303 ファーストコアダンジョン④
魔法陣から続々と出現する魔物の群れを、金髪の少年は『光剣』で容易く斬り裂いていた。
彼の名はハルト。職業は【光使い】でS学最強の男である。
「……ちっ、いつになったら落ちるんだよ!!」
ハルトは不機嫌そうに地面に唾を吐きかけた。
彼が求めているドロップ品は地下に下りるために必須である白い転移石だ。
だが、ここで生徒たちを殲滅する計画を立てていた玉の赤が何も対策していない訳もなく、白い転移石がドロップする確率は〇パーセントだった。
「こんなとこにいつまでもいられるか……」
ハルトは敬愛する兄の死を受け入れられずに、これまでファーストコアダンジョンを訪れることができないでいた。
しかし、武祭がファーストコアダンジョンで行われることになり、彼は躊躇いながらも出場を決意した。
そして、いざファーストコアダンジョンに踏み入ると、ハルトは兄の死の真相が知りたいという衝動が抑えられなくなっていた。
無論、兄であるレドスの死の経緯の概要を彼は聞き及んでいる。
だが、レドスを敬愛するあまりに彼は、それを信じることも認めることもできないでいたのだ。
そのため、レドスが戦死した地下30階に彼が下りたところで、死の真相は分かるはずもなく、何の意味もないのだが彼にはそれしかできることがなかったのだった。
業を煮やしたハルトは、単独で魔物の群れと戦いを繰り広げる少年の元に移動した。
「おいお前、白い転移石は落ちたか?」
ハルトは鋭利で容赦のない視線を少年に向ける。
「いや、落ちてはいない……」
ハンマーを手にする少年は緊張した表情で答えた。
「ちっ、役立たずが……お前は一人なのか? 武学と名は?」
「……オーガたちとの戦いで仲間たちが負傷したから今は一人だ。武学は第四で名はリバーだ」
「知らんな……まぁいい、白い転移石が落ちたらすぐに俺に言え」
そう言い放ったハルトは踵を返し、メイたちに向かって歩き出した。
「なんて威圧感だ……」
(やはり、あいつが【ピカリン】で間違いない……)
リバーは瞳に安堵の色を滲ませた。
「おい」
リバーは反射的に声の方向に顔を向けると、身を翻したハルトが腕を突き出して『光線』を放った。
ハルトの掌が輝いたその瞬間、気付くとリバーは光線に腹を貫かれていた。
(馬鹿なっ!? 『自動武器防御』が全く反応しないほどの速さなのか……)
大きく目を見開いたリバーは戦慄を禁じ得なかった。
「おい、リバー。全力で木偶車を倒せ。でないと殺すぞ」
ハルトは『光線』を発し続けている腕を、じわじわと下方向に下ろしていく。
「――全力でやるから止めてくれっ!!」
陰茎が消滅する危機感を覚えたリバーは鬼気迫る形相で叫んだ。
「くくっ、いい顔だ……」
『光線』を止めたハルトは見下すような冷笑を浮かべ、メイたちに向かって歩いていった。
「がっ、がはっ!! ヒール」
(な、なんだあの攻撃はっ!? この俺が視認すらできないのか……か、格が違いすぎる……)
ハルトの圧倒的な強さに震撼したリバーは、口から流れ落ちる血を腕で拭いながらヒールの魔法を唱え、腹にあいた風穴を塞ぐのだった。
ハルトはメイたちの傍に移動し、バーンに話し掛ける。
「おい、おっさん。白い転移石は落ちたのか?」
「あぁ? なんだそりゃ?」
訝しげにバーンが聞き返したが、その刹那、ハルトは『光剣』でバーンの左腕を斬り落とした。
「――なっ!?」
(速ぇ!? 速すぎるぞこのガキ……)
背筋が凍りついたバーンは後方に飛び退いてハルトから距離を取る。
「シルルン様っ!!」
その光景を目の当たりにしたメイが悲痛な叫び声を上げた。
「ん?」
その声を聞いたシルルンは『超集中』で時を止めると、『神探知解析』がメイたち周辺の情報をシルルンに送った。
「へぇ、【光使い】じゃん」
シルルンは『瞬間移動』でバーンとハルトの間に割って入り、状況確認に努める。
(バーンの腕がない……ていうか最近バーンはやられすぎだろ……)
苦笑したシルルンはロシェールに目配せしてバーンの治療を促し、それを察したロシェールはヒールの魔法を唱えてバーンの腕を繋いだ。
「――シルルンだと!?」
思わずメイに顔を向けたハルトだが、シルルンが目前に出現するとハルトは憤怒の形相でシルルンを睨みつけた。
「お前がシルルンなのか?」
「うん」
「俺は英雄レドスの実の弟だ」
「えっ? そうなんだ」
「兄上がリッチ・ロードに敗れた時に一緒にいたのはお前だな?」
「まぁね」
「なぜ兄上は死ななくてはいけなかったのだっ!? なぜだ!! 答えろっ!!」
ハルトは憎しみに顔を歪めて絶叫した。
「それはレドスが僕ちゃんに助けを求めなかったからだよ」
「――なっ!? 兄上がお前ごときに助けを求める訳がないだろがっ!!」
一瞬面食らったハルトは怒りに打ち震えて鬼の形相だ。
「だよねぇ。だから僕ちゃんもレドスがリッチ・ロードに負けるとは、全く思ってなかったんだよね」
「なっ!? ぐぅうっ……と、当然だ……」
ハルトは肯定するしか選択はあり得なかった。
だがそれは、何も反論できなくなったことと同義で、それを理解した彼は愕然となった。
「だからレドスを殺したのは君だよね。君はレドスより強いんだから」
「――っ!?」
(なぜそれを知っている!?)
横っ面をはたかれたような顔のハルトがシルルンを見つめる。
「お、俺は何度も兄上の隊に入れてくれと頼ん――」
「結果が全てなんだよ。何をおいてもレドスを死なせたくなかったんなら、君は力尽くでもレドスについていくべきだったんだよ」
ハルトの言葉を途中で遮ったシルルンが言い放つ。
「……」
何も反論できないハルトは項垂れ、地面にへたり込んで絶望した。
このやり取りを唯一理解できているロシェールは、暴論対暴論だと思わずにはいられなかった。
「大将たちはいったい何の話をしてるんだ?」
その問いに、メイも興味深げに視線をロシェールに向ける。
ロシェールは事の顛末をバーンたちに説明した。
「おいおい、そりゃあ、あのガキの完全な言いがかりじゃねぇか……」
バーンは呆れ顔でメイも同意を示して頷いている。
「まぁな。だがあの少年にとって英雄レドスはとてつもなく大きな存在だったんだと思うんだ。その仇であるリッチ・ロードは主が倒しているし、おそらく彼は兄を弔うために下の階に下りたいんだろうが、白の転移石が全く落ちる気配がないので理性の箍が外れて暴走したんだろう」
(あの英雄レドスの実の弟なんだ……そうであってほしい……)
悲痛な眼差しでハルトを見つめるロシェールはそう思わずにはいられなかった。
「で、もう気が済んだよね?」
「……」
シルルンの問いかけに、先ほどまで漲っていた覇気が消え失せたハルトが、虚ろな表情でゆっくりとシルルンを見上げた。
「バーンの仇」
怒りの形相のシルルンはハルトの顔面に蹴りを放ち、全く反応できなかったハルトは弾け飛んで無様に地面を転がり続ける。
一方、恐怖のあまりに終始ハルトの動向を探っていたリバーは両目を見開いていた。
「な、何が起こったんだ?」
(なぜあの狂ったように強いハルトが地面を転がっているんだ?)
リバーは動揺を隠せなかった。
一方、仰向けに倒れているハルトはしばらく動く気配を見せなかったが、尋常ではない痛みに彼は呻き声を漏らして覚醒した。
(な、なぜ俺は倒れている? それになぜ俺の体は動かない? ……もしかして俺はシルルンに攻撃されたのか?)
逡巡して状況を思い返したハルトはそれ以外にないと確信した。
「ヒール!! ファテーグ!! ヒール! ファテーグ!! ヒール!!」
回復魔法を連発し、体力とスタミナを回復させたハルトは怒りを爆発させて立ち上がる。
「なぜ止めを刺さなかったシルルン!! その甘さがお前自身を殺すことになる!!」
殺意の眼光を輝かせたハルトは『光線』をシルルンに向けて放つ。
回避不能な高速の光の束がシルルンに襲いかかるが、シルルンは自身の前面に展開した『念力』の壁で光線を屈折させた。
「馬鹿なっ!? なぜ俺の『光線』が曲がる!!」
信じ難い現象にハルトの顔が驚愕に染まる。
「すげぇ……」
(しかし、なるほどな……あのとんでもない速さの攻撃に対するには、攻撃される前に何かしらの防御手段を講じる以外に手はないのか……だがこうなるとあとは身体能力の差になるか……)
理論家のリバーは食い入るように二人の戦いに見入っている。
「言うわけないじゃん。まぁ、せめて君が化身だったらもうちょっとマシな展開になってたかもしれないけどね」
「化身? なんだそれは?」
『光線』を止めたハルトは苛立たしげに眉を顰める。
「使い系職業のさらに上が化身系職業なんだよ。例えば【光使い】は光を操ることしかできないけど【光の化身】は身体を光に変えることができるんだよね。こんな風に」
鋭く屈折した稲妻がシルルンの体から瞬き、シルルンは右腕を紫電に変える。
「なっ、なんだそれはっ!? お前が【雷の化身】だとでも言いたいのかっ!!」
狼狽して後ずさるハルトは雷に打たれたような戦慄に襲われた。
「か、かっこいいな……さすが主だ」
「綺麗ですね……」
ロシェールとメイはうっとりとした表情でシルルンを見つめている。
「ちょっと違う。僕ちゃんは【稲妻の化身】なんだよ」
稲妻が荒々しく瞬く右腕を前に突き出したシルルンは『紫電砲』を放ち、空を真っ二つに引き裂いたような凄まじい稲妻と空気を切り裂く雷鳴が轟いた。
稲妻が駆け抜けたハルトの身体は黒焦げで、ハルトは力なく地面に突っ伏した。
彼が現世に肉体を留めていられるのは、最初の蹴りも『紫電砲』もシルルンが『手加減』を発動していたからに他ならない。
ちなみに、【雷の化身】と【稲妻の化身】の違いは紫電化の可否にある。
「ヒールビーム」
一瞬でハルトの傍に移動したシルルンはヒールビームを唱え、ハルトの体力を回復すると、リバーがシルルンたちに向かって駆けて来た。
「くたばりやがれっ!!」
ハルトの暴挙に対して腹に据えかねていたリバーは、ハンマーでハルトの背中を乱打し始める。
「せっかく回復したのに君は何をしているの?」
シルルンが不服そうに尋ねた。
「俺はこいつに問答無用で腹に風穴をあけられたんだ……それにしてもあんた、弱そうなのに恐ろしく強いな」
ハルトを滅多打ちにして溜飲が下がったリバーが満足げに答えた。
「大将、そいつは殺すべきだと思うぜ」
いつの間にかシルルンたちの傍に移動していたバーンが神妙な顔で言った。
「俺もそう思う。こいつは自身の力に溺れてるからな。すでに何人か殺していてもおかしくない狂いっぷりだ」
「えっ? マジで?」
「そいつを見逃しても大将がやられることはないと思うが、仲間やペットたちが殺される可能性は否めないぜ」
「う~ん、じゃあ行動不能にしとくよ」
『念力』でハルトを持ち上げたシルルンは、強引にハルトの瞼を開いて『石化』を発動し、石化したハルトをシルルンが魔法の袋の中にしまったのだった。
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