33 オーガキャンプ 修
いい加減な地図。
ブラックに乗ったシルルンたちは、トーナの街から西の方角にある湖に向かって疾走していた。
シルルンの肩にはプルとプニがのっているが、足の遅いタマたちは留守番である。
彼らが湖に向かっている訳は、シェルリングから貰った小さな袋の検証のためだった。
シルルンが小さな袋からアイテムを取り出してみると、袋の大きさから考えて入るはずのない大きさの武器が出てきたのだ。
つまり、小さな袋は魔法の袋だったのだ。
この時点でシルルンは魔法の袋の性能を調べ始める。
彼は折れた巨大な木や大量の砂を魔法の袋に入れてみると、どちらも収納可能だったが砂は塊になって出てきたのだ。
この結果に、大きさと個数に関しては問題ないとシルルンは思っていたが、最大容量を調べる必要があると思案して彼らは湖に向かっているのだ。
ちなみに、魔法の袋の大きさは硬貨袋と同様でシルルンは腰に装備しており、魔法の袋の中には百点以上の武具や指輪などのアイテムが多数入っていた。
その武具の中にはミスリル以上の鉱石で製作されているものもあり、売却すれば儲かると思ったシルルンはシェルリングに感謝したのだった。
湖までの距離は二百五十キロメートルほどあるが、ブラックが本気で駆ければ数分で到着する。
だが、その速度で移動すればシルルンの肩にのるプルとプニが吹っ飛ぶので、ブラックは速度を落として進んでおり、それでも遭遇した魔物たちはブラックを視認することすらできなかった。
湖に到着したシルルンたちは砂浜に移動する。
「大きいデス」
「デシデシ」
湖の直径は八百キロメートルほどあり、プルとプニはその大きさに驚いている。
手ですくった水を何度も魔法の袋に入れたシルルンは、魔法の袋から水を取り出してみると水が塊で出てくる。
この結果に彼は急に面倒臭くなり、魔法の袋を湖の水につけると凄まじい勢いで水が魔法の袋に流れ込んでいく。
「どんどん入るデス」
「あはは、これだけ入るなら容量も問題なさそうだね」
シルルンは満足げな笑みを浮かべているが、湖の水嵩が恐ろしく減少したことにより、砂浜が露になって魚が跳ねている。
「やべぇ……どんだけ入るんだよ」
真っ青な顔になったシルルンは湖から魔法の袋を引き上げる。
「いっぱい入ったデス」
「デシデシ」
「あはは、そうだね。僕ちゃんもこんなに入るとは思ってなかったよ。生きてる魚は入るのかな?」
シルルンは跳ねている魚を捕まえて、魔法の袋に入れてみたが魚は入らなかった。
「まぁ、そうだろうね」
(これが可能ならどんな強い魔物でも魔法の袋に入れてしまえば終わりだからね)
シルルンは納得した様子で頷いている。
「……けどこのままだと魚が死んじゃうよね」
魚を砂浜に戻したシルルンは魔法の袋から水を取り出した。
「ぎゃぁああああぁああああああぁぁぁ!!」
だが、シルルンは津波に巻き込まれて湖の藻屑となる。
彼は魔法の袋に大量に流し込んだ湖の水が、塊で出てくることを失念していたのだ。
まさにダイタルウェイブ、津波である。
プルたちが湖に潜ってシルルンを救出しなければ、シルルンは溺死していたのだった。
「……全く酷い目にあったよ」
意識が回復したシルルンが独り言のように呟く。
彼はヒールの魔法で体力は回復していたが精神的に疲れており、魔法の袋からカップ四つと甘い紅茶が入った水筒を取り出した。
「やるデス」
プルが水筒の蓋を『触手』であけて、慣れた手つきでカップに紅茶を注いでいく。
ブラックはハイ ロパロパに進化したことにより『触手』を使うことができるようになっており、彼は『触手』でカップを持って一瞬で紅茶を飲み干した。
紅茶を飲んでいるシルルンは、はっとしたような顔をした。
彼は魔法の袋に弓が入っていたことを思い出したのだ。
シルルンは魔法の袋からミスリル以上の鉱石で製作された弓を二張取り出す。
白いクリスタルのような素材で製作されている弓と金色に輝く弓である。
しかし、シルルンは両者の弓を引くことができなかった。
「え~~~~っ!? マジで!? 意味ないじゃん!!」
シルルンは不満そうな顔をした。
魔物使いのレベルが九十である彼の膂力が不足している訳ではない。
つまり、ミスリルより上位の物質で作られた弓は、最上級職である【弓神】以上の職業でしか扱えないことを彼は知らないのである。
だが、もう一張弓があることを思い出したシルルンは、魔法の袋から薄い青色のミスリルで作成された弓を取り出したが、この弓には弦がなかった。
「これもダメじゃん!!」
魔法の袋には弓が三張しか入っておらず、シルルンは意気消沈して肩を落とす。
「……」
(弦を張れば使えるようになるかもしれないけど、この弓を引くことができないかもしれない……)
少し考える素振りを見せたシルルンは弓の両端を持って全力で曲げる。
「え~~~~~っ!! これもダメじゃん!!」
不愉快そうな顔をしたシルルンは、弓の中央部分だけが白くなっていることに気づいた。
シルルンが弓の白い部分を左手で掴むと銀色に輝く魔法の弦が出現し、シルルンは弦を引くと容易に引くことができた。
「へぇ、この弓は弦を引いても弓の形が変わらないんだね」
不思議そうな表情を浮かべるシルルンは、近くにある巨大な岩に向かって狙いを定めて弦を放すと、風の刃が飛んでいって巨大な岩に二十センチメートルほどの穴があいて貫通した。
「ひぃいいいいいぃ!! 何だこの弓は!?」
魔法の袋から鋼のクロスボウを取り出したシルルンは巨大な岩に目掛けて矢を放つ。
矢は岩を貫通せずに途中で停止した。
「これすげぇ!! 矢もいらないしすごい威力だよ!!」
シルルンは思わず笑みがこぼれる。
こうして、シルルンたちはトーナの街に引き返したのだった。
シルルンたちはトーナの街に向かって進んでおり、『魔物探知』で周辺を探ったシルルンは東の方角に多数の魔物を捉える。
気になった彼はその場所に向かうと、亜人たちが戦いを繰り広げていた。
ちなみに、この世界の亜人は白と黒とで分かれている。
代表的な亜人の種族。
ゴブリン
ノーム
コボルト
ハーピー
オーク
ドワーフ
エルフ
オーガ
遥か昔に存在した魔物学者パスータの著書には、こう記されている。
白亜人は人族語を理解し、獣人たちと同様に人族と共に生きていくことが可能だが、黒亜人は魔物と同様であると。
だが、当時の見解では白亜人が何かしらの理由で、黒亜人に変化するとされていたのだ。
しかし、これに疑問を抱いたパスータは、生涯をかけて様々な白亜人を観察し続けたのである。
その間に白から黒に転ずることは一例もなかったのだ。
そのため、彼はこれまでの通説は間違いであると主張し、姿、形は似ていても全くの別種であると結論づけて、その生涯を閉じたのだった。
現在の戦闘の状況は白亜人が劣勢であり、白亜人が約三十人、黒亜人が約五十匹である。
白亜人は、オーガが一人、オークが十人、コボルト五人、ノーム五人、ゴブリン十人。
黒亜人は、オーガが三匹、残りがオークだ。
白亜人側は、白オーガと白オークが前面に出て守りを固めており、黒オークたちが突撃を繰り返している状況だ。
白コボルトたちや白ノームたち、白ゴブリンたちは十台ほどある馬車を盾にして、弓矢や魔法で黒オークたちを攻撃しているが、コボルト、ノーム、ゴブリンは村人程度の戦闘力しかなく戦闘には不向きなのだ。
白亜人たちが黒オークたちの猛攻を防げている訳は『徒党』にあった。
『徒党』は同じ種族で集まることにより、守備力が上昇する能力である。
効果範囲は『徒党』を所持する者から半径十メートル以内にいなければ発動せず、五人だと守備力は一・五倍、十人以上で二倍になるのだ。
「全部やっつけるデスか?」
「とりあえず、戦うとしたら黒いほうだけかな。ただ白いほうがいい奴なのかが分からないんだよね」
シルルンたちは警戒しながら白オーガたちに接近していく。
「攻撃しないデスか?」
「う~ん……」
シルルンは考え込むような表情を浮かべている。
彼が躊躇している訳は白オーガたちが善良なのかという問いと、黒オーガたちが人型をしていることにもあった。
しかし、黒オークたちが馬車に回り込んで白ゴブリンたちを追いつめる。
「きゃああああああぁぁ!?」
「グレッグ様っ!! 助けてっ!!」
恐怖で顔が蒼くなった女白ゴブリンたちは悲鳴を上げて逃げ惑う。
その声を耳にしたシルルンは我知らずに、薄い青色のミスリルの弓で狙いを定めて風の刃を放つ。
風の刃は黒オークの頭を消し飛ばし、黒オークは首から大量の血を噴出して突っ伏した。
「ひぃいいいぃ、思わず撃っちゃったよ……こうなったらもうやるしかない」
「フハハッ!! さすがは主君。皆殺しにしましょうぞ!!」
「いや、黒いほうだけだよ。とりあえず、馬車のほうに行くよ」
「了解」
ブラックは馬車の向かって疾走し、シルルンが連続で風の刃を放つ。
多数放たれた風の刃は白ゴブリンたちを追いかける黒オークたちの頭を撃ち抜いて、黒オークたちは血を撒き散らして地面に倒れ込んだ。
「!?」
状況が飲み込めない白ゴブリンたちは血相を変える。
「ファイアデス!」
プルはファイヤの魔法を唱えて、激しい炎が黒オークたちの体を焼いて、黒オークたちが地面をのたうち回る。
「エクスプロージョンデシ!」
プニはエクスプロージョンの魔法を唱えて、光り輝く球体が黒オークたちに直撃して黒オークたちの体が砕け散った。
「フハハッ!! アース!!」
ブラックはアースの魔法を唱え、無数の石や岩が衝突した黒オークたちが苦痛に顔を歪めて倒れる。
瞬く間に十五匹ほどの黒オークたちが倒されたが、それでも黒オークたちは怯まずに標的をシルルンたちに変更して猛然と襲い掛かる。
だが、シルルンが狙い澄ました風の刃を続けて放ち、黒オークたちは何もできずに沈黙した。
「こっちに来なくなったね……僕ちゃんたちも前線に行くよ」
「了解」
ブラックは凄まじい速さで疾走し、シルルンたちは瞬時に白オーガの横に移動する。
「ファイアデス!!」
「エクスプロージョンデシ!!」
「アース!!」
プルたちが一斉に魔法を唱えたことにより、十匹ほどの黒オークが即死し、シルルンが二発の風の刃を放つ。
彼は一発の風の刃で複数の黒オークの頭を射抜くように斜線を調整して撃っており、二発の風の刃で五匹の黒オークの頭が消失した。
この時点で黒オークの数は十匹ほどまで減っており、三匹の黒オーガが指揮を執っている。
予期しない出来事に白オーガたちは面食らったような表情を浮かべている。
「馬車のほうに来た黒オークたちは僕ちゃんたちが倒しておいたよ」
「助太刀、感謝する!!」
我に返った白オーガは真剣な硬い表情で言った。
白オーガたちは黒オークたちと正面からぶつかり合って戦いを繰り広げているが、戦いは平行線だった。
黒オークたちも『徒党』を所持しているからである。
痺れを切らした二匹の黒オーガが怒りに顔を歪めて動き出す。
だが、ブラックが目にも留まらぬ速さで二匹の黒オーガたちの背後に回り込み、シルルンが風の刃を放った。
風の刃は二匹の黒オーガの頭を難なく貫き、黒オーガたちは為す術なく絶命した。
その光景を目の当たりにした黒オーガは即座に身を翻して撤退し、残った黒オークたちも黒オーガを追いかける。
「フハハッ!! 逃がさん!!」
ブラックは逃走する黒オークたちを追いかける。
プルとプニが攻撃魔法を放ち、黒オークたちの全滅には成功したが、黒オーガは森の中に逃げ込んだことにより取り逃がした。
「ちっ……」
苛ついて舌打ちしたブラックは白オーガたちの元に引き返す。
「俺の名はグレッグ。君の助太刀がなかったら最悪、全滅していたかもしれん……心より感謝する。君は人族の少年のように見えるが恐ろしく強いな」
グレッグは深々とシルルンに頭を下げた。
白オークたちや白ゴブリンたちも、グレッグに倣ってシルルンに頭を下げる。
「僕ちゃんはシルルン。危ないとこだったね。それで君たちは何してたの?」
ブラックから降りたシルルンはグレッグたちを見渡すと、白ゴブリンたちや白ノームたちと目が合った。
白ゴブリンと白ノームの身長は一メートルほどと低く、つぶらな瞳で可愛らしい容姿をしている。
「俺たちは南西の方角にある山に拠点があるんだが、そこで取れた鉱石を首都トーナまで売りに行く途中で奴らに襲われたんだ」
「ふ~ん、それで馬車が十台もあるんだね。で、黒オークとかはよく出るの?」
「いや、そうでもない。奴らは移動しながら生活をしている。たまたま、この辺りでキャンプをしていたんだろう」
「……魔物なのに冒険者みたいだね」
シルルンは苦笑いを浮かべる。
プルとブラックは黒オークたちの死体を次々に『捕食』しており、全ての死体を『捕食』した彼らはシルルンの傍に寄り、腰に下げている魔法の袋の中にゲボゲボと嘔吐した。
「ひぃいいいいぃ!! 食いすぎなんだよ!!」
思わず目を疑ったシルルンは驚愕の声を上げる。
しかし、実際にはプルとブラックは黒オークたちの体だけを『捕食』しており、魔法の袋の中には装備品だけを吐き出していたのだ。
それを理解したシルルンは感心してほっと胸を撫で下ろしたのだった。
「じゃあ、もうトーナまで君たちだけで行けるよね?」
「ああ、逃げた黒オーガは南のほうにいったから問題はない」
「じゃあ、僕ちゃんたちはいくよ!! バイバ~イ!!」
「ちょっと待ってくれ!! 礼をしたい!!」
グレッグが制止の言動を発したが、彼の視界から一瞬でシルルンたちは消え去ったのだった。
「主君。黒オーガのキャンプとやらが近くにあると、あの白オーガが話しておりましたぞ」
首都トーナの街に帰還途中のブラックが真剣な表情で話を切り出した。
「うんうん、言ってたね」
「デシデシ」
「放置すればまた罪のない者たちが襲われて危険に晒されますぞ!! ここは我らが奴らを討つべきだと我は具申いたします!!」
「う~ん……冒険者ギルドに報告して動いてもらったほうが楽でいいじゃん」
「ぬう、それでは遅いですぞ!! ギルドが動くには時間が掛かり、到着した頃には奴らは悠々と別の場所に移動しておりますぞ!! そしてまた罪のない者たちが襲われ命を落とすのです。だからこそ、今動かねばならぬのです!!」
その言葉に、シルルンは表情を曇らせる。。
「う~ん、分かったよ。ちょっと偵察も兼ねて行ってみようか」
「さすが主君!! 主君なら弱き者のために動くと思っておりましたぞ!!」
戦闘狂のブラックはニヤリと笑って南に向かって急旋回し、シルルンが『魔物探知』で南の方角を探ると、高速移動している魔物を捉える。
その魔物をシルルンが『魔物解析』で視ると、逃走した黒オーガだった。
シルルンたちは距離を取りながら黒オーガを追跡すると、巨大な岩が入り組んだ場所に出る。
「おそらく、奴らのキャンプは近いですぞ!!」
「うん、僕ちゃんもそう思うよ……とりあえず、あの黒オーガを倒そうか」
「了解」
ブラックは一気に加速して黒オーガとの距離をつめると、シルルンたちの接近に気づいた黒オーガが振り返る。
だが、それが黒オーガの最後の行動になる。
シルルンが薄い青色のミスリルの弓で狙い澄ました風の刃を放って、黒オーガの頭部を消し飛ばしたからだ。
ブラックは黒オーガの死体を一瞬で『捕食』し、シルルンが周辺を『魔物探知』で探ると、岩が入り組んだ先に二百匹ほどの魔物の集団を捉えた。
シルルンたちが入り組んだ道を慎重に進んでいくと、開けた場所に出た。
そこには三十メートルほどもある巨大なテントが縦に四つ並んでおり、岩の物陰に身を隠したシルルンたちはテントを観察する。
一番手前のテントから黒ゴブリンたちが慌しく出入りしており、馬車の荷台や手押しの荷台に荷物を積み込んでいる。
「へぇ、魔物なのに馬車や荷台を使うんだね」
意外そうな表情を浮かべるシルルンは『魔物探知』で四つのテントを探る。
一番目のテント 魔物が百二匹
二番目のテント 魔物が五十匹
三番目のテント 魔物が三十匹
四番目のテント 魔物が二十匹
「う~ん……」
(魔物の数は分かったけど白亜人や獣人がいる可能性がある……白の亜人や獣人がいたとして敵なのか捕まっているのか分らないのが厄介だね……)
シルルンは考え込むような表情を浮かべながらブラックから下りた。
「どうするデスか?」
プルがシルルンの肩からピョンと跳んでブラックの頭の上に乗る。
「う~ん……確実なのは移動を始めた時に仕掛けるのが一番いいね。距離を取って攻撃できるし、白の亜人や獣人がいても一緒に行動してたら敵だしね。あとは少しずつおびき出して倒していくやり方もあるけど、間違えたら一気に二百匹と戦うはめになるからなぁ……」
「ぬう……では、おびき出せばいいのですな。では参る!!」
プルを頭に乗せたままのブラックが、一番手前のテントに向かって突進した。
「アース!!」
ブラックはアースの魔法を唱えて、荷積みをしている黒ゴブリンたちに無数の石や岩が直撃し、黒ゴブリンたちはズタボロになって即死した。
「ひぃいいいいいいぃ!! 何やってんの!?」
シルルンは雷に打たれたように顔色を変える。
「フハハッ!! 我の名はブラック!! 出て来い小僧ども!!」
ブラックはテントの前で声高らかに宣言した。
「ファイヤデス!!」
プルはファイヤの魔法を唱えて、テントは一瞬で燃え上がる。
黒ゴブリンたちや黒オークたちがテントの中から躍り出てきて、彼らは一斉にブラックたちに襲い掛かった。
プルはファイヤの魔法を連発し、黒ゴブリンたちや黒オークたちは瞬時に炭へと変わる。
テントの中から続々と姿を現す黒ゴブリンたちや黒オークたちに対して、プルは攻撃魔法を唱え続けて黒ゴブリンたちや黒オークたちは何もできずに死体と化す。
「ん? もう全滅したのか? まだまだ足りんわ!!」
ブラックは凄まじい速さで二番目のテントの前に移動し、プルがファイヤの魔法を唱えてテントが炎上する。
「ひぃいいいいいぃ!! 無茶苦茶だ!!」
シルルンは開いた口が塞がらない。
プルがひたすらファイヤの魔法を唱え続けていることにより、周辺一帯が炎に染まり、逃げ場をなくした黒オークたちや黒ゴブリンたちは炎に焼かれて地面をのたうち回る。
「こうなったら押し切るしかないよ!!」
意を決したシルルンは岩の物陰から飛び出して、二番目のテントの前に駆けつける。
燃え盛る炎に囲まれて黒亜人たちは行動不能に陥っており、シルルンが容赦なく風の刃を速射し、プニもエクスプロージョンの魔法を唱える。
手立てがない黒亜人たちは風の刃に次々と頭を撃ち抜かれるか、爆発に巻き込まれて砕け散った。
シルルンは一番目と二番目のテントを『魔物探知』で探ると、テントの中に魔物は存在しなかった。
「よし、黒亜人たちは全滅したね」
満足げな笑みを浮かべるシルルンは、燃え広がる炎を避けながらブラックたちを追いかける。
大きく跳躍して炎を跳び越えたブラックは三番目のテントの前に着地すると、三番目と四番目のテントから黒オークたちと黒オーガたちが飛び出してくる。
数は両者ともに二十匹ほどである。
ブラックたちに接近したシルルンは『魔物探知』で辺りを探ると、見えない場所で魔物を捉える。
「ん?」
(ということは、姿を消している魔物がブラックたちを狙っていることになるね……)
『魔物探知』を頼りにシルルンは三発の風の刃を放ち、風の刃が何かを貫いた。
その場所に転がっていたのは『擬態』が解けて、姿が露になった黒オークシーフの死体だった。
怒りの形相の黒オークたちはブラックたちに目掛けて突撃し、プルがファイヤの魔法を連続で唱えて迎撃する。
黒オークたちは『徒党』によって守備力が二倍に上昇しているが、それだけで魔法攻撃には弱く、激しい炎に体を焼かれて炭になって崩れ落ちた。
その光景を目の当たりにした黒オーガたちは憤怒の形相を浮かべており、ブラックたちに目掛けて黒オーガたちが獅子奮迅の勢いで襲い掛かる。
ブラックがアースの魔法を唱えて、数知れない石と岩が黒オーガたちに激突するが、黒オーガたちの突進は止められない。
しかし、プルがサンダーの魔法を連発して、激しい稲妻に打たれた黒オーガたちが黒焦げになって次々に沈黙したが、一匹だけ倒れない黒オーガがいたのだ。
全身を鋼の装備で包んでおり、他の個体と比べて体の大きさがふた回りほど大きい黒オーガである。
「へぇ、ハイ スパイダーより強いじゃん。たぶん、このキャンプのボスだろうね」
『魔物解析』で黒オーガを視ているシルルンは満足そうにプルを見つめている。
彼はプルに強い魔物にはサンダーの魔法を連発しろと教えていたからである。
「サンダーデス!!」
プルがサンダーの魔法を唱えて、巨大な稲妻が黒オーガを打ち抜いて、黒オーガの動きが停止する。
「あはは、サンダーの魔法で痺れたようだね」
シルルンは風の刃を放ち、風の刃が黒オーガの頭を難なく貫通し、頭を失った黒オーガは首から大量出血して即死した。
「虫系の魔物と比べると普通の魔物は頭を潰したら倒せるから楽でいいね。プニは周辺の火を消してよ」
「デシデシ」
プニはシルルンの肩から跳び下りて、ブリザーの魔法を唱えて火の消化に努める。
シルルンは『魔物探知』で周辺を探ると、三番目のテントの中に魔物の反応を捉えた。
「ん? 何で出てこないんだろ?」
シルルンは訝しげな眼差しを三番目のテントに向けており、ブラックとプルが焼け死んだ黒亜人の死体を次々に『捕食』している。
「終わったデシ!!」
プニが周辺の消火を完了させて、シルルンの肩に跳びのった。
シルルンはプニの頭を優しく撫でる。
プニは嬉しそうだ。
外に転がる全ての黒亜人の死体を『捕食』したブラックとプルは、二番目のテントの中に突入した。
「……どんだけ食うんだよ」
シルルンは呆れたような表情を浮かべている。
「次のテントにいくデス!!」
二番目のテントの中の黒亜人たちを『捕食』したブラックたちは、一番目のテントの黒亜人の死体も『捕食』した。
「三番目はまだ魔物がいるから、まずは四番目のテントからだよ」
「分かったデス!!」
頷いたブラックとプルは四番目のテントに突入し、シルルンは三番目のテントの前に移動した。
「ピカピカがいっぱいあるデス!!」
プルは思念でシルルンに報告した。
「えっ!? マジで!?」
シルルンは意外そうな顔をした。
ブラックたちは四番目のテントを調べ終わるとシルルンの元に帰還し、プルはシルルンの肩にのる。
三番目のテントをブラックに見張らせたシルルンは、四番目のテントに移動して中に入った。
「臭ぇ!?」
表情を強張らせたシルルンは手で鼻を塞ぎながらテントの入り口を開け放ったが、その程度では臭いが消えることはない。
「とりあえず、息を止めて入るしかなさそうだね……」
大きく息を吸い込んだシルルンはテントの中に突入すると、テントの中は辺り一面が血塗れで多数の骨が散らばっていた。
シルルンたちは難なくプルが報告した場所に辿りつくと、そこには金や銀、宝石、光り輝く武具などが所狭しと積み上がっていた。
「すげぇ!? とんでもない量のお宝だね」
シルルンは「一時的にお宝を『捕食』してくれ」と思念でプルに指示を出し、頷いたプルはシルルンの肩から跳び下りて宝を『捕食』する。
息が続かないシルルンは血相を変えてテントから転がり出る。
「ひぃいいいぃ!! 目がぁ! 目が痛てぇ!!」
目が真っ赤に充血したシルルンは涙が溢れ出ている。
「痛いデシか? ヒールかけるデシか?」
「うん、お願い」
プニがヒールの魔法を唱えるとシルルンの目が回復し、シルルンはプニの頭を撫でる。
プニは嬉しそうだ。
シルルンたちが三番目のテントの前に移動すると、プルがシルルンの元に帰還して『捕食』した財宝や黒亜人たちの装備品を魔法の袋に吐き出し、ブラックも魔法の袋に黒亜人たちの装備品を吐き出す。
シルルンは無造作に三番目のテントの入り口を開け放った。
「うぎゃああああああああぁぁ!? なんだこれ!? 臭ぇ!! 臭ぇ!! 死ぬわこれっ!?」
次元が違う激臭を吸い込んだシルルンは、地面をのたうち回って口から泡を吹きだして痙攣している。
「……マスターが動かなくなったデシ」
心配したような表情を浮かべるプニはキュアの魔法とヒールの魔法を唱えて、シルルンの状態異常と体力が回復した。
ムクリと上体を起こしたシルルンの顔は恐怖に彩られていた。
「もう、これは猛毒レベルだよ……」
三番目のテントから距離を取ったシルルンは「テントの入り口を開放してくれ」と思念でブラックに指示を出し、ブラックは頷いてテントの入り口を開け放った。
三十分ほどの時間が経過し、シルルンは恐る恐る三番目のテントに接近すると、猛毒レベルの激臭はかなり軽減されていた。
意を決したシルルンは大きく息を吸い込んでテントの中に入ると、様々な魔物の死体がいたるところに積まれており、アント種やスパイダー種などの虫系の魔物もバラバラに解体されて、部位ごとに分けられてテーブルの上に並んでいる。
「要するにこのテントは食料庫なんだね……だから激しく臭うんだよ」
シルルンたちは奥に向かって進んでいくと、黒ゴブリンたちや黒オークたちが部位ごとに解体されて木箱に詰め込まれていた。
「えっ!? 仲間まで食うのかよ!?」
シルルンは不快そうな表情を浮かべている。
シルルンたちは死体だらけの入り組んだ通路を慎重に進んでいくと、首を切り落とされた多数の獣人たちが天井から伸びるロープに足を縛られて逆さに吊るされており、首から滴り落ちる血の下には樽が置かれている。
その傍には切り落とされた首が乱雑に木箱の中に入れられており、その木箱の中には目を見開いた人族の首も交ざっていた。
「――なっ!?」
人族の首と目が合ったように感じたシルルンは表情が青ざめて後ずさり、急激に気分が悪くなった彼はテントから退散してテントの前で嘔吐した。
「……テントを壊さないように剥ぎ取ってよ」
地面に突っ伏したままのシルルンは思念でブラックに指示を出し、ブラックは即座にテントを剥ぎ取る。
「へぇ……」
テントの土台や骨組みは木材でしっかりと作られており、シルルンは意外そうな表情を浮かべている。
食料庫であるテントは死体を吊り下げることが前提なので、頑丈に作られているのだ。
「ていうか、このテントの中に十匹の魔物がいたよね」
思い出したような顔をしたシルルンは『魔物探知』でテント内を探ると、魔物がいる場所はシルルンが辿り着けなかった最奥を示していた。
体力がある程度回復したシルルンは、テントの裏に回り込むと亜人たちや獣人たちが全裸でロープで縛られて天井から吊るされていた。
彼らの身体は切り傷や打撲で酷い有様だったが、唐突に女獣人の瞼が見開く。
「ひぃいいいいいぃ!?」
シルルンの顔が驚愕に染まる。
ガチガチと歯を鳴らしながら震えている女獣人はある一点を見つめており、その視線の先にはテーブルの上に巨大な包丁が何本も置かれていた。
「……なるほどね」
(次に解体されるのが女獣人だったんだ……)
シルルンは合点がいったような顔をした。
彼は獣人たちや亜人たちを拘束から解放し、一人ずつ外に運んで地面に寝かせたが、手と足を縛ってあるロープはそのままだ。
亜人種は白リザードマンが六人とコアラのような亜人が一人で、獣人種は女が三人である。
「うん、魔物はいないようだから、プルは全てのテントを焼き払ってよ。プニは亜人や獣人の治療を頼むよ」
『魔物探知』で周辺を探ったシルルンはプルとプニ指示を出す。
「分かったデス!!」
「デシデシ!!」
プルがファイヤの魔法を唱えて次々にテントを焼き払い、プニがヒールの魔法を唱えて亜人たちと獣人たちの体力を回復させる。
「とりあえず、ここにいた黒亜人たちは全部倒したたから大丈夫だよ」
唯一意識がある女獣人にシルルンは話しかける。
だが、女獣人は身を震わせながら頻繁に辺りを見渡して警戒を解かない。
しばらく時間が経過すると、残り二人の女獣人たちが目覚めたことにより、ようやく彼女たちは助かったのだと実感したのだった。
「……た、助けてくれて、あ、ありがとう」
「暴れないならロープも切ってあげるよ」
女獣人たちは頷き、シルルンは剣でロープを切った。
彼女たちは冒険者で湖周辺で魔物を狩っていると、突然五十匹を超える黒オークたちに囲まれて抵抗虚しく連れ去られたのだ。
次に目覚めたのはリザードマンたちで、シルルンが状況を説明すると「感謝する」とリザードマンたちは頭を下げた。
シルルンはリザードマンたちのロープを切る。
彼らも湖で襲われたということである。
最後にコアラのような亜人が目覚めたので、シルルンは状況を説明する。
「ありがとう」
コアラのような亜人は奇妙な動きで踊りを始める。
彼の踊りは目を大きく見開いて、両手を横に広げて舌を伸ばして上下に動かしているのだ。
「……」
(馬鹿にしてるのかよ?)
シルルンは苛立たしげな表情を浮かべている。
「この踊りは我らの正式なお礼の挨拶なんだ」
「ホントかよっ!!」
シルルンは不審げな眼差しをコアラのような亜人に向けている。
「で、君たちだけで帰れるかい?」
シルルンは亜人たちや女獣人たちを見渡した。
「俺たちには鍛え上げたこの拳があるからな」
リザードマンが極太の腕をシルルンに見せつける。
「……」
(けど、あんたら黒オークに負けてるじゃん)
シルルンは冷ややかな視線をリザードマンたちに向ける。
「この礼はいつか必ず」
そう言い放ったリザードマンたちは踵を返して去っていった。
「この借りはヘケヘケ族の誇りにかけて返す。故に南西の森に来たときには声を掛けてくれ」
そう言ってヘケヘケ族の亜人は去っていったが、女獣人たちは動こうとしない。
「あの……何か服はないかしら?」
「あっ、そうか!! 君たちが全裸だったのを失念していたよ」
シルルンははっとしたような顔をした。
魔法の袋から皮の鎧と鉄の剣を取り出したシルルンは女獣人たちに手渡した。
全裸よりは遥かにマシだと皮の鎧を着込んだ女獣人たちは申し訳なさそうに訴える。
「……こんな格好じゃトーナの街に入れない」
「え~~~っ!? でも僕ちゃんズボンとかスカートは持ってないよ?」
その言葉に、女獣人たちは酷く消沈して動こうとしない。
「え~~~っ!! マジで!? あっ、確かオークの馬車があったよね?」
一番目のテントが張られていた場所に移動したシルルンたちは周辺を見渡すと、馬は逃げ出していないが馬車は焼けずに残っていた。
「じゃあ、これに乗って出発するよ」
女獣人たちは喜々として馬車に乗り込み、シルルンたちはトーナの街に向けて出発した。
ブラックが本気で疾走すれば馬車は瞬時に壊れるので、シルルンたちは馬車の具合を確かめながら速度を落として進み、トーナの街まで四時間ほどの時間を要したのだった。
シルルンたちはトーナの街に到着し、守衛に身分証である学生証を見せたシルルンは女守衛に経緯を説明すると、女守衛はズボンを三枚用意してくれたのだ。
それを受け取った女獣人たちは、女守衛とシルルンに深々と頭を下げた。
だが、彼女らは身包みを剥がれたことにより、身分証を紛失しているのでトーナの街に入るには身分証の再発行手続きが必要なのだ。
こうして、馬車を魔法の袋に収納したシルルンは男子寮に帰還したのだった。
面白いと思った方はブックマークや評価をよろしくお願いします。
亜人の白種と黒種ではたいした違いはない。
ゴブリン レベル1
HP 20
MP 5
攻撃力 3+鉄の短剣
守備力 2+皮の鎧
素早さ 3+皮の靴
魔法 無し
能力 無し
ノーム レベル1
HP 15
MP 10
攻撃力 2+鉄の短剣
守備力 2+皮の鎧
素早さ 4+皮の靴
魔法 ウインド
能力 無し
コボルト レベル1
HP 35
MP 10
攻撃力 10+鉄の剣
守備力 6+皮の鎧
素早さ 8+皮の靴
魔法 無し
能力 無し
オーク レベル1
HP 80
MP 5
攻撃力 25++鉄の斧
守備力 30+皮の鎧
素早さ 5+皮の靴
魔法 無し
能力 徒党
オーク レベル15
HP 300
MP 10
攻撃力 150+鉄の斧
守備力 100+鉄の鎧
素早さ 20+鉄の靴
魔法 無し
能力 徒党
オーガ レベル1
HP 800
MP 100
攻撃力 250+鉄の斧 鉄の剣
守備力 200+皮の鎧
素早さ 200+皮のブーツ
魔法 スリープ
能力 統率 威圧 剛力
オーガ レベル30
HP 1600
MP 250
攻撃力 700+鋼の斧 鋼の剣
守備力 450+鋼の鎧
素早さ 350
魔法 スリープダークネス
能力 統率 威圧 豪力




