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スライムスライム へなちょこ魔物使い  作者: 銀騎士
大穴攻略編

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26 アラクネ ☆ 修


「真ん中の洞穴からハイ スパイダーが出現っ!! か、数は三匹です!!」


 新たな魔物の出現を叫ぶケインの顔には激しい焦りの色が窺えた。


「なんだと!? 討伐部隊の状況はどうなっている!?」


 思わず耳を疑ったヒーリー将軍は緊張をはらんだ声を発した。


「一隊が壊滅状態ですが、三匹のハイ スパイダーが逃走したようですな」


 張り詰めた表情の側近が答える。


「こちらは五隊でハイ スパイダーは六匹……つまり、ベル大尉の部隊を送れば形の上では同数になるな……」


「はっ、そうなりますな。ですが危険な綱渡り状態であることは間違いありますまい……」


 側近は厳しい表情を浮かべている。


「だが、こうなった以上は冒険者たちに賭けるしかない……ベル大尉をここに」


「はっ」


 側近は即座に指示を出した。


「ひぃいい!? さらに増援っ!! あ、あれは、ア、アラクネです!!」


 戦慄を禁じ得ないケインの顔が驚愕に染まる。


「なんだそれは? 強い魔物なのか?」


「はっ、結論からいいますと最早撤退すべきかと……」 


 即答した側近は深刻な表情を浮かべている。


「……そ、それほど強いのか?」


 ヒーリー将軍はショックを露にしている。


「はっ、報告例はほとんどありませんが、昔の資料などから判断してハイ スパイダーの上位種のひとつと考えて差し支えないでしょう」


「ベル大尉から報告を受けたハイ スパイダーの他にも、そんな化け物が存在するのか……」


 ヒーリー将軍は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ベル大尉が来られました。いかがなさいますか?」


 側近は恐ろしく真剣な顔つきで問い掛けた。


「討伐部隊を撤退させるためにベル大尉には上級兵士を率いて、殿を務めるように伝えてほしい……」


 苦悩の表情を浮かべるヒーリー将軍は断腸の思いで決断した。


 この命令はベル大尉にとって死の宣告に等しいからだ。


「はっ」


 側近はすぐにベル大尉の元に赴き、詳細を伝えたのだった。
























挿絵(By みてみん)

アラクネのイメージ。


「な、なんだあの化け物は!?」


 動揺を隠せないリックは大きく目を見張った。


 彼は敵の増援の可能性を想定してはいたが、この様な魔物が出現するとは思いも寄らなかったのだ。


 アラクネは蜘蛛の上に人族の女の上半身が生えたような姿をしており、その上半身には何も纏っておらず、裸体を曝け出していた。


 彼女は端正な顔立ちをしており、髪は腰まで伸ばしたロングヘアーで髪色は深い緑一色に染まり、妖艶な雰囲気を醸し出している彼女の手には漆黒の包丁が握られている。

 

「フフッ……本当に人族がたくさんいるわね」


 アラクネは部屋をゆっくりと見渡した。


 彼女の後方には三匹のハイ スパイダーが控えている。


「人族語を話せるのか!?」


 リックは信じられないといったような表情を浮かべており、聖騎士たちは絶句している。


 そこに、リック隊と聖騎士部隊の残りのメンバーが駆けつけた。


 これにより、リック隊、聖騎士の部隊、五匹のハイ ウルフがこの場に集結したことになる。

 

 彼らはアラクネと睨み合っていたが、剣を抜き放ったリックがアラクネに目掛けて猛然と突撃したのだった。


 一方、大魔導師たちを殺害したハイ スパイダーが、エベゼレア隊の怪盗たちに標的を定めて体の向きを変えた。


 短剣をハイ スパイダーに目掛けて投擲した怪盗は即座に横に大きく跳躍して、後方に控える司祭と聖職者から距離を取る。


 彼女のこの行動は自身にハイ スパイダーを引き寄せる為の行動だが、ハイ スパイダーが司祭たちに襲い掛かる危険性も伴っていた。


 短剣を難なく回避したハイ スパイダーは多数ある目をギョロギョロと動かして、一瞬迷いの素振りを見せたが彼は怪盗に向かって突進した。


 死を覚悟した怪盗はそれでも足掻こうと身を翻して全力で逃走したが、ハイ スパイダーは瞬く間に怪盗との距離を詰めて前脚の爪を繰り出した。


 その刹那、その間にラーグが割って入り、ラーグは剣で前脚の爪の一撃を弾き返す。


 しかし、魔法戦士の死体を食べ終わったハイ スパイダーがラーグに襲い掛かったのだ。


 そのため、二匹のハイ スパイダーとの戦いを余儀なくされたラーグは激戦を繰り広げていた。


「すごい……聖騎士ってあんなに強いんだ」 


 振り返って助けられたことを理解した怪盗が感嘆の声を上げる。


 確かに数ある最上級職業の中で聖騎士は最強の一角だといわれているが、この状況に置いてはラーグが強いのだと言わざるを得ない。


 でなければ、聖騎士が五人もいる聖騎士部隊がハイ スパイダーの逃走を許したことの説明がつかないからだ。


 ハイ スパイダーたちが繰り出す前脚の爪の連撃に対して、ラーグはミスリルシールドで受け流し、あるいは躱しながら反撃も行っていた。


 すでに彼はハイ スパイダーたちの前脚を一本ずつ斬り落としており、その顔には余裕さえ窺える。


 そこに、ラーグ隊のメンバーが駆けつけた。


 アラクネたちの出現により、彼らは警戒して遠回りをしたのでラーグとの合流に時間が掛かったのだ。


 二人の魔法戦士がラーグの両脇に並び立つと、疾風の如く突進したラーグが片方のハイ スパイダーに集中攻撃を繰り出した。


 もう片方のハイ スパイダーがラーグに襲い掛かろうとしたが、魔法戦士たちがそれを遮ってハイ スパイダーを牽制する。


 瞬時に身体中を斬り刻まれたハイ スパイダーは後退に大きく跳躍してヒールの魔法を唱え続けているが、ラーグがウインドの魔法を唱えて、ハイ スパイダーの胴体が風の刃によって大きく裂ける。


 ハイ スパイダーは天井に向かって『糸』を吐き出して天井に逃れたが、ラーグ隊の大魔導師たちがファイヤの魔法を唱える。


 天井に逃げたハイ スパイダーは灼熱の炎に体を焼かれて、のたうち回りながら地面に落下し、ビクビクと脚を痙攣させて息絶えた。


 その光景を目の当たりにしたハイ スパイダーは魔法戦士たちを振り切って逃走を試みるが、ラーグに退路を塞がれる。


 ラーグと魔法戦士たちに囲まれたハイ スパイダーに、最早生存する術などありはしなかったのだった。


 一方、ホフターはハイ スパイダーを圧倒していた。


 彼の『発勁』により、頭部と胴体を破壊されたハイ スパイダーは大量の血を噴出させながらヒールの魔法を唱えているが、回復が追いついていなかった。


 容赦なくホフターは『発勁』をハイ スパイダーに放ち、胴体が破裂して内臓が飛び出したハイ スパイダーは耳をつんざくような奇声を上げる。


「つ、強い……」


 エベゼレアは放心状態に陥っていた。


 ホフターはこの国の英雄の一人だが、それは彼らが従えているハイ ウルフたちが強いからだと彼女は思い込んでいたのだ。


 エベゼレアは冒険者会議で初めてホフターと顔を合わせたが、彼のことを目立ちたがり屋のただのお調子者だと彼女は一蹴していた。


 だが、ホフターは宣言通りにエベゼレアの絶望的な窮地を救ったのである。


「……」


(……彼は格闘家だと言っていたけど格闘家がこれほど強いなら私の隊はこんな窮地に陥っていない……つまり、ホフターが強いのね)


 エベゼレアは納得したような表情を浮かべている。


 彼女はこれまで氷の女だといわれてきたが、その彼女の心に変化が生じた瞬間だった。


 溢れ出るホフターへの熱い想いをエベゼレアは感じずにはいられなかったのだ。


 追いつめられたハイ スパイダーがブリザーの魔法を唱える。それと平行して後方に跳躍したハイ スパイダーは天井に目掛けて『糸』を吐いて天井に逃れようとした。


「やっぱりな!!」


 襲い掛かる冷気を回避せずにホフターは逆に突進しており、冷気によってホフターの体は凍ったが、彼は構わずに右のコークスクリューブローでハイ スパイダーが天井に吐きつけた糸を断ち切る。


 天井に跳躍しようとしているハイ スパイダーに瞬時に肉薄したホフターは、左の打ち下ろしの『発勁』を打ち込んだ。


 ハイ スパイダーは体を地面に叩きつけられて、体が半壊して跳ね上がる。


 ホフターは振りかぶった全力の右の『発勁』をハイ スパイダーに叩き込み、ハイ スパイダーは体が内部から砕け散って沈黙した。


「すごい……」


 エベゼレアが感嘆の声を漏らした。


 辺りを見渡したホフターはラーグ隊に向かって走り出す。


 ラーグたちに全ての脚を斬り落とされたハイ スパイダーは防戦一方であり、駆けつけたホフターが右の『発勁』をハイ スパイダーに繰り出した。


 動くことができないハイ スパイダーは胴体が砕け散り、ラーグたちによってバラバラに解体されて血飛沫を上げて力尽きた。


「そっちは倒したのかい?」


「ああ、一匹は倒した」


 向き合ったラーグとホフターは満足げな表情で右腕を交差させてぶつけ合う。


 そして、二人はリックたちと合流するべく走り出したのだった。 


 アラクネと戦いを繰り広げるリックたちはアラクネに対して無力だった。


「ヒール!! こんなやつが虫に存在するのか……」


 地面に片膝をついてヒールの魔法を唱えるリックはただならぬ表情を浮かべている。


 魔物の強さは大きさに比例すると考えていた彼は、その考えを否定せざるを得なかった。


 現在は聖騎士たちがアラクネと戦っているが、まるで相手になっていなかった。


「馬鹿なっ!? ありえん!!」


 聖騎士たちが一斉攻撃を行ってもアラクネの動きが速すぎて攻撃は当たらないのだ。


 アラクネは漆黒の包丁で聖騎士たちを斬り裂くが追撃はしない。


 彼女は完全に遊んでいるのだ。


「いいわぁ!! あなたたち人族にしてはかなり強いわね。それにいい男……」


 アラクネは恍惚な表情を浮かべている。


「黙れ虫がっ!!」


 憤慨して声を荒げた二人の聖騎士がアラクネに剣を振り下ろしたが、微笑を浮かべるアラクネは漆黒の包丁で剣を弾き返し、前脚の爪で聖騎士たちをなぎ払って聖騎士たちは吹っ飛んだ。


「あら、これでも半分は人族なのよ」


 アラクネは怪しげな微笑を浮かべている。


「ふざけるなっ!!」


 すでに立っている聖騎士は彼だけで、怒りの形相で猛然と突撃した彼はアラクネの顔に目掛けて突きを放ったが、アラクネは漆黒の包丁で剣を弾いて前脚の爪で聖騎士の腹を貫く。


「がぁああああぁ!!」


 聖騎士は苦痛に顔を歪めて片膝をついた。


「はぁ、はぁ、ううぅ……もう、我慢できない!」


 顔を紅潮させたアラクネは前脚で聖騎士を引き寄せる。


 彼女は漆黒の包丁で聖騎士の腹を斬り裂くと、聖騎士の腹から内臓が飛び出してアラクネは内臓に食いついた。


「ぎゃああああああああああああぁぁ!!」


 聖騎士の口から苦悶の絶叫がほとばしる。


「ああぁあああぁぁ……なんて美味しいのっ!!」


 両手で頬を押さえるアラクネはとろけそうな笑みを浮かべている。


「この化け物がっ!! ウインド!!」


 ヒールの魔法で傷を回復させた聖騎士がウインドの魔法を唱える。


 難なく風の刃を回避したアラクネは目にも留まらぬ速さで聖騎士の傍に移動して、漆黒の包丁で聖騎士の腹を斬り裂いた。


「うぶっ…… ヒール」


 腹から内臓が飛び出した聖騎士は激痛に顔を歪めながらも慌てて内臓を腹の中にかき入れて、彼はヒールの魔法を唱えて腹の傷を塞いだ。


「あらあら、私ったら我慢できなくて思わず食べちゃったわ」 


 はらわたを食らった聖騎士を手放したアラクネは、口元についた血を舌で舐めとった。


 地面に転がった聖騎士は大量吐血して、腹からも大量の血を垂れ流している。


 身体を痙攣させて今にも死にそうな聖騎士の傍に駆け寄った聖騎士たちは、必死の形相でヒールの魔法を唱えている。


 聖騎士の腹の傷は塞がったが、彼らはアラクネの追撃がないことに対して訝しげな表情を浮かべていた。


「俺たちが前に出る」


 リックの言葉に、聖騎士たちは頷いて後方に下がり、リックたちがアラクネと対峙した。


 だが、動きを見せなかった三匹のハイ スパイダーたちがアラクネの傍に寄り、振り返ったアラクネは顔を顰めた。


「分かったわよ、うるさいわねぇ……でも、この子たちは私のモノよ」


 ハイ スパイダーたちは前脚の爪を伸ばして、アラクネの体に触れると、その場からハイ スパイダーたちの姿が掻き消える。


「なっ!?」


 リックたちは動揺して辺りを見渡すが、ハイ スパイダーたちの姿は見当たらなかった。


「リック!! 奴らは包囲陣の中だっ!!」


 リック隊の格闘家が声を張り上げた。


「――っ!?」


 リックたちの視線が包囲陣に集中する。 


「馬鹿なっ!? ハイ スパイダーはテレポートの魔法を使えないはずだ……」


 リックは動揺を禁じ得なかったのだった。













 唐突に包囲内に出現した三匹のハイ スパイダーたちが冒険者たちに襲い掛かる。


「うわぁあああああああああああぁぁ!!」


「ぎゃああああぁぁあああああああああああああぁぁぁ!!」


「うぎゃあああぁぁ!!」


 ハイ スパイダーたちは前脚の爪で冒険者たちを次々に貫き、冒険者たちの絶叫が折り重なる。


 彼らはまともな抵抗もできずに逃げ惑っているだけだ。


「い、いったい、どうなってるんだっ!?」


「奴らはどこからきたんだっ!?」


「おいおいおいっ!! 何なんだよ!?」


「やべぇ!? どうすんだよ!?」


 洞穴の出入口前で冒険者たちや傭兵たちが騒ぎ立てており、彼らは洞穴内に逃げ込もうとしたが、ハイ スパイダーが洞穴の出入口前を塞いでいるのだ。


 つまり、ハイ スパイダーに退路を断たれたのだ。


 現在のハイ スパイダーたちの位置は、洞穴の出入口前を塞ぐハイ スパイダー、包囲内を暴れ回るハイ スパイダー、包囲陣の左側に攻撃を仕掛けるハイ スパイダーといった状況である。


 包囲陣の左側を形成する上級兵士たちは背後からハイ スパイダーに攻撃されたことにより、瞬く間に混乱状態に陥る。


「馬鹿なっ!? どこから現れた!!」 


 信じ難い現象にヒーリー将軍は目を見開いている。


「……それは分かりません。ですが、これではこちらがもちません」


「確かにな……」


「ベル大尉にはこちらに残ってもらい、ハイ スパイダーを倒してもらいましょう」


 側近は恐ろしく真剣な表情で進言した。


「――討伐部隊を見捨てろというのか!?」


 それまでは抑制的だったヒーリー将軍の声から激しい感情がほとばしる。


 だが、八方塞がりの状況の中で逡巡した彼女は結論に達した。


「討伐部隊への撤退指示は上級兵士五十名に行ってもらう」


「はっ」


「ハイ スパイダーは私とベル大尉で討つ。君は私が戻るまでここで全体の指揮を執れ。言っておくが反論は許さない」


「……はっ」


(あなたに何かあれば誰が軍を指揮するんですか……)


 一瞬不服そうな表情を見せた側近は即座に部下に命令して部隊を編成し、上級兵士の部隊が討伐部隊の元へと進軍を開始した。


 それと同時に、ヒーリー将軍はベル大尉と共に左の包囲陣へと向かったのだった。




















 包囲陣の中にいたシルルンたちは洞穴の中に逃げ込もうとしたが、ハイ スパイダーが洞穴の出入口を塞いでいた。


「なんでハイ スパイダーが洞穴の出入口にいるんだよ……」


 眉を顰めるシルルンは『魔物探知』と『魔物解析』で討伐部隊と戦いを繰り広げる魔物たちを探る。


「……アラクネがヤバすぎる」


(たまに眼が青く光るハイ スパイダーと同じぐらいの強さだよ……)


 戦慄を覚えたシルルンの心胆を寒からしめる。


「どこから現れたのかしら?」


 リザは不可解そうな表情でシルルンに尋ねた。


「討伐部隊のところにいたハイ スパイダーたちがテレポートの魔法かなんかでこっちにきたんだよ」


 そんな中、必死の形相のスラッグがシルルンたちに向かって駆けて来た。


「ここにいたかシルルン!! ハイ スパイダーを倒すために人を集めているんだ。君も協力してくれないか?」


 肩で息をしているスラッグは熱い眼差しをシルルンに向ける。


「え~~~~っ!! やだよ!! 僕ちゃん逃げるつもりだし」


「それができればみんなやっている!! だが、洞穴の前にはハイ スパイダーがいて中には入れない。どこに逃げるつもりなんだ?」


「あはは、隙を見てハイ スパイダーの横を突破するか、包囲陣を突破して別の洞穴に逃げ込むんだよ」


 シルルンはにっこりと微笑んだ。


「君は自分たちさえよければ他はどうなってもいいというのか?」


 憤慨したスラッグは声を荒げる。


「うん、そうだよ」


(自分たちの身の安全が最優先だからね)


 シルルンは即答した。


 彼からすれば、状況が劣勢になったからといって救援を要請するのならば、最初から冒険者をやるべきではないと思っていたのだ。


 冒険者や傭兵は命の危険を承知の上での商売だからだ。


 だが、スラッグの顔がみるみるうちに真っ赤に染まる。


「ひぃいいぃ!!」


 シルルンは真っ青な顔をして後ずさる。


 そこにミゴリがスラッグの元に駆けつけて、ミゴリは厳しい表情で言い放った。


「ヒーラーはまだ集まらないのかっ!? ゾピャーゼのヒールだけじゃもたないぞっ!!」


「分かってる!! だが、ヒーラーが見つからんのだ!!」


 シルルンを見つめるスラッグは吐き捨てるように言った。


「それなら、軍のヒーラーを今だけでもこっちに回してもらえないのかよ!?」


 ミゴリは鬼気迫る表情で訴えた。


 緊急事態なのでスラッグは半ば強引にミゴリ隊とゾピャーゼ隊を動かしたが、最早ヒーラーはいなかったでは済まされない状況なのだ。


「それは俺も考えたが軍のヒーラーは全て洞穴の中だ。軍もヒーラーなしで戦っているんだよ」


 その言葉に、ミゴリは絶句して身じろぎもしない。


 だが、そんな状況でもシルルンは両手を頭の後ろに組んで口笛を吹きながら歩き出す。


 彼からすれば、無関係の他人のふりを演じるための口笛だったが、傍から見ればそれはあまりにも白々しい口笛だった。


「……ん? よく見たらスライムの兄ちゃんじゃねぇかっ!! この際お前でもいい!! 一緒について来い」


 そう言い放ったミゴリはシルルンの首根っこを片手で掴んで持ち上げて、強制連行したのだった。


 一方、アラクネと熾烈な戦いを繰り広げるリック隊は、前衛職六人がかりで挑んでも全く相手になっていなかった。


 アラクネは漆黒の包丁でリックたちの腹ばかりを執拗に斬り裂いており、地面に跪いたリックたちは苦悶の声を上げながら腹の中にはらわたをかき入れている。


「フフッ……いいわぁ!! 強くていい男の顔が苦痛に歪むのは堪らない……」


 吐息を洩らすアラクネは身体をくねらせる。


 だが、そこにラーグとホフターが駆けつけた。


「な、なんだこの化け物は……?」


 ホフターは呆然とアラクネを見つめており、ラーグは視線をリックたちに転じた。


 そこには、無様にはらわたを腹の中にかき入れているリックたちの姿があり、その光景を目の当たりにしたラーグは動揺を禁じ得なかった。


「……確かハイ スパイダーの上位種のひとつで、アラクネという魔物だったと思う」


 ラーグは緊張した面持ちで答えた。


「あらあら、二人ともいい男じゃない!!」 


 アラクネは視線をラーグとホフターに向けて怪しく微笑んだ。


 リックたちが後方に下がると、聖職者たちがヒールの魔法を唱えてリックたちの傷は全快し、ラーグとホフターが進み出てアラクネと対峙する。


 ラーグとホフターは一瞬でアラクネに肉薄して全力の一撃をアラクネに繰り出したが、アラクネは前脚の爪で軽くあしらった。


 彼らの顔が驚愕に染まる。


 ラーグとホフターは電光石火の連撃を放ったが、アラクネは前脚の爪で全ての攻撃を弾く。


 だが、ホフターは拳の連撃の間に『発勁』を交ぜており、その一撃がアラクネの前脚に炸裂してアラクネは吹っ飛んだ。


 アラクネが吹っ飛んだ地点にはラーグが待ち構えており、ラーグはアラクネの背後から全力の剣の一撃を放った。


 しかし、ラーグの剣は空を斬り、代わりにホフターが地面に膝をつく。


 ホフターは背後からアラクネに脇腹を斬られたのだ。


「なっ!?」


(今の動きは全く見えなかった……)


 戦慄したラーグは背筋が凍る。


 しかし、アラクネの追撃はない。


「フフッ……あなたたちは他の子たちよりも格段に強いわね。それにいい男……特にあなたはすごく好みだわ」


 両手を頬にあてたアラクネが顔を真っ赤にしながらラーグを見つめる。


「ホフター!!」


 ゼミナがポーションをホフターに向かって次々に投げる。


 飛んでくるポーションを次々に受け止めたホフターは傷口にポーションを流し込む。


 傷が塞がったホフターは訝しげな眼差しをアラクネに向ける。


「なんで追撃しねぇ?」


「フフッ……それは少しでも長く、強くていい男の顔が苦痛に歪むのを見ていたいからよ」


「なっ!?」


 ホフターは面食らったような顔をした。


「俺たちがこの大穴に来ているのは君たちと戦うためではなく、この大穴の主を倒すためなんだよ。できれば引いてくれないかな?」


 ラーグは爽やかな笑顔でアラクネに問いかけた。


「あら、そうだったの。でもでも、条件があるわ」


 アラクネがラーグの傍に移動する。


「あなたが私の男になってくれたら引いてもいいわ」

 

「――っ!?」


 その瞬間、ラーグ隊の女聖職者たちの顔が怒りの形相へと変貌した。


「い、いや、ちょっと、他の条件はないのかな……?」


 ラーグは戸惑うような表情を浮かべている。


「何よ……ダメなの……?」


 アラクネは切なそうな表情を浮かべている。


 だが、彼女は今度はホフターの傍に近寄った。


「あなたもいい男だわ……私の男になってよ。そうすれば引いてあげるから」


「――っ!?」


 その瞬間、ゼミナのこめかみに青筋が浮かび上がった。


「断る!!」


 ホフターが即答すると、悲痛な表情を浮かべるアラクネは俯いて身体を打ち震わせている。


「何よっ!! 私が半分蜘蛛だから嫌だって言うのっ!? そんなの私だって望んだ訳じゃないわよっ!! でも仕方ないじゃない……蜘蛛になって生まれてきたんだがら!! 私だって人族に生まれたかったわよっ!!」


 アラクネは涙を流しながら半狂乱になって絶叫した。


「……」


 その場にいる誰もが俯いて、やりきれない思いに駆られた。


 辺りは静寂に包まれていたが、俯いて沈黙していたアラクネが顔をあげる。


「フッ……フフッ……私のものにならないなら殺して食べるだけのことよ……」


 そう呟いたアラクネの顔は能面のように感情が消え失せていたのだった。



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