5 森の探索 修修
いい加減な地図を追加。
シルルンたちが在籍している第二武学は首都であるトーナという街の中にあり、そのトーナの街から南東に馬で二日ほど進んだところに広大な森があるのだ。
ピクルスの話によると、動物使い科が動物の捕獲を行うときもこの森に赴くとのことだ。
シルルンは一週間分の水と食料を買い込んで、単独でトーナの街から南東にある森に向かっていた。
彼は運良く商人に馬車の荷台に乗せてもらうことができて、徒歩で進むよりもかなり早く森に到着することができたのだ。
森の外周にはキャンプ村が点在しており、冒険者や狩人が立ち寄って馬を厩舎に預けてから森に狩りに赴くので、キャンプ村は森を利用する者たちの拠点になっている。
シルルンがキャンプ村の中に入ろうとすると、出入り口の周辺には鉄の装備で身を包んだ多数の冒険者たちが、隊ごとに集まって出撃準備を整えていた。
通行の邪魔にならないようにシルルンはキャンプ村の出入り口の端に移動して、その光景を眺めている。
「ん?」
武学の制服を着た者たちを発見したシルルンは顔を顰める。
しかも、一人や二人ではなく、五人ほどの集団が四つほどあった。
武学の生徒は三年生や四年生になると、腕試しに森に入って魔物を狩りに赴く生徒も少なくないのだ。
だが、制服という格好からして一年生や二年生である可能性は極めて高く、魔物の強さを知っている者なら冒険者たちのように装備を整えて臨むことが当然だからだ。
しかし、シルルンの装備は白っぽい布のシャツに黒っぽい丈の長めの半ズボンにサンダルという舐めきった格好だった。
彼の腰にはミスリル製の短剣があり、売れば高値で売れる品である。鉄より軽く、鋼より硬いミスリル製品は冒険者の間では憧れの品で、その価格はシルルンが所持するミスリルダガーですら一千万円を軽く超えるのだ。
国から脱出したときもシルルンは、ミスリルダガーだけは常に携帯していたので手元に残っていたのである。
彼は短剣の他にクロスボウや弓が得意だが、家が崩壊したので手元にはない。
踵を返したシルルンは森に向かって歩き出し、森に踏み入った。
シルルンは人の気配や魔物の気配が感じない方向に向かって歩いていく。
彼の目的は馬とスライムだ。
彼は出会いさえすれば、仲良くなれると勝手に思っているのである。
だが、遭遇するのは犬や狐などの目的外の動物ばかりで、動物たちはシルルンと目が合うと近づいてくる。
シルルンが動物たちの頭を優しく撫でると、動物たちは嬉しそうにしている。
シルルンは動物たちを見送り、それを何度も繰り返して一度も魔物に遭遇することはなく夜が訪れた。
辺りを見回したシルルンは頑丈そうな木の上に登り、木にしがみついて眠りにつく。
彼は過去に森で暮らした経験があり、森に入ってしまえばその適応力は高かった。
そして、シルルンが森に入ってから二日の時が経過し、シルルンは一度も魔物に遭遇せずについに目的であるスライムを発見する。
彼が発見したスライムは三十センチメートルほどの大きさで、青色で饅頭のような姿をしていた。
青いスライムは岩の上で佇んでおり、シルルンの存在に気づいていない。
「みっ~~け!!」
シルルンは満面の笑みを浮かべて青いスライムに向かって歩き出す。
だが、シルルンがスライムと目が合ったその瞬間、その視線の先にいたのはレッサー ウルフだった。
その瞬間、シルルンの身体が恐怖で萎縮する。
レッサー ウルフは魔物であり、その強さは動物の狼が十匹以上で襲い掛かっても、勝てる見込みは皆無なのだ。
魔物には基本的に三段階の階級がある。
ウルフ種の場合。
下位種 レッサー ウルフ
通常種 ウルフ
上位種 ハイ ウルフ
ちなみに、魔物は魔力密度が高い場所で、自然発生することが判明している。
青いスライムは嬉しそうにシルルンの前にポヨ~ンと跳んできたが、着地した場所に小枝があり、木が折れる音が辺りに響き渡る。
「ひぃいいいいいいいいいいっ!!!」
(やべぇ!?)
シルルンは息を呑んで後ずさり、身を翻してその場から全力で逃走した。
狼は群れで行動するが、レッサー ウルフもそうである。
必死の形相を浮かべるシルルンは無我夢中で山道を駆け抜けていくが、一匹だけなら勝てるとも考えていた。
だが、相手は群れである可能性があり、群れが相手では食い殺されるだけだと理解している彼は死にもの狂いで逃走していた。
頻繁に振り返っているシルルンは、レッサー ウルフが追って来ていないことを確認できているが不安で止まれない。
「ふぅ、もうダメだ……」
シルルンは疲れきって木を背にしてへたり込む。
しばらくして、落ち着きを取り戻したシルルンは注意深く辺りを探るとレッサー ウルフの気配はなかった。
シルルンはホッと安堵のため息をつく。
「……」
(警戒を怠りすぎたよ……一歩間違えれば死んでいたかもしれない……)
シルルンが難しそうな表情を浮かべていると、彼の背後から何かが動く音がした。
瞬間、シルルンはミスリルダガーを抜き放って身構えると、そこにいたのは青いスライムだった。
「……ふぅ、あはは、追ってきたんだ」
虚脱したような表情を浮かべるシルルンはスライムの頭を撫でる。
青いスライムは嬉しそうにしている。
「そういえばお腹が減ったね」
シルルンは鞄から水筒と干し肉を取り出して口に運ぶ。
青いスライムは興味深げに目を凝らして水筒と干し肉を見つめている。
シルルンは鞄から小皿を取り出して地面に置き、水筒の水を小皿に注ぐ。小皿に注がれた水を凝視していた青いスライムは小皿ごと『捕食』して、小皿だけを口からペッと吐き出した。
「へぇ、意外と賢いんだね。皿ごと吸収すると思ってたよ」
シルルンは手で千切った干し肉を小皿に置くと、青いスライムは嬉しそうに小皿を『捕食』して小皿だけを口から吐き出す。
「小皿を道具と認識してるんだね」
シルルンは驚きを隠せなかったのだった。
シルルンは馬やスライムを捜索しながら注意深く森の中を進んでいた。
彼の傍らには青いスライムの姿あり、青いスライムはシルルンに懐いて行動を共にしているのである。
シルルンたちは鬱蒼とした森を抜けると、そこには開けた大地が広がっていた。
「……」
(どうやら魔物はいないようだね)
周辺の気配を探っていたシルルンは安堵したような顔をする。
シルルンが歩き出すと傍にいたはずの青いスライムがいなくなっており、焦った彼は周辺を見渡すと、青いスライムは木の傍でピョンピョンと跳ねていた。
シルルンが青いスライムの傍まで歩いていくと、女が木を背にしてへたり込んでいた。
「……寝てるのかな?」
(装備からして冒険者だと思うけど……)
シルルンが女に視線を向けると、女の身体は傷だらけで地面には血が広がっていた。
「やべぇ、これ死んでるんじゃね!?」
不安そうな表情を浮かべるシルルンは女の頬を叩いてみるが何の反応もなかった。
シルルンは慌てて女の胸に耳を当てると心臓の鼓動が聴こえたので、鞄からポーションを取り出して女の口に押し当てるが、女はポーションを飲まなかった。
(……意識がないから飲めるわけがない)
シルルンは面倒くさそうに女の装備を外して服を脱がしてから傷を確認し、一番傷が深い腹の傷口にポーションを流し込むが、傷が深すぎてポーション一本では傷は塞がらず、二本目のポーションを傷口に流し込むことで傷は完全に塞がった。
さらに彼はポーションを鞄から取り出して、出血が多い傷から順にポーションを塗っていくと、女の出血は完全に止まったのだった。
「ふぅ~~~っ!! これで大丈夫だよね?」
(だけどここだと魔物に見つかりやすいね)
複雑そうな表情を浮かべるシルルンは女を抱えて岩場に移動し、岩場を背にして座り込むと、青いスライムが女の装備品を頭にのせて運ぶことを繰り返す。
青いスライムが全ての装備品を運び終わると、シルルンは優しげに青いスライムの頭を撫でた。
青いスライムは嬉しそうだ。
「まぁ、ここなら背後をとられることはないよね」
シルルンは女を抱きかかえたまま、周辺の気配に神経を尖らせている。
だが、日が暮れ始めても女の意識は戻らずに起きる気配は皆無だった。
「う~ん……このままだと夜になってしまうよ」
シルルンは困惑したような表情を浮かべている。
しかし、彼はあまりに暇すぎて眠りに落ちたのだった。
シルルンの膝の上で意識を失っていた女の身体がピクリと動く。
「んっんんんっ……」
瞼を開いた女は無意識に腹に手を当てる。
(……私は致命傷を受けてそのまま意識を失った……はずなのに、なぜかお腹の傷が塞がっている)
女は不可解そうに自身の身体に視線を向けると、上半身は裸で男の膝の上にのせられて抱きかかえられている状態だった。
「なっ!?」
その瞬間、女は拳を振り上げて男を殴り倒そうとしたが、その拳を途中で止めた。
「……」
(よく見ると少年……私はこの少年に命を助けられた上に守られていたのね……)
女は考え込むような表情を浮かべている。
彼女の名はリザで、歳は二十歳。その容姿は、切れ長の大きな目と、肩のあたりで揃えられた燃えるような赤い髪が印象的な、凛としたクールビューティーなのだ。
ちなみに、シルルンは青い髪色で十五歳である。
彼女は国は違うが武学の戦士科の出身で、卒業後は冒険者になって仲間たちとダンジョンに潜る日々を送っていた。
だが、一年前にそのパーティが全滅しかけたことにより、パーティを解散することになったのだ。
そのため、一人になった彼女は国境を越えてメローズン王国を拠点に活動していたのである。
リザがこの森に訪れたのは素材収集のためだ。
レッサー ウルフの牙や皮、レッサー アントの爪や殻、レッサー ホーネットの毒針や蜜など、この森は素材集めに事欠かない。
リザにとっては上記の魔物たちは敵ではないのだ。
そんな彼女に深手を負わせたのは、上位種であるハイ スパイダーだった。
ハイ スパイダーは全長五メートルを超える巨体で、凶悪な強さを誇る化け物なのだ。
彼女がこの森で下位種の群れと戦いを繰り広げていると、唐突にハイ スパイダーが出現して瞬く間に魔物の群れを皆殺しにし、リザにも襲い掛かったのである。
ハイ スパイダーの前脚の連撃の前に、彼女は防戦一方で、何もできずに前脚の爪に腹を貫かれて倒れたが、その一撃でリザを殺したと思っていたハイ スパイダーが、魔物の死体をバリバリと食べ始めたので、リザはその隙をついて逃げ出したが、その途中で意識を失ったのだった。
「う~んん……」
目を覚ましたシルルンは寝ぼけた顔で辺りを見回す。
「おはよう。どうやらあなたに命を助けられたみたいね。本当にありがとう」
リザはシルルンの顔を正面から見据える。
「えっ? 気がついてたんだ。良かったよ。ご飯食べた? 食べてないなら一緒に食べようよ」
シルルンはにんまりと微笑んだ。
彼らは食事をとりながら互いのことをいろいろと話し合った結果、リザは釈然としない気持ちに陥っていた。
彼女はシルルンがスライムを仲間にしたことには驚きを隠せなかったが、完全に舐めているとしか思えない装備でこの場にいることに対してリザは激しい怒りを覚えていたのである。
そのため、リザはそのことを戒めたかったが、命を救われた自分がそれを言う資格はないと、もどかしさを覚えていたからだ。
「それで、もう動けるのかい?」
シルルンは探るような眼差しをリザに向ける。
「もう回復したから大丈夫よ」
「そうなんだ。じゃあ、僕ちゃん行くよ。ここでお別れだね。バイバ~イ」
微笑んだシルルンがリザに背を向ける。
「ちょっと待ってよ。私はあなたに恩義を感じてるの。せめてあなたの馬探しを手伝わせてよ」
リザがシルルンの背中越しに訴える。
「えっ!? やだよ」
シルルンは振り向き様に即答した。
「えっ!? なんでなのよ!?」
「えっ、だって、リザは冒険者でしょ? 素材集めのためにここに来たって言ってたじゃん。僕ちゃんは馬とスライム探しで危険な魔物の気配が無いほうに進むんだよ。魔物がいないのにリザがいても意味ないじゃん? まぁ、そういうことだからリザも元気でね。バイバ~イ」
当たり前のように言ってのけたシルルンが歩き出し、その後を青いスライムが追いかける。
「ちょ……」
何か言おうにも言葉が思い浮かばないリザは呆然とその場に立ち尽くしたのだった。
一方、リザの姿はシルルンたちから遥か後方にあり、物陰からシルルンたちの様子を窺っていた。
魔物の気配を感じるから必要ないと言われた彼女は、納得できずにシルルンを尾行しているのだ。
下級職の【盗賊】や上級職の【怪盗】ならば『危険察知』や『気配察知』に目覚めることもある。
だが、シルルンは学生でしかも職業は【街人】なので、その様な能力を所持していないとリザは考えているのだ。
そのため、シルルンが魔物たちに囲まれて窮地に陥った場面で颯爽と登場し、シルルンを助けて恩を返すのがリザの計画だった。
しかし、シルルンを尾行してすでに丸一日が経過していたが、シルルンは突然止まったり、引き返してきたり、突然走り出したりとその行動は無茶苦茶だが、一度も魔物に遭遇していなかった。
リザが少し焦りだした頃、シルルンはとうとう馬を発見する。
「野生の馬がそう簡単に馴れるわけがない……」
(可哀想だけどこれも経験よ……)
リザは複雑そうな表情を浮かべている。
だが、さらに馬がもう一頭姿を現した。
シルルンは青いスライムを抱きかかえて最初の一頭の馬に騎乗し、もう一頭を引き連れて走り去っていった。
「えっ!? ちょっ……」
リザは呆けたような顔を晒している。
状況に頭が追いつかない彼女はしばらく呆然としていたが、我に返ったリザが全力で走ってシルルンたちを追いかける。
シルルンたちに追いついたリザが巨大な木に身を隠しながら視線をシルルンに向けると、馬が四頭に増えており、シルルンは馬たちと共に走り去っていく。
「そ、そんな……ちょっと、待ってよ~~~っ!?」
半泣きになったリザは膝から崩れ落ちたのだった。
それから二日が経過し、リザは狩りをしながらひたすらシルルンを捜したが発見できずにいた。
そもそも、狩りをしてる時点で魔物がいるのだから、シルルンに会えないのは当然なのだ。
「もう、学園に帰還したかもしれないわね……」
リザは食事を済ませて撤収準備を始める。
だが、遠くで馬の足音が聞こえたリザは足音が聞こえた方角に視線を転ずると、シルルンが馬五頭を引き連れて、色とりどりのスライムを馬の背に乗せて走り去っていった。
「えっ! 嘘!? まだいたんだ!!」
驚きと同時に弾けるような笑顔を見せたリザは受けた恩を返すために再びシルルンたちを追いかける。
しかし、この時点でシルルンは目標の馬六頭とスライム五匹を捕獲していたので、学園に帰還していたのだった。
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