24 シルルン 対 ホフター ☆ 修
シルルンはA3ポイントの出入口付近で、冒険者たちや傭兵たちの傷や毒を癒していた。
つまり、スラッグからの要望であるヒール屋を営んでいた。
「ヒールするよ~~~♪」
シルルンは声を張り上げた。
「おう、兄ちゃん、こっち頼む」
足を引きずりながら歩いてきた傭兵がシルルンに声を掛けた。
「ヒール一度につき一万円、キュア一度につき五万円ですがご利用になりますか?」
イネリアは花が咲いたような笑みを浮かべた。
「お、おう、足を治してくれ」
照れくさそうに頭を掻いた傭兵は地面に座って脚の傷を露にする。
「……」
(かなりの出血だけど毒はくらってないね)
傭兵の足を観察したシルルンは診断を下した。
「このレベルだと一度のヒールで完治可能ですので一万円ですね」
シルルンと同様の診断をしたイネリアはキラーンとメガネを光らせた。
「分かった。治してくれ」
ズボンのポケットからゴソゴソと銀貨を十枚を取り出した傭兵は、銀貨をイネリアに手渡した。
それを確認したシルルンは、ヒールの魔法で傷を治すようにプニに指示を出す。
プニはシルルンの肩からピョンと跳び下りて、ヒールの魔法を唱えて傭兵の足の傷が完治した。
「ふぅ、死ぬかと思ったぜ。兄ちゃんまた頼むわ」
安堵したような表情を浮かべる傭兵は立ち上がって戦場へと戻っていった。
「ご利用ありがとうございました」
イネリアは深々と頭を下げた。
「じゃあねぇ」
シルルンはにっこりと微笑んで傭兵に手を振った。
プニがシルルンの肩に戻り、シルルンはプニの頭を撫でる。
プニは嬉しそうだ。
イネリアは受け取った銀貨十枚にさらに銀貨二十枚を足して、銀貨三十枚をシルルンに手渡した。
「あはは、ありがとう」
(これはぼろい商売だね)
シルルンはにやりと笑い、包囲内の中央に向かってシルルンたちは歩を進める。
テックとミーラが帰還してから二日が経過しているが、依然として魔物は減らず、包囲陣の前には千匹以上の魔物が押し寄せていた。
そのため、天井から稀に魔物が降ってくるが、冒険者や傭兵が我先にと奪い合いをしているのでシルルンたちの出番はない。
リザは日に一度は前線に赴いているが、それ以外はシルルンと一緒に行動している。
だが、イネリアを敵と見做しているリザはイネリアと不仲で、リザがシルルンたちと合流するとシルルンは居心地が悪かった。
「ヒールするよ~~~♪」
包囲内の中央に到着したシルルンは声を張り上げる。
「おう、兄ちゃん……毒は治せるか?」
左腕が血塗れの傭兵は探るような眼差しをシルルンに向けた。
「ヒール一度につき一万円、キュア一度につき五万円ですがご利用になりますか?」
「ご、五万か……仕方ねぇ、頼むわ」
傭兵は腰に下げている袋から銀貨五十枚を取り出してイネリアに手渡した。
「……」
(たぶん、アント種かスネーク種に噛まれたんだろうねぇ)
どす黒く腫れあがった左腕を目の当たりにしたシルルンは、思念でキュアの魔法で毒を治すようにプニに指示を出した。
シルルンの肩からピョンと跳び下りたプニはキュアの魔法を唱えて、傭兵の左腕から毒が浄化される。
「ふう、ヤバかったぜ。金はかかるが気ぃ使わなくて済むのはいいな。また頼むぜ兄ちゃん」
傭兵はそういって戦場へと消えていった。
レッサー ラットの毒ならば毒消し草で対処できるが、それ以上に強い魔物の毒はキュアポーション、キュアの魔法、『解毒』などが必要になる。
すでにポーションやキュアポーションは商店に在庫がない状況であり、彼らのように隊の中で回復手段がない者たちは多数存在するのだ。
そのため、回復手段がない者たちは他のパーティの【僧侶】【司祭】に頭を下げて、治療してもらう他に手段がなく、大きな借りを作ることになる。
この状況を想定していたスラッグは回復手段を所持する者を捜し続けていたのだ。
そして彼はシルルンに出会ってシルルンを起用した流れになる。
「ご利用ありがとうございました」
イネリアは屈託のない笑みを浮かべた。
「じゃあねぇ」
シルルンは大きく手を振って傭兵を見送り、プニがシルルンの肩に戻り、シルルンがプニの頭を撫でる。
プニは嬉しそうだ。
イネリアは受け取った銀貨五十枚にさらに金貨一枚をたしてシルルンに手渡した。
さすがに銀貨百枚になると重い上に場所を圧迫するので、イネリアは金貨一枚と交換していた。
シルルンたちは負傷した者たちや毒に侵された者たちを次々に治していき、スラッグのシルルン起用は大正解だった。
「ハイ スパイダーが一匹増えて六匹になってるわよ」
前線から帰還したリザが不安げにシルルンに報告する。
「え~~~~~っ!! マジで!? あれが出てきたらマジでヤバイのに」
シルルンは表情を曇らせる。
「あれというのは何のことだ?」
好奇心を抑制できなかったベル大尉が唐突にシルルンに話し掛ける。
包囲陣の中央は本陣に近く、本陣の警護を勤める彼女はシルルンたちの話に耳を傾けていたのだ。
「高レベルのハイ スパイダーのことだよ」
「何、そんなのがいるのか?」
「うん、たぶんあそこにいる六匹のハイ スパイダーがまとめて襲い掛かっても負けるだろうねぇ」
「なっ、何だとっ!?」
ベル大尉は動揺を隠せなかった。
「そのハイ スパイダーはたまに眼が青く光るんだよ」
「そう言えば君は【魔物使い】だったな……この部屋にハイ マンティスがいたのを知っているか?」
「うんうん、いたね」
「では、そのハイ マンティスと君が見たハイ スパイダーはどっちが強いと思う?」
「ハイ スパイダーだね。あのハイ マンティスじゃ絶対に勝てないよ」
シルルンは即答した。
「情報提供、感謝する。この件は私から将軍に伝えておく」
緊張した面持ちのベル大尉は本陣に向かって歩いていったのだった。
シルルンたちは昼過ぎまで客を治療してから洞穴の中へ移動した。
洞穴の中には多数の露店馬車が停車しており、様々な商品が販売されていた。
露店でシルルンが購入した商品は白っぽいシャツ、二百本の矢、鉄の剣二本、食料である。
シルルンは借りていた鉄の剣の礼としてリザに新品の鉄の剣を返したが、ブラックは魔物が食べたいと主張した。
そして、タマたちの食料である干し草は露店では販売しておらず、無理にでもタマたちに魔物を食べさせるしか手段はなかった。
そのため、シルルンたちは魔物を狩るために包囲陣に移動した。
「い~れ~て!!」
シルルンは包囲陣に向かって叫んだ。
「おう、スライムの兄ちゃんか。戦うのか?」
傭兵は物珍しそうな表情を浮かべながらシルルンに確認した。
「うん、ちょっとだけ。ペットの餌が欲しいんだよ」
「おいっ!! 道をあけてやれ!!」
その言葉に、包囲陣が二つに割れてシルルンたちは前線に立つ。
プル、プニ、ブラックは一斉に攻撃魔法を放ち、二十匹ほどの下位種の魔物が砕け散り、体を丸めたタマたちが魔物の群れに突進し、下位種の魔物たちは弾け飛ぶ。
瞬く間にプルたちは三十匹ほどの下位種の魔物を倒し、シルルンは頭部が残っている魔物の死体をタマたちの背中に積み込むと、シルルンたちは包囲陣に引き返す。
「お、おう……もう、いいのか?」
プルたちのあまりの強さに傭兵は動揺を禁じ得なかった。
「うん、ありがとう」
シルルンたちが包囲陣の中に入ると傭兵たちによって包囲陣は再構築される。
洞穴の中に移動したシルルンたちは地面に座り込んで昼食を取る。
イネリアは下位種の魔物三十匹分の報酬として銀貨三十枚をシルルンに手渡した。
ちなみに、シルルンが頭部が残っている魔物の死体を回収したのは金に換金させないためである。
シルルンはタマたちに魔物の死体を一匹ずつ食べさせてから干し草を与えた。
文句も言わずに魔物の死体を食べたタマたちは嬉しそうに干し草を食べている。
草食の魔物に魔物の死体を食べさせることが彼らの進化条件の一つだったが、そんなことはシルルンは知らなかった。
プルとプニは『触手』で干し肉を掴んで食べており、シルルンが二つのカップに冷たい紅茶を注いでプルとプニの前に置く。
『触手』を伸ばしてカップの取っ手を掴んだプルとプニはくぴくぴと紅茶を飲み始める。
その姿はとても可愛らしく、プルたちを注視していたイネリアは悶絶したのだった。
シルルンたちは昼食後、包囲内の中央で引き続き冒険者たちや傭兵たちの傷や毒を癒していた。
「じゃあねぇ」
シルルンが大きく手を振って客を見送ると、冒険者風の男がシルルンに話し掛けてきた。
「面白いことをやってるな」
男は二匹のハイ ウルフを従えていた。
「ん? 何か用?」
「俺の名はホフター。最強の男よ」
そう言い放ったホフターは誇らしげに胸を張ってしたり顔だ。
「えっ!? 最強なの? じゃあ、六匹のハイ スパイダーを倒してよ」
瞳を輝かせたシルルンは部屋の奥で動く気配がないハイ スパイダーたちを指し示した。
「ふふふ、いくら俺が人族最強でも六匹のハイ スパイダーが相手ではズタボロにされるだろう」
ホフターは不敵に笑っている。
「えぇ~~~っ!! じゃあ、最強じゃないじゃん!!」
「あほ言えっ!! 六匹のハイ スパイダーに勝てる奴なんかいるわけ無いだろう!! それより、お前は学生なんだってな。卒業したら俺の隊に来ないか? なぁ?」
「えっ!? やだよ」
シルルンは即答した。
「あほ言えっ!! 俺の隊は魔物使いだけで組んでる隊だ。お前にピッタリだろ? なぁ?」
「ふ~ん……そんな隊もあるんだ。でも、やだ」
「あほ言えっ!! なんでだよ?」
疑念が拭えないホフターは訝しげな声を上げた。
「ちょっとさっきから聞いてたらシルルンは嫌って言ってるじゃないっ! しつこいわよ!!」
リザはシルルンの前に出て庇うように立つ。
「おお、あんた美人だな。けどなぁ、これは男同士の話だ。女は引っ込んでてくれないか、なぁ?」
ホフターがそう言い放った瞬間、リザは右の拳をホフターの顔面に目掛けて繰り出した。
だが、ホフターはリザの拳を平然と左手で受け止める。
「……少しはやるみたいね」
後方に跳躍したリザは鉄の剣を抜いて構える。
「おいおい、俺は女とやる気はねぇよ。それにだ、接近戦で俺に勝てる奴はいない。だからやめとけ、なぁ?」
ホフターは戸惑うような表情を浮かべている。
「おお、ケンカか?」
「面白れぇ! やれやれっ!!」
騒ぎを聞きつけた傭兵たちが煽りにかかる。
ホフターに目掛けて突き進んだリザはホフターの正面から剣を振り下ろしたが、ホフターは左手のナックルで剣を受け止めると同時に、右拳の一撃を剣の腹に放つと剣は容易に折れて宙に舞う。
彼の両手にはミスリルナックルが握られているのだ。
「嘘でしょ!?」
大きく目を見張ったリザは後方に跳躍して距離を取る。
「だから、俺は最強だって言ってるだろ、なぁ?」
「……魔物使いだと思って舐めてたわ」
鉄の剣を投げ捨てたリザは本気になって鋼の剣を抜き放った。
「やめとけって剣の無駄だぞ……俺の本職は【格闘家】だからなぁ。ペットを連れてるのはおまけみたいなもんだ」
「そうだとしても、剣を収める理由にはならないわ」
リザは表情を強張らせる。
「まぁ、聞けよ。『アイテム強奪』は知ってるか?」
「知ってるわよ」
リザは当たり前のように答えた。
『アイテム強奪』は稀有な能力であり、所持している者の大半が盗賊系職業なのである。
盗賊系職業は高い素早さを生かした斥候、宝箱の開錠、罠の解除など、その能力は多岐にわたり、パーティには欠かせない存在だ。
だがその反面、敵に回れば極めて厄介な存在であり、『アイテム強奪』で身ぐるみを剥がれたり、『しのびあし』で音もなく背後から接近されて、猛毒が塗り込まれた短剣で刺されて暗殺されることもある。
上記の理由により、顔見知りではない盗賊系職業に遭遇した場合、警戒を余儀なくされるので新人を除く冒険者や傭兵なら『アイテム強奪』を知っていて当然なのである。
「『アイテム強奪』は装備品なんかを奪う能力だが俺のは違う。ペットを他者から奪う『ペット強奪』という能力だ。俺のハイ ウルフたちはその能力で奪ったんだよ」
「なっ!?」
(だけどそんな能力は聞いたこともない……)
リザは不信感を露にした。
「試したことはないがドラゴンでも奪う自信はある。当然、テイム難度がドラゴンと匹敵すると言われてるスライムでもなぁ」
自信ありげな表情を浮かべるホフターは視線をプルとプニに転じた。
「!!」
危険を察知したプルとプニは慌ててシルルンのシャツの中に身を隠し、シャツの襟首から少しだけ顔を出して様子を窺っている。
とても可愛らしい光景だが、それを目の当たりにしたリザは剣を収めた。
彼女からすれば能力の有無は信じ難いが、プルとプニがシルルンのシャツの中に逃げ込んだのは偶然ではないはずだとリザは思ったからだ。
イラストはリザのイメージです。
「シルルン!! 俺と戦えっ!!」
ホフターは凄みを感じさせる表情で声を張り上げた。
「え~~~~~っ!? やだよ!! 僕ちゃんの負けでいいよ」
嫌そうな顔をしたシルルンは後ずさる。
「あほ言えっ!! 俺はお前が魔物の群れに特攻する様を見てたんだ。正直痺れたぜ」
「え~~~~っ!? 僕ちゃん、そんなの知らないよ」
「あほ言え!! 謙遜か? 俺は確かに見ていたぞ。お前が魔物の群れに特攻する勇姿をなぁ!!」
ゆっくりと歩きだしたホフターはシルルンの前で足を止めて、シルルンの顔を正面から見据えた。
「見せてみろっ!!」
言うと同時にホフターは右の拳を放った。
「ひぃいいいいいいいいっ!!」
シルルンは左手に持ったミスリルダガーでホフターの攻撃を受け止める。
本来ならば衝撃を受け止めきれずに吹っ飛ぶほどの威力の攻撃だが、シルルンが受けた衝撃をブラックが柔らかい体を巧みに動かして衝撃を吸収して受け流したのだ。
プルとプニがシルルンのシャツの中から跳び出してシルルンの肩にのり、ブラックは後退して距離を取る。
しかし、ホフターは凄まじい速さで突進してシルルンとの距離を一気につめる。
「『ビリビリ』デス!!」
プルは『ビリビリ』を放ち、稲妻がホフターに直撃したが、ホフターは稲妻を気合で掻き消した。
「ブリザーデシ!!」
プニはブリザーの魔法を唱えて、シルルンが鋼のクロスボウでホフターの足に狙いを定めて矢を放った。
冷気がホフターの脚を凍らせたが、ホフターは拳を振るって脚の氷を粉砕しながら体を捻って矢を躱した。
「ひぃいいいいっ!!」
シルルンは戦慄を禁じ得なかった。
ブラックは即座に後退してホフターとの距離を取る。
「ちっ、そういう戦い方かよ。なら、これでどうだ。ライ!! 回り込め!!」
ホフターは後方に控えていたハイ ウルフに命令し、ライは凄まじい速さでシルルンに目掛けて突撃する。
「エクスプロージョンデス!」
プルはエクスプロージョンの魔法を唱えて、光り輝く球体がライに向かって飛んでいくが、ライは駆けながらウインドの魔法を唱え、光り輝く球体と風の刃が衝突した。
風の刃は爆発に掻き消されてライは爆発に巻き込まれたが、それでもライの動きは止まらなかった。
「ひぃいいいいいいいいいいいいっ!! えいえい! やーっ!!」
『集中』を発動したシルルンは青色の球体を作り出し、青い結界でライを包み込んだ。
結界内に閉じ込められたライは前脚で結界を攻撃している。
「なっ!? 青の球体包囲型だと!?」
(青の多面体包囲型は見たことがあるが青の球体包囲型は初めて見たぜ)
ホフターは思わず息を呑んだ。
「なんだ、あの青いのは? ハイ ウルフの動きが止まったぞ?」
「たぶん、動きを止める魔法なんじゃねぇか?」
「だが、動きを止める魔法はパラライズだろ?」
戦いを観戦している傭兵たちは怪訝な表情を浮かべている。
「あれは魔物使いの技よ。魔物をペット化する時に使うのよ」
女冒険者がしたり顔で言った。
「てことはスライムの兄ちゃんは、ハイ ウルフを自分のペットにしようとしてるってことか?」
「ぎゃははは!! やるじゃねぇか! スライムの兄ちゃん!!」
「上位種の魔物をペット化するのは極めて難度が高いのよ。まぁ、足止めが限界じゃないかしら。ただ青の球体包囲型は私も初めて見るけどね」
「あ、青のキュタタイホガタ? なんじゃそれ?」
「青の球体包囲型よ。簡単に言えば結界の形の話で四面体や六面体は初心者が使う型だけど球体は最上位の型ってことよ。あとは色にも意味があって青は物理耐性と魔法耐性の効果があるのよ」
「よ、よく分からんが、最上位ってことはすげぇってことだろ?」
「そ、そうね……」
呆れ顔の女冒険者は大きな溜息を吐いた。
「やるじゃねぇか!! さすが俺が見込んだ男だ!!」
ホフターは熱い眼差しをシルルンに向ける。
本来、テイムとは戦いながら行うものではないので、ハク(もう片方のハイ ウルフ)を放てばシルルンは戦うことを余儀なくされると彼は考えていた。
二匹同時のテイムは極めて困難であり、ホフターの目的はハイ ウルフを使役してシルルンを攻撃することではなく、あくまでもシルルンと正面から戦うことにあるからだ。
「ハク!! 回り込めっ!!」
ホフターは後方に控えていたハクに命令し、ハクは凄まじい速さでライとは逆方向からシルルンに目掛けて突撃した。
「ぬう……」
(正面は人族、左右はハイ ウルフか……抜けるとしたらテイム中のハイ ウルフだが、我をテイムしたときは一瞬だった主君が手こずっておられる……)
戦慄を覚えたブラックは迷いが生じて動けなかった。
ホフターはゆっくりと歩いてシルルンとの距離をつめる。
「ビリビリデス!!」
プルは『ビリビリ』を放ち、稲妻が直撃したハクは動きを止めたが、時間にして二秒ほどで再び動き出す。
「ひぃいいいっ!! えいえい、やーっ!!」
表情を強張らせたシルルンは声を張り上げて青色の球体を作り出し、ハクは青色の結界に捕らわれた。
「ひぃぐうううっ!!」
シルルンは激痛に顔を歪めて呻き声を上げた。
ダブルテイム。
意識を二分割する超高難度の荒業だ。
そもそもテイムは意識を集中して一個体に対して行うものだが、それを二分割するなど愚の骨頂なのである。
「やめとけっ!! 死ぬぞ!! 結界を解いて俺と戦えっ!!」
「ぎぃぎぎぎぎぎぃ……」
雷に打たれて感電したかように身体が激しく痙攣しているシルルンは、必死の形相で歯を食いしばって二つの意識を繋ぎとめている。
だが、ライとハクを包んでいる結界が歪な形に変形し、今にも決壊しそうになる。
「シ、シルルン!?」
リザが声と表情を強張らせる。
「――ぎぃぎぎぃがぁああぁああぁぁ!! えいえいやぁ!!」
『集中』を全力で発動した決死の形相のシルルンは限界を超えた力で紫の六面体を二つ作り出し、決壊しかけたライとハクの結界の上から紫の結界で包み込んだ。
「多重結界っ!! しかもダブルで!? そんな……嘘でしょ!?」
女冒険者は雷に打たれたように顔色を変える。
決壊寸前だったライとハクを包んでいた結界は、二つの紫の結界によって歪だった形が球体に戻り、安定した上に強化される。
「サンダーデス!!」
「エクスプロージョンデシ!!」
「アース!!」
プルたちは一斉に魔法を唱えて、棒立ちのホフターに稲妻が降り注いでホフターは黒焦げになり、爆発に巻き込まれた彼の体は焼け焦げて宙に舞い、無数の岩や石が体に衝突した彼は派手に地面を転がった。
ホフターは完全に油断していたのだ。
間違いなく結界は決壊してシルルンと一騎討ちになるはずだと彼は思っていたのだ。
だが、決壊するはずの結界は多重結界により修復されて、絶句した彼は放心したのだ。
その一瞬をプルたちに攻撃されたのである。
「サンダーデス!!」
プルはサンダーの魔法を唱えて、地面に突っ伏したままのホフターに稲妻が降り注ぐ。
「なんて容赦のないスライムなんだ……」
戦いを観戦している冒険者たちや傭兵たちは震え上がる。
しかし、イネリアだけはうっとりとした表情でプルを見つめていた。
ホフターは動かない。
辺りは静寂に包まれ、冒険者たちや傭兵たちは固唾を呑んだ。
プルはシルルンの肩からピョンと跳び下りて、ホフターの元にピョンピョンと跳ねていく。
「これ以上はやめてっ! ホフターが死んじゃうわ!!」
ホフターの体の上に庇うように被さった女冒険者は涙を流しながら迫りくるプルに訴える。
「『ビリビリ』デス!!」
プルは『ビリビリ』を放ち、稲妻が泣いてすがる女冒険者に直撃し、女冒険者は体が痺れて力無く突っ伏した。
プルはホフターを『捕食』しようと形を変える。
「なんて鬼畜なスライムなんだ……」
戦いを観戦している冒険者たちや傭兵たちは絶句した。
「いっ痛っ!! プル!! 人は食べちゃダメ!!」
フラフラした足どりでシルルンはプルに向かって歩を進める。
「分かったデス」
プルは素直にシルルンの肩にピョンと跳びのったのだった。
「おおぉおおおおおおおぉぉぉ!! 面白かったぞっ!!」
冒険者たちや傭兵たちから歓声があがる。
「痛いデシか? ヒールかけるデシか?」
プニは心配そうな顔でシルルンを見つめている。
「うん、お願い」
プニはヒールの魔法を唱えて、シルルンの頭痛は回復した。
シルルンはプニの頭を撫でる。
プニは嬉しそうだ。
「がはっ!! やっぱり、歩くのは無理か」
一気に立ち上がったホフターは立っていられずにそのままへたり込んだ。
「ひぃいいいいっ!!」
(プルとプニの魔法をくらってなんで動けるんだよ……)
震え上がるシルルンは恐怖で後ずさる。
「何もしねえよ!! 俺の負けだ」
その言葉に、シルルンの顔に虚脱したような安堵の色が浮かんだ。
女冒険者は痺れから回復して立ち上がる。
「私はホフター隊のゼミナっていうの。さっきはスライムを止めてくれてありがとう」
ゼミナは深々と頭を下げた。
彼女の容姿は可愛らしい系美人といった感じで、傍らにはハイ ウルフが控えている。
「あはは、プルは仕留めたら、なんでも『捕食』しようとするからね」
シルルンはにっこりと微笑んだ。
すると、ライとハクがシルルンの傍にやってきて座る。
シルルンはライとハクの頭を撫でる。
ライとハクは嬉しそうだ。
「おいおい、マジかよ!? ライとハクが懐くなんて」
ホフターは信じられないといったような表情を浮かべている。
彼ですら頭を撫でるのは困難だからだ。
「えっ!? 違うよ。さっき僕ちゃんがテイムしたじゃん。この二匹はもう、僕ちゃんのペットなんだよ」
「あほ言え!! そんなわけないだろ!! ライ!! ハク!! こっちに来い!!」
だが、ライとハクは動かなかった。
「マ、マジかよ……」
「う、嘘でしょ? 成功してたの……」
絶句したホフターとゼミナは放心状態に陥った
「……返せよ!!」
我に返ったホフターは怒りを込めた目でシルルンを睨みつける。
「えっ!? やだよ!! せっかく死にかけてテイムに成功したのに。それに君は言ってたじゃない。奪ったって。じゃあ、奪われても仕方ないじゃない」
「あほ言え!! ライとハクは死んだ親友の形見みたいなもんなんだよ!! 俺は親友が目の前で魔物にやられて死ぬ寸前に『ペット強奪』に目覚めたんだ。その時に親友から奪った……いや、託されたんだ」
ホフターに説教されたシルルンは不満げにライとハクに別れを告げたのだった。
しかし、包囲内の中央に陣取る本隊は警戒を強めていた。
スパイダー種が魔物の群れを殲滅し、全ての魔物を食い尽くしたのだ。
魔物の増援はなく、スパイダー種の群れが一斉に包囲陣へと進軍を開始したのだった。
イラストはゼミナのイメージです。
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職業
武道家(下級職)→格闘家(上級職)→?(最上級職)
武道家 レベル1
HP 450~
MP 0
攻撃力 90+武器
守備力 40+防具
素早さ 100+アイテム
魔法 無し
能力 回避
格闘家 レベル1
HP 700~
MP 0
攻撃力 250+武器
守備力 250+防具
素早さ 200+アイテム
魔法 無し
能力 回避 発勁




