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スライムスライム へなちょこ魔物使い  作者: 銀騎士
鉱山 採掘編

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39 シルルン対デーモン 修


 デーモンから必死に逃げているシルルンが振り返ると、そこにデーモンの姿はなかった。


 だが、彼の『危険探知』は警鐘を鳴らし続けている。


「やべぇ!! デーモンはインビシブルの魔法を使ってるよ!!」 


 『魔物探知』でデーモンの位置を探ったシルルンは、薄い青色のミスリルの弓で狙いを定めて風の刃を放ったが、風の刃は真っ直ぐに飛んでいって消えていった。


「チッ、俺の姿が見えているのか……」


 デーモンは忌々しげな表情を浮かべている。


 ブラックに追いつくことは不可能だと考えた彼はインビシブルの魔法で姿を消し、シルルンたちが油断したところを不意打ちするつもりだったのである。


「……」


(このまま逃げ続けてもデーモンはどこまでも追ってくる……逃げ回って体力を失ってから戦うことになるぐらいなら今戦ったほうが勝算はある……とにかく速さを生かした戦いをするしかない)


 覚悟を決めたシルルンは思念でブラックに停止するように指示を出した。


 周辺の地形は雑草しか生えていない開けた場所だ。


「クククッ……諦めたようだな」


 シルルンたちに追いついたデーモンがインビシブルの魔法を解いて姿を現す。


「皆、ごめん……相手は格上過ぎるけど戦わないと殺られちゃう。皆の力を僕ちゃんに貸してよ」


 その言葉に、シルルンのシャツの襟首から顔を出していたパプルはシャツの中に逃げ込んだ。


「頑張るデス!!」


「デシデシ!!」


「フハハ!! 主君よ、あの程度の者など我らの敵ではござらん」


「……」


(そんなわけないじゃん……)


 シルルンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。


 だが、彼は自分の強さを知らずに弱いと思い込んでいたのだ。


「死ねっ!!」


 デーモンは凄まじい速さでシルルンに目掛けて飛行し、シルルンが薄い青色のミスリルの弓で狙いを定めて風の刃を放ったが、デーモンは風の刃を回避した。


 ブラックは矢のごとく突進して一瞬でデーモンに肉薄し、シルルンがミスリルダガーを振り下ろしたが、剣で容易くミスリルダガーを弾き返したデーモンがシルルンに目掛けて剣を振り下ろす。


 しかし、シルルンがミスリルダガーで剣を受け止めると、ブラックは凄まじい衝撃を柔らかい体を巧みに動かして受け流した。


「サンダーデス!!」


 プルがサンダーの魔法を唱えて、稲妻がデーモンに降り注ぐとデーモンは体が痺れて動きが止まる。


「エクスプロージョンデシ!!」


 プニはエクスプロージョンの魔法を唱えて、光り輝く球体がデーモンに直撃してデーモンは爆発に巻き込まれた。


 ブラックは後方に下がって距離を取り、シルルンが風の刃を放ったが、デーモンは風の刃を躱した。


「えっ!? マジで? しかも、あんまり効いてない!!」


 シルルンが『魔物解析』でデーモンを視ると、デーモンは『魔法耐性』を所持していた。


 『魔法耐性』は六十パーセント以上の確率で魔法を無効化できる能力である。


「エクスプロージョン!!」


 デーモンはエクスプロージョンの魔法を唱えて、光り輝く球体がシルルンたちに襲い掛かる。


「エクスプロージョンデス!!」


「エクスプロージョンデシ!!」


 プルとプニはエクスプロージョンの魔法を唱えて迎撃する。


 光り輝く球体同士が衝突し、プルたちの魔法のほうが威力が上回っており、光り輝く球体が直撃したデーモンは爆発に包まれたが無傷だ。


 シルルンたちとデーモンは横方向に疾走しながら、激しい魔法の撃ち合いに移行する。


 だが、高速移動しながらの魔法の撃ち合いは両者ともに魔法は当たり難く、シルルンは風の刃を放ったが、風の刃を紙一重で躱したデーモンが急にシルルンたちとの距離をつめた。 


「エクスプロージョン!!」


 苛立たしげに眉を顰めるデーモンはエクスプロージョンの魔法を唱え、光り輝く球体がシルルンたちに襲い掛かる。


「マジックリフレクトデス!!」


 プルはマジックリフレクトの魔法を唱えて、シルルンたちの前に七色の盾が出現した。


「なんだと!?」


 デーモンの顔が驚愕に染まる。


 光り輝く球体は七色の盾に直撃すると跳ね返ってデーモンに直撃し、デーモンは高熱と爆風に包まれて一瞬怯んだ。


 ブラックはその一瞬を見逃さずに瞬時にデーモンに突進し、シルルンがミスリルダガーでデーモンの体を斬り裂いたが、デーモンにはほとんどダメージはなかった。


 逆にデーモンに剣の連撃を放たれて、シルルンは防戦一方になってミスリルダガーがぶち折れる。


 デーモンの剣はミスリルソードで、デーモンは攻撃力も剣術のスキルもシルルンを遥かに上回っているのだ。


「サンダーデス!!」


 プルはサンダーの魔法を唱え、稲妻がデーモンに直撃してデーモンの『魔法耐性』を貫通してデーモンは一瞬麻痺した。


「エクスプロージョンデシ!」


 プニはエクスプロージョンの魔法を唱えて、光り輝く球体がデーモンに直撃したが、デーモンにダメージはない。


 ブラックは後退して距離を取り、シルルンが風の刃を放つが、デーモンは風の刃を紙一重で躱してシルルンたちに目掛けて凄まじい速さで突撃した。


「サンダーデス!!」


 プルはサンダーの魔法を唱えて、稲妻がデーモンに直撃したが、デーモンは止まらない。


 彼はサンダーの魔法を必ず撃ってくると読んでおり、直撃覚悟で突撃していたのだ。


「スピード!!」


 スピードの魔法を唱えたブラックは、超加速してデーモンに突進する。


「えっ!? ひぃいいいいいぃ!!」


 シルルンは慌てて魔法の袋から剣を取り出した。


「なっ!? まだスピードが上がるのか!?」


 デーモンは一瞬面食らったような顔をした。


 両者は凄まじい速さで交差し、デーモンがゆっくりと振り返る。


 デーモンは肩から斜めに斬り裂かれて体が消滅したが、ゆらゆらと精神体が姿を現した。


「クククッ……やるじゃねぇか!!」


「とんでもない威力だよ……」


 右手に持ったアダマンソードを見つめるシルルンは驚きを隠せなかった。


「お前、名は?」


 デーモンの精神体はシルルンに問い掛けた。


 しかし……


「また変なのが出てきたデス!! サンダーデス!! サンダーデス!! サンダーデス!!」


「エクスプロージョンデシ!! エクスプロージョンデシ!! エクスプロージョンデシ!!」


 プルたちは連続で魔法を唱えて、稲妻と光り輝く球体が何度もデーモンの精神体に直撃して『魔法耐性』を貫通し、デーモンの精神体は霧散したのだった。


「ふぅ、お疲れ……けど、アダマンソードがなかったら死んでたね……」


 シルルンは苦笑いを浮かべながら、プルたちの頭を撫でた。


 プルたちは嬉しそうだ。


 シルルンは折れたミスリルダガーを捨てて、デーモンが落としたミスリルソードと指輪二個を回収して、難民キャンプに引き返したのだった。



















 シルルンたちが難民キャンプの中央に戻ると兵士たちの姿はなく、生き残った難民たちが魔物に殺された者たちを一箇所に集めていた。


「……いないねぇ。怪我でもして倒れてるかもしれないね……」


 酷く痩せこけた男を捜しているシルルンは周辺を見渡して顔を顰めている。


 シルルンたちは中央から離れて、無数に張られているテントを見て回るが見つからず、シルルンは嫌な予感を覚えて死体置き場を確認するが、酷く痩せこけた男の死体は無かった。


「どこにいるんだろうね……」


 途方に暮れたシルルンは立ち止まって辺りを見回していたが、難民たちが死体置き場に新たに置いた死体が、酷く痩せこけた男だった。


 シルルンは愕然とした。


 我に返った彼は酷く痩せこけた男の死体をブラックに乗せて難民たちがいないところまで移動し、ブラックに『溶解液』で地面に穴をあけさせて、酷く痩せこけた男を埋葬した。


「とりあえず、中央に行ってみるかな……」


 シルルンたちは難民キャンプの中央に歩いていくと、奴隷商人たちの前に大量の難民たちが列をなしていた。


 彼らは先ほどの魔物の襲来により、奴隷になることを選択した者たちである。


「……こんな状態じゃ、スライム屋さんの店員を雇うのは難しいね……いったん、宿屋に戻るよ」


 シルルンたちはルビコの街に戻り、宿屋に向かって街の中を疾走する。


 だが、彼は宿屋がある方向は覚えているが、場所が分からなくなっていた。


 シルルンは適当に進んで入り組んだ場所に出ると、そこにはボロボロの服を着ている者たちが、座り込んで壁沿いにズラリと並んでいた。


 彼らは物乞いだ。


 巡回している兵士たちに見つかれば、街の外に追い出されるが罰則はない。


「あはは、僕ちゃんもここに並んでるはずだったのにねぇ……」


 シルルンは苦笑しながら魔法の袋から大量の銀貨を取り出して、物乞いたちの前に置かれてある小さな入れ物の中に、銀貨を一枚ずつ投げ入れながら進んでいく。


 物乞いたちは投げ込まれた硬貨が銀貨だと分かると、銀貨を握り締めてどこかに走り去っていく者たちが続出した。


 彼らは飯屋に直行したのである。


 シルルンたちが百枚ほどの銀貨を投げ入れたところで、唐突に声を掛けられた。


「シルルンじゃねぇか!? 今までどこに行ってたんだ!?」


 シルルンは声が聞えた方向に顔を向ける。


「ゲシュラン!? 本当に物乞いになってたんだ!?」


 シルルンは驚きの表情を見せた。


 ゲシュランはシルルンと同様にルビコの街に逃げ込んだ難民の一人なのだ。


 彼は冒険者で家庭を築いて子供にも恵まれており、家族のために懸命に働いていた。


 だが、ポラリノール王国は魔物に滅ぼされ、伴侶も子供も魔物に襲われて殺されたのだ。


 絶望したゲシュランはもう一度、頑張ろうとは思わなかった。


 頑張ったところで家族は生き返らないし、また同じようなことが起こるかもしれないからだ。


 そのため、彼は物乞いになることを決意したのだった。


 話はシルルンとゲシュランの出会い時に遡る。


 ゲシュランはルビコの街の西門に並んでいたが、冒険者なので守衛に連れられて、最優先でルビコの街に入ることができたのだ。


 ちなみに、ゲシュランの年齢は二十歳である。


 ゲシュランは配給のスープやチラシを受け取り、他の難民たちと同様に流れのままに歩いていくと開けた場所に出る。


 難民たちは辺りを見渡して適当な場所に座り込み始めたので、、ゲシュランも地面に座り込んでスープを飲みながらチラシに目を通した。


 チラシには武学、傭兵、兵士などの説明会が行われていることが書かれており、ほぼ全員が立ち上がって説明会の会場に向かって歩いていく。


 しかし、ゲシュランは立ち上がらずに説明会の会場に流れていく若い難民たちを眺めていたが、動く気配のない少年がいることに気づいて、その少年の元に歩き出した。


「お前は説明会に行かないのか?」


 ゲシュランは訝しげな眼差しを少年に向ける。 


「あはは、行くわけないじゃん。僕ちゃんは一応楽そうな仕事を探してみるけど、なければ物乞いになるつもりだよ」


 少年はフフ~ンと胸を張る。


「な、なんだ、こいつは……?」


 ゲシュランは面食らってぽかんとする。


「……俺はゲシュランだ。俺も物乞いになるつもりだ。お前の名は?」


「僕ちゃんはシルルンだよ」


「これも何かの縁だ。一緒につるんで物乞いをやらないか?」


「僕ちゃんは一応仕事を探してみるつもりだよ。楽そうなのがみつからなかったら一緒に物乞いをやってもいいよ」


「分かった。その気になったら声を掛けてくれ」


「うん、分かった」


 こうして、シルルンとゲシュランは一緒に物乞いをやる予定だったのだ。


 話は元の時間軸に戻る。


「あの後、僕ちゃん、武学のスカウトマンに強制連行されて、今は武学の生徒になっちゃったんだよ」


「マジかよ……だが、納得した。それで武学で魔物使いになったのか」


 プルたちに視線を向けるゲシュランは合点がいったような表情を浮かべている。


「うん、そうなんだよ」


「じゃあ、何しにこの街に来たんだ。難民が武学に入学すると首都トーナに送られるはずだろ?」


「僕ちゃん、武学をやめてスライム屋さんをやろうと思ってて、ここの難民さんを店員さんとして雇おうと思ってこの街に来たんだよ」


「……なるほどな。だが、武学をやめるには授業料の百万円を返金する決まりになってるはずだろ? 金はあるのか?」


 ゲシュランは探るような眼差しをシルルンに向けた。


「僕ちゃん、かなり儲けたから全然余裕だよ」


 シルルンはしたり顔で言った。


「なっ!? マジかよ……」


 だが、そこでゲシュランの腹の音が鳴り、ゲシュランは腹を手で押さえて顔を顰めた。


「あはは、お腹減ってるのかい?」


「まぁな、配給のスープも毎日ありつけるわけじゃないからな」


「じゃあ、僕ちゃんが奢るからどこかの店にご飯でも食べに行くかい? 」


「い、いいのか!?」


 ゲシュランはゴクリと喉を鳴らした。


「お、俺もいいっすかね!?」


 ゲシュランの横でへたり込んでいた男が話に割り込んできた。


 彼は靴も履いておらず、体にボロ布を巻きつけているだけだった。


「こいつの名はヘーモ。俺の物乞い仲間だ。こいつも一緒にいいか?」


「あはは、別に全然いいよ」


「マジっすか!? あざーす!!」


 ヘーモは満面の笑みを浮かべる。シルルンたちは飯屋に向かって歩き始める。


 だが、ペットの入店を理由に拒否されたシルルンたちは、三軒ほど回ってみたが断られ続けて、値段が高い高級店にも拒否されたのだ。


「ぬう……」


 ブラックは申し訳なさそうな顔をした。


 だが、入店拒否される理由はブラックだけではなく、ヘーモとゲシュランの服装がみすぼらしいのも原因の一端だった。


「少し遠いが冒険亭でいいんじゃねぇか? あそこならだいたい入れるだろ」


 ゲシュランが面倒くさそうに提案する。


 冒険亭とは冒険者ギルドが運営している店で、冒険者たちがよく利用する店だ。


 ちなみに、冒険者ギルドで冒険者登録していれば割引などの特典もある。


「うん、じゃあ、そこ行こうか」


 シルルンたちは冒険亭に向かって歩き出す。


 周辺には様々な商店が立ち並んでおり、それを通り過ぎてからしばらく歩くと巨大な建物が見えてきた。


「おう、あの店だ」


 冒険亭の前には多数の冒険者や傭兵がたむろしており、シルルンたちは冒険亭に向かって歩いて行くと言い争う声が聞こえて足を止めた。


「離して下さい!!」


「おいおい、暴れるなよ……痛い目に合うだけだぜ!! 暴れなけりゃあ、乱暴はしねぇからよ」


「くっ……な、何の用なんですか!?」


「なぁに、お前を攫って奴隷商人に売り飛ばすだけだ。お前は若くて美人だから高く売れそうだぜ」


 男は意地の悪い微笑みを口元に浮かべたが、女は不敵に笑った。


「すでに私はあるお方の奴隷なのです。ですから私を奴隷として売ることはできません」


 女は胸の中から奴隷証書をチラっと出して見せた。


「ちっ!! めんどくせえなぁ!! だが、普通の奴隷として売り飛ばすことは可能だ」


「なっ!? そ、そんな……」


 女は大きく目を見張った。


「くくくっ、諦めるんだな。俺はなんでも売り飛ばす闇商人に顔がきく。そもそも、女一人でこんなところをうろつくお前が無用心なんだよ」


 男は嘲うようにニタニタと笑った。


「いい加減にしろ!! その娘を放せ!!」


 怒りの形相のゲシュランが男に向かって歩いていく。


「あぁん? なんだお前は……邪魔をするなっ!!」


「黙れ!! クズが!!」


 ゲシュランは男との距離を一気につめて、右のパンチを繰り出した。


 だが、男はゲシュランの右のパンチを躱し、男も右のパンチを放つが、ゲシュランも右のパンチを躱した。


 互いに一発も当たらない攻防が続くが、男が放ったパンチがゲシュランの腹にめり込み、ゲシュランは激痛に顔を歪めて地面に膝をついた。


「お前もなかなかやるが俺には及ばんな……」


 男は得意げな顔で言った。


 彼の職業は下級職の【武道家】で、素手の戦いの専門家である。


 一方、ゲシュランの冒険者時代の職業は下級職の【剣士】だ。


 だが、ゲシュランは剣を所持していなかった。


「えぇ~~~っ!? マジで!? ゲシュラン負けそうじゃん」


 シルルンはビックリして目が丸くなる。


「あ、兄貴……」


 顔面蒼白になったヘーモはブルブルと身体を震わせている。


 彼は難民たちに襲われて身包みを剥がれ、殺されそうになったことがあるからだ。


 だが、その窮地を救ったのがゲシュランで、彼にとってゲシュランは英雄的な存在なのだ。


 男は地面に膝をついたゲシュランの顔面に蹴りを放ったが、それよりも早くシルルンが魔法の袋から鋼のクロスボウを取り出して矢を放つ。


 矢は男の太ももを貫通し、男は太ももを押さえながら地面に膝をついて呻き声を上げた。


「ぐっ!? 矢を撃ちやがったのは誰だっ!! 出て来いっ!!」


「ん? 僕ちゃんだよ」


 シルルンは男の前にゆっくりと歩いていき、シルルンと男が対峙する。


「なっ!?」


 ゲシュランとヘーモは信じられないといったような表情を浮かべている。


 しかし、女もシルルンを目の当たりにして驚きの表情を見せていた。


「ていうか、負けたら意味ないじゃん」


 シルルンは呆れ顔だ。


「それは違うぞ!! 勝ち負けは問題じゃない。例え俺がここで殺されても悪を許さぬ意志こそが大事なんだ」


 ゲシュランは真剣な硬い表情で言った。


「えっ!? そうなの!?」


 シルルンは目をパチクリさせた。


「お前はまだ若い……だが、俺は人の中にある光を信じている」


「……」


(……ていうか、あんた物乞いだろ)


 シルルンはジト目でゲシュランを見つめている。


 彼は大きく分けて、人には正義の人、普通の人、悪人がいると考えていた。


 だが、普通の人は他人の命より、自分の命を優先するだろうとシルルンは考えており、そんな普通の人に、正義の人が命を懸けて悪人と戦う姿を見せたところで、心を動かされることはないだろうと思っていた。


 そもそも彼は、正義の人が悪人を全滅させたとしても、普通の人は正義の人にも悪人にもなりえるので、人がいる限り悪人はいなくならないのだと思っていた。


 男は矢に射抜かれてないほうの脚で立ち上がり、片脚で地面を蹴ってシルルンに襲い掛かる。


 シルルンは瞬く間に鋼のクロスボウに矢を装填して矢を放ち、矢は男の射抜かれていないほうの太ももを貫いた。


 前のめりに倒れた男は悔しそうにシルルンを見上げた。


「この俺がこうも簡単にやられるとは……お前は一体何者だ!? 」


 男はいかにも解せないといったような表情を浮かべているが、プルがシルルンの肩からピョンと跳び下りて男に接近する。


「ビリビリデス!!」


 プルは『ビリビリ』を放ち、電撃が男に直撃した。


「がぁあああああぁぁ!!」


 男は体が痺れて地面に突っ伏して沈黙する。


「ス、スライムが攻撃したのか?」


 ゲシュランは不可解そうな表情を浮かべている。


 プルはふわふわと宙に浮いて、ゆっくりとシルルンの肩に戻った。


 シルルンはプルの頭を撫でる。


 プルは嬉しそうだ。


「スライムが浮いた!?」 


 ゲシュランたちは呆けたような表情を晒している。


「で、ゲシュランは動けるのかい?」


「ああ、もう大丈夫だ。それよりロープを持ってないか? こいつを縛りあげて衛兵に引き渡す」


「うん、持ってるよ」


 シルルンは魔法の袋からロープを取り出し、ゲシュランに手渡すとゲシュランは男をロープで縛った。


「助けていただき、本当にありがとうございます」


 女は深々と頭を下げた。


「それじゃあ、君も気をつけるんだぞ」


 ゲシュランはロープを引っ張って、縛った男を引きずりながら歩き出し、シルルンたちも後を追いかける。


「ま、待って下さい。シルルン様……私です、メイです!!」


 振り返ったシルルンは、マジマジと女の顔を見つめて驚いたような顔をした。


「やぁ、メイ……生きてたんだね。てことは、ママも生きてるのかい?」


「いえ……奥方様はお亡くなりになりました」


 メイは悲痛な表情を浮かべている。


 彼女は奴隷メイドのメイだ。


 シルルンと一緒に暮らしていた頃のメイはアイスブルーの髪を肩で揃えた美少女だったが、現在は髪が伸びてバサバサで服も薄汚れていたのでシルルンは気づかなかったのだ。


「ふ~ん……やっぱりそうなんだ。じゃあ、メイも元気でね」


 シルルンはゲシュランたちの方に歩いていく。


「えっ!? そ、そんな……」 


 メイはシルルンを見つめて呆然としていたが、はっと我に返って駆け出してシルルンの背中にしがみついた。


「待って下さいシルルン様!! 私たちはシルルン様を捜していたんです!!」


「えっ!? 何で? メイは僕ちゃん付の奴隷メイドだったけど、マスターはママだったでしょ? ママが死んだのなら君は自由な身になったんじゃないの?」


 シルルンは怪訝な顔をした。


「はい、そのことで奥方様より、言付けを預かっており、私たち三人はシルルン様を捜していたのです」


「えっ!? 三人ってことは、アキとゼフドも生きてるの?」


「はい、私たち三人はルビコの街を拠点にシルルン様を捜していたのです」


「ふ~ん、そうなんだ。なんだか知らないけど僕ちゃんたちは、今から冒険亭でご飯を食べに行くんだけどメイも来るかい?」


「はい。喜んでお供させていただきます」


 メイはこぼれるような笑みを浮かべた。


 シルルンたちは男を引きずりながら移動して、冒険亭に到着した。


「シルルン、悪いが一人で衛兵にこいつを引き渡してくれるか。俺たち物乞いは身分証を持っていないから、衛兵に捕まるとこの街から追い出されるんだ」


「シルルン様。私も同様に身分証を持っていないので隠れさせていただきます」


「うん、分かったよ」


 ゲシュラン、ヘーモ、メイは人目につかない場所に身を隠し、シルルンは失神した男を引きずって冒険亭に入店した。


「いらっしゃい!! 何名だい?」


 ゴツイ婆がシルルンに声を掛ける。


「四名とペット四匹だよ。けどその前に衛兵さんを呼んでくれないかな? 人攫いを捕まえたんだよ」


「ほう、ちょっと待っときな」


 ゴツイ婆が失神した男を一瞥し、受付の奥へと引っ込んだ。


 シルルンは受付で座って待っていると、一分もしないうちに二人の衛兵が駆けつけた。


 冒険亭はトラブルが起こりやすいので、衛兵も常駐しているのだ。


「こいつが人攫いか。君が捕まえたのか? ……やや、あなたは【ダブルスライム】殿ではないですか!?」


 衛兵は軽く目を見張った。


「うん。そう呼ばれることもあるね」


「それにしても、さすがですなぁ。四百匹ほどいたレッサー ドラゴンフライを皆殺しにし、レッサー デーモン二匹を殺した上に、軍に被害が及ばぬようにあのデーモンを我々軍から遠ざけたと聞いておりますぞ。しかも、すでにここに無傷でおられるということはあのデーモンすら倒したということですかな?」


「えっ!? うん、なんとかデーモンは倒したよ」

 

 シルルンは戸惑うような表情を浮かべている。


「おおっ!! さすが【ダブルスライム】殿だ」


 衛兵は熱い眼差しでシルルンを見つめている。


「マ、マジかよ……」


「すげぇな……」


「あのデーモンを倒したのかよ!?」


 聞き耳を立てていた冒険者たちが騒ぎ出し、大きなざわめきが生じた。


 それほどデーモンは極悪非道な上に驚異的な強さを誇る魔物なのである。


「この男ですが名はダルダで手配書に載っている悪党です。人攫い、強盗、恐喝などで賞金首になっている男です。賞金額は五百万円ですな。ここで受け取りますか?」


「えっ!? ここで貰えるの?」


「無論です。そういう意味でも我々衛兵が常駐しているのですから」


「そうなんだ。じゃあ、受け取るよ」


 シルルンは衛兵から金貨五十枚を受け取った。


「それでは、我々は失礼させてもらいます」


「あっ、その人攫いはどうなるの?」


「無論、このようなクズは死刑ですな」


「そ、そうなんだ……」


 シルルン複雑な心境に陥った。


 衛兵たちはダルダを引きずって去っていったのだった。


「へぇ、あんたが【ダブルスライム】だったのかい」


 ごつい婆がマジマジとシルルンを見つめる。


「……ま、まぁね。それで席は空いてるの?」


「もちろん空いてるさ。個室にするかい?」


「うんうん、それでお願い」


 シルルンは身を翻して、外で身を隠しているゲシュランたちを呼びに行ったのだった。

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