3 動物使い科 修修
武学に編入することになったシルルンは寮で暮らしており、無料の割には校舎はきれいに保たれていた。
武学は人族が統治する国で基本的に運営されており、国により学べる学科に違いはあるが、メローズン王国では戦士科、戦術理論科、盗賊科、魔法科、動物使い科、詩人科と選択できる学科の幅は広い。
その中で戦士科が一番人数が多く、次に生徒数が多い学科が戦術理論科と盗賊科、動物使い科である。
戦術理論科の卒業生は国の軍に入ることが多く、盗賊科は罠や宝箱の解除、索敵能力に優れているので、軍や冒険者、傭兵のどのグループにも欠かせない存在だ。
ちなみに、盗賊科の名前の由来はこれらの能力を備えている職業が【盗賊】だからであり、この世界では陸の族は山賊、海の族を海賊と呼んでおり、【盗賊】は族の類に含まれていないのだ。
動物使い科は猛獣や魔物を使役して戦う戦闘職なのだが、【動物使い】や【魔物使い】の職業に就ける者が少なく、学園卒業後は動物を育てて畜産業で生計を立てる者が大半を占めているのが現状だ。
魔法科は魔法を使用できないと入れない学科である。そのため、入科する時点で魔法の使用が必須な為に敷居が高いので生徒数は少ないが、卒業後は引く手あまただ。
詩人科は歌や楽器を使用して、状態変化や状態異常を起こす戦闘職だが、【詩人】や【吟遊詩人】に就ける者が極めて少なく、生徒数は極めて少ない。卒業後は【詩人】は微妙だが【吟遊詩人】はどこからも引く手あまたである。
【剣士】であるシルルンの幼馴染たちは迷うことなく戦士科に決める。
戦士科は剣術、槍術、斧術、短剣術、弓術、馬術、戦術兵器をまとめて習える学科だ。
武学では習いたいものを好きなだけ学べる仕組みになっている。
そして、シルルンは動物使い科に決めた。
彼は動物が好きで一番楽そうだと考えていたからだ。
シルルンたちは編入になるので三年生からということになる。
武学は四年制の単位制だ。そのため、四年生までは難なく進級できるが、卒業するには単位を取っていなければ留年することになる。
今回、動物使い科の三年生に編入するのはシルルンだけだ。
シルルンは動物使い科の三年生に連れられて開けた場所に案内される。
動物使い科の三年生はシルルンを開けた場所に案内すると厩舎に戻っていった。
その場所には四人の一年生の姿があった。
シルルンたちはその場所でしばらく待っていると、男生徒が馬を一頭連れてシルルンたちに向かって歩いてきた。
「三年のピクルスだ。よろしく」
ピクルスが無愛想に頭を下げる。
一年生たちは不安そうな表情を浮かべていたが、シルルンたちも頭を下げた。
「この馬は気性が荒いとウチでは有名なんだ。乗りこなせる奴はいるか?」
ピクルスが挑発気味に問い掛ける。
すると、モヒカンヘアーの男生徒が自信が滲む表情で前に進み出た。
「ヒャッハー!! 俺が乗りこなしてやるぜ!!」
モヒカンヘアーの男生徒は馬に向かって走り出し、馬に接近すると馬は後ろ脚でモヒカンヘアーの男生徒を蹴り飛ばした。
「ぎゃああああぁぁ!? 脚が脚がっ!!!」
激痛に顔を歪めるモヒカンヘアーの男生徒が脚を抱えて地面をのたうち回っている。
「マジかよ……馬ってヤバ過ぎるだろ……」
男生徒は顔面蒼白になっている。他の一年生たちは怯えたような表情を浮かべている。
その光景を目の当たりにしたピクルスの口角には笑みが浮かんでいた。
ピクルスはモヒカンヘアーの男生徒を肩に担いで医務室に連れて行ったのだった。
一年生たちはざわついており、しばらくするとピクルスが戻ってくる。
「乗ってみるかい?」
ピクルスは男生徒に尋ねる。
尋ねられた男生徒は激しく首を振り、他の一年生たちも同様に辞退した。
これは、いわゆる動物使い科の洗礼なのだ。
動物を舐めている新人を戒めるために、新人が入る度にやっていることなのだ。
動物使い科は馬に限らず、様々な動物を調教して訓練するため、少しの油断が死に直結する場合がある。
そのため、それを最初に理解させて動物と接する姿勢を改めさせる必要があるからだ。
「では三年の君はどうだい?」
ピクルスは形式的にシルルンに尋ねた。
「うん、僕ちゃん乗るよ」
シルルンはフフ~ンと胸を張る。
「――えっ!?」
面食らった一年生たちの視線がシルルンに集中する。
「……いや、言うまい」
(口で言っても分からないからやる意味があるんだ……)
ピクルスは渋い顔で頭を振っている。
シルルンは馬に向かって歩いていき、馬の目を見つめながら正面に立つ。
馬はシルルンが目の前にいてもシルルンを蹴り飛ばすことはなかった。
「よろしくね」
馬の頭を優しく撫でたシルルンは馬に騎乗し、難なく走らせた。
「……えっ!?」
その場にいる誰もが呆けたような表情を晒している。
馬はかなりの速さで駆けているが、シルルンは手綱から手を離して満面の笑みを浮かべながら手を振っている。
「わ~~~っ!! すごいすごいね!!」
「スゲェなっ!? 家が牧場とかやってたんだろうな……」
一年生たちはシルルンに手を振り返して尊敬の眼差しを向けている。
「馬鹿な!? ありえん……」
ピクルスには信じ難い光景だった。
そもそも、彼の家は牧場を経営しており、彼は子供の頃から動物と触れ合ってきたのだ。
そんなピクルスでさえ、入学時にこの馬に乗ろうとして振り落とされて洗礼を受けたのだ。
そして、ピクルスがこの馬に乗れるようになるまでに二年もの月日が掛かったのである。
「彼はもしかしたらあの三人と同じかもしれない……」
ピクルスは複雑そうな表情を浮かべている。
学園には何代も前から魔物を扱う家柄の生徒が三人いた。
つまり、ピクルスは四人目の【魔物使い】が現れたことを予感したのだった。
一方、女子寮の浴場で三人の女生徒がシャワーを浴びていた。
シルルンの女幼馴染たちである。
「シルルンだけが動物使い科に行っちゃったわね。大丈夫かしら?」
色白で金髪を腰の長さまで伸ばした女生徒が問い掛けた。
彼女の名前はエリナだ。
「昔から馬の扱いは一番うまかった。現に競争すればシルルンに誰も追いつけなかったじゃない?」
紫の髪を肩の辺りで揃えた女生徒が得意げに語る。
彼女の名前はパールだ。
「あれはシルルンが一番良い馬に乗ってたからでしょ!! まぁ、どうせすぐ嫌になって泣きついてくるわよ」
ハズキが馬鹿にしたように鼻で笑う。
「……」
(泣きついてくるということに関してはそうかもしれない……)
パールは思いつめたような表情を浮かべていた。
だが、シルルンが彼女らに助けを求めることなどあるはずもなかった。
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