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スライムスライム へなちょこ魔物使い  作者: 銀騎士
大穴攻略編

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23 ハイ スパイダー 修


 三匹のハイ スパイダーに対して、上空から『斬撃衝』を放って攻撃を仕掛けていたハイ マンティスは、空に優位性はないと判断して地上に降下した。 


 左のハイ スパイダーが『糸』を吐き出したが、その糸をハイ マンティスは『斬撃衝』を放って糸を切り裂く。


 真ん中と右のハイ スパイダーがブリザーの魔法を唱えて、五匹のマンティスたちの体が凍ってスパイダー種の群れの中に落下した。


 一斉に放たれるスパイダー種たちの『糸』に動きを封じられたマンティスたちは、瞬く間に身体中をスパイダー種に食い千切られて餌へと成り果てた。


 現在の状況はスパイダー種の群れが、三つの魔物の群れから攻撃を受けていた。


 その魔物の群れは、マンティス種の群れ、マンティス種を攻撃していた魔物の群れ、スパイダー種に追われていた魔物の群れであり、スパイダー種の群れはすでに五百匹ほどを失っていた。


 ハイ スパイダーたちと激戦を繰り広げるハイ マンティスは、この状況に満足げな笑みを浮かべている。


 彼からすれば、この戦いの勝利は時間の問題だと確信していたからである。


 凄まじい速さで突進したハイ マンティスは左のハイ スパイダーに左の大鎌を振り下ろし、真ん中のハイ スパイダーに対して右の大鎌をなぎ払う。


 左のハイ スパイダーは胴体を斬り裂かれて血飛沫を上げ、真ん中のハイ スパイダーは頭部を真横に斬り裂かれて血が噴出する。


 だが、右のハイ スパイダーが『溶解液』を吐き出し、ハイ マンティスは液体を左に跳んで躱したが、左と真ん中のハイ スパイダーが『糸』を吐き出した。


 ハイ マンティスは右の大鎌で一本の糸は断ち切ったが、もう一本の糸は左の大鎌に絡まる。


「――っ!?」


(なぜヒールで回復しない?)


 ハイ マンティスは驚きを隠せなかった。


 左のハイ スパイダーが糸を引っ張り、ハイ マンティスは右の大鎌で絡まった糸を断ち斬ろうとするが、体が引っ張られて右の大鎌が糸に届かない。


 真ん中と右のハイ スパイダーたちは凄まじい速さでハイ マンティスに目掛けて突進し、真ん中のハイ スパイダーが『毒牙』でハイ マンティスの胴体に噛み付き、右のハイ スパイダーが前脚の爪でハイ マンティスの胴体を貫いた。


 『毒牙』により毒に侵されたハイ マンティスは、身体中から大量の血を放出している。


 ハイ スパイダーの『毒牙』は最高レベルの出血毒であり、身体中の血管が破壊されることによって血が止まらなくなることが特徴なのだ。


 ハイ マンティスは構わずに真ん中のハイ スパイダーに右の大鎌を振り下ろしたが、左のハイ スパイダーに糸を引っ張られる。


 これにより、ハイ マンティスの大鎌の一撃は真ん中のハイ スパイダーに難なく躱されて、右のハイ スパイダーが前脚の爪でハイ マンティスの胴体を斬り裂いた。


 苛ついたハイ マンティスは糸に対して『斬撃衝』を放ったが、左のハイ スパイダーが糸を巧みにたるませることにより、風の刃に糸を切断されることを避けた。


「全体としてスパイダー種は劣勢だが頭同士の戦いはハイ スパイダーたちが優勢に見えるな……」


「……さすがに上位種三匹が相手では分が悪いかと」


 ヒーリー将軍の言葉に、側近は目を顰めた。


「あのハイ マンティスは雰囲気からして別格だと思っていたんだがな……」


「……確かにそのように見受けられますがハイ スパイダーも凶悪と恐れられている魔物です……ハイ スパイダーが勝った場合も検討すべきかと」


「なに!? ハイ マンティスを討伐するメンバーでは勝てぬということなのか?」


 意表を突かれたヒーリー将軍は思わず声を荒げる。


「そうは申しませんが嫌な予感がします」


 側近は凄みを感じさせる表情で答えた。


「……もう一度、スラッグに協力を要請してみるか」


 妙な胸騒ぎを覚えたヒーリー将軍はそう呟いたのだった。


 一方、身体中から血が噴出し続けているハイ マンティスはドレインの魔法を唱えた。


 緑色の風が真ん中と右のハイ スパイダーの身体を突き抜けて、緑色の風はハイ マンティスに吸収されて、ハイ マンティスの体力は全快した。


 だが、彼の体からは出血が続いており、ハイ マンティスは自身の左腕を右の大鎌で斬り落として糸の束縛から逃れる。


「腕などいつでも繋げるわっ!!」


 怒り狂ったハイ マンティスは一瞬で左のハイ スパイダーに肉薄し、大鎌の連撃を繰り出して左のハイ スパイダーは身体中を斬り刻まれて解体されていく。


 真ん中と右のハイ スパイダーがヒールの魔法を唱えて、左のハイ スパイダーの体力が回復するが、ハイ マンティスは構わずに左のハイ スパイダーを大鎌で集中的に攻撃し続ける。


 左のハイ スパイダーは後退しながら『溶解液』を吐き、液体を浴びたハイ マンティスの胴体の一部が溶け落ちるが、それでもハイ マンティスは執拗に左のハイ スパイダーに攻撃を繰り返す。


 真ん中と右のハイ スパイダーがヒールの魔法を唱え続けているが、左のハイ スパイダーの回復は追いつかずに左のハイ スパイダーは最早虫の息だ。


 そんな中、唐突に右のハイ スパイダーがハイ マンティスの左腕を、スパイダー種の群れの中に投げ入れたのだ。


 ハイ スパイダーたちはドレインの魔法で腕の再生が可能であることを知っており、スパイダー種の群れは一斉にハイ マンティスの左腕に食らいついた。


「なんだとっ!?」


 ハイ マンティスは大きく目を見張った。


 だがそれは一瞬で、彼は冷静だった。腕は時間は掛かるがまた生えてくるからだ。


「それよりも左のハイ スパイダーだ!!」


 ハイ マンティスは『斬撃衝』を放とうとした時、後方のスパイダー種の群れが真っ白に輝く光を放った。


「馬鹿なっ!?」


 その輝きを知っているハイ マンティスは不意に頭の中を稲妻が走ったような衝撃を感じた。


 スパイダーが上位種のハイ スパイダーに進化したのだ。


 それも、二匹同時にだ。


 この光景を目の当たりにしたマンティス種の群れや魔物の群れは驚きを禁じ得なかった。


 進化した二匹のハイ スパイダーたちは歓喜に打ち震えていた。


 彼らの進化は下位種から通常種に進化したにも拘わらず、弱くなるという馬鹿げたものだ。


 だが、彼らは同胞たちの屍を乗り越えて、ただ愚直に耐えに耐え続けて上位種に至ったのである。


 不鮮明だった視界と霧がかかったような思考が一気に鮮明になったハイ スパイダーたちは、ブリザーの魔法を唱えて上空に滞在するマンティスの群れを凍らせた。


 体が凍りついて空から墜落した六匹のマンティスたちは、スパイダー種の群れに囲まれて彼らの養分となった。


 これを皮切りに、マンティスの群れが進化したハイ スパイダーたちに目掛けて一斉に『斬撃衝』を放ったが、『糸』を天井に貼り付けたハイ スパイダーたちは天井に逃れて風の刃を躱したのだった。


「ど、どういうことだ!? ハイ スパイダーが二匹増えたぞっ!」


 ヒーリー将軍は雷に打たれたように顔色を変える。


「……上位種に進化したのです」


 嫌な予感が的中した側近は忌々しげな表情を浮かべている。


「なんだとっ!? あれが座学で聞いた進化というものなのか……」


(なるほどな……嫌な予感とはこのことだったのか……) 


 合点がいったヒーリー将軍は唇を噛みしめるのだった。


「我としたことが、ぬかったわ……」


 スパイダー種の隊列を確認したハイ マンティスは不愉快そうに呟いた。


 彼はスパイダー種の戦術が上位種に至ることだけに集約されていることに今更ながらに気付いたのだ。


 スパイダー種は上位種に至れば凶悪な強さを誇るが、通常種が下位種より弱いという逆転現象が起きており、ただ率いているだけでは通常種の生存率が下位種より低下することは自明の理だった。


 そのため、彼らの基本戦略は通常種を護り育てて上位種に進化させることであり、下位種の後方に通常種を配置することが上位種たちの戦術だった。


 だが、ハイ マンティスがスパイダー種の隊列を確認すると、下位種と通常種が入り交じっていたのだ。


 つまり、スパイダー種は全ての通常種を上位種に進化させることは不可能だと考えて、厳選した通常種だけを上位種に導くという戦術に変更したのだ。


 この方法を考えて実行したのが上位種を超える突然変異個体だった。


 突然変異個体は厳選した五匹の通常種だけを育成し、残りの通常種は下位種と同じ扱いにしたのだ。


 これにより、分散していた大量の経験値が五匹の通常種だけに集中し、短期間で安定して上位種が誕生することになる。


 この結果を目の当たりにした上位種たちに激震が駆け抜ける。


 これまでの上位種たちの基本戦術は、敵の数が少数であれば通常種に攻撃させるというだけのものであり、それ以外の場合は下位種だけが戦っていたのだ。


 だが、下位種は弱く隊列を突破されて通常種たちが殺されることは日常茶飯事で、上位種たちは膨大な経験値を必要とする通常種を管理し、強さを把握することが重要だったが、千を超える通常種を管理することなど不可能だった。


 しかし、突然変異個体の方法は五匹の通常種を管理するだけでよく、結果も伴うのでこの方法が上位種たちの基本戦術に落ち着いたのである。


 過去を知るハイ マンティスからすれば、このスパイダー種の変わりようは頭が変わったからだと彼は推測せざるを得なかった。


 そもそもハイ マンティスがこの大穴に潜っている訳は、練兵もその目的のひとつだがスパイダー種のクイーンを潰すためである。


 遥か昔、マンティス種とスパイダー種は森の中央の覇権争いを繰り広げていた。


 その当時、両者の力は拮抗しており、ハイ マンティスはその時からの生き残りだった。


 彼はシェルリングという名であり、この名はクイーン マンティスに名付けられたのだ。


 そして、戦いは徐々にマンティス種が優勢になり、スパイダー種は森の中央から姿を消して、マンティス種が森の中央を支配するようになる。


 それから時が経過し、森の中央を支配しているマンティス種に敵はなく、大穴の存在は彼らの腕試しの場になっていた。


 しかし、ここ数年で大穴から上位種が帰ってこないという異例の事態が続いた。


 四匹目の上位種が大穴に挑んだが、帰ってきたのは手下の数匹だけだった。


 彼らが言うには上位種がハイ スパイダーに敗れたという。


 この報告を受けたクイーン マンティスは激怒した。


 これまでは慢心した上位種が数によって殺されただけだと彼女は考えていたが、そうではなかったからだ。


 つまり、戦いに敗れたスパイダー種が拠点を大穴に移し、永い時をかけて着々と戦力を整えていたということにクイーン マンティスは気づいたのだ。


 そこで、基本種では一番強いシェルリングに白羽の矢が立ったのだ。


 ちなみに、マンティス種には突然変異個体である漆黒色のキラー マンティスという、シェルリングよりも遥かに強い守護個体が存在する。


 シェルリングの任務はスパイダー種が拠点にしている部屋を発見することで、クイーンは部屋を発見次第、最大戦力を送り込むと明言したのだ。


 それほどスパイダー種は危険な存在なのだ。


 魔物は種族にもよるが数が多いほど自然発生する確率が高く、その中でも上位種が多いほど自然発生する確率は上昇する。


 マンティス種もスパイダー種も交配により卵を産むことが可能であり、自然発生した個体と卵から孵化した個体では大差はないが、卵から孵化した個体のほうが有利ではある。


 下位種、通常種、上位種のどの種が卵を産んでも卵から孵化するのは下位種だが、卵から孵化した個体は親の魔法や能力を継承することがあるからだ。


 マンティス種とスパイダー種の一匹あたりの産卵数は、一対三でスパイダー種のほうが遥かに多く、弱い魔物ほど産卵数が多いが、スパイダー種は上位種以上が強いので油断ならない存在なのである。


「ハイ スパイダーが五匹か……」


 シェルリングは苦渋の表情を浮かべている。


 彼は因縁あるスパイダー種を殲滅したかったが、この状況では撤退するしか手はないとシェルリングは即断した。


 シェルリングは羽を広げて飛び上がり、凄まじい速さで飛行して天井に張り付いているハイ スパイダーたちに『斬撃衝』を放ち、配下たちに撤退命令を出した。


 巨大な風の刃はハイ スパイダーに直撃したが、ハイ スパイダーは『糸』を束ねて威力を軽減させていた。


 撤退命令を聞いたマンティス種の群れは、一斉に真ん中の洞穴の中に飛び去って行く。


 シェルリングは最後の手下が洞穴の中に入ったことを見届けてから、真ん中の洞穴の中に消えていったのだった。











 スパイダー種の群れはマンティス種の後を追う様子もなく、魔物の群れに攻撃を仕掛けている。


「見事なものだな……勝てぬと分かると即座に撤退する様は、本当に虫なのかと疑いたくなるレベルだ……」


 ヒーリー将軍は感心したような表情を浮かべている。


「将軍、スパイダー種の群れをあのまま放置すればまたハイ スパイダーに進化される可能性があります」


 側近は恐ろしく真剣な表情で進言した。


「だが、包囲陣の前には魔物の群れがまだ千匹ほどいる。スパイダー種の数も千匹以上だ。それと戦っている魔物の群れも千匹以上いるんだぞ」


「……上位種に進化されたとしても、スパイダー種に魔物の群れを殲滅させたほうがリスクが低いということですか?」


「そう思わないか? おそらく、ハイ スパイダーは他の部屋にもまだ多数存在しているからな」


「……スパイダー種の頭がどこかに潜んでいて指示を出していると?」


「そうだ……その頭が上位種に進化させようとしているのだと私は思うんだ」


「なるほど……だからスパイダー種はマンティス種を追わなかったのですな」


「そういうことだ。つまり、この部屋のスパイダー種を殲滅したとしても、またどこからかやってくるだろう」


 顔を伏せたヒーリー将軍は重苦しげな表情を浮かべるのだった。


 一方、シルルンたちは洞穴の中で座って休憩をとっていた。


「あいたたたっ!?」


 唐突に激しい痛みに襲われたシルルンは痛みに顔を歪める。


 彼の体はダークネスの魔法により通常の三倍以上の負荷が掛かっており、それによるダメージなのだが、そんなことはシルルンは知らない。


「痛いデスか? ヒールかけるデスか?」


 プルはシルルンの膝の上にのっており、心配そうにシルルンの顔を見上げている。


 プニは疲れているようでシルルンの膝の上で眠っていた。


「えっ!? プルはヒールを使えないでしょ?」


「使えるデス!! ヒールデス!!」


 プルはヒールの魔法を唱えて、シルルンの身体中の痛みは消え去った。


 レベルが上がった彼はヒールの魔法に目覚めていたのだ。


「ふう、助かったよ」


 シルルンは優しげにプルの頭を撫でる。


 プルは嬉しそうだ。


 その光景を目の当たりにした男はただならぬ表情を浮かべていたが、シルルンたちの傍に移動して話を切り出した。


「ちょっと話を聞きたいんだがいいかな? 私は冒険者ギルドのギルドマスター、スラッグという者だ」


 スラッグの傍らにはベータと奴隷秘書たちが控えている。


「ギルドマスターがわざわざ私たちに何の用なのよ?」


 リザは怪訝な表情を浮かべている。


「いや、これからどうするのか聞きたくてね」


 シルルンたちの顔を見渡したスラッグは静かに返答を待つ。


「皆はどうするの?」


「私は早く家に帰りたいです」


「僕もミーラと一緒に帰ります」


 テックとミーラの顔は酷くやつれており、死んだ魚のような目をしていた。


「君たちはハイ ウルフのマスターだね。そうか……残念だ」


(心が完全に折れているようだな……だがそれは仕方がないことだ……彼らはまだ学生なんだからな……)


 スラッグは同情するような表情を浮かべている。


「じゃあ、僕ちゃんも帰るよ」


「いや、ちょ、ちょっと待ってくれっ!! 君は大丈夫だろっ!?」


 スラッグの顔が驚愕に染まる。


「え~~~~~っ!? なんかお腹も減ったし、預けてある馬も心配だし、集めた素材も売らないといけないし、だから僕ちゃんも帰るよ」


「水や食料については洞穴を少し戻ったところに商人が馬車を改造した店を出店しているからそこで買えるだろう。馬についてはこちらで確認して武学まで送り届けるよ。素材に関しては通常の二倍で買い取ろう。それでどうだい?」


「嘘っ!? 二倍で買い取ってくれるって!! どうするシルルン?」


 リザは躍り上がるように喜んでシルルンの顔を覗き込んだ。


「ん~~~~、ここは土ばっかりでタマたちの餌の草や木がないんだよね」


「分かった。すぐ手配しよう」


 スラッグは奴隷秘書に目配せすると、奴隷秘書は頷いてどこかに歩いて行った。


「ちょっと甘やかしすぎやしませんかい?」


 ベータがスラッグの後ろで小さな声で囁いた。


「いや、ここから先の進軍は一人でも多くのヒーラーが必要になる。どんなことをしても確保しておきたい」


 ベータは真剣な硬い表情を浮かべている。


 そもそも、魔法を使用できる者の割合は百人に一人ほどだ。


 そのため、冒険者たちのパーティには回復魔法を使える者は少なく、ポーションや薬草で傷を治している者たちが多数を占めていた。


 だが、すでに回復手段がなくなった者たちが地上に帰還し始めている状況なのである。


「下位の魔物一匹につき一万円を支払っている。通常の魔物は二十万だ」


「二十万だって!! ね、ね、どうするシルルン?」


 瞳を輝かせるリザは期待に満ちた眼差しでシルルンを見つめている。


「……」


(これがハズキたちなら勝手に判断するだろうね……)


 リザを一瞥したシルルンは苦笑する。


「ん~~~~、僕ちゃんたちはここに辿り着くまでにいっぱい魔物を倒してるんだよね」


「!?」


 確かにそこは盲点だったとリザは探るような眼差しをスラッグに向けた。


「分かった。この大穴に入ってから討伐した魔物については支払おう。後で数を教えてくれ」


「軽く二百匹以上は倒しているわよ」


 リザは誇らしげに即答した。


「ただし、条件がある。冒険者たちの傷も治してほしい。そのピンクのスライムはヒールの魔法を使えるのだろう?」


「うん、使えるよ。だけどプルだけじゃなくてプニもヒールは使えるよ」


「なっ!? 魔法を使えるスライムが二匹もいるのか……」


「プニはヒールだけじゃなく、キュアもファテーグも使えるよ」


「――っ!?」


(この二匹のスライムは異常過ぎる……)


 スラッグは驚きを禁じ得なかった。


 ファテーグの魔法は最上級職である【聖職者】か【聖騎士】しか使用できないと言われているからだ。


 だが、プルとプニはスライムメイジという世界で未発見なスライムであり、その特性は魔法に特化した個体なのだが、そんなことは誰もしらないのだ。


 シルルンの膝の上に乗っているプルを見つめる奴隷秘書の一人が、うっとりした表情を浮かべて無意識に体が動いてプルの頭を撫でようとした。


「あっ、ダメダメ!! プルは『ビリビリ』吐くから危ないよ」


 奴隷秘書ははっと我に返って名残惜しそうにスラッグの傍らに控える。


「それで、魔法一回でいくらもらえるの?」


「……えっ!?」


 リザは困惑の表情を露にした。


 大穴で倒した魔物の数に対して金が支払われる代わりに、冒険者たちの傷を治さなければならないと彼女は思っていたのだ。


「店で売ってるアイテムの二倍の値段でどうだろう?」


「いたたたたっ!! なんか頭が痛くなってきた……帰ろうかな」


 シルルンは腹を押さえて蹲る。


 彼は頭が痛いと言っているにも拘わらず、腹を押さえているので酷い芝居だった。


 スラッグは呆れたような顔でシルルンを見つめている。


「……三倍でどうだ?」


 スラッグは仕方ないといった感じで言った。


「じゃあ、やろうかな……」


 シルルンはにっこりと微笑んだ。


「マスター、ヒールかけるデスか?」


 状況を理解できていないプルが不安げに尋ねた。


 シルルンは思念で「もう治った」とプルに伝えてプルの頭を撫でた。


 プルは嬉しそうだ。


「それでね、あとひとつ質問していい?」


「ま、まだあるのか!?」


 スラッグはうんざりした顔をしている。


「うん、回復量の話だよ。店売りのポーションとプルとプニのヒールの魔法は回復量が全然違うから全く釣り合わない」


「……なるほどな。重症だった場合、ポーションの回復量を基準として三回分だったとしたら、三倍でカウントしてくれて構わない。回復量の調整はできるのか?」


「うん、できると思うよ」


「いずれにしても、魔物を倒した数や魔法を使用した数をカウントして報告をしにくるのはめんどくさい上に効率が悪いだろ? イネリアをつけてやる。君にはたくさん働いてもらいたいからな」


 スラッグの言葉に、プルを撫でようとした奴隷秘書がシルルンの前に進み出て頭を下げた。


 彼女の名はイネリアで、スタイル抜群のメガネ美人だ。


 女嫌いのシルルンは嫌そうな表情を浮かべていたが、最終的には了承した。


 こうして、シルルンとリザは大穴に残ることになり、テックとミーラは学園に帰還した。


 ちなみに、リザが集めた素材は五十万円ほどになり、魔物を討伐した数はいい加減にカウントして下位種三百匹、通常種三十匹で計算して九百万円になったのだ。これを四人で分配したのだった。

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店売りのアイテムの値段


ポーション 1万円

ファテーグポーション 3万円

キュアポーション 5万円


これの3倍の額が魔法一回につき、シルルンに支払われることになる。

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