7 スライム小屋 修修
シルルンは馬たちに調教をつけており、それを眺めている視線が三つあった。
ハズキ、エリナ、パールである。
彼女らは食堂での乱闘事件によって停学処分を受けており、昼までは自主訓練に励んでいたが、パールが馬やスライムを見たいといいだしてシルルンの元を訪れたのだ。
シルルンは黒馬に騎乗して六頭同時に調教しており、馬たちは横一列に並んで同じ動きをしていた。
この光景を目の当たりにしたハズキたちは驚きを禁じ得なかった。
シルルンは走る、停止、旋回を重点的に仕込んでおり、彼は軍馬に仕上げるつもりなのだ。
シルルンが調教を終えると彼は四頭の馬を開放したが、黒馬と白馬を連れて小さな小屋へと入っていった。
しばらくすると、シルルンが小屋から出てきて、黒馬と白馬を開放してスライム小屋に向かって歩き出した。
ハズキたちはシルルンに向かって歩き出し、ハズキがシルルンに声を掛ける。
「意外に真面目にやってんのね」
「ひいぃ!? 何しに来たの? ていうか授業は?」
シルルンは訝しげな表情を浮かべている。
「食堂でケンカして停学になったのよ」
ハズキは得意げな顔だ。
「ふ~ん、そうなんだ……十人ぐらいボコボコにしたんでしょ?」
(まぁ、この狂った三人ならやるだろうね……)
シルルンが興味なさげに答える。
「百五十人よ」
ハズキは勝ち誇ったような顔をした。
「ひぃいいいいいぃ!?」
(どう考えてもおかしいだろ!? そこらの一般人ならともかく、武学の生徒を百五十人って……)
恐怖に顔を歪めるシルルンは失禁しそうになる。
「それよりあの黒馬いいわねぇ……ほしいわ」
ハズキはうっとりとした表情で黒い馬を見つめている。
「えっ!? ダメだよ!!」
シルルンは嫌そうな顔をした。
「六頭もいるんだからいいじゃない」
ハズキは射抜くような鋭い眼光をシルルンに向ける。
「やだよ、食べるんでしょ?」
シルルンは悲しそうな表情を浮かべている。
「食べないわよ!! ちょっとあんた、私のことをなんだと思ってるのよ!!」
ハズキはシルルンの胸ぐらを掴んで怒鳴りつける。
「ひぃいいいいいぃ!?」
シルルンは恐怖で顔が蒼くなる。
「まぁまぁ、それよりあの子たちの性別は?」
エリナはシルルンとハズキの間に割って入ってハズキを宥めた。
「えっ!? あぁ、半々だよ」
「なら、三組ちょうどであぶれる子がいなくて良かったじゃない」
「ん? 違うよ。黒馬がずば抜けて能力が高いからね。メスは全部黒馬と交配させるんだよ」
シルルンは呆れたような表情を浮かべている。
「う~ん、それってなんか可哀想ね」
ハズキは得心のいかないような表情を浮かべている。
「まぁ、実力世界だからねぇ。実際、ハズキも黒馬がほしいって言ってたじゃん。それって黒馬が能力高いからでしょ?」
「ぐっ、シルルンのくせに生意気なのよ!!」
図星を突かれたハズキは忌々しそうに言った。
「あはは、さっきも交配させてみたけど相性もいいみたいでサクッと終わったよ」
シルルンは嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、さっき二頭だけを小屋に連れていったのは交配させてたんだ」
エリナは合点がいったような顔をした。
シルルンたちはシルルンのスライム小屋に到着すると、十人ほどの生徒たちがスライム小屋の前に屯しており、窓からスライム小屋の中を覗き込んでいる。
「うわぁ!! 超可愛い!!」
「五匹もいるわよ!!」
「赤いスライムもいるわ!!」
女生徒たちは頬を紅潮させて黄色い声を上げている。
彼女らは三年生の動物使い科の生徒だ。
スライムは一年生から三年生の生徒たち中で飼育している生徒はいなかったが、三年生で初めてシルルンがスライムの捕獲に成功し、その結果、女生徒たちがスライム見たさに押し寄せたのだ。
ちなみに、四年生の生徒たちの中には私物として飼育しているスライムが十匹程いるが、そのスライムたちには特定の愛好家たちが占有権を購入しているので、生徒たちはそのスライムたちがどこで飼育されているのかさえ知る由が無い。
そのため、生徒たちがスライムたちと触れ合うことが可能な場は特別厩舎しかなかった。
だが、特別厩舎でスライムは百匹ほど飼われているが、スライムの知識がない者たちに無理矢理に触られたことにより、九割以上の個体が人を見ると怯えて逃げ出してしまう現状なのだ。
「遅かったなシルルン」
首を長くして待っていたピクルスがシルルンを出迎る。
「こんにちは。初めましてシルルン。同じ三年の動物使い科のキュリーよ。よろしくね」
キュリーは瞳を輝かせてシルルンの両手をギュと握り締めた。
彼女はハズキたちほどではないが美人なので男生徒の人気は高く、それをパールが苛立たしそうに睨みつけており、急に悪寒を覚えたシルルンはぶるっと身震いした。
「ピクルスからすごく腕がいいって聞いたわ!! それにあの子たちは私たちを怖がってない!! どうやってあの子たちを捕獲したの?」
興奮するあまりにキュリーの顔がシルルンの顔に急接近し、最早、接触すれすれ状態だ。
普段の彼女は冷静だが、すれていないスライムたちを目の当たりにして気持ちが高ぶっているのだ。
「頭を撫でたらついてきただけだよ」
「ほんとに? 来月、森に捕獲にいくんだけどシルルンも一緒についてきてよ」
キュリーは期待に胸を膨らませている。
「やだよ、めんどくさいし」
シルルンは即答した。
「……えっ!?」
キュリーは呆けたような表情を晒している。
彼女は初めて男生徒に誘いを断られて理解できずに困惑しているのだ。
「ねぇ、小屋に入るからどいてよ」
シルルンが面倒くさそうに生徒たちに声を掛けると、生徒たちはすぐにスライム小屋の扉から離れて、シルルンはスライム小屋の中に入る。
我に返ったキュリーがシルルンを追いかけてスライム小屋の中に入ろうとする。
だが、パールに間に入られてキュリーはパールと衝突した。
「私たちが先なのよ!!」
怒りの形相のパールが声を荒げてスライム小屋の中に入り、続いてエリナとハズキもスライム小屋の中に入り、ハズキがスライム小屋の扉を叩きつけるように閉めると、周辺に凄まじい轟音が鳴り響く。
「えっ!? ちょっと私も入れてよ!!」
扉の前で佇むキュリーは悲痛な表情で訴える。
「はぁ? 鍵はかかってないでしょ? 勝手に入ってくればいいじゃない」
ハズキは意地の悪い微笑みを口元に浮かべている。
「じゃあ、なんで扉を閉めるのよ!!」
キュリーは声と表情を強張らせる。
「あんたがムカツクからよ!!」
パールが怒鳴り返し、辺りはシーンと静まり返って重い空気に包まれる。
シルルンは恐怖でブルブルと身体を震わせている。
「……意味分かんない。私があなたたちに何かした?」
キュリーは腑に落ちないといった表情で首を傾げる。
「あの三人と揉めるのは不味いわよ」
女生徒が緊張した面持ちでキュリーに耳打ちする。
「はぁ? なんでよ?」
キュリーが不可解そうに聞き返す。
「知らないの? 食堂での乱闘騒ぎ聞いてるでしょ? あれをやったのはあの三人よ」
その言葉に、キュリーは背筋を震わせた。
彼女にとって顔を執拗に殴る行為は狂気以外の何ものでもなく、キュリーは逃げるようにその場から走り去っていった。
「なぁ、俺たちは入ってもいいのか?」
不安げな表情のピクルスは遠慮気味にハズキに尋ねる。
「別にいいんじゃないの」
ハズキが素っ気なく返し、安堵したピクルスたちはスライム小屋の中に入った。
スライム小屋は縦横の長さが三十メートルほどある。スライムを飼育するだけならば縦横の長さが二メートルほどの小さい小屋でも可能だ。
だが、シルルンはファンたちとの交流の場を設けるために大きな小屋を借りたのだ。
彼は小屋の中央に水場、その周りに砂場と岩場を設置し、それ以外のスペースは花や草などを植えており、生徒たちとスライムたちが寛げるような造りになっている。
シルルンが岩場に腰掛けると、スライムたちが寄ってくる。
赤色が二匹、青色一匹、緑色一匹、黄色一匹の合計五匹だ。
岩場はシルルンが餌をあげる場所で、色々な食べ物や食器などをまとめて置かれている。
シルルンはスライムたちの前に小皿を置いて、千切った干し肉を小皿に置くと、青いスライムは嬉しそうに干し肉を『捕食』した。
しかし、他のスライムたちは干し肉には興味がなさそうで動く気配がない。
「う~ん、やっぱり茸とか木の実とかのほうがいいのかな?」
シルルンは興味深げにスライムたちを見つめている。
「私も餌をあげたい」
パールはとろけそうな笑みを浮かべている。
「……」
(パールはスライムの隠れファンかもしれないね……)
シルルンは意外に思いながらもパールに干し肉を手渡すと、青いスライムが干し肉の行方を目で追っており、パールは干し肉を千切って小皿に置いたが、青いスライムは干し肉をじーっと見ているだけだ。
「えっ!? なんで?」
パールは放心した虚ろな顔になる。
「貸しなさいよ!!」
ハズキはパールから干し肉を奪い取り、岩場に積んである小皿を取って、干し肉を千切って小皿にのせて、青いスライムの前に自信満々に置いた。
しかし、青いスライムはピクリとも動かなかった。
「ちょっとなんで食べないのよ!!」
ハズキは怒りの形相で叫んだ。
「ひぃいいぃ!! た、単純に相性があんまり良くないんだよ」
「なら、どれが相性がいいのよ?」
ハズキが残りのスライムたちを睨みつける。
「い、いないんじゃない?」
シルルンは恐る恐る真実を告げる。
「そんなわけないでしょ!! この私よ!!」
ハズキは激昂して激しい怒声をシルルンに浴びせた。
「ひぃいいいいいぃ!! そ、そもそも、この青いスライムはこの中で一番人懐っこい個体なんだよね。だからこの個体がダメならスライム種自体にハズキは適性がないんだよ」
シルルンは恐怖で失禁寸前だ。
「まぁまぁ、次は私がやってみるから」
エリナはハズキを落ち着かせてハズキの手から干し肉を取り、干し肉を千切って小皿にのせると青いスライムの前に置く。
すると、青いスライムはピクッと一瞬動き、エリナの目をじーっと見つめてから小皿ごと捕食して皿だけを「ペッ!」と吐き出した。
「きゃ~~~っ!! 食べた食べた!!」
「おおっ!!」
生徒たちから歓声が上がる。
「へぇ、エリナはそこそこ相性がいいみたいだね」
(けど、ハズキたちにはスライムたちはピクリともしないと予想してたんだけどね……)
予想に反する結果にシルルンは釈然としない心境だった。
「なんでエリナだけなのよ!!」
ハズキは嫌悪感を露にする。
「いや、だから相性が悪いとしかいいようがないんだよ。ん~~、例えばハズキは魔法使えるかい?」
「いきなり何よ? 魔法は使えないわよ!」
「要は【魔法使い】でも全ての魔法を使えるのはほんの一握りなんだよ。ほとんどの魔法使いは例えば火系の魔法が得意なら水系は苦手みたいな感じになるんだよ」
「……そんなの常識で知ってて当たり前よ!!」
ハズキの目は異様に殺気立っている。
「だから魔物使いも全ての魔物をテイムできるわけじゃないから種による相性があるんだよ。ハズキの場合はスライム種の適性があんまりってことだよ。分かった?」
「……」
ハズキは不愉快そうに押し黙っている。
彼女は自分が魔法の適性がないと知ったときにはそれを一切認めようとせず、ひたすら試行錯誤を繰り返していた。
だが、結局、魔法を扱えるようにはならなかったのだ。
彼女はこの時に初めて、気合と努力だけでは超えることができない壁が存在することを理解したのだった。
そのため、魔法の話をするとハズキの機嫌は悪くなる。
ちなみに、職業、魔法、能力は本質的には目覚めるもので資質が全てなのだ。
「なぁ、俺たちも試してみていいか?」
ピクルスは躊躇い気味にシルルンに尋ねた。
「別にいいけど、それはスライム種に適性があるのかが分かるだけのことだよ。親愛度を上げたいなら個体を決めて接したほうがいいんだよ」
「――っ!?」
パールとハズキは大きく目を見張った。
「親愛度は上げることはできるの?」
パールは興奮気味にシルルンに尋ねる。
「そりゃできるよ。餌をあげて撫でるぐらいならね。まぁ、接し方とどれだけ時間をかけれるかだけど」
その言葉に、ハズキたちは視線をスライムたちに転じて品定めしており、ピクルスたちが青色、黄色、緑色のスライムたちの適性を試して一喜一憂している。
シルルンが赤いスライムたちに水を飲ませていると、ハズキとパールが好奇の視線で見てめていた。
「その子たちは良さそうね。ちょうど二匹いるし」
ハズキは嬉しそうに微笑んでおり、パールも同意を示して頷いている。
「ん? ダメだよこの二匹は。うちの稼ぎ頭になってもらうからね」
シルルンは赤いスライムたちを背中の後ろに隠す。
「稼ぎ頭?」
ハズキはキョトンとした顔をしている。
「そもそも、僕ちゃんが馬やスライムを捕獲したのはお金を稼ぐためだからね。育てて売ったり、お金持ちの人に命名権とか専有権でガッポリ稼ぐためだよ。スライムの赤色はレアでお金持ちには人気なんだよね」
シルルンはしたり顔で言った。
「……なんかシルルンのくせに生意気ね」
ハズキは苛立たしそうに眉を顰める。
結局、エリナが青色のスライム、ハズキが黄色のスライム、パールが緑色のスライムに分かれて世話するように決めたが、そのスライムたちにも愛好家がつくと触れなくなることを言えないシルルンだった。
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