316 サンポル王国軍再び南下➁
魔物の群れの偵察から帰還したホベラが重苦しげに口を開く。
「群れを率いているのはファイヤ・ドラゴンよ。それに三匹のハイ・ドラゴンもいたわ」
「何っ!? ファイヤ・ドラゴンがいやがるのか……」
カリバーンの表情には焦りの色が窺える。
「……仕方ないわね。シルルンを呼び戻してくるわ」
ホベラは『瞬間移動』を発動し、その場から姿を消した。
しばらくして、ホベラが帰還する。
「シルルンがどこにも見当たらないのよ。家や学園、鉱山にも行ったんだけど……」
「シ、シルルンはどこに行ったんだ……」
ヒーリー将軍は苦悩の表情を浮かべて頭を抱える。
シルルンを発見できない理由は、グリフォン族の縄張りにシルルンたちがいるからである。
彼は強くなったフィンを見せびらかしに赴いたのだ。
「……うだうだ言ってても仕方ねぇだろ。俺がやるしかねぇ」
カリバーンが北に向かって歩き出し、巨漢の女は不安そうにカリバーンの背中を見つめている。
現在のリリーナたちの戦力では、龍族たちと戦闘が可能なのはカリバーンだけなのである。
北上したカリバーンはハイ・ドレイクの群れに遭遇して戦闘になり、ハイ・ドレイクの群れを難なく倒していく。
彼からすればハイ・ドレイクの群れなど雑魚にしかすぎないが、三匹のハイ・ドラゴンとファイヤ・ドラゴンに囲まれたカリバーンはその場に釘付けになる。
ハイ・ドラゴンはレベル1の段階で、『剛力』を加味するとその攻撃力は1万を超えており、ファイヤ・ドラゴンの攻撃力はその倍なのだ。
つまり、ハイ・ドラゴンの強さは勇者級であり、一般的な勇者ではファイヤ・ドラゴンに対して勝算はないのである。
絶望的な戦闘を強いられているカリバーンの横をハイ・ドレイクの群れが通過し、その群れはヒーリー将軍たちが布陣する砦を目指して進軍するのだった。
***
「ハイ・ドレイクの群れが来ます!! 勇者カリバーンはファイヤ・ドラゴンたちに足止めされてこちらに来れません!!」
斥候から帰還したケツが火急の知らせを告げる。
「何やってるのよカリバーンは!!」
ホベラが苛立たしげに声を荒げる。
「……結局、我々で食い止めるしかないようだな」
ヒーリー将軍は苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「あなたたちが束になってもハイ・ドレイク一匹すら倒せないわよ」
「ぐっ……だが、我々は住民を護らねばならん」
「もうセルドを連れてくるしかないんじゃない?」
ホベラが探るような眼差しをリリーナに向ける。
「……それしかないようですね。ですがその前に一分ほどお時間を頂きます」
そう言って瞼を閉じたリリーナは『世界保存』を発動した。
これにより、現時点から24時間以内なら時を巻き戻せるのである。
「じゃあセルドを連れてくるわよ」
「こうなるのならカリバーンを戦わせる前にセルドと入れ替えるべきでしたね……」
「口を挟んで申し訳ないが、なぜ勇者セルドを最初から連れてこなかったのだ?」
ヒーリー将軍は訝しげな表情を浮かべている。
「あなた、将軍なんだからマジクリーン王国に魔物の大群が押し寄せているのは知っているでしょ? その大群を抑え込もうとしているのがセルドなのよ。すでにマジクリーン王国のジョーイ城は陥落してるからセルドが退いたら次はサンポル王国なのよ。もっともセルドをもってしても魔物の数が多すぎてどうにもならないんだけどね」
ホベラは『瞬間移動』を発動し、その場から姿を消した。
「なるほどな……」
(我らのせいでサンポル王国の開戦が早まるのか……)
ヒーリー将軍は割り切れない心境に駆られたのだった。
だが彼女は、この選択がメローズン王国にとって悪手だったと後に知ることになるのだ。
わずかの間をおいて、ホベラがセルドを伴って出現する。
「カリバーンはどこにいるんだ?」
時間が惜しいセルドは不愉快そうにホベラに尋ねる。
彼は白を基調とした鎧を着こなして華があったが、今の彼の顔には生気はなく、鎧も原型をとどめておらず、最早、満身創痍だった。
「カリバーンはここから北に進んだところにいるわ」
セルドは頷いて歩き出したが、ふらついて地面に膝をつく。
彼は肉体というよりも精神が病みかけていた。
休みなく戦い続けていることも理由の一つだが、何よりも魔物による『強酸』や『溶解液』を浴び続けていることが挙げられる。
つまり、彼は解け落ちた体を治し続けることに、疲れ果てているのだ。
「ちょ、ちょっと大丈夫なのセルド」
「……問題ない」
そう返答して立ち上がろうとしたセルドは、唐突に意識がブラックアウトして地面に突っ伏した。
「セ、セルド!!」
ホベラは慌ててセルドの傍に駆け寄った。
「……おそらく、精神的なものでしょうね。ある意味、ここで倒れて良かったのかもしれません。彼を失う訳にはいきませんから」
『人物解析』でセルドを視たリリーナは、セルドの体力、魔力、スタミナに問題がないのでそう結論づけたのだ。
「もう退くしか選択はないわね」
ホベラが青髪の女に目配せすると、青髪の女がセルドを担ぎ上げる。
「私はもう一度シルルンを捜しに行くわ。あなたたちは住民を連れて逃げ続けるのよ」
「勇者カリバーンはどうするつもりなんだ? まさか見捨てるつもりではないだろうな?」
ヒーリー将軍は不信感を露わにした。
「私がシルルンを見つけられなければそうなるわね。けれどそれが勇者の役目なのよ」
「――なっ!? ぐっ……」
(シルルンさえいれば……戻ってきてくれシルルン!!)
ヒーリー将軍は心の底からそう願った。
すると、彼女の願いが届いたかのように、彼女らの目前に、宙に浮く箱に乗る大群が出現した。
大群の先頭には小人、その後方には1000匹ほどのアメーバ種の姿がある。
「!?」
あまりの出来事に、その場にいる誰もが言葉を失った。
「あ、あれはシルサンダーちゃんではないかっ!! 来てくれたのか!!」
精鋭騎兵の隊長は歓喜に身体を打ち震わせている。
声を耳にしたシルサンダーは『瞬間移動』で精鋭騎兵の隊長の前に転移した。
「きゃきゃ!!」
「こ、この可愛いらしい妖精みたいな者が噂のシルサンダーちゃんなのか……」
(ど、どことなくシルルンに似ているような気がする……)
ヒーリー将軍は思わず目を細める。
彼女がそう思う理由は、シルサンダーが着ている服が、シャツと半ズボンとサンダルという恰好だからだ。
だが、その素材はシルルンの安物とは違い、ミスリルとスパイダー種の『強糸』で作製されているのである。
「こ、この子はいったい何者なの?」
『人物解析』でシルサンダーのステータスを視ることができなかったホベラが訝しげな声を上げる。
「彼は国内の魔物を倒し回っている強者です」
「つおい!! つおい!!」
シルサンダーは楽しそうに踊っており、一緒についてきたトルマリン(ハイ・ブルービー)とミント(ハイ・グリーンホーネット)も嬉しそうに飛び回っている。
「にわかには信じられない話ね」
「でしょうな。私も初見では目を疑いましたからな。ですが、我々兵士はシルサンダーちゃんに幾度も窮地を助けられているのです。それゆえに、その人気はダブルスライム殿に次ぐほどなのですよ」
「この子はどこの勢力に属しているのかしら?」
「それは分かりませんな。彼は言葉が片言であまり上手く話せない上に神出鬼没で、魔物を倒すと『瞬間移動』で消え去るので」
「……じゃあ、あの魔導具とアメーバ種の大群は何なの?」
「あれはシルサンダー浮遊砲撃隊ですな」
「浮遊砲撃隊?」
「あの箱のような魔導具の乗り物は空を飛行できるだけでなく、炎や雷で攻撃が可能なのです。もっとも私が前に出会ったときは10ほどしかいませんでしたが」
「えっ!? 攻撃もできるの……すごいじゃない!! どこの誰がそんな物を開発したのか気になるわね」
「それについては様々な見解がありますが、どこからともなく現れることと魔物を使役していることから、精霊王ではないかという意見が大半を占めておりますな」
「私は精霊の国なんて知らないけど、ないとは言い切れないわね……」
ホベラは興味深げな表情を浮かべている。
楽し気に踊っていたシルサンダーの『悪探知解析』が魔物の群れを探知し、シルサンダーは『瞬間移動』でアメーバたちの前に移動した。
大地を駆って接近するハイ・ドレイクの群れは300匹ほどで、シルサンダー浮遊砲撃隊は空へと上昇しながら前進を開始する。
整然と並んでいたアメーバ種たちは上下左右に展開して陣形を変更する。
その陣形はシルサンダーと同列、つまり、全員が最前列だった。
ハイ・ドレイクの群れが射程距離に入ると、シルサンダー浮遊砲撃隊が一斉に稲妻を放ち、空を斬り裂く雷鳴が轟いた。
その一撃で、100匹ほどのハイ・ドレイクが一瞬で炭へと変わる。
この戦果を10匹のアメーバが見定めて、さらに攻撃命令を下す。
彼らはシルサンダーと共に経験を積んだ指揮官なのだ。
数秒後に轟音が止むと、ハイ・ドレイクの群れは跡形もなく消えていたのだった。
この光景を目の当たりにしたヒーリー将軍やリリーナたちに戦慄が体を突き抜ける。
シルサンダーの『悪探知解析』が新たな敵を捉えたことにより、シルサンダー浮遊砲撃隊は北へと進路を取る。
シルサンダー浮遊砲撃隊が北上していくと、地上では400匹ほどのハイ・ワイバーンがサンポル王国軍の兵士たちの死体を食い漁っていた。
「!?」
怒りの表情を露わにしたシルサンダーは即座に攻撃命令を下し、シルサンダー浮遊砲撃隊が一斉に火炎砲撃を行った。
完全に不意をつかれたハイ・ワイバーンの群れは炎に包まれて地面をのたうち回る。
アメーバの司令官たちはハイ・ワイバーンに対して、何度火炎砲撃を行えば絶命させることができるか冷静に観察しており、同胞たちに指示を出しながら効率よくハイ・ワイバーンたちを焼き殺していく。
ハイ・ワイバーンの群れは何もできずに一方的に焼き殺されて、大地は焦土と化したのだった。




