35 食堂錯乱失禁事件 修
シルルンは男子寮でプルやプニ、ブラックに字を教えたり、絵本を読み聞かせながら酒を飲んでダラダラと過ごしており、ビビィはシルルンの隣に寝転がってリンゴを食べている。
彼女は魔法の袋にリンゴとミカンが大量に入っているのを嗅ぎつけており、ビビィは魔法の袋に手を入れて勝手にリンゴやミカンを食べているのだ。
「ていうか、ビビィはいつになったら森に帰るの?」
「えっ!? 帰らないわよ」
「え~~~っ!? ビビィの家は森の湖でしょ!!」
「むっ!! プルやプニだってずっといるじゃない!!」
「プルやプニは僕ちゃんのペットだからずっと居てもいいんだよ」
「そんなのズルイ!! じゃあ、私もプルやプニみたいにシルルンの肩にのるわよ!!」
ビビィは強引にシルルンの肩にのって立とうとした。
「ひぃいいいぃ!! 全然、意味が違う!! わ、分ったよ! 居ていいから下りてよ!!」
シルルンは呆れたような表情を浮かべている。
「あははは、やったぁ!!」
屈託の無い笑顔を見せたビビィは、魔法の袋からミカンを取り出して美味しそうに頬張っている。
こうして、ビビィがしばらくシルルンの家に居つくことになったのだった。
「シルルン様は訓練などをしないのですね」
隣の部屋からシルルンたちの様子を眺めていたイネリアが意外そうな顔をしている。
「そうね、私もシルルンが訓練しているのを見たことないわ。でも、いいんじゃない? シルルンは魔物使いなんだし」
リザは微笑ましそうに目を細めている。
「言われてみれば確かにそうですね……」
「う~ん……そろそろ馬の調教に行く時間だね」
シルルンはプルたちを連れて馬小屋へと向かう。
最近の彼は馬の調教をつけるためにしか学園に出向いていないのだ。
スライム小屋のスライムたちの世話は、ピクルスやキュリー、スラッ子たちが面倒をみてくれているので、シルルンは馬の調教しかやることがないからである。
彼は購入した土地に家とペット小屋が建設されたら、スライム屋を開業することを計画していた。
スライム屋といってもスライムを販売する訳ではなく、女性に激しく人気のあるスライムを大量に集めて癒しの空間を作りだして入場料で稼ぐつもりなのだ。
だが、スライム屋を開業するにはスライムの世話をする店員を雇う必要があり、その店員はスライム適性があってスライムのことが好きであることが理想だと彼は考えていた。
そのため、シルルンはできるだけ早くスライム屋の店員を雇うために、北西にあるルビコの街に赴くことを予定していた。
ルビコの街には数十万もの難民が押し寄せているからである。
シルルンたちが馬小屋に到着すると、一緒についてきていたリザ、ラーネ、イネリアが馬たちを興味深そうに眺めている。
「私たちも馬に乗っていいかしら?」
「乗りたいデス!!」
「デシデシ!!」
「あはは、いいよ」
シルルンはにっこりと微笑んだ。リザたちとプルたちは楽しそうに馬に乗って競争している。
馬たちはシルルンが調教を行っているので誰でも簡単に乗ることが可能なのだ。
馬の調教が済んだシルルンたちはスライム小屋に移動すると、ピクルスとキュリーがスライム小屋に向かって歩いて来た。
「飯に行こうぜシルルン!!」
「えっ? もう昼なんだ……」
ダラダラと過ごしているシルルンには時間の感覚がなく、シルルンが眉を顰めるとテックとミーラがシルルンたちに向かって歩いてきた。
「「シルルンさん!!」」
シルルンが大穴から帰還してから初めての再開であり、テックとミーラは満面の笑みを浮かべている。
「やぁ、元気そうだね。大穴の時は目が死んでたから心配してたんだよ」
「私たちだけ途中で帰還してすみませんでした」
ミーラは申し訳なさそうに何度も頭を下げており、シルルンたちは食堂に向かって歩き出す。
学園の食堂は生徒の数が多いので科ごとに建てられているのだ。
すると、男子寮からビビィが歩いてきた。
「あっ!! 葉っぱちゃんだ!!」
キュリーは瞳を輝かせて葉っぱの元に走っていく。
葉っぱちゃんとはビビィのことである。
彼女はいまだに巨大な葉っぱを体に巻きつけて生活しており、三年の動物使い科の生徒たちに葉っぱちゃんと呼ばれて可愛がられているのだ。
「お腹減った!!」
「うん、今から食堂に食べに行くからついてきたらいいよ」
その言葉に、ビビィは瞳を輝かせる。
シルルンたちは食堂の中に入って、ガラスケースの中に陳列されているサンプルを眺めていると、ハズキたちが姿を見せた。
「……なんで、わざわざ遠いこっちの食堂にくるんだよ」
嫌そうな表情を浮かべるシルルンは店員にA定食を四つ頼んだ。
シルルンとプル、プニ、ブラックの分である。
シルルンは小遣いとしてラーネに百万円ほど渡しているが、問題は通貨の意味を理解していないビビィだった。
そのため、彼はビビィが腹を空かせて暴れられたら面倒なので、ビビィの食費用にリザ、ラーネ、イネリアに金貨を一枚ずつ渡しているのである。
シルルンたちは円型のテーブルに腰掛けて飯を食べ始める。
プルとプニは『触手』でフォークやナイフを掴んで器用に食べており、その姿をイネリアがうっとりした表情で見つめている。
ブラックは豪快にA定食をお盆ごと『捕食』して、ペッと吐き出すと食器だけが出てくる。
「これおいしいぃ!!」
ビビィの表情がパーッと明るくなる。
シルルンは視線をビビィに向けるとビビィもA定食を頼んでおり、サクランボを美味そうに食べている。
「これ、もっと食べたい!!」
苦笑したシルルンは自身のA定食からサクランボを掴んでビビィに手渡した。
ビビィは嬉しそうにサクランボをモグモグと食べている。
「もっと、ほしい!!」
「もう、ないよ」
「もっとほしい!! ほしい!! ほ~し~い!!」
ビビィはジタバタと暴れだした。
「これで我慢しなよ」
魔法の袋からリンゴを一つ取り出したシルルンがビビィに向かって投げると、ビビィは暴れていたにも拘わらず、俊敏な動きを見せてリンゴをキャッチした。
「おいしい!!」
ビビィは幸せそうにリンゴを食べている。
シルルンの魔法の袋には果物屋で買い占めたリンゴとミカンが大量に入っており、魔法の袋に入れた食べ物は腐らないので便利なのだ。
だが、ビビィの果物に対する食い意地は凄まじく、部屋のテーブルの上に五十個ほどのリンゴを置くと次の日にはなくなっており、さらに百個置くとそれも次の日にはなくなっていたのでキリがなく、シルルンは果物をまとめて置くのをやめたのだった。
「……あなたそれだけで足りるの?」
スープしか飲んでいないキュリーに対して、ラーネが怪訝な表情を浮かべる。
「新しく入った子に気に入った子がいて、その子に名前をつけたいからお金を貯めてるのよ」
「でも、命名権は高いわよ。レア色だと五百万円以上はするから……」
ミーラは難しそうな表情を浮かべている。
「私が気に入った子は通常色だから五十万円ぐらいなのよ」
キュリーの顔にはうっすらとした笑みが浮かんでいる。
「通常色ならシルルンさんにお願いして安くしてもらったら?」
「ううん、好きだからこそ私は正規の手順でやりたいのよ」
キュリーは真面目な硬い表情を浮かべている。
「ふ~ん、けど僕ちゃんもうすぐ武学辞めると思うよ」
その言葉に、全員の顔が驚愕に染まった。
「シルルンさん、ホントに辞めるんですか!?」
血相を変えたミーラは思わず席から立ちあがる。
「うん、元々、無理矢理連れてこられたし、学費を返済するお金もあるからね。住むとこを確保できたら辞めようと思ってるんだよ。そもそも、動物使い科にきて僕ちゃん何も教えてもらってないからいる意味ないし」
動物使い科にシルルンが在籍していても、更なるレベルアップを見込めないと思ったミーラは、苦虫を噛み潰したような顔をして俯いた。
「スライム小屋にいるスライムたちはどうなるの?」
キュリーは探るような眼差しをシルルンに向ける。
「もちろん、連れてくよ」
「そんな……シルルン行かないでよ!!」
キュリーは悲痛な表情で訴えた。
「え~~~っ!! やだよ!! 僕ちゃん土地買っちゃったし」
「えっ!? シルルン土地買ったの!? 私は聞いてないわよ!!」
リザが射抜くような鋭い眼光をシルルンに向ける。
「ひぃいいいいいいいぃ!!」
シルルンは怯えたような表情で後ずさる。
「どの辺を買ったんですか? 東の土地は高いですよね」
テックは興味深げな視線をシルルンに向けた。
「ううん、北の土地を買ったんだよ」
「えっ!? 北の土地を買ったんですか!? あそこは全く人がいませんよ」
「だって、一平米で一円だし安いでしょ? このA定食の値段で五百平米も買えるんだよ」
シルルンはふふ~んと胸を張る。
「いくら安くても家を建てて住むには利便性が悪すぎませんか? 一番近くても東の方向に五十キロほど移動しなくてはいけないですし」
「でも、武学からは五キロぐらいしか離れてないし、東で買い物する時はまとめて買うから大丈夫だよ」
「えっ!? 武学から五キロしか離れてないの? その距離なら十分に会いにいける距離だわ」
キュリーは憂鬱そうな顔から一変して瞳を輝かせた。
「うん、僕ちゃんそこでスライム屋さんをやろうと思ってるんだよ」
「お店をやるとしても北には全く人がいないんですよ?」
「うん、集客はこれからゆっくりやるよ。それにスライムは命名権と占有権が高く売れるから、それだけでも十分稼げるからね」
「なるほど、確かにその通りですね。通常色のスライムでも、命名権、占有権を合わせて百万円ぐらいになり、レア種ならその十倍の一千万円になる……」
幾度も小さく頷いたテックは納得したような顔をした。
「そのお話、ぜひ私も参加させて下さい」
イネリアはキラーンとメガネを光らせた。
「え~~~~っ!? やだよ。君は冒険者なんだからギルドに行ったらいいじゃん」
半ば死んでいる人のような表情のイネリアは、ふらふらとした足取りでプルに近づいて抱きつこうとした。
「……わ、分かったよ。手伝っていいから、プルに抱きつくのはやめてよ」
シルルンは弱りきった表情を浮かべている。
「それでシルルン様、進捗状況のほうはどうなっているのでしょうか?」
キラーンとメガネを光らせたイネリアは期待に胸躍らせる。
「……いや、まだまだ準備には時間が掛かるからそんなに焦らなくてもいいよ」
(ていうか、あんた立ち直るのはえーなっ、おいっ!!)
呆れ顔のシルルン言葉に、イネリアは満足げに頷いた。
「あの……こちらの獣人の方はどなたでしょうか?」
ラーネを見つめるミーラはシルルンに尋ねる。
「ああ、ミーラとテックは知らないんだよね。大穴で仲間になったんだよ」
「ラーネよ。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします。大穴でってことはシルルンさんと一緒に行動されてたんですか?」
丁寧に挨拶を返したミーラは視線をラーネに向ける。
「フフッ……そうね、A3ポイントから一緒だったわ」
「A3ポイントって言ったら私たちが帰還した部屋ですよね」
「あなたたちと入れ替わりって感じよね。あとはエベゼレアもいたけど」
リザの言葉に、エベゼレアの名を耳にしたハズキたちが目を見張る。
戦士科の女生徒にとって、女性だけで組まれたエベゼレア隊は憧れの的なのだ。
「あれからどうなったんですか?」
ミーラは真剣な硬い表情でリザに尋ねた。
「考えてみるとA3ポイントが一番混乱したと思うのよ。あの後、ハイ スパイダー六匹を討伐するために軍とラーグ隊、ホフター隊、エベゼレア隊とかが戦ったんだけど、エベゼレア隊が壊滅的打撃を受けてエベゼレア隊は解散。それでエベゼレアは私たちと一緒に行動するようになったのよ」
エベゼレア隊が壊滅したことに対してハズキたちはショックを露にする。
「そ、それでどうなったんですか?」
緊張した面持ちのミーラの言葉に、皆の視線がリザに集中し、他の生徒たちも聞き耳を立てている。
「三匹は倒して三匹は逃げ出したのよ。ところが洞穴から別のハイ スパイダーが三匹も現れて、しかも、アラクネまで出てきたのよ」
「ア、アラクネが出たんですか!?」
ミーラは雷に打たれたように顔色を変える。
「ねぇ? アラクネって何なの?」
疑問を覚えたキュリーは質問をミーラに投げかけた。
「伝説レベルの魔物で上半身は女で下半身は蜘蛛の魔物よ。一説ではハイ スパイダーの上位種とされてるのよ」
遥か昔からの魔物使いの家系であるミーラはアラクネの存在を知っているのだ。
「や、やっぱり、強かったんですかアラクネは?」
「そりゃ、無茶苦茶強かったわよ。軍の聖騎士たちとラーグ隊、ホフター隊、リック隊の総がかりで戦っても全く歯が立たなかったのよ」
その言葉に、皆が放心状態に陥ったが、ラーネだけが不敵な笑みを浮かべていた。
「……ど、どうやって倒してんですか?」
「アウザー教官が倒したのよ」
「なっ!?」
皆が目を大きく見開いて絶句している。
「でもね、時系列で言うとそれは後の話なのよ。主力がアラクネと戦ってる時に軍が敷いた包囲陣の中に、三匹のハイ スパイダーがテレポートの魔法か何かで唐突に出現したのよ。包囲陣の中は大パニックになって何人死んだか分からないレベルの虐殺が起きたのよ」
「そ、そんな……私たちが帰還した後は大変だったんですね」
ミーラは深刻な表情を浮かべている。
「それで、一匹はミゴリ隊とゾピャーゼ隊が倒したのよ」
「……さすがミゴリ隊ね」
ハズキは満足げな笑みを浮かべており、パール、エリナも同調して頷いた。
戦士科ではミゴリ隊の名もよく聞く名で、四年の大豪院と血縁関係があるという噂が学園では囁かれているのだ。
「残り二匹はどうなったんですか?」
「シルルンが倒したのよ。たった一人でハイ スパイダーをテイムの結界で押さえ込んでるシルルンはカッコ良かったわ……」
リザは恍惚な表情を浮かべている。
ハイ スパイダーを瞬殺して【ダブルスライム】の二つ名を得たという噂は真実だったのだと、その場にいる生徒たちは驚きを禁じ得なかった。
しかし、ハズキたちは不審げな眼差しをシルルンに向けている。
「……」
(またこの話だよ……寝たふりで誤魔化そう……)
シルルンは目を閉じて全く動かなくなった。
「まぁ、そこから先はサクサク進んで途中で勇者セルドと合流して、大穴の主はアース ドラゴンだったのよ」
食事をとることも忘れてリザの話に耳を傾けていた生徒たちが、席から立ち上がってシルルンたちのテーブルを遠巻きに囲み始める。
「勇者セルドは強かったんですか?」
「そりゃ強かったわよ。アウザー教官とどっちが強いのかってレベルよ。上位種を一撃で倒す人族なんて勇者かアウザー教官ぐらいしか私は知らないからね」
「……アース ドラゴンはどうだったんですか? やっぱり強かったんですよね!!」
「『威圧』っていう能力は知ってるでしょ? 心臓を鷲づかみにされたような強力なプレッシャーを感じるのよ」
「はい、シレンも『威圧』は使いますし、強力な能力ですよね」
リザの問いに、ミーラは同意を示して頷いた。
「アース ドラゴンは『威圧』も使うけど『咆哮』って能力も使うのよ。効果は『威圧』と似ているわ。つまり、『威圧』の効果が二倍の状況で、さらに『重圧』っていう能力も所持していて重力を変動させて十倍の重力になったのよ。体重が五十キログラムだとしたら五百キログラムになるのよ。『威圧』が二倍の状況で『重圧』もくらって、私は下がることしかできなかったわ」
だが、その話にハズキとパールが鼻で笑い、リザとハズキ、パールが睨み合う。
「あんた、さっきから大げさなのよ。シルルンがハイ スパイダーを倒したとか『威圧』が心臓を鷲づかみにされたようだとか全く信じられないわ」
ハズキは鋭い眼光をリザに向ける。
「フフッ……これが『威圧』よ」
唐突にラーネが『威圧』を放った。
ラーネを中心に半径二十メートルほどが『威圧』の影響下におかれ、生徒たちは蛇に睨まれた蛙状態になり、部屋に静寂が訪れた。
「ちょっと学生相手に何やってるのよ!! あんたの『威圧』は体に悪いのよ」
「フフッ……『威圧』を知らないっていうから教えてあげてるのよ。アース ドラゴンの『威圧』と『咆哮』は、私の『威圧』の二倍なのよ。動ける子はいるのかしら?」
微笑を浮かべるラーネが、ハズキとパールを一瞥する。
「――っ!?」
今の状態ですら全く動けないハズキとパールの顔が驚愕に染まる。
「あらあら、仕方ない子たちね。この程度で誰も動けないなんて……これに『重圧』も加わるのよ」
最早、ラーネの言葉を聞く余裕のある生徒は誰もおらず、呆れたラ-ネは不意に『威圧』を解いた。
「うぁあああぁぁあああああああああああああああぁぁぁ!!」
「ぎゃああああああああああああああぁぁぁ!!」
「ひぃいいいいいぎゃあああああああぁぁぁぁ!!」
あまりの衝撃に錯乱状態に陥った生徒たちは、地面にへたり込んで泣き叫ぶ者たちや、失禁する者たちが続出する。
ピクルス、キュリー、テック、ミーラ、ビビィは失神し、ハズキ、パール、エリナは顔が青ざめて腰が抜けて動けなかった。
「ん? 皆どうしたの?」
シルルンはあまりの喧騒に目を覚ます。
「あんた、学生相手にやりすぎなのよ!!」
リザは鋭く声を発したが、ラーネは不敵に笑っている。
「ん? 何が? もうご飯食べたんだし、そろそろ行こうよ」
生徒たちが錯乱する中、シルルンたちは平然とその場から歩き出し、ハズキたちは信じられないといった表情で遠ざかっていくシルルンたちの背中を呆然と見つめるのだった。
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