68 レッサー ブラッド エレメンタル
「ちょっと!! 百匹以上いるんじゃないの!?」
リザは接近してくる魔物の群れを見て、声と表情を強張らせた。
この魔物の群れはシルルンが殲滅しなかった生き残りで、北側の円陣を攻撃している魔物の群れを目指して進軍していた。
彼らの目的は格好の餌である弱い魔物たちだった。
「この状況で応援が来ないということはどこもぎりぎりなのね……」
リザは上空から襲い掛かるレッサー ドラゴンフライに剣を一閃。
レッサー ドラゴンフライは首と胴体を斬り離されたが、首も胴体も平気で動いている。
レッサー レザーアーマーはミスリルクロスボウで狙いを定めて矢を放ち、矢は首を貫通し、次の矢が胴体を貫いてレッサー ドラゴンフライに止めを刺した。
「この人数で空も警戒しないといけないなんて本当に厄介だわ……」
リザは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「この位置じゃ防ぎきれない……どうやらここが正念場のようね……」
リザは意を決したような表情で魔物の群れに突撃したのだった。
「ね、ねぇ……本当にボスは来るの?」
リジルは心配そうな表情でメイに尋ねた。
「シルルン様はこちらに向かっています。心配無用です」
メイは全く動じておらず、自信に満ちていた。
「すごい自信ね……」
リジルは安堵したような顔をした。
統率系の能力を所持する者の発言には、少なからず強制力が発動しているからだ。
「……マスターが近づいてるなら視認できるはずだ」
男盗賊は嬉しそうに東側に駆けて行った。
「それにラーネさんもこちらに戻ってくる可能性が高いです」
その言葉に、リジルや元娼婦たちの顔がぱーっと明るくなった。
「あ、姐さん!! ヤ、ヤバイぜ!! マスターも全く見えないし、リザさんが単独で魔物の群れに突っ込んだぜ!!」
東側から戻った男盗賊は、恐怖に顔を歪めて声を張り上げた。
「そ、そんな……」
リジルは放心状態に陥った。
だが、唐突にリジルたちの前に血の塊が出現し、その血の塊は人のような姿をしていた。
「ブ、ブラッド エレメンタル!?」
リジルの顔が驚愕に染まる。
ブラッド エレメンタルは大量殺戮があった場所から出現すると言われているが詳細は不明だ。
リジルたちは恐怖に怯えた表情で後ずさるが、メイだけは涼しげな顔で微動だにしていなかった。
リザは一番近い二十匹ほどの魔物の群れに突っ込んで、魔物を斬り倒しながら突き抜けた。
だが、魔物の群れはあと四つ存在し、数はそれぞれ二十匹ほどだ。
本来なら、囲まれないように距離をとりながら数を減らしていけばいいのだが、そんな時間的猶予はなかった。
リザは二つ目の魔物の群れに突撃して突破を試みるが、センチピードがコンフューズドの魔法を唱え、黄色い風がリザに襲い掛かる。
「なっ!? 馬鹿じゃないの!?」
リザは左に跳躍して黄色い風を躱したが、黄色い風は魔物の群れを突き抜けた。
混乱した魔物の群れは同士討ちを始めて、場は大混乱に陥った。
リザは魔物を斬り倒しながら突き進むが、三つ目の魔物の群れが駆け抜けて行った。
「ど、どけぇ!!」
リザは目に殺気をみなぎらせて、魔物の群れに突っ込んだ。
魔物の群れのほとんどが通常種で消耗した彼女では突破するのは困難な相手だ。
だが、激昂したリザの斬撃は凄まじく、目の前の三匹の通常種を一瞬で肉片に変えて魔物の群れから躍り出た。
しかし、彼女の瞳に映るのはビビィたちが一つ目の魔物の群れを迎撃している姿と、その横を三つ目の魔物の群れが通り抜ける光景だった。
「そ、そんな……」
リザは放心状態に陥った。
だが、唐突に凄まじい突風が突き抜けて、リザは吹き飛ばされて尻餅をついた。
リザは面食らったような表情を浮かべていたが、視線をビビィたちの方に向けた。
すると、魔物の群れは体を上下に分断されて地面に転がっていた。
「い、いったい何が起こったのよ……」
リザは不可解そうな表情を浮かべていたが、背後に気配を感じて振り向いた。
「シ、シルルン!?」
リザは呆けたような表情を浮かべていたが、辺りを見渡すと四つ目や五つ目の魔物の群れも全滅していた。
「こ、これ、あんたがやったの!?」
リザは戸惑うような表情を浮かべている。
「うん、まぁね……間に合って良かったよ」
シルルンはほっとしたような顔をした。
「……」
(まるで別人……この威圧感は何なのよ……?)
リザは不審げな表情を浮かべている。
「ヒールデス!!」
「ファテーグデシ!!」
プルたちはヒールの魔法とファテーグの魔法を唱えて、リザの体力とスタミナが全快し、シルルンは突風と共に消えたのだった。
リジルたちは固唾を呑んでブラッド エレメンタルを見つめていた。
だが、ブラッド エレメンタルは動く気配がなく、身体の一部が地面に落ちたが、身体の一部はふわふわと浮いて元に戻った。
「あれはラーネさんですよ」
メイはうっすらとした笑みを浮かべている。
「えっ!?」
リジルたちは驚きのあまり血相を変える。
「そ、そんな……ラーネさんはブラッド エレメンタルになってしまったの……」
リジルは悲しそうな顔をした。
「フフッ……取れないのよこの子」
ラーネは手でブラッド エレメンタルを掴もうとするが、手はブラッド エレメンタルの身体をすり抜けた。
ブラッド エレメンタルはラーネの体を包み込み、口や鼻から体内に進入しようと何度も試みていた。
だが、ラーネは冷気でブラッド エレメンタルの進入を防いでおり、軽く息を吐くとブラッド エレメンタルの身体の一部が地面に落ちた。
傍から見ると、ラーネが襲われているように見えるが彼女は遊んでいた。
「マスターが戻ってきたぜ!! 東側の魔物の群れは全滅!!」
男盗賊は歓喜の声を上げて東側に戻って行った。
「えっ!?」
リジルたちは面食らってぽかんとする。
「ブラッド エレメンタルに気をとられて、頭から東側のことが完全に抜けてたわ」
(これで円陣は保てる……)
リジルはほっと胸を撫で下ろした。
「でもボスが戻ってくるのがなんで分かったの?」
リジルは不思議そうな顔でメイに尋ねた。
「それは私が『指揮』を持っているからです。『指揮』は能力者の周辺を鳥瞰できるのです」
「そ、そうなんだ……」
リジルは納得したような顔をした
南側で戦うゼフドに突風が駆け抜けた。
「――っ!? なんだ!?」
ゼフドは腕で目を覆っていたが、腕を下ろすと目の前には斬り裂かれた魔物の死体が転がっていた。
だが、彼は背後に気配を感じて振り返った。
「シ、シルルン様!?」
ゼフドは大きく目を見張った。
「メイたちと合流して東へ進んでほしい」
「は、はっ!!」
(なんて圧力だ……シルルン様の身にいったい何が起こったのだ?)
ゼフドは不可解そうに眉を寄せた。
「ヒールデス!!」
「ファテーグデシ!!」
プルとプニはヒールの魔法とファテーグの魔法を唱えて、ゼフドの体力とスタミナが全快した。
シルルンはプルとプニの頭を撫でる。
プルとプニは嬉しそうだ。
ゼフドはメイたちの方に向かって歩き出したが、立ち止まって振り返るとシルルンの姿はそこにはなかった。
西側ではアキ、ラフィーネ、アミラたちが二十匹ほどの魔物の群れと戦いを繰り広げていた。
だが、戦場に突風が駆け抜けた。
「な、なんなの!?」
アキたちはあまりの風圧に身体を強張らせたが視線を魔物たちに向けると、魔物の群れはバラバラに斬り裂かれて肉片に変わっていた。
「なっ!?」
アキたちは雷に打たれたように顔色を変える。
「メイたちと合流して東へ進んでほしい」
背後からの声に、アキたちは反射的に振り返った。
「えっ!? シ、シルルン様!?」
アキの顔が驚愕に染まる。
プルたちはヒールの魔法とファテーグの魔法を唱えて、アキたちの体力とスタミナが全快した。
「じゃあ、すぐに向かってね」
そう言って、シルルンは突風と共に消えた。
「……えっ!?」
アキたちは呆けたような顔を晒していた。
北側で戦うブラたちは肩で息をしており、満身創痍だった。
「後は任せて、メイたちと合流して東へ進んでほしい」
ブラたちは驚いて、思わず後ろに振り返った。
「マ、マスター!?」
ブラたちは驚きのあまりに血相を変える。
「で、ですが……」
ブラは戸惑うような表情を浮かべている。
「君たち以外はすでにメイたちと合流してるんだよ」
「えっ!? わ、分かりました……」
ブラたちは一瞬面食らったような顔をしたが、すぐに意を決してメイたちの方に向かって駆けて行った。
「エクスプロージョンデシ!! エクスプロージョンデシ!!」
「エクスプロージョンデシ!! エクスプロージョンデシ!!」
プニは『連続魔法』と『並列魔法』を発動しながら、エクスプロージョンの魔法を唱え、四発の光り輝く球体が二百匹ほどの魔物の群れに直撃し、魔物の群れは激しい爆発に巻き込まれて跡形もなく消滅した。
「……『反逆』がのってるからとんでもない威力だね」
シルルンは満足げな笑みを浮かべており、魔法が着弾した地点は地面が激しく陥没して地形は大きく変わっていた。
シルルンたちは再び東の方角に突き進み、遭遇する魔物の群れを皆殺しにしていた。
「ん? この辺で止まってよ」
ブラックは急停止し、シルルンはブラックから下りて巨大な山を見上げた。
「う~ん……怪しそうだね……決めたよ、ここを掘ろう」
シルルンは自信の滲む表情で呟いて『反逆』を解いた。
「それにしても『反逆』はとんでもないね……」
(正直、何度意識が飛びそうになったか……けど、この能力は使い続けて磨く価値はありそうだね……)
シルルンは額から噴き出る汗を腕で拭って、不敵な笑みを浮かべていた。
だが、シルルンの目の前に突然、血の塊が出現した。
「ひぃいいいいぃ!? 血だよ!?」
シルルンは雷に打たれたように顔色を変える。
しかし、人のような形の血の塊は動く気配がなかった。
「……ていうか、この辺りには魔物はいなかったはずだろ?」
シルルンは訝しげな顔で『魔物解析』で血の塊を視た。
すると、血の塊はラーネとレッサー ブラッド エレメンタルだった。
「えっ!? なんでラーネもいるんだよ……」
シルルンは不可解そうな顔をした。
「……この子、たまに出るのよ」
「えっ……そ、そうなの?」
シルルンはビックリして目が丸くなった。
エレメンタルの中でもブラッド エレメンタルは極めて珍しい。
その理由は、血が大量にある場所などないからだ。
「仲間になるデスか?」
「デシか?」
プルとプニは興味津々といった様子で、レッサー ブラッド エレメンタルを見つめている。
「う~ん……どうしようかな……」
(物理無効は魅力だよね……でもグロイ……だけどレッサー ブラッド エレメンタルは超激レアぽいし……)
シルルンは考え込むような顔をした。
「だけど結局、テイムできるか分からないんだよね……」
シルルンは青色の球体を作り出し、青色の結界でラーネごとレッサー ブラッド エレメンタルを包み込んだ。
すると、何の抵抗もなくテイムに成功した。
レッサー ブラッド エレメンタルはラーネから離れて、一メートルほどの人型になってシルルンの傍に歩いてきた。
「仲間になったデスか!?」
「デシか!?」
「うん、ペットになったよ」
その言葉に、プルとプニは大喜びしてピョンピョン跳ねている。
「腹が減りました」
レッサー ブラッド エレメンタルは思念でシルルンに話し掛けた。
基本的に魔物の下位種や通常種には、自我はあっても自我意識がないことがほとんどだ。
そのため、下位種や通常種がペットになると唐突に自我意識に目覚めることになり、激しい衝動が思念に変換されるので話せる言葉は少なかった。
ちなみに、プルやプニのように絵本を読んだり、文字を読み書きできるのは彼らが特別だからだ。
「へぇ……見た目のわりには丁寧な話し方だね」
シルルンは意外そうな顔をした。
「フフッ……私が探してくるわ」
ラーネは『瞬間移動』で掻き消えた。
しばらくすると、ラーネが魔物を連れて出現し、魔物の種類はフロッガー、ウルフ、スネイク、ホーネット、スコーピオンだが虫の息だった。
「食べてもいいですか?」
レッサー ブラッド エレメンタルは思念でシルルンに訪ねた。
シルルンが頷くと、レッサー ブラッド エレメンタルはフロッガーに跨ってフロッガーの顔面を殴り、フロッガーは顔面が砕け散った。
だが、それでもレッサー ブラッド エレメンタルはフロッガーを殴り続けており、フロッガーの上半身は消し飛んだ。
「ひぃいいいぃ!? な、なんだこいつは!?」
(や、やべぇ……やば過ぎる魔物をペットにしちゃったよ……)
シルルンは弱りきったような顔をした。
レッサー ブラッド エレメンタルはフロッガーの下半身に右腕を突き刺すと『吸血』を発動した。
フロッガーはレッサー ブラッド エレメンタルに血を吸われ、みるみるうちに干からびて砂のように崩れ去った。
レッサー ブラッド エレメンタルはスコーピオンに近づいて右手でスコーピオンの顔面を殴っているがダメージを与えることはできなかった。
彼は殴っても無駄だと理解した。
レッサー ブラッド エレメンタルはスコーピオンの口から体の中に進入し、『共生』を発動して脳を支配してスコーピオンの脳を操り、自由に動き回るっている。
『共生』で脳を支配された個体はおよそ三十日ほどで死に至るが、死んでも体を操ることは可能なのだ。
「……これ中にレッサー ブラッド エレメンタルが入ってるって分らないよね」
シルルンは目をパチクリさせた。
レッサー ブラッド エレメンタルはスコーピオンの体から出てスコーピオン、ウルフ、スネイクと順に『吸血』したが、ホーネットが残り、『共生』でホーネットの脳を支配して、シルルンの周りをふわふわと飛行している。
「……君の名前はレッドにするよ」
シルルンは複雑そうな表情を浮かべるのだった。
数時間が過ぎて、仲間たちがシルルンたちと合流した。
「遅くなり申し訳ありません」
ブラたちはシルルンの前で跪いて頭を垂れた。
「うん、皆が無事で良かったよ」
「はっ」
ブラたちは立ち上げるが、リザたちは訝しげな眼差しをシルルンに向けていた。
「あれは気のせいだったのかしら……?」
リザは不可解そうな顔をした。
すると、ホーネット(レッド)がフワフワと飛んできて、シルルンの周りをくるくると飛行している。
「ハァ!!」
ブラは一瞬でホーネットに肉薄して『斬撃』を放って風を纏った剣が振り下ろされる。
シルルンは慌ててミスリルソードで風を纏った剣を弾き返した。
「えっ!?」
ブラは驚いたような顔をした。
そこに、プルとプニが嬉しそうに『浮遊』でふわふわと飛んできて、ホーネット(レッド)の後ろを追いかけている。
その光景を目の当たりにしたブラは顔面蒼白になった。
「も、申し訳ありませんでした!!」
ブラは申し訳なさそうな表情で深々と頭を下げた。
「へぇ、ホーネットをペットにしたんだ」
リザは意外そうな顔をした。
「えっ!? い、いや……中身はエレメンタルなんだよ」
シルルンは顔を顰めた。
「なっ!?」
仲間たちは驚愕してホーネットを凝視した。
「……どう見ても普通のホーネットにしか見えないわね」
リザは疑うような顔をして首を傾げた。
「あぁ!? エレメンタルってもしかしてラーネさんに引っ付いてたブラッド エレメンタルじゃないの!?」
リジルははっとしたような顔をして声を張り上げた。
「うん、ラーネに引っ付いてて、珍しいから試しにテイムしてみたら成功したんだよ」
「エレメンタルって精霊なんでしょ? よくそんなものをテイムできたわね」
リザは呆れたような表情を浮かべている。
「あはは、まぁ、下位種だけどね。で、僕ちゃんがここで待ってたのはこの辺を掘ろうと思ったからなんだよ」
シルルンは魔法の袋から鉄のツルハシを三本取り出して、アミラたちに手渡した。
プルはナイトビジョンの魔法を唱えて、アミラたちは暗視が可能になって山の中に一瞬で消えた。
「は、速ぇ!?」
シルルンはビックリして目が丸くなった。
「ここがポイントだったらいいわねぇ」
「あはは、僕ちゃん自信があるんだよ」
リザの言葉に、シルルンはしたり顔で言った。
シルルンたちは踵を返して歩き出したが、背後から声を掛けられてシルルンは振り返るとアミラだった。
「てか、早過ぎるだろ!?」
シルルンの顔が驚愕に染まる。
「シ、シルルン様!? 大当たりです!! 辺り一面が金でとんでもない埋蔵鉱量です!!」
アミラはこぼれるような笑みを浮かべた。
「ええ~~~~~~~っ!! マジで!?」
シルルンは魔法の袋から松明を取り出し、急いで松明に火をつけて中に駆け込んだ。
すると、洞穴の中は辺り一面が光り輝いていた。
「うっひゃぁ!? すげぇなオイッ!!」
シルルンは瞳を輝かせた。
「何かトラブルでもあったのでしょうか?」
ブラは洞穴の前に立つアミラに尋ねた。
「大当たりだ」
「なっ!? やはり、手強い魔物がいるんですか!?」
ブラは声と表情を強張らせた。
「全然違う。シルルン様は二回目のアタックで採掘ポイントを掘り当てられたのだ。おそらくここが第三ポイントと呼ばれることになるだろう」
アミラは自信の滲む表情で言った。
「えっ!? う、嘘でしょう?」
「ほ、本当なの?」
仲間たちは信じられないといったような表情を浮かべている。
「こんなことで嘘をついて何の意味があるんだ。嘘だと思うなら中に入ってみればいい」
仲間たちは戸惑うような表情を浮かべながら、洞穴の中に入ってゆっくりと歩いていく。
すると、松明の光が見えた仲間たちは、光に向かって歩き出した。
「あはは、来たんだ。すごいでしょ!?」
「ほ、本当だったんだ……」
仲間たちは壁面全体に広がる金色の光を目の当たりにして、呆然と立ち尽くしたのだった。
こうして、シルルンは採掘ポイントを発見したのだった。
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