!」
「うん、『瞬間移動』で避けたようだね。プニも辺りを警戒して」
しかし、シルルンたちは周囲を警戒していたが、玉の黄が再び現れることはなかった。
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