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スライムスライム へなちょこ魔物使い  作者: 銀騎士
大穴攻略編

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27 ダブルスライム 修


 包囲陣の左側は前後から挟撃されており、上級兵士たちは混乱状態に陥っていた。


 最早、包囲陣とは言えない状態で、ハイ スパイダーに上級兵士たちは狩られ続けて半数を失っていた。


 だが、そこにヒーリー将軍とベル大尉が駆けつけて、ハイ スパイダーと上級兵士たちの間に割って入る。


「ウインド!!」

 

 ベル大尉がウインドの魔法を唱えると、ハイ スパイダーは風の刃を回避して大きく跳び退いた。


「ハイ スパイダーは我らが抑える。お前たちは包囲陣を再構築させよ!!」


 ハイ スパイダーが上級兵士たちから離れたことを視認したヒーリー将軍は声を張り上げた。


 その声を聞いた上級兵士たちは混乱状態から回復し、包囲陣を再構築した。


 満足そうに頷いたヒーリー将軍は身を翻してハイ スパイダーに目掛けて突撃し、剣を横薙ぎに振るったがハイ スパイダーは前脚で剣を弾く。


 だが、ベル大尉が狙い澄ました剣の一撃を放ち、ハイ スパイダーの胴体を斬り裂いた。


 胴体から血飛沫を上がながらハイ スパイダーは後退したが、パラライズの魔法を唱えて、黄色の風がベル大尉の体を突き抜ける。


 魔法の抵抗に失敗して体が麻痺したベル大尉は棒立ちになり、前のめりに地面に突っ伏した。


 ハイ スパイダーは一転して瞬時にベル大尉との距離をつめて前脚の爪を振り下ろす。


「させるかっ!!」


 ヒーリー将軍が庇うようにベル大尉の前に立ちはだかり、ハイ スパイダーの前脚の爪を剣で弾き返した。


「ブリザー!!」


 ヒーリー将軍はブリザーの魔法を唱えたが、ハイ スパイダーもブリザーの魔法を唱えており、冷気同士が衝突して魔法は相殺される。


 ハイ スパイダーは『糸』をベル大尉に向かって吐き出したが、ヒーリー将軍が糸を盾で受けると同時に剣で糸を断ち切った。


「……キュ、キュア」


(一対一の戦いだったら食われていたな……)


 かすれた声でキュアの魔法を唱えたベル大尉が麻痺から回復し、立ち上がった彼女は戦慄を覚えていた。


 時間の経過によって彼女はかろうじて発声が可能になり、魔法を唱えることができたのだ。


 魔法の行使は魔法名を発声しないと発現しないのである。


「申し訳ありません」


「気にするな。アンチマジック!!」

 

 ヒーリー将軍はアンチマジックの魔法を唱えて、灰色の風がハイ スパイダーの体を突き抜けた。


 だが、ハイ スパイダーはアンチマジックの魔法の抵抗に成功し、ヒールの魔法を唱えて胴体の傷を回復させる。


「やはり効かないか……」 


 ヒーリー将軍は眉を顰めた。


 アンチマジックの魔法は、対象に対して一定時間魔法を封じることが可能だが、その成功率は著しく低いのだ。


 そのため、対象が魔法軽減系の能力を所持していない場合においても、成功率は五十パーセントを下回る。


 この五十パーセントという数字は大魔導師たちが唱えたアンチマジックの魔法でのことであり、彼らよりも魔法力の低い魔法戦士や魔法師では成功率が大幅に低下することは言うまでもない。


 ヒーリー将軍とベル大尉は一気に攻めたてるが、ハイ スパイダーは強く彼女らの攻撃を全て前脚で弾き返して攻勢に出る。


 互いに一進一退の攻防が続き、彼女らの戦いは気の抜けない長期戦へと移行するのだった。


















 時間は少し遡る。


「ファイヤ!!」


 ゾピャーゼ隊の黒いローブを纏った大魔導師はファイヤの魔法を唱えて、灼熱の炎がハイ スパイダーに襲い掛かる。


 だが、灼熱の炎を回避したハイ スパイダーは一直線に凄まじい速さで黒ローブの大魔導師に目掛けて突進した。

 

「は、速ぇ!? テレポート!!」


 黒ローブの大魔導師はテレポートの魔法を唱えて、ハイ スパイダーが目前に迫ったところで黒ローブの大魔導師の姿が掻き消えた。


「ファイヤ!!」


 さらに赤いローブの大魔導師がファイヤの魔法を唱えたが、難なく灼熱の炎を躱したハイ スパイダーが猛然と赤いローブの大魔導師に襲い掛かる。


「うわぁああぁぁ!? テレポート!! 」


 赤いローブの大魔導師はテレポートの魔法を唱えて、ハイ スパイダーの前脚の爪がローブをかすめたところで彼の姿は掻き消える。


 そこにミゴリ隊の大剣豪二人が駆けつけて、ハイ スパイダーの前に立ちはだかった。


「危ねぇなオイッ!! なんてぇスピードだ」


 黒いローブの大魔導師は額から汗が垂れ落ちる。


「こりゃ何度もできんわい……次で死ぬかもしれん」


 赤いローブをの大魔導師は顔面蒼白になっていた。


 状況は、洞穴の出入口前から動かないハイ スパイダーに対して、ミゴリ隊が攻撃を仕掛けてゾピャーゼが彼女らの回復に努めていた。


 だが、包囲内を暴れまわっていたハイ スパイダーが、唐突に洞穴の出入り口前に向かって猛然と駆け出したのだ。


 これを逸早く察知したのがゾピャーゼ隊の大魔導師たちだった。


 彼らはどうやってハイ スパイダーを止めることができるかを考えるが、一撃でも攻撃を受ければ即死は免れないので難問だった。


 そして、彼らが出した答えが二人の大魔導師の間で、ハイ スパイダーを往来させる作戦だった。


 しかし、ハイ スパイダーは常軌を逸した速さで、大魔導師たちの作戦は破綻してハイ スパイダーの合流を許してしまう。


 そのため、ミゴリ隊が洞穴の出入口前から不動のハイ スパイダーに与えたダメージは、合流したハイ スパイダーにヒールの魔法で回復されてしまったのだ。


 この時点でミゴリは、ゾピャーゼだけの回復魔法では仲間たちの回復が追いつかないと判断し、スラッグの元に走ったのだった。


 ミゴリ隊の四人の大剣豪とハイ スパイダーたちが対峙する。


 大剣豪たちの後方には、五人の重戦士が控えている。


 大剣豪が傷を負うと、重戦士と入れ替わり、ゾピャーゼが大剣豪の傷を回復しているのだ。


 最上級職である【大剣豪】は、風属性の斬撃を飛ばす『斬撃衝』と、攻撃力が二倍になる『剛力』を所持している攻撃重視の職業である。


 だが、盾を手に持つことにより、『回避』が無効になるので盾を持つ者は少数なのだ。


 そのため、【剣豪】【大剣豪】は素早さを生かすために軽装の場合が多く、攻撃を受けると脆いという一面もある。


「短期決戦に切り替えるぞ!!」


 苦虫を噛み潰したような顔で大剣豪が言い放った。


 彼女の名前はゴリミだ。彼女はミゴリの代わりにミゴリ隊の指揮を執っており、ミゴリは実の姉である。


 ハイ スパイダーに合流されるまでの彼女らの作戦は、長期戦を想定したものだった。


 つまり、遠距離から『斬撃衝』を放ち続けることにより、傷を負ったハイ スパイダーがヒールの魔法で体力を回復して魔力を消費するか、あるいは『斬撃衝』を相殺しようとしてブリザーの魔法で迎撃することによって魔力を消費させて、ハイ スパイダーの魔力を枯渇させることが狙いだったのだ。


「そうだな……このままでは逆にゾピャーゼの魔力がもたないからな」


 大剣豪が深刻そうな表情で頷いた。


 彼女の身体はミゴリと匹敵するほど筋骨隆々で、ノモケバという名前だ。


「二手に分かれるぞ。あたいは左でノモケバは右だ」


 ノモケバたちは険しい表情で頷いて、ゴリミたちは一斉に突撃した。


 ゴリミと大剣豪は左のハイ スパイダーに一気に肉薄して至近距離から『斬撃衝』を放ち、風の刃が左のハイ スパイダーを斬り裂いて、左のハイ スパイダーの胴体から血飛沫が上がる。


 ノモケバと大剣豪は右のハイ スパイダーに突進して剣を振り下ろしたが、前脚の爪で剣を弾いた右のハイ スパイダーは後方に跳躍してパラライズの魔法を唱えた。


 黄色の風がノモケバの体を突き抜けて、ノモケバは麻痺して背中から地面に倒れる。


 右のハイ スパイダーは『糸』を吐き出して、ノモケバに絡みついた糸を引き寄せようとするが、大剣豪が剣で糸を切断する。


 ゴリミと大剣豪は左のハイ スパイダーに果敢に『斬撃衝』を繰り出して、風の刃に左のハイ スパイダーは切り刻まれていた。


 だが、近距離からの『斬撃衝』は回避不能だと判断した左のハイ スパイダーは、相打ち覚悟でゴリミに接近して前脚の爪でゴリミの腹を貫いた。


 激痛に顔を歪めて腹から血が噴出したゴリミは地面に片膝をつく。


 そこに大盾を前面に構えた重戦士五人がハイ スパイダーに突撃し、その内の二人が左のハイ スパイダーに、もう一人が右のハイ スパイダーに体当たりを繰り出した。


 残る二人の重戦士が、ゴリミとノモケバを肩に担いで後退する。


 ミゴリ隊の重戦士たちは鋼の全身鎧を着込んで鋼の大盾を持っており、ハイ スパイダーたちの猛攻を大盾で防いでいる。


 彼女らが防御に専念している訳は、彼女らの攻撃力ではハイ スパイダーにダメージを与えることができないからだ。


 左のハイ スパイダーは『溶解液』を吐き、液体を大盾で防いだ重戦士の大盾はあっという間に溶け落ちる。


 血相を変えた重戦士が大盾を投げ捨てて後方に下がり、控えていた重戦士と入れ替わる。


 ゾピャーゼはヒールの魔法とキョアの魔法を唱えて、ゴリミの腹の傷が塞がり、ノモケバの体の麻痺が浄化された。


「ちぃ、このあたいが何て様だ……」


 悔しそうな顔でゴリミは腹をさすりながら立ち上がった。


「……全くだ」


 ゴリミの言葉に同調したノモケバが立ち上がる。


 怒りに身体を打ち震わせる彼女らはハイ スパイダーたちに向かって突撃した。


 入れ替わりに右のハイ スパイダーと戦っていた大剣豪と重戦士がゾピャーゼの元に駆けつける。


 ゾピャーゼは顔を強張らせてヒールの魔法を唱えて、大剣豪と重戦士の傷が回復する。


「……このままでは魔力がもちませんね」


 ゾピャーゼは顔を伏せて重苦しげな表情を浮かべている。


 だがそこに、ミゴリに片手で襟首を掴まれて宙吊り状態のシルルンが連行された。


「スライムの兄ちゃんを連れてきたぞ」


「ひぃい!」


 ミゴリは襟首から手を離し、地面に尻餅をついたシルルンは辺りを見渡し、ハイ スパイダーたちの姿を視認して顔を顰めた。


「これはありがたい!! 私は『瞑想』に入りますのでその間の回復を頼みます」


 ゾピャーゼは目を閉じて『瞑想』を発動する。


 『瞑想』は、周辺に漂う魔力を吸収して魔力を回復させる能力だ。


 だが、発動中は全く動けないという欠点もある。


 傷を負った大剣豪がシルルンの元に駆けつける。


「この傷だと三回分ぐらいだね?」


 プニがヒールの魔法を唱え、大剣豪の傷が回復する。


「そんな細かいことは気にするな。私が無理矢理に連れてきたんだ。戦った人数分で割ってスライムの兄ちゃんにも分配金を渡すからよ」


「えっ!? そうなんだ……」


(けど、無理矢理連れてこられてそう言われてもなぁ……)


 シルルンは不機嫌そうな顔をした。


 そもそも彼は冒険者とは自分で進退を決断するものだと思っていた。


 つまり、強制的に戦いに参加させられるのであれば、それは最早冒険者ではなく、国を守る軍隊と何ら変わらないとシルルンは考えていたが、その思いをいったん棚上げした。


 シルルンは状況を観察して眉を顰めた。


「ていうか、これ倒す気あるの? ハイ スパイダーは引き離さないと倒せないでしょ」 


 シルルンは呆れた顔だ。


「最初はそうしてたさ……だが、合流されたのさ」


「う~ん……じゃあ僕ちゃんが片方を引き離すからその間にもう片方を倒してよ」


「やめておけ、死ぬだけだ……俺たちも引き離そうとしたが危うく死にかけたからな……」


 ゾピャーゼ隊の大魔導師たちが苦々しげな表情を浮かべている。


「じゃあ、このままで勝てるのかい? 勝てないでしょ? 今なら勝算はあるけど前衛が一人でもやられちゃったらもっと難しくなるよ?」


「……確かにな」 


 このままではジリ貧だと思ったミゴリたちは硬い表情を浮かべて押し黙る。

 

「じゃあ、作戦を説明するね。どっちかのハイ スパイダーを所定の場所に引っぱってくるから、重戦士さんたちはそこで待機して待ち構えててほしいんだよ。大剣豪さんたちとゾピャーゼさんで、できるだけ早くハイ スパイダーを倒してほしい。早ければ早いほど僕ちゃんたちが生き残る可能性が上がるからね。あと大魔導師さんたちも協力してね。挑発とかだけでもいいから」


「……」


 その提案内容に、ミゴリたちは目を大きく見張って絶句した。


 この作戦は誰かが死ぬことが前提だからだ。


 それも足止めさせる側が死ぬ確率が高いことは言うまでもなく、ミゴリたちは判断に迷い言葉を発することができないでいた。


「やりましょう」


 瞼を開いたゾピャーゼが緊張した面持ちで言い放つ。


「――っ!?」


 ミゴリたちは戦慄が心に波打った。


 だが、次の瞬間には張り詰めた真剣な顔つきでミゴリたちは頷いており、彼女らは作戦の準備に取り掛かるのだった。












 作戦準備が整ったことにより、重戦士たちが後退してゾピャーゼはヒールの魔法で重戦士たちの傷を回復した。


 重戦士たちは身を翻して所定の場所に走り、それを見届けたミゴリが左のハイ スパイダーに突進しながら声を張り上げる。


「作戦通りに火力を左に集中させるぞっ!!」


 その声を皮切りに、右のハイ スパイダーと戦いを繰り広げていたノモケバと大剣豪が左のハイ スパイダーに転進した。


 死に物狂いの形相のミゴリたちは一秒でも早くハイ スパイダーを屠る為に、一斉に至近距離から『斬撃衝』を放つ。


 標的がいなくなった右のハイ スパイダーはしばらく動く気配を見せなかったが、左のハイ スパイダーに向きを変える。


「えいえいやぁ!!」


 シルルンは『集中』を発動して青色の球体を作り出し、右のハイ スパイダーは青色の結界に包まれて動きを止める。


「なるほど……そういうことですか」


(テイムの結界によりハイ スパイダーは魔力を奪われて、それにより怒りを買うということですか)


 ゾピャーゼは満足げな笑みを浮かべる。


 彼はどの様な手段でハイ スパイダーを所定の場所に導くのか検討もつかなかったが腑に落ちたのだった。


 青色の結界に包まれたハイ スパイダーが前脚の爪の連撃を結界に繰り出しているが、動けば動くほど魔力を消耗することになる。


 ハイ スパイダーはブリザーの魔法を唱えて、凍てつく冷気が結界の広範囲を凍らせた。


 だが、青色の結界には物理耐性と魔法耐性の効果があり、即座に凍結した範囲が結界に吸収されて結界は強化される。


 これにより、力を増した結界はハイ スパイダーから魔力を大幅に奪い、ハイ スパイダーは動きを止めた。


 逡巡したハイ スパイダーは物理も魔法も効果が薄いと直感的に理解して『溶解液』を結界に浴びせたのだ。


 液体に触れた結界部分が薄くなり、彼はそれを見逃さなかった。


 ハイ スパイダーはその部分に何度も『溶解液』を吐きながら前脚の爪を振るい続ける。


 球体だった結界は歪な形に変形し、ハイ スパイダーの前脚が結界を突き破り、ハイ スパイダーは『溶解液』と前脚の爪の攻撃を一点に集中してあいた穴を広げに掛かる。


「む、そろそろ決壊しますね……」


 神妙な面持ちのゾピャーゼはここからが勝負どころだと無意識に固唾を呑んだ。


 それを察したタマたちは丸くなってシルルンの前で防御体勢を取っている。


 彼らはハイ スパイダーに体当たりを行って、少しでもシルルンが逃げる時間を稼ぐつもりなのだ。


 シルルンが所定の位置までハイ スパイダーを導くことが計画の第一段階で、そこからが最大の難関だ。


 重戦士たちがハイ スパイダーを囲んで大魔導師たちがそれを援護し、シルルンが傷ついた者を回復するのだがそれは容易ではない。


 そこに腹に風穴をあけられたゴリミが猛烈な勢いでゾピャーゼの傍に駆けつける。


「早く治してくれっ!!」


 ゾピャーゼはヒールの魔法を唱えて、腹の傷が塞がったゴリミは決死の形相でハイ スパイダーに向かって突き進む。


 だが、身体中を穴だらけにされたノモケバが入れ替わりにゾピャーゼの元に駆け寄り、ゾピャーゼは何度もヒールの魔法を唱えてからファテーグの魔法を唱える。


 全ての傷が塞がってスタミナが全快したノモケバが全く躊躇することなく死地へと駆け戻る。


「……まだまだ掛かりそうですね」


(このままでは誰かが命を落とすことになる)


 杖を強く握りしめたゾピャーゼは視線を結界に転じた。


「えいえいやーっ!!」


 『集中』を全力で発動しながら紫の六面体を作り出したシルルンは、紫の結界で青色の結界を包み込む。


 歪な形だった青色の結界は、紫の六面体の中で元の球体の形に戻っており、結界の力が跳ね上がる。

 

「なっ!? 紫の六面体包囲型だとっ!? い、いや、この場合……多重結界とでも言えばいいのか……」


 ゾピャーゼは雷に打たれたような戦慄に襲われた。


「頭は痛くないデシか?」


 シルルンのこめかみのあたりには青筋が何本も浮き出ており、プニが心配そうにシルルンの顔を見つめている。


「うん、まだ大丈夫だよ」


(ハイ ウルフを二匹同時にテイムするのと比べればたいしたことはない)


 シルルンはプニの頭を優しく撫でる。


 プニは嬉しそうだ。


 ハイ スパイダーは耳をつんざくような奇声を上げており、多重結界の中で急速に弱っていく。


 一方、リザとイネリアは所定の位置で待機していた。


「……来ませんね?」


 イネリアは訝しげな眼差しを洞穴の出入口前に向けている。


「……また見誤ったようね」


(シルルンは極端過ぎるのよ……物事に対して逃走するか自分で対処するかの二択が多くて、協力して達成するというのを好まない……要するにシルルンははなから一人でハイ スパイダーを押さえ込むつもりで、この作戦は保険だったということね……)


 最初からそこに気づかなかった自分にリザは苛立ちを感じながらもシルルンの元に歩き出す。


「……どこにいくんですか!?」


 イネリアがびっくりして血相を変える。


「あなたたちはそこを動かないで」


 仏頂面のリザは振り向きもせずに歩いていく。


「……私もいきます」


 複雑な心境のイネリアはリザの後を追いかけるのだった。















 苛烈を極めるミゴリたちと左のハイ スパイダーとの戦闘は、ミゴリたちが優勢だった。

 

「……いい感じですよ」 


(ハイ スパイダーの体力を三分の二ほど削っています)


 『鑑定』でハイ スパイダーを視たゾピャーゼは微笑が口角に浮かぶ。


 しかも彼の魔力は半分以上残っている状況なのだ。


 『鑑定』は大雑把なステータスを視ることができる能力である。


 ちなみに、詳しい魔物のステータスが視たいのなら、最上位の能力である『解析』か、あるいは『魔物解析』が必要なのだ。


「それにしても、あのシルルンという少年はいつまでハイ スパイダーを押さえるつもりなのでしょうか……」


 ゾピャーゼからすれば嬉しい誤算だった。


 このままシルルンがハイ スパイダー押さえ込めれば、誰も死なずにハイ スパイダーを倒せるとゾピャーゼは淡い期待を抱いていた。


 だが、ハイ ウルフのテイムに成功した多重結界ですら、最早限界で形を保てなくなっている。


 三匹のハイ スパイダーたちがアラクネの側近だからだ。


 その中でもシルルンが結界で押さえ込んでいる個体は一番強く、シルルンはそれを承知で挑んでいるのだ。


「やっぱりね……」


 結界に包まれているハイ スパイダーを目にしたリザは歩きながら呟いた。


 彼女は文句のひとつでも言ってやろうかと思ったが、シルルンの真剣な横顔を目の当たりにしてリザは思わず見惚れてしまう。


 そして、この光景を目撃したイネリアは我知らずに息を呑んだ。


「……」


(馬をテイムしていた程度の少年が、どうやったら凶悪と恐れられているハイ スパイダーを押さえ込めるのよ……)


 疑惑の眼差しをシルルンに向けるリザは底知れぬ戦慄に襲われた。


「かなり弱ってきたね……」


 ハイ スパイダーのステータスウインドウを視ながらシルルンは口角に笑みを浮かべる。


 もう一度結界を放てば、ミゴリたちがハイ スパイダーを倒しきるまで結界を維持できると彼は思ったのだった。


 彼が視ているステータスウインドウは『魔物解析』によるもので、術者にしか視ることができないのである。


 ちなみに、職業は転職の神殿で就くものだ。


 転職の神殿で職業に就くと、その職業に就くことで行使できる魔法や能力の効果を知ることができるのだ。


 だが、シルルンは下級職である『動物使い』を飛び越えて、上級職である【魔物使い】に自力で目覚めたことにより、自身がどの様な能力を所持しているのかを知らなかった。


 そのため、彼は直感と勘で試行錯誤を繰り返している内に、『魔物探知』『魔物解析』を所持していることに気づいたのだ。 


「いけるっ!! いけますぞ主君っ!!」


 思念でシルルンに言い放ったブラックは不敵に笑う。


「ん? 何が?」


 シルルンは顔を顰めた。


「フハハハッ!! ダークネス!!」


 ブラックはダークネスの魔法を唱えて、黒い風がシルルンの体を突き抜ける。


「がぁああああああああああああぁぁ!!」


 ダークネスの魔法の副次的効果により暴走したシルルンが咆える。


「今こそ我らの力を見せる時である!! 存分に力をみせられよ」


 ブラックが号令を掛けると、タマたちは頷いて決死の表情になる。


「マ、マスター?」


「デシ?」


 プルとプニは怪訝そうにシルルンを見つめるが、シルルンからの返答はなかった。


「まだ分からんのかっ!? 主君は戦いに集中されておるのだ。最早、我らの声は届かん。故に我らができることは主君を全力でサポートすることだっ!!」


 ブラックは誇らしげに言い放ち、タマたちは硬い表情で頷いた。


 だが、プルとプニは訝しげな眼差しをブラックに向けていた。


 ブラックが唱えたダークネスの魔法が怪しいと彼らは疑っていたが、ダークネスの魔法の効果が彼らには分からなかった。


 シルルンが暴走したことにより、ハイ スパイダーを包んでいた結界が消え去った。


 怒り狂ったハイ スパイダーはシルルンに狙いを定めて矢のごとく突進した。


「フハハッ!! 相手にとって不足なし!!」


 ブラックは『疾走』を発動して超加速し、ブラックたちはハイ スパイダーに向かって疾走し、タマたちも一斉に突撃した。


 一瞬でシルルンたちに達したハイ スパイダーは右の前脚の爪を一閃。


 だが、ブラックは音速に近い速度で前脚の爪を躱しており、両手で握った鉄の剣を振り回しているシルルンがハイ スパイダーの前脚を一刀両断し、右の前脚が宙に舞う。


「嘘っ!?」


(魔物使いは前衛職じゃないのになんでなのよっ!?)


 リザは信じられないといった形相だ。


 シルルンが急激に強くなった理由は四つある。


 一つ目はダークネスの魔法でシルルンのステータスの値が三倍以上に跳ね上がっていることだ。


 二つ目はシルルンが暴走した際に凄まじい数の魔物を倒していたことである。


 三つ目は二匹同時にハイ ウルフのテイムに成功したことが挙げられる。二匹同時のテイムは至難の業で加算される経験値は計り知れないのだ。


 四つ目はペットたちが魔物を倒して得た経験値の同額がシルルンにも加算されていたことだ。


 しかし、一般的な魔物使いのペットが敵を倒しても同額が加算されるような現象は起こり得ない。だが、シルルンはペットたちの親愛度が異常なほど高く、それにより起こった奇跡だった。


 つまり、これらを踏まえると現在のシルルンのレベルは五十二に達していたのである。


「……どうなっている!?」


 ゾピャーゼは愕然とした表情を浮かべている。


「あのシルルンという少年は一人でハイ スパイダーを相手にできるほどの強者だったのか?」


 申し訳なさそうにゾピャーゼは『鑑定』でシルルンを探ると、シルルンのステータスの値はハイ スパイダーの二倍ほどだったのだ。


 ちなみに、『鑑定』ではダークネスの魔法による状態異常までは視れないので、より詳しく人を見たいのなら最上位である『解析』か、あるいは『人物解析』が必要なのだ。


 ハイ スパイダーは左の前脚の爪でなぎ払いを繰り出した。


 だが、一瞬下がって左の前脚の爪を回避したブラックは瞬時に詰め寄り、シルルンが猛攻を加える。


 両前脚を失って体中を斬り刻まれたハイ スパイダーは耳をつんざくような奇声を上げた。


 そこにタマたちが側面から体当たりをハイ スパイダーに繰り出した。


「サンダーデス!!」 


 プルはサンダーの魔法を唱えて、巨大な稲妻がハイ スパイダーの頭部と胴体を砕き、黒焦げになったハイ スパイダーは電撃により体が麻痺する。


「エクスプロージョンデシ!!」


 プニはエクスプロージョンの魔法を唱えて、光り輝く球体による爆発により、ハイ スパイダーは胴体が爆砕して大量の血を飛び散らせた。


「アース!!」


 ブラックはアースの魔法を唱えて、無数の岩や石がハイ スパイダーの体を打ちのめし、猛り狂ったシルルンがハイ スパイダーに斬り掛かる。


 一方、ハイ スパイダーを屠ったミゴリたちは所定の場所に視線を向けると、そこにはハイ スパイダーの姿はなかったが、すぐ傍でシルルンたちがハイ スパイダーを一方的に攻め立てていた。 


「お、おい、あれはどうなっているんだ?」


 シルルンたちの戦いを目の当たりにしたミゴリたちは呆気に取られていたが、ゾピャーゼの元に歩いていく。


「どういうことなんだ?」


 ミゴリは探るような眼差しをゾピャーゼに向けた。


「……『鑑定』で視た結果、シルルンという少年はあのハイ スパイダーより、二倍以上の強さだと解ったのです」


 興奮したゾピャーゼは歓喜に打ち震えている。


「なっ!?」


 ミゴリたちは大きく目を見張って絶句したのだった。


 体中から痙攣を引き起こしているハイ スパイダーは最早動ける状態ではなかった。


「がぁああああああぁぁああああああああぁぁぁ!!」


 息もつかせぬ連続攻撃を放ったシルルンはハイ スパイダーをメッタ斬りにする。


 全ての脚を斬り落とされて体をバラバラに解体されたハイ スパイダーは肉片に変わったのだった。


「フハハハっ!! まだまだ足らぬわ!!」


 全速力で移動するブラックは、ヒーリー将軍たちの戦いに割り込んだ。


 プルはサンダーの魔法を唱えて、凄まじい稲妻が降り注いでハイ スパイダーの胴体が砕け散り、シルルンが狂ったようにハイ スパイダーを斬り裂いた。


 ハイ スパイダーは断末魔の絶叫を上げることもできずに息絶えたのだった。


「しゃぁああぁああぁ!!」


 鉄の剣を振り回すシルルンは次の獲物を探す。


「……」


 あまりの出来事にヒーリー将軍とベル大尉は呆然として身じろぎもしない。


「――っ!?」


 閃いたプニはキュアの魔法とヒールの魔法をシルルンに唱えると、状態異常から回復して我に返ったシルルンは酷使された体中のダメージもヒールの魔法で回復した。


「チッ……」


 ブラックは苛立たしそうに舌打ちした。


「ん? ひぃいいいいぃ!!」


 ハイ スパイダーの死体を目にしたシルルンが真っ青な顔をして後ずさる。


「マ、マスター?」


 プルは不安そうにシルルンに声をかける。


「ん? どうしたの?」


 にっこり微笑んだシルルンはプルとプニの頭を撫でた。


「マスターが戻ったデス!!」


「デシデシ!」


 歓喜の表情を浮かべるプルとプニはシルルンの肩の上で跳びはねている。


「誰が倒したんだろ?」


 シルルンは辺りを見渡してみると近くにヒーリー将軍とベル大尉の姿があった。


「なるほど、軍が倒したんだ」


 プル、プニ、ブラックはハイ スパイダーだった肉片を『捕食』しており、タマたちもシルルンたちの元に駆けつけて肉片に食らいつく。


 この戦いを目の当たりにした冒険者たちは、最早シルルンのことをスライムの兄ちゃんとは呼ぶことはできなかった。


 その代わりについた彼の二つ名が【ダブルスライム】という二つ名である。


 これを境にシルルンは【ダブルスライム】と呼ばれることになるのであった。

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リザ 剣士 レベル30

HP 900

MP 0

攻撃力 470+鋼の剣 鉄の剣

守備力 330+鉄の鎧

素早さ 320+皮のブーツ

魔法 無し

能力 堅守


 

シルルン 魔物使い レベル52

HP 1000

MP 0

攻撃力 350+ミスリルダガー 鉄の剣 鋼のクロスボウ

守備力 250+白ぽいシャツと黒っぽい半ズボン

素早さ 400+サンダル

魔法 無し

能力 逃走癖 集中 危険探知 魔物探知 魔物解析 魔物能力耐性


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