6 食堂顔面フルボッコ事件 修修
クリスとガルは武学の戦士科の食堂で昼飯をとっていた。
食堂は昼時には生徒たちでごった返すが、十人掛けのテーブル席には彼らしか腰掛けていなかった。
彼らの周辺には多数の女生徒たちの姿があり、彼女らはクリスたちの隣の席を巡って睨み合っていた。
すると、ハズキたちがクリスたちに向かって歩いてくる。
「邪魔だからどきなさいよ!!」
苛立たしそうに声を張り上げたハズキが女生徒たちを押しのけて、何の躊躇もなくクリスの隣の席に座り、パールとエリナがガルの隣の席に腰掛けた。
「なっ!!」
大きく目を見張った女生徒たちは怒りがメラメラと燃え上がる。
「ちょっとあなたたち!! 幼馴染か何か知らないけどどきなさいよ!!」
女生徒たちの一人がハズキの肩を掴んで席から引きずりだそうとするが、ハズキは女生徒の手を払いのけた。
「うるさいわね!! こっちは用事があってきてるのよ。邪魔するなっ!!」
ハズキは鋭い視線を女生徒に向ける。
「――っ!?」
一瞬面食らった女生徒たちは怒りに打ち震えている。
「いいから離れなさいよ!!」
女生徒たちは一斉にハズキを掴んで強引に引っ張った。
「ちょっとクリス!! こいつらなんとかしなさいよ!! あんたの女たちでしょ!!」
ハズキは射抜くような鋭い眼光をクリスに向ける。
「ちょ、ちょっと君たち前に言ったよね? ケンカはダメだと」
「うっ……」
女生徒たちの顔が蒼ざめる。
「ハンッ!! 男に言われて引くぐらいなら端から粋がるな!!」
ハズキが勝ち誇ったような表情で言い放つ。
「ぐっ……」
反論できない女生徒たちは悔しそうに歯ぎしりしており、周辺に静寂が訪れて緊張感が張りつめる。
「女って怖いよな……」
「全くだ」
「美しい……さすがハズキ様だ」
この光景を目の当たりにした男生徒の大半が怯えたように目を伏せているが、一部にはまるでハズキが女神であるかのように陶酔している男生徒の姿も見られた。
「言うじゃねぇかオイッ!!」
静まり返った食堂にドスのきいた声が響き渡る。
生徒たちは声が聞こえた方向に顔を向けると、そこには大柄な女生徒が鬼の形相で仁王立ちしていた。
彼女の身体は筋骨隆々で今にも服が弾け飛びそうだ。
「大豪院さん!!」
女生徒たちは歓喜の声を上げた。
「ふしゅ~っ!! 私を前にもう一度言ってみろコラッ!!」
大豪院は身も凍り付くような殺意の眼光を輝かせる。
その瞬間、地面を蹴ったハズキはテーブル席を飛び越えて瞬く間に大豪院との間合いをつめて蹴りを繰り出した。
全く反応できなかった大豪院は腹に蹴りを受けて激痛に顔を歪めて膝から崩れ落ちる。
「文句があるならかかってきなさいよ!!」
地面に横たわる大豪院の頭を踏みつけたハズキが高らかに宣言した。
「なんだと!! このガキャ!!」
女生徒たちは怒りの形相で一斉にハズキに襲い掛った。
食堂で学園創設以来、最大規模の乱闘が勃発した。
女生徒たちの人数は一年生から四年生を合わせて百五十人ほどになり、即座にパールとエリナが参戦した。
結果はハズキたちの圧勝だった。
医務室に運ばれた女生徒たちの全ての顔が誰か判別できないほど腫れ上がっていた。
ハズキが女生徒たちの顔を狙って執拗に攻撃したからだ。
だが、大豪院の顔だけは綺麗なままを保っていた。
ハズキが顔を殴らなくても元からブサイクだからである。
この事件は食堂顔面フルボッコ事件として語り継がれることになるのである。
ちなみに、乱闘に参加した生徒全員が一週間の停学になったのだった。
女生徒たちとの乱闘に勝利したハズキたちは、何事もなかったかのように平然とクリスたちが腰掛けるテーブル席につく。
ハズキは真剣な表情で話を切り出した。
「シルルンのことで話にきたのよ。最近シルルンを見た?」
「いや、見てないね」
一瞬思案した素振りを見せたクリスが表情を曇らせる。
「やっぱり!! 全然姿を見ないのよ」
「だとするとあの時からだな……」
腕を組んでいるガルは複雑そうな表情を浮かべている。
「あの時っていつかしら?」
エリナは探るような眼差しをガルに向ける。
「十日以上前になるな……」
ガルは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「そんなに? それであの時って何かあったのかしら?」
エリナは正面からガルの目を覗き込む。
「……いや、あいつが戦士科の廊下を俯いて歩いてたから声を掛けたんだが、そしたら何もないって言うからそれきりだ」
ガルは自嘲気味に肩をすくめる。
「やっぱり動物使い科で何かあったんだろうな。あいつの場合は経験がないのにいきなり編入だからな」
ガルは深刻な表情を浮かべており、パールは何かを考えているようで黙ったままだ。
「一度動物使い科に行ったほうがいいかもな……」
硬い表情を浮かべるガルは幼馴染たちの顔を見渡した。
「じゃあ、今から行くわよ」
ハズキが席から立ち上がると、幼馴染たちは同意を示して頷いた。
動物使い科に向かったハズキたちは動物使い科に到着したが、動物使い科の敷地が広大すぎて辺りを見渡す。
「どこにいけばいいのか分からないわね」
エリナは軽く眉を顰めている。
動物使い科は家畜の放牧を行う区画と厩舎区画が区切られており、厩舎はそれぞれ一年生厩舎から四年生厩舎、特別厩舎と独立して建てられている。
ハズキたちは一直線に伸びる通路を進んでいくと、対向から女生徒が歩いてきた。
「ちょっと聞きたいんだけど動物使い科の三年生にはどこに行けば会えるかしら?」
ハズキが女生徒に尋ねた。
「ここから真っ直ぐに進んでいくと立て札看板に三年生と書かれているからそこが三年の厩舎よ」
クルスとガルをチラチラと見ながら女生徒は答えた。
ハズキたちは道なりに歩いていくと、通路の端に三年生と記載された立て札看板が設置されていた。
厩舎の中に入ったハズキたちはずらりと並ぶ馬房の数に圧倒された。
三年生の厩舎だけでも五百頭を超える馬が飼育されているからだ。
ハズキたちが通路を歩いていくと、女生徒たちが馬房の中で馬の世話をしており、パールは不機嫌そうな表情を浮かべていた。
厩舎には百人ほどの生徒が在籍しているが、四分の三ほどが女生徒なのだ。
馬房から女生徒たちが出てきたところで、クリスが女生徒たちに話し掛ける。
「作業中に悪いんだけど、この中でシルルンを知ってる人はいないかな?」
クリスの声はよく通る声で、馬房で作業していた女生徒たちが何事かと仕事を中断して馬房から出てきた。
「クリス様よ!!」
「ガル様もいるわ!!」
「やだ、私こんな格好見られたくない!!」
女生徒たちは血相を変えて走り去って行った。
動物使い科でもクリスとガルのファンは健在で、その数は計り知れない。
そんな中、一人の女生徒がシルルンを知っている生徒がいないか捜してくれるということなった。
クリスたちはその場でしばらく待っていると、クリスたちに向かって歩いてきたのがピクルスだった。
「シルルンに何か用か?」
ピクルスは不審げな眼差しをクリスたちに向けている。
「最近見ないから顔を見にきたんだよ」
クリスは爽やかに微笑んだ。
「あんたらはシルルンとどういう関係なんだ?」
ピクルスは緊張した面持ちでクリスに尋ねる。
「幼馴染だ」
クリスはにっこりと微笑む。
「えっ!?」
ピクルスは面食らったような顔をした。
「へぇ……」
(シルルンにも友達がいたんだな……)
意外そうな表情を浮かべるガルは嬉しさを滲ませる。
「……シルルンは森に捕獲に行ったんだよ……一人で」
ピクルスはばつが悪そうに視線を逸らす。
「――っ!?」
ハズキたち顔が驚愕に染まる。
「……俺は止めたんだよ。でも行くってきかなくて。どうせ徒歩だから途中で疲れて帰ってくるか、ビビッて帰ってくると思ってたんだが……」
「場所はどこなの? もう何日経ってる?」
パールは恐ろしく真剣な表情でピクルスに尋ねた。
「南東の方角に馬で二日の距離の森だから、歩きなら四日はかかる場所だよ。日にちはそうだな……十二日は経ってる」
「移動の往復で八日としても森の中に最低でも四日はいることになるわ……何で1人で行くことになったのよ?」
深刻な表情を浮かべていたがパールが訝しげな眼差しをピクルスに向ける。
「自分で育てる馬とスライムが欲しいからさ」
「そんなのいっぱいいるじゃない!!」
パールは苛立たしげに声を荒げた。
「いや、ここにいる馬は登録制なんだよ。登録しないとメインでは育てられない。けどサブとして一緒に育てることはメインで登録してる奴次第だから、俺の馬を一緒に育てて来年に新しい馬が入ってきたらそれを育てればいいだろって何回も言ったんだが聞かなくて……」
ピクルスは切実な表情で訴える。
「……」
あの時だと直感したクリスとガルは心底後悔した。
「今から行くから詳しい場所を教えてくれるかしら」
張り詰めた表情のパールが鞄から羊皮紙とペンを取り出した。
「お、おう、分かった」
ピクルスは気圧されながらもパールに森の最短ルートを説明したのだった。
「寮に戻って三十分で準備して校門前に集合よ」
パールは鬼気迫る形相だ。
ハズキたちは神妙な面持ちで頷き、足早に厩舎を後にして寮に向かって歩き出すと、多数の馬がハズキたちに向かって近づいてきた。
「えっ!?」
ハズキたちは呆けたような顔をした。
「やぁ、お揃いで。僕ちゃん旅帰りで疲れたよバイバ~イ」
疲れきった表情のシルルンは馬も止めずにそのまま走り去っていった。
そこには、呆然とするハズキたちが残されたのだった。
シルルンは馬たちを引き連れて教官室に向かい、オリベーラ教官に捕獲した馬たちとスライムたちを報告する。
「えっ!? これお前が全部捕獲したの? すごくね?」
オリベーラ教官は目を剥いて驚いている。
シルルンが捕獲した馬とスライムは全て私物扱いでの登録になり、彼は専用の飼育小屋を確保し、疲労困憊のシルルンは飼育小屋の中で倒れ込むように眠りに落ちたのだった。
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