71 黒いスライム
シルルンたちは山を登っていた。
ラーネの意識はまだ回復しておらず、シルルンは『魔物探知』で辺りを探った。
すると、索敵範囲が爆発的に広がっていたが、彼は気にしていなかった。
「かなり先にゴーレム種の群れがいるみたいだね」
シルルンたちは一気に速度を上げて山を登っていくと、巨大な岩が無数に並ぶ場所に出た。
シルルンは『集中』『魔物探知』『魔物解析』を同時に発動して、ゴーレム種の群れを探った。
「う~ん……」
(ストーンゴーレムは何匹かいるけど、ゴーレム種だけでも三百匹ぐらいいるから中に入るのは面倒だね……)
シルルンは考え込むような表情を浮かべている。
「石が歩いてきたデス」
「あっ、そうか!!」
シルルンは近づいてきたレッサー ストーンゴーレムに『魔物契約』で「ストーンゴーレムを連れてきてくれ」と頼んだ。
レッサー ストーンゴーレムは「鉄の塊が二個欲しい」と返したので、シルルンは快諾した。
「じゃあ、頼んだよ」
レッサー ストーンゴーレムは頷いて岩の方に歩いて行った。
シルルンは地面に座りこんでしばらく待っていると、レッサー ストーンゴーレムが帰還し、その後ろにはストーンゴーレムの姿があった。
「契約完了だね」
シルルンは魔法の袋から鉄の塊を二個取り出して、レッサー ストーンゴーレムに手渡した。
レッサー ストーンゴーレムは嬉しそうに鉄の塊を体内に取り込んで、どこかに歩いて行った。
ストーンゴーレムはそのやり取りをじーっと見つめており、シルルンは『魔物契約』で「働く気はないか?」とストーンゴーレムに尋ねた。
すると、ストーンゴーレムは「三十日で鉄の塊が五百個欲しい」と返したので、シルルンは承諾した。
シルルンは魔法の袋から鉄の塊を五百個取り出して、ストーンゴーレムの前に置いた。
ストーンゴーレムは体内に鉄の塊を取り込んで、三十日間共に戦うと誓ったのだった。
「ここにはアイアンゴーレムがいないから仕方ないけど帰ろうか」
シルルンは残念そうにブラックに乗った。
シルルンたちが山を下り始めるとストーンゴーレムは『岩化』で岩になって宙に浮き、シルルンたちを追いかけているが激しく遅かった。
「ラーネの意識が戻るまではゆっくり進むしかないね」
シルルンは振り返ってストーンゴーレムを眺めていたが、視線をラーネに向けた。
すると、ラーネはゆっくりと目を開けた。
「動けそうかいラーネ?」
シルルンは心配そうな顔をした。
「……私はラーネさんではありません。私の名はハディーネです」
「えっ!? ……まだ意識が混濁してるみたいだね。ゆっくり休めばいいよ」
しかし、ラーネは上体を起こした。
「ラーネさんの意識は包丁の中にあります」
「えっ!? 何を言ってるの?」
シルルンは戸惑うような表情を浮かべている。
「ラーネさんは元アラクネでアウザー教官に殺されました。それなのにどうして生きていると思いますか?」
「それは転生したってラーネが自分で言ったからだよ……」
だが、シルルンは自身の発言に違和感を覚えて首を傾げた。
(そもそも転生って何なんだ? 確か死んでから魂が新しい肉体に宿るって理屈だったよね?)
シルルンは眉を顰めながら視線をラーネに向けた。
「あれ!? ラーネに似てるけどラーネじゃない……?」
シルルンは大きく目を見張った。
「そうです。私の体にラーネさんが同居していたんです」
「えっ!? そうなるとラーネの中に魂が二つあるってことになる……」
(……そもそも生命が生まれた瞬間から魂と肉体はセットだよね? けど、転生の場合は魂に合わせて肉体が誕生することになるから、基本的に赤ちゃんじゃないとおかしいことになる!!)
シルルンは合点がいったような顔をした。
「要するにラーネは君に憑依したんだね」
シルルンは神妙な面持ちで言った。
「私には詳しいことは分かりません。私は大穴で包丁に魅入られて思わず掴んでしまったのです。その瞬間からラーネさんが私の体に入り込んだのです」
「そういうことだったんだ」
(そうなると、漆黒の包丁がないとラーネは憑依できないみたいだね……)
シルルンは複雑そうな表情を浮かべながら視線を漆黒の包丁に移した。
「……どうやら、また殺されたみたいね」
「えっ!? 包丁なのに喋れるんだ!?」
シルルンは面食らったような顔をした。
プルとプニは興味津々といった様子で、漆黒の包丁を見つめている。
「フフッ……あれほどの個体がいるなんて思いもしなかったわ」
「あはは、あれはエンシェントだから仕方ないよ」
「エンシェント!?」
ラーネは声を強張らせた。
彼女はクイーンがいる部屋のさらに奥にある部屋に、エンシェント ハイ スパイダーが存在することを知っていた。
スパイダー種ではデス スパイダーが最強とされているが、本当の最強はエンシェント ハイ スパイダーだ。
しかし、エンシェントは拠点を守護する存在であり、拠点から離れて他種の拠点を攻撃することがほとんどないため、その存在はほとんど知られていない。
「まぁ、なんとか勝てたけどもうあんな化け物とは戦いたくないよ」
「なっ!? あれに勝ったの!?」
ラーネは放心状態に陥った。
彼女はシルルンたちが連携すれば自分の強さを軽く超えているのだと理解したのだった。
「それで、ラーネは動けるの?」
「フフッ……問題ないわ」
ラーネは起き上がろうとしたが、体がピクリとも動かずに困惑した。
彼女は辺りを見渡すと自分が見えている異様さに気づいて、この時初めて漆黒の包丁の中にいることを自覚した。
それと同時に、ラーネは漆黒の包丁の中で目覚めたということは任意の相手に乗り移ることができるようになったのだと理解した。
「フフッ……マスター私はお金が欲しいわ」
「えっ!? 別にいいけどいきなりどうしたの?」
「奴隷を買ってその奴隷に憑依するためよ」
「う~ん……」
シルルンは難しそうな顔をした。
「私はラーネさんとまた同居してもいいですよ」
「えっ!? それはダメだよ」
シルルンは真面目な硬い表情で即答した。
「……そうですか」
ハディーネは残念そうにがっくり項垂れる。
彼女が残念がっているのはラーネと憑依すると、ラーネが得た経験値の一パーセントほどがハディーネに加算されるからだ。
「まぁ、人型の魔物を探してはみるけど、その間は奴隷に憑依するしかないようだね」
(最悪、買った奴隷を一年ぐらいで解放して、それを繰り返すしかないか……)
シルルンは頭を掻きながら苦笑した。
「フフッ……さすがマスター。理解が早くて助かるわ」
プルとプニは『触手』を伸ばして漆黒の包丁をツンツンしている。
「新しい仲間デスか?」
「デシか?」
プルとプニは瞳を輝かせている。
彼らは状況を理解していなかった。
「あはは、この包丁はラーネだよ」
プルとプニは漆黒の包丁とハディーネを何度も見比べて、不思議そうな表情を浮かべている。
「それで、その状態でも『瞬間移動』はできるの?」
「……無理ね」
ラーネの声には苛立ちの色が混じっていた。
彼女は動くことすらできず、魔法や能力も使えなかった。
「マジで!? じゃあ、しょうがないね」
シルルンたちは再び山を下り始めた。
ストーンゴーレムは全力でシルルンたちを追いかけているが、その差はひらくばかりだ。
そのため、シルルンたちは一気に進んでから止まってストーンゴーレム待っており、それを繰り返して進んでいた。
「う~ん……ここら辺の魔物はイーグル種に滅ぼされた可能性が高いね」
見かける魔物はスライムかラビット種、ピルパグ種ぐらいのものだった。
「まぁ、スライムがいっぱいいるから機会があればテイムしたいね……」
シルルンたちは一気に進んでから停止して、シルルンは辺りを見回した。
すると、スライムの群れやレッサー ラビットの群れの中に、赤いボディに黒の斑点をもつ虫の魔物の姿があった。
レッサー レディバグ(テントウムシの魔物)である。
数は三匹で、全長は一メートルほどだ。
彼らはシルルンたちに気づいているが襲ってくる気配はなく、果物や草を食べ続けており、スライムたちが体の上にのっても気にもしていなかった。
「へぇ、スライムはレディバグ種とも共存してるんだ」
シルルンは意外そうな顔をした。
そこに狼の群れが現れた。
数は二十匹ほどだ。
狼の群れがレッサー ラビットたちを囲むようにジリジリと展開するが、レッサー ラビットたちは怯えることなく落ち着いた様子だ。
狼の群れはレッサー ラビットたちに向かって一斉に襲い掛かったが、レッサー レディバグたちが『悪臭』を放った。
黄色い霧に覆われた十匹ほどの狼たちは、悲鳴を上げてショック死した。
それを目の当たりに狼たちは四散した。
「へぇ、強いのかなレッサー レディバグは?」
シルルンは『魔物解析』でレッサー レディバグを視た。
「う~ん、『悪臭』しかないし、ステータスも低いね……」
シルルンは残念そうな顔をした。
虫の世界では、ナナホシテントウムシに天敵はいない。
警戒色の赤いボディや攻撃されると異臭を放つので、大型の虫や鳥たちも狙わないからだ。
レッサー レディバグたちは果物を食べるのを中断し、狼の死体の傍まで移動してガツガツと死体を食べ始めた。
すると、スライムたちも狼の死体に群がって『捕食』し始めた。
レッサー レディバグたちはスライムたちを追い払わずに一緒に死体を食べており、狼の死体をたいらげると羽を広げて飛び立って行った。
シルルンは振り返ると空にはストーンゴーレムの姿があり、シルルンたちは再び進み始めた。
だが、シルルンは急にブラックから飛び降りて、地面に掘られた洞穴を凝視した。
そこには真っ黒のスライムがいたからだ。
「パプルを見つけた時も驚いたけど、真っ黒は見たことがないよ」
シルルンは『魔物解析』で真っ黒のスライムを視た。
「あはは、色は超激レアだけどそれ以外は普通のスライムと一緒だね」
シルルンは紫色の球体を作り出し、真っ黒なスライムを紫の結界で包み込むと一瞬でテイムに成功した。
「仲間になったデスか?」
「デシか?」
プルとプニは期待に瞳を輝かせている。
「うん、なったよ」
その言葉に、プルとプニは大喜びした。
「こっちデス!!」
「デシデシ!!」
真っ黒なスライムはシルルンたちに向かってピョンピョン跳ねてきてシルルンの胸に飛び込んだ。
プルとプニは嬉しそうに『触手』を伸ばして、真っ黒なスライムの体をツンツンしている。
シルルンは真っ黒なスライムの頭を撫でながら、険しい表情を浮かべていた。
彼は安易にブラックと名付けかけたが、すでにいるので悩んでいた。
「ん~、名前はクロ……クロロ。君の名前はクロロだよ」
シルルンはクロロの頭を撫でる。
クロロは嬉しそうだ。
「じゃあ、先に行ってるストーンゴーレムを追いかけるよ」
シルルンたちは出発しようとするが、突然クロロが二メートルほどに膨れ上がった。
「ひぃいいいいいぃ!?」
シルルンは雷に打たれたように顔色を変える。
クロロはさらに膨張し、最早爆発寸前だ。
しかし、クロロは膨張と収縮を何度も繰り返し、しばらくすると元に戻った。
「……クロロ?」
シルルンは恐る恐る思念で話し掛けた。
「……」
(返事がない……)
シルルンは『魔物解析』でクロロを視た。
すると、名前がラーネ/クロロになっていた。
「なっ!? クロロに憑依したの!?」
シルルンは信じられないといったような表情を浮かべている。
「フフッ……憑依先があまりに弱すぎたから危うく爆発するところだったわ」
「……それで、クロロは大丈夫なの?」
「今は眠ってるわ」
「そ、そうなんだ……」
シルルンの顔に虚脱したような安堵の色が浮かんだ。
「クロロは大丈夫デスか?」
「デシか?」
プルとプニは心配そうな表情を浮かべている。
「うん、大丈夫だけど、今はラーネだよ」
「よかったデス」
「デシデシ」
プルとプニは安心したような顔をしていたが、一変して不可解そうな顔をした。
「これで動けるようになったわ」
ラーネは地面に飛び降りて、クロロに憑依した時に地面に落ちた漆黒の包丁を『捕食』した。
捕食目的ではなく、あくまで体内部で漆黒の包丁を保管するために『捕食』したのは言うまでもない。
ラーネは跳躍してシルルンのシャツの中に潜り込み、シルルンたちは移動を開始した。
シルルンたちは一瞬でストーンゴーレムに追いつき、シルルンはストーンゴーレムに『岩化』を解除させてストーンゴーレムは人型に戻った。
ストーンゴーレムがブラックに触れると、ラーネは『瞬間移動』を発動してシルルンたちは掻き消えて山の前に出現した。
「じゃあ、アースゴーレムたちを追いかけるよ」
シルルンたちは東に向かって進み始めた。
ストーンゴーレムは『岩化』で石になって宙に浮き、シルルンたちを追いかける。
「ちょっと戦ってくるわ」
ラーネはシャツの中から飛び出して、凄まじい速さで東の方角に駆けていったのだった。
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レッサー レディバグ レベル1 全長約1メートル
HP 80~
MP 10
攻撃力 20
守備力 45
素早さ 30
魔法 無し
能力 悪臭
レッサー レディバグの殻 1000円




