41 奴隷市場① 修
シルルンたちは冒険亭の近くにある奴隷市場に到着した。
「でけぇなオイ!!」
ゲシュランが建物を見渡して驚きの声を上げる。
冒険亭は二百人ほどを収容できる広さがあったが、奴隷市場はその五十倍はありそうな巨大な建物だった。
「兄貴は奴隷市場に来たことないんすか?」
「ああ、奴隷には興味がないからな」
奴隷市場の出入り口は三箇所あり、人の出入りはそれほど多くはない。
シルルンたちは正面の出入り口に向かって歩いていき、奴隷市場の中に入ろうとする。
「お客様お待ちください。会員証か推薦状をお持ちでしょうか?」
男門番はにこやかな表情でシルルンに尋ねる。
「ううん、どっちも持ってないよ。持ってないと入れないの?」
シルルンは眉を顰める。
すると、男門番の後ろからハゲのガチムチの男が姿を現して、ハゲのガチムチはシルルンたちを睨みつけた。
彼の手には超極太の鉄の棒が握られている。
「ひぃいいぃ!?」
(そんな棒で殴られたら死ぬだろ!!)
シルルンは恐怖に顔を歪める。
「いえ、そういう訳ではありません。失礼ですがお客様は百万円以上のお金をお持ちでしょうか?」
「うん、いっぱい持ってるよ」
「では、お見せいただけますか?」
「うん、いいよ」
シルルンは魔法の袋から金貨を三十枚ほど取り出して、門番の男に見せた。
「ありがとうございます。ではお通りください」
門番の男は深々と一礼して道を譲った。
「うん」
シルルンは安堵して歩き出し、ゲシュランたちも後に続く。
奴隷市場の中に入ったシルルンが振り返ると、いつの間にかハゲのガチムチの男の姿は消え去っていた。
「あのハゲはヤバイっすよ!! 金を持ってなかったらあの棒でぶっ叩かれるんすよ!!」
「あはは、だろうね」
シルルンは乾いた声で笑う。
奴隷市場は広大で人の数はまばらだ。
「それにしても広すぎるだろ……何か案内図とかはないのか?」
ゲシュランは顔を顰めてシルルンに尋ねる。
「まぁ、だから推薦状があったほうが手っ取り早いんだよね……けど、だいたい中央に集中している店が花形で高級店なんだよ」
「じゃあ、中央に行くのか?」
「ううん、僕ちゃんが探しているのはスライム屋の店員だから、店の人に聞いても分からないと思うんだよ。だからとりあえず小規模の店を見てみるよ」
シルルンは辺りを見渡してみると、西側より東側のほうが人が少なかった。
「東の方に行ってみようか」
シルルンは東の方角に歩き出す。
「シルルンさんは詳しいっすねぇ!!」
シルルンの横に並んで歩くヘーモは感心したような顔をした。
「まぁ、奴隷市場の作りはどこもだいたい似たようなものだからねぇ」
シルルンはフフ~ンと胸を張る。
彼は親に連れられて奴隷市場や奴隷屋を訪れたことが何度もあり、やりたくないことを強要されることを嫌うシルルンは、この時から奴隷制度に懐疑的だったのだ。
シルルンたちは中央に集中する高級店を横目に、小規模店に向かって歩いていく。
ちなみに、高級店で奴隷を買えば何かトラブルがあった場合に保証があるが値段は高い。
小規模の店で奴隷を買うと保障はないが、高級店より値段は安い。
店を構えていない奴隷商人から買うと、小規模の店よりも値段は安いが一番リスクが高いのだ。
シルルンたちは小規模の奴隷屋が建ち並ぶ区画に到着する。
小規模の奴隷屋は、奴隷市場の西の壁側と東の壁側に建ち並んでおり、北の壁側には武器屋や飲食店や宿屋などの様々な店が出店されている。
シルルンたちは一軒目の奴隷屋の前に移動した。
店の前には奴隷たちがズラリと並んでいた。
「うひひひ、裸が見放題っす」
ヘーモは嬉しそうにほくそ笑む。
店にもよるが全裸で奴隷を売っている場合もあり、彼は女の裸が見たいがためにシルルンを強引に奴隷市場に誘ったのだ。
だが、この店の前に並ぶ奴隷たちは全員が全裸だったが男だった。
「うひぃ、気持ち悪い!! は、早く次の店に行きましょうよ!!」
シルルンは両腕で抱えているパプルをブラックの頭の上に置くと、ブラックはゆっくりと奴隷たちの前を進んでいく。
「う~ん……この店にはいないようだね……」
「シルルン様……な、何をなさっているのですか?」
メイが不可解そうな表情で尋ねる
「僕ちゃんはスライム屋さんをやろうと思ってるんだけどその店員さん探しだよ。パプルが反応すればスライム適性があるってことだからね」
「そ、そうなんですか……」
メイは困惑したような表情を浮かべている。
彼女は生き別れになってそれほどの月日は経っていないのにも拘わらず、シルルンが何か根本的に変わったように感じており、そもそも、スライム屋とは何なのかと思っていた。
シルルンたちは歩き出し、ブラックはシルルンの後についていく。
しかし、パプルは後ろを向いており、歩いているメイをじーっと見つめていた。
「うへへ、この店はいいっすねぇ」
店の前に並んでいる奴隷は全て女で丸出しだったが、並んでいる女奴隷たちの瞳に光はなかった。
「いらっしゃい! どんな娘を探してるんだい?」
愛想のいい女店員がにっこりと笑いかける。
「うん、今、調べてるところだよ」
ブラックは女奴隷たちの前を進んでいく。
「この娘なんかどうだい?」
女店員は店の中に引っ込んで、女奴隷を連れてくる。
連れてこられた女奴隷は並んでいる女奴隷たちと違って瞳に光があり、胸を手で隠している。
「ほら顔も可愛いし胸も大きいしお尻も大きいよ。歳は二十五だけど三百万円でお買い得なんだけどねぇ」
女店員はにんまり笑う。
この女奴隷も店の前に並べられれば、不特定多数の目に晒されて次第に瞳から光が失われていくのだ。
それが丸出し系の店の奴隷調教のやり方なのだ。
奴隷の調教には調教師を雇って調教するのが一般的だが、小規模の奴隷屋ではコストが掛かりすぎる。
しかし、丸出し系の店では奴隷を丸出しで並べるだけで、奴隷の心が次第に折れていき、金を掛けずに調教が可能なのだ。
だが、娼婦だった女には効果が薄く、何度も転売されているような女奴隷は心が病んでいて自殺を図る可能性も高い。
ブラックはシルルンの元に戻ってくるが、パプルはピクリとも動かず、シルルンが勧められた女奴隷にもピクリともしなかった。
だが、パプルはじーっとメイを見つめている。
「う~ん、やめとくよ。探してる奴隷じゃないみたいだし」
「そうかい……またきておくれよ」
シルルンたちは次の店へと歩き出す。
次の店の奴隷はボロだが服を着ており、一般職の生産系スキルやメイドスキルを所持している奴隷たちが売られている店だった。
店の前には二十人ほどの客がいて、奴隷たちの所持しているスキルが書かれているリストを見ながら、真剣に奴隷たちと話し込んでいる。
奴隷たちは鍛冶、大工、細工、錬金、裁縫、料理、洗濯、掃除など様々なスキルを所持しており、客たちは自分の店で働かせようと真剣だった。
シルルンは店の前で止まって、奴隷たちが首からさげているリストを一瞥する。
「……特に気になるスキルはないね」
シルルンはブラックに指示を出して、ブラックは奴隷たちの前を進んでいく。
有用なスキルを所持した奴隷は五百万円ほどで売られているが、有能な能力を所持した奴隷は十倍以上の値段がつく。
ブラックはシルルンの元に戻ってきたが、パプルはじーっとメイを見つめている。
シルルンたちは次の奴隷の店に歩いていく。
その店は女獣人の専門店だった。
鼠の獣人、兎の獣人、猫の獣人がボロボロの服を着せられて並んでいる。
獣人は、亜人と比べると人族に近い種族で、特に鼠、兎、猫は数が多い。
彼らは亜人と同様に山や森に集落をつくり、暮らしていることがほとんどだ。
メローズン王国は人族が支配する国だが、獣人や白亜人は人として認められているのだ。
だが、獣人や白亜人の村や集落で、人族が奴隷として売られている場合もある。
つまり、奴隷制度は人族だけのものではないのだ。
店の奥には、羊の獣人、山羊の獣人、鹿の獣人、犬の獣人なども奴隷として売られている。
奴隷たちの前をブラックが進んでいくが、パプルはピクリともせず、、シルルンたちは次の店に歩いていく。
次の店はガチムチ系の店で、売られている奴隷は全て男で丸出し系の店だった。
並んでいるガチムチの奴隷たちはとんでもない筋肉で、ある一定の間隔でポーズをとっている。
「な、なんなんすかこの店は!? は、早く次の店に行きましょうよ!!」
「さすがにキツイな……」
「……」
ゲシュランは嫌そうな顔をしており、メイは顔を背けている。
だが、意外なことにガチムチの奴隷たちの前には、かなりの数の女性客がいた。
「……今回は行かなくていいよ」
(あんなのにパプルが反応したらヤバ過ぎる……)
シルルンはブラックに指示を出す。
シルルンたちは速やかに次の店に移動するが、次の店もガチムチ系の店だった。
しかし、全て女で筋肉を強調するためか下着のような服を着せられていた。
特に店の前の真ん中に並んでいる三人の奴隷は、ミゴリよりも大きい筋肉をまとっていた。
だが、この店に客は一人もいなかった。
「い、いくらなんでもやりすぎっすよ!!」
ヘーモは目を剥いて驚いている。
シルルンたちは急ぎ足で歩いていく。
「ちょっと、そんなに急いでどこいくのよ」
ガチムチの女店員がシルルンの肩をガッチリ掴む。
「ひぃいいいいぃ!!」
シルルンはびっくりして動こうとしたが、動くことはできなかった。
「まぁ、見ていってよ。見ての通り、力仕事ならなんでもこいだよ」
ガチムチの女店員は中央に並んでいたゴリラ三匹を呼び寄せた。
「ひ、ひぃいいいいぃ!?」
迫り来る筋肉にシルルンは失禁しそうになる。
「どうだい? 戦って良し重い荷物も軽々運び、鉱山での採掘作業も余裕でこなす三人だよ。見たところお客さんのパーティには筋肉が不足してるからこの機にどうだい?」
「……えっ!?」
シルルンは意外そうな顔をした。
彼は鉱山での採掘作業という言葉に興味を覚えていた。
その瞬間、ガチムチの女店員は怪しく笑う。
「おや? お客さんは鉱山に興味があるのかい? 鉱山はいいよ。鉄、銅、銀、金、宝石類なんかをザクザク掘り出せるからねぇ」
「えっ!? そうなんだ」
シルルンの顔がパーッと明るくなる。
彼はくじ引きなどが大好きで、鉱山での採掘もやってみたいと思っていたのだ。
「この三人ならザクザク掘り出せるよ」
ガチムチの女店員は『読心』でシルルンの心を読んでおり、さらに【交渉術】というスキルも併用していた。
「う、う~ん……」
シルルンの瞳には恐怖の色が滲んでいた。
「じゃあ、この子たちはどうかしら?」
ガチムチの女店員は三匹のゴリラを下がらせて、ミゴリ級のゴリラ三匹を呼び寄せた。
「……」
(ほとんど変わってないじゃん!!)
シルルンは訝しげな表情を浮かべている。
ガチムチの女店員は『読心』でシルルンの心を読んで、ゴリラたちを下がらせて別の三人を呼び寄せた。
呼び寄せられた三人のガチムチの女は、一般的な女戦士とミゴリの丁度中間くらいの筋肉だった。
「この子たちはどうだい? 鉱山でバリバリ穴を掘るなら最低でもこのぐらいの筋肉は必要だよ」
「えっ!? そ、そうなんだ……」
シルルンは難しそうな表情を浮かべている。
「ほら指出してこの子の腹筋を触ってみなよ」
ガチムチの女店員が強引にシルルンの手を掴んで引き寄せた。
「ひぃいいいいぃ!!」
ガチムチの女店員に凄まじい力で引っ張られたシルルンの指は、鋼の腹筋に目掛けて近づいていき、このままいけば指がへし折れるとシルルンは悲鳴を上げる。
「あ、あれ? 折れてない……」
(鋼の腹筋だと思ってたけど、意外に柔らかいんだね)
シルルンは複雑そうな表情を浮かべている。
「ほら、顔を見てごらん。恥ずかしがってるだけで怖くはないでしょ?」
その言葉に、シルルンは視線をガチムチの女奴隷に向けると、ガチムチの女奴隷は赤らめた顔を横に向けて視線を逸らしていた。
「う、うん……」
(怒り狂って殴り倒されると思ってたよ……)
シルルンの顔に虚脱したような安堵の色が浮かぶ。
「じゃあ、この子たちは三人セットで売り出してるから、一人五百万円で三人で一千五百万円になるわ」
「えっ!? 僕ちゃんまだ買うとは決めてないよ?」
シルルンは不満そうに抗議した。
しかし、ガチムチの女店員が、店の前に設置してある立て札看板を指差した。
そこには『奴隷に触れると買い取ってもらいます』と書かれていた。
「えぇ~~~っ!? マジで!?」
シルルンはショックを露わにしている。
「ふふふっ、でも、お客さんは鉱山で一儲けしたいんでしょ? この三人なら十分に力を発揮してくれるから損な買い物じゃないわよ」
シルルンはジト目でガチムチの女店員を見つめる。
「でも、お客さんは触ったでしょ?」
ガチムチの女店員はしたり顔で言った。
「う、うう……」
得心のいかないような表情を浮かべていたシルルンは、大きな溜息をはいて手を魔法の袋に突っ込んだ。
だが、メイは心配そうな表情を浮かべていた。
彼女は一千五百万円もの大金をシルルンが所持していないと思っていたからだ。
しかし、シルルンは魔法の袋から金貨百五十枚を取り出して、ガチムチな女店員に手渡した。
「!?」
メイは面食らったような顔をした。
彼女はシルルンがルビコの街に逃げ延びた後、一緒にいるヘーモの姿から物乞いのような生活をおくっていたと思っていたからだ。
ガチムチの女奴隷たちはシルルンの前で跪いて胸から奴隷証書を取り出してシルルンに手渡し、順番に奴隷になることを宣言した。
「あの、どのようにお呼びすればよろしいでしょうか?」
ガチムチの女奴隷たちは俯いたままの姿勢でシルルンの返答を待つ。
「えっ!? マスターでも、シルルンでもいいよ」
丁寧な言葉遣いにシルルンはびっくりしたような顔をした。
「では、シルルン様とお呼びします。私の名前はアミラです」
「私はダダです」
「デデです。」
そう言って、アミラたちは立ち上げる。
「うん。とりあえず、君たちの服を買うのが先だね」
シルルンは下着のようなボロボロの服を見て言った。
「えっ!? あ、ありがとうございます……」
信じ難い言葉に、アミラたちは自身の耳を疑った。
彼女たちは鉱山の採掘目的でシルルンに買われたので、服などの余分な物は買ってもらえないと諦めていたからだ。
奴隷を買った主人は奴隷を物としかみておらず、それが普通なのだ。
そのため、鉱山の採掘目的で買われたアミラたちの場合なら、採掘するための道具と食事は支給されるがその他の物は一切支給されないのである。
しかし、目的ありきで買われた奴隷は最低限を保障されるが、それもなく安く買われた奴隷は悲惨だ。
男の場合は少量の食料で重労働を死ぬまでやらされるケースが多く、女の場合は買い手の慰み者にされ、飽きたら娼婦の館などに出されて金を回収したら転売されるケースがほとんどだ。
シルルンたちは奴隷市場の北側に移動して、シルルンは服屋を見て回り、シャワー完備と立て札看板が立てられている大きめの服屋の前で足を止めた。
本来、一般的な服屋ではシャワーなどは完備していないがここは奴隷市場だ。
小規模以下の店で買われた奴隷の体は汚れていることが多く、奴隷市場の中にある服屋にはシャワーが完備されている店が多い。
「じゃあ、これで好きな服を買ってきなよ。シャワーを浴びて体をキレイにしてから買った服を着るんだよ」
シルルンは魔法の袋から金貨を取り出して、アミラたちに一枚ずつ手渡した。
「あ、ありがとうございます!!」
アミラたちは手渡された金貨を見て目を剥いて驚いた。
「ん? よく見るとメイの服も汚れてるね。メイも服を買ったらいいよ」
シルルンはメイにも金貨一枚を手渡した。
「あの、本当によろしいのでしょうか……」
メイの視線はシルルンの服装に向いていた。
彼女は自分の主人の格好が白っぽいシャツに黒い半ズボンにサンダルで、主人より高価な服を着るのに抵抗を感じているのもあるが、何よりもシルルンの所持金が心配だった。
メイは金貨を掌にのせて動こうとしない。
「ん? お金ならいっぱい持ってるから心配しなくていいよ」
「あの……いっぱいというのは具体的にいくらぐらいなのですか?」
メイは不安そうな表情でシルルンに尋ねた。
「えっとね、軽く億はもってるから大丈夫でしょ?」
「お、億っ!?」
メイはガツンと頭に衝撃を受けたような顔をした。
「うん、だから気にせず服を買っていいよ。あと、それからこれを君たちに渡しておくね」
シルルンは魔法の袋から鉄の剣を三本取り出してアミラたちに手渡した。
「メイはメイドだから戦えないから僕ちゃんがいない時は君たちが守ってあげてよね」
「はっ!!」
アミラたちは期待に満ちた表情を浮かべたが、すぐに頭を振って真顔に戻った。
彼女らはもしかしたら良い主人に巡り合えたと思ったが、過剰な期待は厳禁だと自分たちを戒めたのだ。
違った時がつらすぎるからだ。
「シルルンさん!! あっちで奴隷の競売やってるっす!! 見にいきましょうよ」
「えっ!? 競売!?」
突然切れだした眼鏡の女店員を思い出したシルルンは顔が蒼ざめる。
「行きましょうよ!! 行きましょうよ!!」
ヘーモは瞳を輝かせている。
「じゃあ、僕ちゃんたちは競売を見てくるから、服を買ってもこの店の周辺で待っててよね」
「分かりました」
「はっ!!」
メイたちは服屋の中に入って、シルルンたちは中央に向かって歩き出したのだった。
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