2 軍事国家メローズン王国 修
話は過去に遡り、シルルンが武学にいた頃の話になる。
武学とは冒険者ギルドが運営する学園のことを指す。
武学は冒険者育成に特化しており、基本的には無料だが途中でやめるとそれまでの学費を支払わなければいけない決まりがある。
さらに卒業後、最低一年間は軍関係や冒険者ギルドの仕事に従事する縛りがあり、こなした依頼を報告する義務が発生する。
シルルンが武学に通うことになった訳は、彼の暮らしていた国が滅んだことにより、隣国に逃げ込んで難民になったからだ。
彼は無料で学べて衣食住がある武学が傭兵や盗賊になるよりマシだとは考えていたが、武学に行く気はなかったのである。
シルルンはポラリノール王国に住んでいたが、突如、魔物の大群に襲われて街は壊滅する。
この時点でのシルルンは普通科の学園の生徒だったが、その学園にも魔物が襲来した。
そのため、普通科の学園では戦う手段も武器もなく、生徒たちはただ泣き叫びながら逃げ惑い、魔物のたちに蹂躙されて学園は地獄絵図と化す。
「ええ~~~~~~~っ!! マジで!?」
驚愕したシルルンは護物の群れの攻撃を何とか回避しながら学園から脱出し、全力で家へと逃げ帰ったがすでに家は崩壊しており、魔物の群れが辺りを徘徊していた。
「マ、マジかよ!?」
(家は絶対に大丈夫だと思ってたのに……)
シルルンは放心した虚ろな顔になる。
その後の彼は勘だけを頼りに必死に逃げ回り続けて街を出る。
翌朝、シルルンは場所すら分からずに彷徨っていると、大勢の集団が東に向かって進んでいたので、その集団と合流する。
その集団の中には彼の幼馴染たち五人もいたのだが、そんなことはシルルンは知らない。
この集団は最初から国から脱出することを目的にした集団だったので、隣の国であるメローズン王国までたどり着くことができたのが、国内の街に逃げ込んだ人々は魔物たちに皆殺しにされたのだ。
彼らは選択を間違えたのである。
軍事国家メローズン王国
国内には広大で豊かな土地と水源や多数の鉱山が存在し、そこから採掘される鉱物資源は豊富だ。
特に金と鉄の産出量は世界でもトップクラスで、鉄壁の城壁と要塞、屈強な騎士たちの軍事国家である。
シルルンは難民キャンプで配給のスープを飲みながら、傭兵募集の羊皮紙と武学の生徒募集の羊皮紙に目を通していた。
すると、シルルンの周辺で屈強な男たちが大声で叫んでいた。
シルルンは屈強な男たちの声に耳を傾けると、話の内容は傭兵と武学の勧誘だった。
「アホか! 死ぬわ!!」
そう言い放ったシルルンは傭兵募集の羊皮紙を無造作に捨てる。
彼の現在の所持金は、メローズン金貨十枚だ。
メローズン金貨一枚で十万円で、シルルンは金貨を十枚持っているので所持金百万円になる。
彼の家は貴族だったので、小遣いとして貯まっていた金だ。
金貨一枚、十万円
銀貨一枚、千円
銅貨一枚、十円
という具合である。
金貨の価値はメローズン金貨が一番信用できるので、シルルンはポラリノール金貨ではなく、変動がほとんどないメローズン金貨を所持していたのだ。
彼は周辺国の中ではメローズン王国が最強で一番安全だと考えており、しばらくの間はここに落ちついてもいいだろうと思っていた。
シルルンは楽な仕事であれば働く気はあったが、なければ物乞いをしながら配給を活用し、所持金を減らさないように生きていくと決めたのだった。
彼は働きたくはないし、武学にも行きたくはないからである。
シルルンは立ち上がって武学の生徒募集の羊皮紙を捨てて、その場を去ろうとする。
すると、女が羊皮紙を拾ってシルルンに差し出した。
「落としましたよ」
「えっ!? 僕ちゃんそれいらないから君にあげるよ、じぁねぇ」
「……その話し方、もしかしてシルルンじゃない?」
「ん?」
(なんで僕ちゃんの名前を知っているんだろう? でも、どこかで聞いたことがある声だよね)
シルルンは訝しげな表情を浮かべながら振り返る。
そこには黒髪で長い髪の美少女が立っていた。
彼女はシルルンの幼馴染で、名前はハズキだ。
シルルンは視線をハズキの後ろに転ずると、幼馴染四人の姿があった。
「ひぃいいいいいいぃ!?」
三人いる女幼馴染が大嫌いなシルルンは恐怖で顔が蒼くなる。
この五人の幼馴染たちも貴族の家の生まれで、しかも、知勇兼備、容姿端麗という本物のエリートなのだ。
シルルンは武術や学術などの成績を幼馴染たちと比べられて、その度にもっとできるはずだと母親や指南役たちに説教されていたのだが、彼を教育している指南役たちの指導は厳しかったが常識の範囲内だった。
しかし、女幼馴染たちとの訓練は極めて苛烈で、シルルンは何度も死に掛けるほど痛めつけられて散々な目にあってきたからである。
そのため、シルルンは幼馴染たちがS学に入学する際に、普通科の学園に逃げたのだ。
ちなみに、S学とは能力が高い生徒か、金持ちしか入れない学園のことである。
普通科の学園で約二年の平和な日々を送っていたシルルンだが、まさかの再会だった。
「僕ちゃん、そんな名前じゃないよ」
シルルンは必死の形相で全力で逃走したが、ハズキに回り込まれてしまう。
「ひぃ!!」
シルルンは半ば死んでいる人のような表情を浮かべて絶望する。
彼は逃げ足には自信があったが、当然ハズキはシルルンより速い。
「なんで逃げるのよ? この紙を持ってたってことはあんたも武学に行くんでしょ?」
ハズキは鋭い眼光でシルルンを睨みつける。
「……」
(アホか!! 死ぬわ!!)
シルルンは嫌そうな顔した。
「さっきから何を騒いでいるのかね? 何かトラブルでも?」
大柄で屈強な男が訝しげな眼差しをシルルンたちに向ける。
「いえ、騒いですみません。私たちは武学に入学しようと話してたんです」
ハズキがスカートを優雅に持ち上げて頭を下げる。
「ほう、それは感心なことだな。私がスカウトマンだ。君たち六人でいいのかね?」
スカウトマンは割れた顎に手をあてて、シルルンたちを見渡した。
幼馴染たちは笑顔で頷いたが、シルルンだけが視線を逸らして俯いた。
「僕ちゃんは物乞いになるから武学には行かないよ!!」
(ここで引いたら地獄しかない!!)
シルルンは毅然とした態度で声高らかに宣言した。
「シルルンも冗談とか言えるようになったんだ」
ハズキが口に手をあててクスクスと笑う。
「ハッハッハッハ!! 逃がさんぞ!!」
スカウトマンがシルルンの肩を掴み、シルルンは振り払って逃走しようとしたが、ビクともしなかった。
「ええ~~~~~~~っ!! マジで!?」
シルルンの顔から希望の色が蒸発し、目の中に絶望の色がうつろう。
こうして、シルルンは強制的に武学に入学することになったのだった。
厳密には編入なのだが。
面白いと思った方はブックマークや評価をよろしくお願いします。