34 鑑定屋と不動産屋 修
シルルンはトーナの街にある鑑定屋を訪れており、 大きな武器屋の店中やその付近には鑑定屋があることがほとんどだ。
彼が連れてきているペットたちはプル、プニ、ブラックで、鑑定屋を訪れた理由は、魔法の袋の中に入っていたミスリル以上の鉱石で製作されている武具を鑑定するためである。
シルルンは鑑定屋の中で順番を待っており、鑑定師は五名いるが客が多く順番待ちなのだ。
鑑定料は店によって変わるが、この店の鑑定料は一点銀貨一枚、つまり千円である。
鑑定書を作成してもらうには、この店では金貨一枚で十万円になる。
そのため、一般的には高額なアイテムにのみ鑑定書は作成されるのだ。
鑑定書や奴隷証書の作成にはディード(鑑定書作成)の魔法やスレイブディード(奴隷証書の作成)の魔法が必要で、この二種の魔法は使い手が極めて少なく高額になる。
シルルンは鑑定師に呼ばれて席に座った。
「それでは鑑定するアイテムをお出しください」
眼鏡をかけた女鑑定師が愛想笑いすらなく無表情で言った。
「かなりの数があるんだけど問題ないの?」
「お一人様一点でお願いしております。二点以上ある場合には再び並んでもらうことになります」
「え~~~~~っ!? マジで!? めんどくさいなぁ……いっぱいあるからどれにしようかなぁ……」
シルルンは不満そうに魔法の袋を探る。
「じゃあ、これを鑑定して」
シルルンは白いクリスタルのような素材で製作された盾をカウンターの上に盾を置く。
「こ、これはアダマンタイトで作られています!! すごいっ!! 初めて見ました!!」
女鑑定師は興奮して鼻息が荒い。
「ふ~ん……そうなんだ」
「アダマンタイトは硬度的に一番硬い物質な上に魔法も受けつけないと言われています。その特性から魔法を付加することができません。なので追加効果はなく、魔法を受けつけないことが追加効果になります」
「ふ~ん……相場はいくらなの?」
「……わ、分かりません。私、個人の見解では軽く十億は超えると思います。もしよろしければ当店で競売も行っておりますので競売にかけてみてはいかがでしょうか?」
女鑑定師は期待に満ちた表情を浮かべている。
「ううん、やめとくよ」
「……そ、そんな!? なぜですかっ!? なぜっ!! なぜ競売にかけないのよっ!!」
シルルンをキッと睨んだ女鑑定師は金切り声を上げた。
彼女がヒステリーを起こしたのは、落札金額の一パーセントが紹介料として鑑定師に入るシステムだからである。
「ひぃいいいいいぃ!!」
シルルンはカウンターに銀貨一枚を置いて逃走したのだった。
ちなみに、魔物の袋の中にはアダマンタイトで製作された武具が五セットずつ入っており、彼はアダマンシールドを売却しても構わなかったがなんとなく断ったのだ。
シルルンは別の鑑定屋に赴いて金色に輝く盾を鑑定すると、その盾はオリハルコンで製作されたオリハルシールドと鑑定される。
オリハルシールドも競売にかけると十億は超えると鑑定師に言われて、ここでも大騒ぎになったのでシルルンは逃走したのだ。
ちなみに、オリハルコンで製作された武具も五セットあり、他にも様々な武器があったのでシルルンは鑑定したかったが、あまりにも大騒ぎになるので鑑定を中止せざるを得なくなったのだった。
シルルンたちはトーナの街にある不動産屋に到着して店の中に入った。
「お客様、他のお客様が驚きになられるので、ペットのご来店はご遠慮させて頂いております」
女店員に声を掛けられたシルルンたちは足を止める。
「え~~~~っ!! ダメなの?」
「肩にのっているスライムちゃんは問題ないと思いますが、そちらの黒い魔物のほうは他のお客が驚きになられるので……」
「……」
シルルンは鬱陶しそうに踵を返す。
「構わん、入ってもらえ」
屈強な老爺が言い放つと、慌てて女店員がシルルンたちを呼び止めて、シルルンたちはられて席に案内される。
「いや、うちの店員が失礼をした。【ダブルスライム】のシルルン殿」
「ダ、ダブルスライム?」
女店員は思わず不可解な声を上げる。
「【ダブルスライム】のシルルンと言えば、武学の生徒でありながら大穴攻略戦の最大功労者たちに名を連ねるこの国の英雄だ」
「なっ!?」
目前の少年が英雄だとは思いもしなかった女店員の顔が驚愕に染まる。
「勉強不足だな。こういう商売をしているんだからもっと見聞を広めろ」
「し、失礼しました!! も、申し訳ありません」
悲痛な表情を浮かべる女店員は深々と頭を下げた。
「飲み物は何にしますかな」
「じゃあ、紅茶を四つ」
一瞬訝しげな表情を露にした女店員は、何も反論せずに紅茶を作りに奥へと引っ込んだ。
「儂はロパロパには目がなくて森に観察しに行ったりしているが、その黒いロパロパは通常種より少し大きいように見えるが……」
「あはは、詳しいね。ブラックはハイ ロパロパなんだよ」
「ほう……これがハイ ロパロパ……さすがダブルスライム殿だ」
屈強な老爺は熱い眼差しをシルルンに向けており、女店員が運んできた紅茶をテーブルの上に並べる。
「やるデス!! もう入ってるデス……」
紅茶は水筒からカップに注ぐものだと思っていたプルは残念そうな顔をした。
「あはは、普通は紅茶はこういう風に出てくるんだよ。それで、これは砂糖。これを入れると甘くなる。こうやってスプーンですくって紅茶に入れて甘さを調整するんだよ」
「……」
その光景を目の当たりにした女店員は、怪訝な眼差しをシルルンに向けている。
「お前は本当に勉強不足だな。魔物使いはペット化に成功したら思念での会話が可能になり、マスターが使う言語も理解できるようになるんだ。お前がブラック殿に言った言葉もブラック殿は理解しているんだぞ」
真っ青になった女店員は申し訳なさそうにチラリとブラックに視線を向ける。
『触手』を伸ばして砂糖を紅茶に入れたプルたちは、カップを掴んでクピクピと紅茶を飲み始めた。
「――っ!?」
(ダブルスライム殿が飲ましてやるものだと思っていたが、このペットたちは自分で飲めるのか……)
屈強な老爺はただならぬ表情を浮かべている。
小さいスライムたちが紅茶を飲む姿は可愛いらしく、女店員はうっとりした表情でプルとプニを見つめている。
「それで、今日はどういったご用件で」
「うん、できるだけ武学の近くで広い家を借りたいんだよ」
「なるほど……それなら腐るほどありますぞ」
「できれば、広い庭付きの家がいい」
「ぐっと減りましたな。広い庭とはどれくらいの広さをお考えで」
「うん、最低でも二千五百平米ぐらいかな」
「〇ですな。そのクラスなら建てるしかありませんな」
「えっ~~~!? マジで!?」
(なんで腐るほどあるから〇になるんだよ)
シルルンは不満そうな顔をした。
「武学から遥か遠くにならばありますが、近くならありません」
「遠くってどのくらい遠いの?」
「東に百キロメートル以上は離れますな」
「えっ~~~!? マジで!? なんでそんなに遠いんだよ!?」
「そもそも、武学から東の方角に向かって街は発展しており、ご存知だと思いますが様々な店は東にあってこの店もそうです。ですので、家を新しく建てるなら武学から北の方角に建てるのが安上がりですが、北の方角は全く発展していないので周りには何もなく人も住んでいないという状況です
「東の方角は高いの?」
「そうですな、一平米辺り、平均百万円が相場ですな。二千五百平米の庭の土地を買うだけでも二十五億円ほどかかりますな」
「高っ!! 高すぎるだろ……じゃあ、北の方角の土地はいくらなの?」
「一平米、一円ですな」
「安っ!! なんでそんなに北は安いんだよ!!」
「さっきも言いましたが、武学から北の方角は全く発展していないからです。遥か昔に北と東に分かれて街作りが行われたらしいのですが、北は土が悪すぎて作物がほとんど育たなかったのです。反対に東の土は北よりはマシで作物が育った。同じ労働で作物がほぼ〇個と作物が百個育つとして、どちらに住みたいですかな?」
「そりゃあ、百個のほうがいいよね」
「そうでしょうな。そういう理由で人が北の方角には定着しなかったのです。人がいないと商売は成り立ちませんからな」
ちなみに、現在では武学から東に四十キロメートルほどの範囲までが作物が育たない状況に陥っている。
「それにしても、一円は安すぎない?」
「人がいない地域の土地はそんなもんですな。数年前『栽培』を所持する方が北の土地を買って挑戦しましたが、結局、採算が合わずに土地を売り払って撤退しましたからな」
「ふ~ん……そうなんだ」
『栽培』は作物の成長する早さを促進し、十倍まで高める効果があるのだ。
「まぁ、こちらとしては一円でも値がつくだけマシですな。ルビコの街、ユポの街、セーロの街だとこのような悪い土地は無料で提供してますからな」
「二千五百平米ぐらいの家はいくらで建つ?」
「材料を木か石にするか、一階建かそれ以上でも変わりますし、間取りや風呂やトイレの数でも変わりますな」
「一番安い石で縦横が五十メートルで高さ三メートルくらいの家ならいくらになる?」
「家用の一番安い石だと、一平米辺りの値段が五百円だから床で二千五百枚、天井で二千五百枚、壁で六百枚で合計五千六百枚の石を使用するから石の材料費だけで二百八十万円ですな」
「ふ~ん……そんなもんなんだね」
「これに大工の人件費が一日一万円として、だいたい百五十万円。資材の運搬費が百十万で、合計二百六十万円ほどかかりますな」
「風呂とトイレはいくらするの?」
「トイレ自体は安い物だと汲み取りタイプが三万円からありますが、設置に三万ほどかかり、水で流すタイプですと穴を掘って配管を通すので設置に十万ほどかかりますな。風呂は石を使った小さいサイズの安いもので五万ほどで、設置に五万ほど配管を通して水を流せるよにするとさらに十万ほどかかりますな」
「じゃあ、こんな感じに部屋を作って風呂は大きくして、トイレは三つぐらいつけたらいくらになる?」
羊皮紙に間取りを描いたシルルンは屈強な老爺に羊皮紙を見せる。
「そうですな、それだと五百七十万円ほどになりますな」
「じゃあ、その家を建てるよ。あと最初に言ってた側だけの家に床は土で構わないから、トイレだけ三つぐらいつけたらいくらになる」
「四百十五万ほどで建ちますが、何に使うのですか?」
「そこで、ペットを飼うんだよ」
「ああ、なるほど……放し飼いにするのですな」
屈強な老爺は納得したように頷いた。
「うんうん。じゃあ、その家も二軒建てるよ」
「分かりました。土地は北の方角の土地ですと一円ですが、武学の建物から五キロメートルほどの範囲は武学の敷地ですので、土地を買えるのは五キロメートルから先になりますが、どの辺りをお買いになりますか?」
屈強な老爺がテーブルに地図を広げると、シルルンは地図を凝視した。
ちなみに、首都であるトーナの街には武学が二校あるが、S学を含めると三校になる
第一武学は第一区画に建てられており、S学は第一区画の最も栄えている場所に建てられているが、第二武学は区画外の南西の端に建てられている。
言うまでもなく、シルルンたちが在籍するのは第二武学である。
「じゃあ、この辺かな」
シルルンは第二武学から最も近い何側の外壁の近くを指差した。
「なるほど。土地は家を三つ建てるから七千五百平米で、七千五百円と手数料になりますな」
「安っ!! 七千五百平米で七千五百円って……でも、僕ちゃんは二億平米買うよ」
「なっ!? 二億平米ですと二億円ですぞ!?」
ゴツイ爺と女店員は面食らったような顔をした。
「うん、僕ちゃん二億円もってるよ」
シルルンが魔法の袋から大量の金貨を取り出した。
「……わ、分かりました。北側の外壁付近の土地二億平米ですな。外壁から五キロメートルほどの範囲の土地は、外壁の修繕や魔物からの攻撃を防衛するために国が管理してますので、外壁から五キロメートル離れた場所から二億平米購入ということでよろしいですな?」
「うんうん、それでいいけど家はどのくらいで建つの?」
「そうですな、一軒、二ヶ月というところですかな」
「え~~~っ!? そんなにかかるの!? できれば先にペット小屋を一軒建ててから、次に僕ちゃんたちの家を建ててほしいんだけど、そんなにかかるのか……やめようかな」
「わ、分かりました。土地を二億平米買って頂けることですし、全力を尽くします」
「全力って、どのくらいかかるの?」
シルルンは探るような眼差しをゴツイ爺に向けた。
「とにかく大工を多数集めて急がせますが問題なのは資材の運搬で、普通の馬車で積める石の枚数は三十枚程度でして、ここから家を建てる土地に移動するまでに約六十キロメートルほどありますので十台の馬車で運搬しても、一日に三百枚ほどしか運搬できません」
「じゃあ、石は僕ちゃんが運ぶよ。僕ちゃんなら一回で運べるからね」
その言葉に、屈強な老爺は目を見張る。
だが、英雄ができると言うならできるのだろうと彼は納得した。
「そ、それなら、運搬費を家の代金から三百万ほど引かせて頂きます」
「いや、それも使っていいから急がしてほしいんだよ」
「分かりました。全力を尽くします」
「じゃあ、土地代の二億円と家の建築費が千四百万円だから二億千四百万円でいいんだよね」
シルルンは魔法の袋から二億千四百万円を取り出し、屈強な老爺と女店員は金貨を必死の形相で数えている。
「確かに二億千四百万円をお預かりしました」
「うん、いつ石を運べばいい?」
「もちろん、今からで」
ニヤリと笑った屈強な老爺は手紙を書きだした。
「お前はこれを持ってダブルスライム殿と石屋のボルドルの元へ走れ。儂は大工を大至急に手配する」
頷いた女店員はシルルンたちと馬車に乗って石屋に向かい、シルルンたちが石屋に到着すると、女店員が慌しく石屋の中に入っていった。
シルルンたちが石屋の前でしばらく待っていると、シルルンたちに向かって白髪の老爺が歩いてきた。
「おう、ダブルスライム!! あんたの石はこっちじゃ!! ついてきてくれ」
白髪の老爺に連れられたシルルンたちは、石が大量に置かれている部屋に案内される。
その部屋には一平米サイズの石が十枚ずつ重ねられて大量に並んでおり、石の種類ごとに並べられていた。
「これがあんたの石じゃ。ここから、ここまでで一万二千枚ある。こんだけあれば足りるじゃろ。まぁ、どうやって運ぶのか分からんがな……」
白髪の老爺は運搬を行う石の範囲が把握し易いように目印を付けた。
「う~ん……」
(安い石だから見栄えもぱっとしない薄い灰色のザラザラな石だね……)
シルルンは不満げな表情を浮かべている。
魔法の袋を腰から外したシルルンは十枚積み重なった石に魔法の袋の口をあてると石はふっと消えた。
「……」
もう一度同じことを繰り返したシルルンは緊張した面持ちで、魔法の袋から石をゆっくりと取り出すと、石は十枚重なったままで出現した。
「……ふぅ、よかったよ」
シルルンは安堵の表情を浮かべている。
つまり、魔法の袋に一万二千枚の石を収納すると、まとまって出現する可能性を彼は懸念していたのだ。
その場合、彼は下敷きになって間違いなく死ぬだろう。
「でも、どういう基準なんだろう……」
(物が大きいとまとまらないのかもしれないね……)
シルルンは一分ほどで一万二千枚の石を魔法の袋に収納した。
それを目の当たりにした白髪の老爺は呆然としており、シルルンたちは石屋を後にした。
シルルンはブラックに乗って購入した土地に向かって疾走していると、道中で騎乗した屈強な老爺の姿があった。
屈強な老爺は三台の馬車を先導しており、馬車の中には大工たちが乗っているのだろう。
乗っていなければ屈強な老爺は馬鹿である。
「あはは、先いってるね!!」
「おおっ!! ダブルスライム殿か!! ぬう、負けぬ!!」
屈強な老爺が馬に鞭を入れると馬は速度を上げたが、シルルンたちは一瞬で彼の視界から消え去った。
購入した土地に到着したシルルンたちは地面に座り込み、シルルンは土を触りながら呟いた。
「まぁ、こんな土じゃあ、さすがに作物は生えないだろうね……それに見事に何もないねぇ」
土地の土は砂のようにさらさらで雑草すら生えていないのだ。
そして、二時間ほどが経過すると、屈強な老爺たちが到着する。
「石はどの辺に置いたらいい?」
「そうですな、あの辺りが一番作業効率がいいでしょうな」
「うん、分かったよ」
指定された場所に移動したシルルンは魔法の袋から購入した石を取り出して地面に並べていく。
「じゃあ、僕ちゃん行くね。なるべく早く建ててね」
「わはは、お任せくだされ!! 石が届いたら大至急で掛かりますぞ!!」
「あはは、石はそこに置いといたから頼んだよ」
シルルンたちはその場から一瞬で消え去った。
「……」
顔を顰めた屈強な老爺は視線を指定した場所に転ずると、そこには大量の石が積まれていた。
その光景を目の当たりにした屈強な老爺は愕然としたのだった。
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武器や防具等の素材について
ミスリル(通常は白銀色。だが、色付きもあり、非常に希少で、硬度も硬い)
鉄より軽く鋼より硬い物質。
希少なので値段が高い上に加工するのも高い技術がいる。魔法との相性もよく、魔法を付加するのに適した物質だが、魔法を付加するには激しく高い技術が必須であり、錬金術師泣かせな素材なのである。しかし、魔法付加に成功すれば莫大な富と名声が得られるのである。
アダマンタイト(白ぽいクリスタル)
鉄より軽くミスリルより重く、世界で、一番硬い物質。
激しく希少で、世界中の市場で、ほぼ見かけない。特性が魔法を受けつけないので魔法を付加することは不可能とされている。
オリハルコン(金色)
ミスリルより軽くミスリルより硬い物質。
激しく希少で、世界中の市場で、ほぼ見かけない。魔法との相性もよく、魔法を付加するのに適した物質だが、魔法を付加するには超激しく高い技術が必須であり、魔法を付加することができる錬金術師は、ほぼいないとされる。




