198 難民キャンプにて① 修
シルルンたちはルビコの街の北西にある、難民キャンプに到着した。
シルルンは地面に座り込んで、立て札看板を作成している。
「格好の悪いことをするなっ!!」
シルルンは立て札看板の作成に夢中だが、ゼフドたちは怒鳴り声が聞こえた方に顔を向けると、難民たちが睨み合っていた。
「ふっ、俺は見物してくる」
ゼフドが不敵に笑う。
「あは、私も行く」
ゼフドとアキは難民たちのほうに歩き出す。
「あぁ? このままだったら俺たちが飢え死にするだろがっ!!」
「配給は子供や弱ってる奴が優先なんだよ」
「そんなことは分かってる。だからって後から来た亜人や獣人に配給を回すなよ!!」
「亜人や獣人でも子供や弱ってる奴が優先だ。これは国が決めたルールだ!!」
「ぐっ、埒があかねぇな……」
言い争いをしている難民たちは、三対百ほどだが、三人の方は全く怯んでいなかった。
「ねぇ、あの三人の方に見覚えない?」
アキは眉を顰める。
「……片腕の奴は知らんが、残りの二人は確か奴隷市場の前で会ったシルルン様の友達じゃないか?」
「あっ、そうよ!!」
ゼフドの言葉に、アキは合点がいったような顔をした。
「こっちは限界なんだよ!! 押し通るぜ」
十人ほどの難民が、三人に向かって突撃した。
「うひぃいいいぃ!?」
簀巻きの男は驚愕して後ろに下がったが、二人の男は迎え討ち、瞬く間に難民たちを叩きのめした。
「お前ら難民が俺たちに勝てる訳がないだろがっ!!」
男は怒りの形相で声を張り上げた。
「まぁ、諦めるんだな……」
片腕の男が面倒くさげに言った。
「ちぃ、どうすりゃいいんだよ……」
地面に転がる難民たちは悔しそうな表情を浮かべており、残りの難民たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「飢え死ぬなら子供たちより俺たちが先だ……少なくとも俺はそう決めている」
男は当たり前のように言った。
「ほう、さすがシルルン様の友達だな……」
ゼフドが感嘆の声を洩らす。
「あはは、変わってないね……ゲシュラン」
いつの間にかシルルンが仁王立ちする男の背後に立っており、男は振り返る。
「シルルンか!?」
ゲシュランは驚いたような顔をした。
「ていうか、何でここにいるの? 物乞いやってたんじゃないの?」
「いや、衛兵に見つかって追い出されてな……今はここで難民生活だ」
ゲシュランは苦笑いを浮かべた。
「ゲシュランのお兄ちゃん!! これ食べる?」
酷く痩せこけた少女が、ゲシュランの手に葉っぱを握らせる。
「虫の葉っぱ巻きか……お前は食べたのか?」
ゲシュランは心配そうに少女に尋ねる。
「うん、食べたけど、皆がゲシュランのお兄ちゃんはここの要だから、ちょっとでも食べ物を渡せって言うんだよ」
少女は屈託なく笑う。
「そうか……だが、俺は大丈夫だから、それはお前が食べろ」
ゲシュランは右腕を曲げ、力瘤を作って見せて、虫の葉っぱ巻きを少女に返した。
「うん、分かった」
少女はムシャムシャと虫の葉っぱ巻きを食べた。
「あはは、君は小さいのに偉いね。これをあげるよ」
シルルンは魔法の袋からリンゴを取り出して、少女に手渡した。
「えっ!? いいの!?」
少女は瞳を輝かせる。
「うん、良い子は食べてもいいんだよ」
「ありがとう!!」
少女は夢中でリンゴを食べている。
「ゲシュランも食べるかい?」
シルルンはリンゴをゲシュランの前に差し出した。
「いや、俺は小心者だから皆の評価が気になるんだ……だから食わん」
「じゃあ、俺が食ってもいいっすかシルルンさん?」
簀巻きの男はリンゴを凝視している。
「久しぶりだねヘーモ。別に構わないよ」
シルルンからリンゴを受け取ったヘーモはリンゴに貪りついた。
「あはは、君たちも食べるといいよ」
魔法の袋からリンゴが入った木箱を取り出したシルルンは、地面に転がっている難民たちに視線を向けながら木箱を地面に置く。
「……い、いいのか?」
面食らったような顔を晒していた難民たちは慌てて起き上がる。
「うん、いいよ。君たちも限界みたいだからね」
「お、恩に着るっ!!」
「ありがてぇ!! 俺は死にたくねぇんだ!!」
「俺たちは限界まで我慢したが、もうこれ以上は無理なんだよ!!」
難民たちは嬉々としてリンゴに食らいついた。
「これでゲシュランも食べるよね?」
「ふっ、お前には負けるぜ……ありがたく食わしてもらう。こいつもいいか?」
ゲシュランははにかんだような笑みを浮かべており、右手の親指で片腕の男を指差した。
「うん、構わないよ」
「俺はゲンだ。ありがとう」
ゲンは軽く頭を下げた。
ゲシュランとゲンは、リンゴを一つ手に取って食べ始める。
「ゲンは上級職の騎士だから俺より強いんだ」
「へぇ、なんでこんなところにいるの? 冒険者とかで稼いだらいいじゃん?」
「俺は呪われてるんだ……」
ゲンは深刻そうな表情を浮かべて俯いた。
「まぁ、ゲンがいう呪いは、本当に呪われているわけじゃないんだ。一言でいうと不運ってやつだ」
「俺は冒険者や傭兵、護衛の仕事をしていたが、関わる連中が次々に死んでいくんだ。だが、なぜか俺だけは生き残る……」
「それは確かに不運だね……僕ちゃんは冒険者を雇ってるんだけど、ゲンは働いてみる気はないかい? 僕ちゃんとこは一人でも稼げるんだよ」
「えっ!? そんな仕事があるのか?」
ゲンは驚いたような顔をした。
「うん、鉱山の採掘ポイントを守る仕事だよ。そこでは一人や二人とかの少数の冒険者が、一時的にパーティを組んだりできる仕組みがあるんだよ」
「……なるほどな」
ゲンは考え込むような仕草を見せた。
「冒険者を雇って採掘ポイントを守ってるって、守備隊長でもしてるんっすか?」
「ううん、僕ちゃんが採掘ポイントのボスなんだよ」
「えっ!? それってもしかして、採掘ポイントを掘り当てたんっすか?」
ヘーモは探るような眼差しをシルルンに向ける。
「うん、正解」
シルルンはフフ~ンと胸を張った。
「マ、マジっすかっ!? やべぇ!? シルルンさん大金持ちじゃないっすか!!」
ヘーモは目を剥いて驚いている。
「……別れたときに鉱山に行くって言ってたよなぁ? もしかして、あの後掘り当てたのか?」
「うん、まぁね」
「マ、マジかよ!? お前は恐ろしいほど強運だよな……」
ゲシュランは呆れたような表情を浮かべている。
「あはは、けど何度か死に掛けたけどね。採掘ポイントがタイガー種の縄張りの近くだったから」
「タ、タイガー種だと!?」
ゲシュランは驚きのあまりに血相を変える。
「タイガー種ってそんなにやばいんっすか?」
「当たり前だ。動物系の魔物の中で最強一角と言われてるからな……剣士の俺だと下位種すら倒せん。ゲンでも勝てるかどうか怪しいところだ」
「マ、マジっすか!?」
「……だから冒険者を集めてるってことか」
ゲンは真剣な硬い表情を浮かべている。
「ううん、タイガー種はもういないから安心してよ。ポイントは防壁で囲んでるから、防壁の近くで戦えば一番安全だからお勧めだよ」
シルルンは空になった木箱を魔法の袋に入れる。
「そ、そうなのか……」
ゲンは意外そうな顔をした。
「それで、シルルンは何しにここに来たんだ?」
「あはは、あれだよあれ」
シルルンは立て札看板を指差して歩き出し、ゲシュランたちもシルルンの後についていく。
「僕ちゃんは難民さんたちを雇いにきたんだよ」
シルルンは立て札看板の前で足を止め、振り返って微笑んだ。
「……日に一食で雑用の仕事を募集。悪者は不可。子供は保護する、だと?」
立て札看板に目を通したゲシュランは、難しそうな顔をした。
「子供は保護するって、ここに何人ぐらいの子供がいるのか知ってるのか?」
ゲシュランは訝しげな眼差しをシルルンに向けた。
「えっ!? 知らないよ。けど子供たちが望むなら全員連れて帰る。僕ちゃんは子供たちを保護するって決めたから、もう躊躇わないよ」
「なっ!?」
ゲシュランは放心状態に陥った。
「シルルン様、お聞きしたいのですが子供たちを保護して、どうなさるおつもりですか? 鍛えて冒険者にするのですか?」
ゼフドは神妙な顔でシルルンに尋ねた。
「特に決めてないよ。子供たちはなりたい職業になったらいいと思ってるからね」
「なるほど」
ゼフドは嬉しそうに微笑んでおり、それを目の当たりにしたアキは、気味悪そうな表情を浮かべていた。
シルルンが保有する鉱山の女雑用たちの中で、イケメンでどこか影のあるゼフドは一番人気だが、彼は女雑用たちなど相手にせず、子供たちが遊んでいる様子を優しげな顔で眺めている姿を、女雑用たちに何度も目撃されていた。
そのため、ゼフドは女雑用たちにロリだと確定されていた。
「実は昔、俺はシルルン様と似たようなことをして失敗してるんですよ」
「えっ!? どういうこと?」
シルルンはビックリして目が丸くなった。
「俺は五歳のときに母親に売られ、奴隷商人の屋敷に馬車で向かう途中に魔物に襲われたんです。ですが、俺は生き延びて、そのとき俺のように親に売られた子供たちが何人か生き残っていて、俺たちは森に逃げたんです」
「……それからどうなったの?」
シルルンは困惑したような表情を浮かべており、アキとメイは複雑そうな表情を浮かべている。
「それから数年の間、俺たちは森で生き延び、魔物を倒して力をつけたんです。そして俺たちは街に忍び込んで孤児たちを連れ出し、それを何度も繰り返して、その人数は数百まで膨れ上がったんです」
「へぇ、すごいじゃん」
「ですが、俺たちは魔物の群れに襲われて全滅しました」
「えっ!? なんで!?」
「食料不足を懸念して分散したのが原因です。結局、魔物とまともに戦えたのは初期のメンバーだけだったんですよ。今なら愚策と言い切ることができますが、当時の俺たちにはそれが分からなかった……」
ゼフドは自嘲気味に微笑んだ。
「そ、そうなんだ……」
シルルンはしょんぼりした。
「俺はシルルン様が子供たちを無制限に保護すると聞いて、たまらなく嬉しかったんですよ。俺にも子供たちを護らせて下さい」
ゼフドは誇らしげに言った。
「うん、任せるよ」
「はっ!!」
ゼフドは真面目な硬い表情で頷いた。
「シルルン様、親がいる子供はどうするんでしょうか?」
メイがシルルンに尋ねた。
「う~ん、その場合は親次第だから、聞いてみるしかないね」
「分かりました。難民の方の選考基準ですが、能力の高い方を優先し――」
「ううん、逆だよ。今にも死んじゃいそうな難民さんを優先するんだよ」
「えっ!?」
大きく目を見張ったメイは、シルルンを見つめてはっとしたような顔をした。
彼女の目には、シルルンとシルルンの父親の姿が重なって見えたからだ。
「俺は生きることを諦めた人たちがいるところを知ってるっすよ」
「無理強いをするつもりはないけど、傷や毒なら治せるから聞いてみてくれないかな?」
「分かったっす!!」
「ありがとう。プニはヘーモについていって、魔法で回復できそうなら治してあげてよ」
「デシデシ!!」
ヘーモは岩場の方に歩いていくと、プニはふわふわと飛んでヘーモを追いかける。
「ゲシュランは悪いけど、子供に人気があるみたいだから、子供たちを連れてきてくれないかな?」
「……本当に何人になっても子供たちを保護するんだな?」
ゲシュランは、シルルンの顔を正面から見据える。
「うん」
「ふっ、全くお前には呆れるぜ……」
ゲシュランは嬉しそうに笑った。
「ご主人様、悪者は不可だと立て札看板にお書きになっていますが、悪者の定義を教えて下さい」
セーナが疑問を投げかける。
「う~ん、悪者の定義は難しいけど、とりあえず山賊行為を行った者は悪者だね……あとはこれを使って確かめてくれればいいよ」
シルルンは魔法の袋から水晶玉を取り出して、セーナに手渡した。
「ご主人様、これは?」
「真偽の水晶だよ。それに手を触れた状態で質問すると、嘘なら赤色、本当なら青色に水晶が光るんだよ」
「す、すごい魔導具ですね……つまり、難民の方に山賊行為を行ったことがあるかと質問すればいいんですね」
「あはは、さすがセーナ、話が早い」
シルルンは満足そうに微笑んだ。
メイたちは立て札看板の前に集まる難民たちに、雇う内容などを説明し、難民たちを真偽の水晶で調べていく。
次第に立て札看板に書いてある内容が読めない難民たちにも伝わって、大勢の難民たちが押し寄せた。
ゼフドはその様子を眺めていたが、踵を返してシルルンの元に歩き出した。
「シルルン様、現時点で子供たち、男掘り手、女雑用がそれぞれ千人ほど集まりましたが、まだ雇いますか?」
「あはは、まだまだ雇うよ」
その言葉に、ゼフドは目を見張る。
「分かりました。また報告します」
ゼフドは周辺を見渡して、メイたちの方に歩き出した。
だが、上空から三匹の魔物がシルルンたちの近くに下り立った。
「おい、人族のガキ!! 用件は分かってるな?」
シルルンに向けて、怒鳴り声を上げたのは魔族だった。
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